駅から徒歩五分。敷金礼金ゼロ、2LDK家賃マイナス10万円。
「駅から徒歩五分。敷金礼金ゼロ、2LDK家賃マイナス10万円。絶好の条件となっております。いかがでしょう?」
担当者の言葉に、加納は懐疑的な表情を見せる。
小綺麗な一室を見回しつつ、彼は担当者に尋ねた。
「マイナス10万円……って何ですか」
「こちらに住んでいただくと、毎月10万円をお振込みいたします」
「え? お金を貰えるってことですか」
「左様でございます」
担当者は笑顔のまま頷いた。
加納はますます険しい顔で唸る。
「あの、なんでそんな物件あるんですか。どう考えても怪しいっていうか……」
「こちら実は事故物件でして。皆様に利用していただくことで、悪いイメージを払拭したいのですよ」
「なるほど……霊感とかはないけど、事故物件はちょっと気味悪いなぁ」
加納は家の中を見て回りながらぼやく。
彼の脳裏には、学生時代からの舎弟である梶の顔が浮かんでいた。
心霊があまり得意ではない加納は、恐怖と苛立ちで誤魔化す。
(梶の奴、妙な家を紹介しやがって。今度会ったらぶん殴っとくか)
室内を一周した加納は、入居を断ろうとする。
しかし、それを遮るように担当者が笑顔で言った。
「加納様は梶様のご紹介ですので、ご希望の家具や電化製品もお付けしますよ。もちろん退去後に回収するようなこともございません」
「うおっ、マジですか。そんなにサービスしてくれるんですね」
「もちろんお断りなさっても問題ありませんが、こちらは人気物件です。お早めに契約することを推奨いたします」
「そっかー。でも事故物件だもんな……」
加納は大いに悩む。
金欠の彼にとって、この物件は非常に魅力的だった。
一年暮らすだけで大金や家具家電が手に入る。
事故物件という点にさえ我慢すれば、断る理由がないほどの好条件であった。
数分ほど悩んだ末、加納は担当者に宣言する。
「よし! 俺ここに住みます!」
「ありがとうございます。それではすぐに準備しますね。少々お待ちください」
踵を返した担当者は玄関から外に出る。
その際、扉を施錠する音がした。
しばらく経っても担当者は一向に戻ってこない。
不審に思った加納が扉を開けようとするが、びくともしなかった。
「あれ? ちょっ、おい、どういうことだよこれ」
『加納さーん。こっち見てくださーい』
インターホンから担当者の音声が発せられていた。
画面に映る担当者は、先ほどまでと同じ笑顔のまま説明する。
『入居の意思が確認できましたので、あなたを監禁させていただきました。これから一か月、外に出ることはできません』
「は? 何言ってんだよ。ふざけんじゃねえ!」
『この家には悪質な霊が棲んでいるので気を付けてください。ちなみに最長生存記録は十四日です』
「早く出しやがれ! おい! 聞こえてんだろッ!」
『依頼者の梶様より伝言があります。くたばれクソ野郎、だそうです』
そこでインターホンの音声が途切れる。
怒鳴り散らして玄関扉を蹴る加納の背後には、無数の靄ような人間が密集し、枯れた手を彼に伸ばそうとしていた。




