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第六章 帰還と崩壊(他者視点)



 ニーケーとの婚約を破棄したルーベンは、物言いたげな騎士団の連中を無視し、ついにエルシィを屋敷に住まわせるようになった。屋敷で生活することが多く、ニーケーよりもルーベンから愛されている確信を持っていた彼女は、元々次期辺境佰の妻として振る舞っていた。しかし、名実共に次期辺境佰の妻の地位を手に入れた彼女は、今までの比ではないほど、屋敷で自由に過ごしていた。


 今日も朝からベットで二人じゃれ合っていると、物々しい足音と共に部屋の扉が開け放たれる。


 無法者を罵倒しようと二人が顔を上げると、そこにいたのはこの屋敷の主人であり、王都にいるはずのオーガス・コリンズ辺境佰とその側近であった。

 彼らは鎧を着用し、戦中にそのまま急いで引き返してきたような有様である。


「貴様は一体何ということをしてくれたんだ!!」

 オーガスは大股でベットに近寄り、驚愕の表情で固まるルーベンの顔を強かに殴った。

 そのあまりの勢いにルーベンはベットから転げ落ち、床に尻餅をつく。だが、殴られてなお、理解が追いつかないらしく、唖然とした顔で自分の父親を見上げていた。

「ち、父上? なぜここに・・・・・・」

 ルーベンが苦しそうに喘ぎ、続けて口の中で何かを呟いたようだが、声にはならなかった。

「ルーベン様!」

 遅れて、エルシィが甲高い悲鳴を上げる。

「分かっているのか! 自分が何をしたか! 全て、終わりだ!!」

 しかし、オーガスはそんなエルシィには目もくれない。彼の凍てついた瞳は、真っ直ぐにルーベンを見下ろしていた。目を大きく見開いたルーベンは、もう声も出せないらしく、岸に打ち上げられた魚のように、何度も口をパクパクと間抜けに開閉し続けている。

 未だにベットにいたエルシィが、自分の格好を思い出したのか、慌てて身体にシーツを巻き付けた。


「・・・・・・た、確かに、父上不在の中に数度、ルクサリカと戦を行いましたが、グリトシュバ砦はこのようにしっかりと守り抜きました! ぼ、僕は命を懸けて、この砦を・・・・・・」

 ようやく、我を取り戻したルーベンがオーガスに申し開こうと口を開いた。ルーベンは「確かに勝手に戦をしたが、それは父親不在でも自分が舐められたりしないために、自分の力を誇示するために行った【仕方のない戦】だった」と思っていたし「確かに【体調不良で仕方なく】自分の代わりにニーケーを出陣させたが、結局敗北はしていないのだから、むしろ褒められるべきだ」と信じていた。

 つまり、この父親の怒り具合は【ただ混乱しているだけ】だけだ。だからこそ、なんとか、それを自分の父親に思い出させようとしたのである。


「戦のことではない!!」

 だが、その言い分もオーガスの一喝により、完全に止められる。

「ヒッ」

 ついに、情けない悲鳴がルーベンの口から漏れた。


「ニーケーだ! なぜ、ニーケーと婚約を破棄し、そのうえ、この屋敷から逃がしたのだ!!」

 オーガスの怒声にルーベンの表情に滲む戸惑いの色が強くなった。

「ニーケー? 父上、ニーケーごときいなくなったところで、一体どうしたというのですか? ・・・・・・いえ、父上がニーケーを気にかけてやっていたのは知っていますが、あんな女にそこまでの価値はありませんよ。父上が王都に行かれた後も、あれは全く使えない女だった、ただそれだけですよ」

 そこまで、言い切るとルーベンは調子を取り戻してきたようだ。口も軽くなったらしく、その口の端には人を馬鹿にしたような笑みが浮かぶ。

「大体、拾ってやっただけの、何の役に立たない孤児にそこまでの情をかけてやるなど、父上は甘すぎます。その上、あんな見窄らしい女を僕の婚約者に据えてやるるなど、正気の沙汰ではありません。だから、あの女が調子に乗るんです。

 父上、あんな女よりも、もっと僕に相応しい婚約者を、僕がこの手で探し出して・・・・・・」

 そういいながら、ルーベンはベットで縮こまっているエルシィの方を振り向いた。その表情は得意げですらある。

 その視線の先であるエルシィの顔は恐怖で引き攣っていたが、なんとか笑顔を作ろうとしているようだ。


「この間抜けが!」

 オーガスが杖を振り上げて、息子を叩く。慌てたルーベンが頭を庇うように床で蹲った。

「キャア!!」

 ついに耐えられなくなったらしいエルシィがシーツのままで、部屋から飛び出していった。オーガスに追従してきた鎧の一人がその背中を追いかける。

「ち、ちちう・・・・・・」

「一体! どれだけ!! あの娘を手に入れるために!! 私が苦労したと!! 間抜け!! この大間抜けが!!」

「い、いや・・・・・・あんな女にそんな価値は・・・・・・」

 父親の怒りようにまたルーベンの舌がもつれる。心優しい父親ではなかったが、ここまで激高した姿をルーベンに見せるのは初めてだったのである。

「祝福の子だぞ!! アイツの乳母にどれだけ、金を握らせて!! クソ!! クソ!! クソッ!!」

 怒り狂ったオーガスが更にルーベンに杖を叩きつけた。何度も何度もそれが繰り返される。強く握りすぎたのか、その手からついに杖が飛び出していった。

「あの小娘にどれだけの価値があると思っているんだ! お前も戦をしたなら、分かるだろう!!」

「え、いや・・・・・・」

 杖で打たれなくなり、恐る恐る顔を上げたルーベンがたじろぐ。何度も戦を仕掛けたが、彼は結局、一度たりとも戦場に出ていない。戦はすべてニーケーに押しつけたどころか、グリトシュバ砦にも上ってもいないのだ。そんな彼にはニーケーの価値どころか、ニーケーが戦場で何をしているのかすら分からない。


『いいか、そもそも僕は、お前のような女のくせに戦場にでるような、野蛮な出しゃばりは大嫌いなんだよ!』

 ルーベンはニーケーにそう言って、婚約破棄した。しかし、それは結局ニーケーと婚約破棄するための理由付けであり、彼自身に自覚はないが、自分の代わりに戦に出したことの一抹の恥ずかしさからの言葉である。ルーベンもニーケーのあの細腕で、まさか前線に出ていたなどとは思っていない。ただ、自分の代理で戦場に立つだけの身代わりのお飾りでしかない、そう思っていたのだ。ニーケーさえ戦場に立たせれば、伯爵家からも人を出さなくてはいけないなどと、口うるさい人間たちを黙らせることができる、ただそれだけである。


「あの女はなぁ、女神の加護を受けた祝福の子なんだぞ!!」

 オーガスが更にルーベンに叫ぶ。その顔は首まで真っ赤になっており、額には何本もの血管が浮き上がって、とても正気な様子ではない。

「ほ、ほうじょう? いえ、あの女は・・・・・・」

 ルーベンが再び口を開いた。

 彼の中ではニーケーは可愛げのない、使えない、ただの孤児である。あんな女のせいで自分が父親に怒られる、それはあってはならないことだ。彼はただこの状況が受け入れられなかった。

「あの女はそんな祝福など受けておりません! あの女は攻撃魔法一つ満足に撃つこともできない、ただの愚図です!! あんなのが、祝福など受けているはずがない! すべて、父上の勘違いで・・・・・・」

「黙れ!!」

 ついにオーガスの足がルーベンの腹を蹴り上げた。

 その衝撃でひっくり返ったルーベンが何度も咳込み、弱々しく呻く。

「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!!」

 オーガスは、もはや正気を失ったかのように叫んでいる。

「攻撃魔法なんて撃てなくて当然だ!! アイツは豊穣の女神の加護を受けているから、攻撃的な魔法とは相性が悪いんだよ!! クソ!! 戦の食料も、この領地の食料もアイツの魔法で補っていたのを、お前だって、見てきただろうが!!」

「で、でも、あの程度の魔法なら・・・・・・ニーケー、ではなくて、ほ、他の魔法使いでも・・・・・・」

「できるわけないだろう!! あの量を出させるのに、一体どれだけの金を払って、どれだけの魔法使いをかき集める羽目になると思っているんだ!!」

 自分のしでかしたことをようやく理解したのか、怒り狂う父親への恐怖からか、ルーベンの顔色が土気色へと変わっていく。


「い、いや・・・・・・その・・・・・・でも、ニーケーは使えなくて・・・・・・孤児のくせに貴族の真似事をするなんて・・・・・・生意気過ぎるのが悪いというか・・・・・・」

 それでも、ルーベンはあくまで自分のせいではなく、ニーケーのせいだとモゴモゴと呟く。

「もう、黙れ! これほどまでに馬鹿だとはな!!」

 しかし、また父親に睨みつけられ、肩を跳ねさせる。

「いいから、さっさとニーケーを連れ戻せ!! ルクサリカに連れ戻されでもしたら、どう責任をとるつもりなんだ!!」

「いえ、その・・・・・・いえ・・・・・・はい! わ、分かりました!」

 オーガスがルーベンの首を掴み、脅しつける。土気色を通り越して、ミルクのような顔色となったルーベンが、その言葉に必死に頷く。

「クソ! あんな馬鹿女に引っかかりおって!!」

 オーガスはルーベンを放り投げるようにして離した。大きな音をたてて仰向けになったルーベンは、もはや床に寝そべり、犬のように喘いでいる。その瞳からは、恐怖か生理的か曖昧な涙がじわりと滲んでいく。


「クソ! クソ!! 祝福だぞ! 祝福の子!! 手に入れるのに一体どれだけ・・・・・・」

 ブツブツと文句を呟きながら、オーガスは部屋を後にした。


 ついに、部屋にはルーベン以外誰もいなくなる。


 しばらく、浅い呼吸が続き、段々とその音が落ち着いていく。

「アイツの・・・・・・」

 取り残されたルーベンが小さく口の中で呟いた。

「アイツのせいだ・・・・・・ニーケー! 婚約破棄しても、まだ僕の邪魔をしやがって・・・・・・!」



 その瞳は憎悪に染まり、顔が醜く歪んでいく。



「絶対に許さないからな!!」


 それは自分よりも立場が下だと、そう信じている人間に責任を押しつけ、自己保身に慣れきった人間特有の現実逃避であった。



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