録音テープ
これは、大学の時に実際にあった話だ。……と言うと大抵「はいはい」って顔をされるけど、俺自身、今でも説明がつかない。
俺が通ってた大学には、ほぼ使われていない古い視聴覚棟があった。八十年代くらいに建てられたらしく、VHSやカセットテープ用のブースが並んでいる。今はデジタル化で誰も使わないから、倉庫扱いだった。
ある日、ゼミの資料探しで教授に言われて、その視聴覚棟の地下倉庫に行った。鍵は事務室で借りたんだけど、職員のおばさんが妙に渋い顔してさ。
「……長居しないでね」
理由を聞いても、「古いから」「埃っぽいから」って曖昧な返事。地下に降りると、空気が明らかに違った。湿っぽくて、生ぬるい。蛍光灯がジジジって唸ってて、足音が変に響く。
目的の資料はすぐ見つかったんだけど、帰ろうとしたとき、棚の一番奥に一本だけラベルのないカセットテープが落ちてるのが目に入った。白いケースで、年季が入って黄ばんでた。
「なんだこれ」
好奇心で拾ってしまった。これが全部の始まり。
部屋に戻って、なんとなく再生してみた。カセットデッキなんて久々だったけど、動いた。最初は**ザー……**ってノイズだけ。三十秒くらいして、男の声が入った。
『……テスト、テスト……聞こえてますか』
普通の声。少し緊張してる感じ。
『えー……〇月〇日、午後十一時。これは、記録です』
記録?と思ったけど、変な内容じゃない。日記みたいな感じで、淡々と話してる。
『今日も、例の件で教授に呼ばれた。「気のせいだ」と言われたけど、 ……俺は、気のせいだとは思えない』
ここで一瞬、背後で「ゴトン」って音が入る。
『……今の、聞こえました?多分、上の階です』
俺は無意識にイヤホンを外して、部屋を見回した。もちろん何もない。テープに意識を戻す。
『最近、録音してないと落ち着かない。聞いてると、あいつが近づいてきてるのが分かるから』
……嫌な言い回しだな、と思った。途中から、内容がおかしくなっていく。
『今日は、また椅子が増えてた。昨日は三脚だったのに、今は四脚。……誰が持ってくるんだ』
『カメラを回しても映らない。でも、音だけは入る』
ここでテープの向こうから、スゥ……スゥ……
って、誰かの呼吸音が混じる。
男の声が、少し震える。
『……今、俺の後ろに、誰か、立ってる』
ゴクリ、と喉が鳴る音。
『振り向くと、いなくなる。でも、数が合わない』
数?
『……椅子の数と、足音の数が』
そこで突然、女の声が割り込んだ。
『みつけた』
一言だけ。すぐに、ガチャッという音と、男の荒い息。
『やめろ、来るな、記録中だぞ――』
バン!と、何かを叩きつけるような音。テープはそこで終わってた。
気味が悪くて、教授に聞いてみた。視聴覚棟のことと、このテープのこと。教授はしばらく黙ってから、低い声で言った。
「……それ、どこで見つけた?」
地下倉庫だと答えると、明らかに顔色が変わった。
「そのテープ、もう聞いたか?」
聞いたと言うと、深いため息。
「昔、あの棟で院生が一人、失踪した。研究熱心で、音の研究をしていた」
音の研究?
「人が“いないはずの存在”を認識する条件。特に、音だけで」
教授はそれ以上、詳しく話さなかった。ただ一言。
「そのテープ、二度と再生するな」
その夜、寝ていると、スマホのボイスレコーダーが勝手に起動していた。朝、確認すると、俺の寝息の奥で、同じ女の声が入っていた。
『数、合わないね』
俺はすぐ、あのテープを処分した。叩き割って、燃えないゴミに出した。
でも、それ以来、部屋にある椅子の数を、無意識に数える癖がついた。
昨日まで二脚だったのに、今朝は三脚。……増えた理由を、考えないようにしてる。
読み終わった今、少しだけ周りを見てみて。椅子、いくつある?数、合ってる?




