第四章 帰還と祝福 前編
ウィルの服を借り、帽子を目深に被る。
しかし、これは騎士というよりも、平民の少年の格好である。これは本当にウィルの服なのだろうかと思ったが、そういえば彼は密偵なので、こういう平民に紛れるための服を持っていても、不思議ではないのかもしれない。
そこは納得した。納得したのだが、こちらもやはり平民の格好をしたアーロに、なぜか背負われることになったのには、全く持って納得がいかない。
赤子や幼子にするようなこの扱いは、逃走防止の為なのだろうか。
「あの・・・・・・私、自分の足で歩けるので・・・・・・」
「村の外れに馬を隠してある」
「いや、歩けるので・・・・・・」
「重くはない」
「・・・・・・」
「あなたは体調不良の私の弟だ。背中に顔を隠してくれ」
「あ、はい」
全く対話にならない。アーロが重いか重くないかではなくて、恥ずかしいという話なのだけど、全然分かってもらえない。
やはり、逃走防止なのかもしれなかった。
大人しく言われたとおりに背中に顔を埋める。
伯爵の騎士団にも、公爵の騎士団にも、顔を見られたくない。恥ずかしいし、なんなら、片方は先ほどまで敵だったのだ。絶対に、見られたくない。
顔を押しつけたアーロの背中は逞しく「重くはない」というのも本当のことなのだろう。まぁ、そもそも、アーロは美辞麗句を並び立てる人間には見えない。そんな彼が「重くはない」と言ったならば、本当に「重くはない」はずだ。
背後で派手な爆発音が響く。
私は思わず、アーロの背中に額を打ち付けてしまった。それが爆発の風のせいか、私が吃驚して動いたからかは分からない。だが、かなり近くで音がしたことだけは分かった。
まさか、伯爵の騎士団からの密偵が潜り込んでいたのだろうか。
「・・・・・・今、かなり近くだったですよね?」
しかも、方角的に言えば、私たちがいた屋敷の方からである。まさか、私が・・・・・・いや、流石にない。きっと、アーロが狙われていたのだ。それで、アーロが出かけていることに気が付かずに、爆発魔法を仕掛けたのだろう。
「爆発魔法だ、よくある」
「よくあるんですか!?」
アーロは音のした方を一度だけ確認し、すぐに顔を戻して歩き出した。しかも、反応が慣れている。全く危機感というモノが感じられない。
「それに、向こう側に爆発魔法を使う魔法使いはいない」
「あ、でも、爆発・・・・・・屋敷の近くでしたよね? 向こうの騎士団の密偵とかが薬品を使って・・・・・・」
「いや、うちの騎士団の魔法使いだ。アイツは気が向いたら爆発するんだ」
「え」
気が向いたら、爆発する?
気が向いたら、爆発するって言ったのだろうか、今?
なにが爆発するというんだろうか?
気にはなるが、怖すぎて聞けない。
「向こうの騎士団にニーケー様がいるから、下手に爆発魔法が使えなくてな。だが、これからは使うことができるので、喜びを表明するために爆発したんだろう」
「・・・・・・喜びを表明するために爆発?」
喜びを表明するために爆発、ってなんだ?
「すまないが、今は時間がないので紹介できない」
「いえ、別に紹介して貰わなくていいです。いや、絶対に紹介しないでください」
「ん? いや、公爵閣下の騎士団の有力な魔法使いだからな。いずれ、紹介はしよう」
「・・・・・・」
アーロが淡々と説明しながら、足を進めていく。走るまではいかないが、かなりの大股である。
私はその説明を聞いていると、なんだか鳩尾辺りが重くなってきた。
どうしよう、本当に全然会いたくない。
「あぁ、そうだ。一応、毛布を被せておくから、顔が隠れるようにしておいてくれ。喉は痛くて声が出せない、ということにしている」
「・・・・・・はい」
そんな私の様子など歯牙にもかけず、アーロが毛布を被る。頭から無造作に被さったそれは、私の頭どころか、アーロの頭まで隠されてしまう。「疲れたら眠っていい」
アーロからそう言われたが、まさか爆発が起こった後に、眠ることができるほど私は図太くない。そう、例え色々ありすぎて疲れていたとしても、先ほどまで敵対していた騎士団の団長の背中で居眠りできるほどに肝は座っていないのだ。むしろ、寝ることができる人間がいるなら見てみたい。
「うっ・・・・・・」
振動で目が覚める。
どうやら、寝ていたらしい。
まぁ、確かに今日は婚約者の代わりに戦に行って、その帰り道での婚約破棄。しかも、体調不良で戦に行かなかったはずの婚約者は、今回も愛人と屋敷で楽しく過ごしていたという始末である。これが疲れたって仕方がないだろう。
「!」
脳が回り始める。
そう、婚約破棄。婚約破棄されたのだ、私は。
そして、私は今、振動で目を覚ました。
振動、振動である。
一体何の振動だ?
落としていた視界を頭ごと持ち上げる。
眼前に広がるのは──白い立派な毛並み。
「・・・・・・」
それはもう立派な白い毛並みである。状況が状況でなければ、撫でたいくらいには、立派だ。
そして、立派な鬣のそれはブルルと嘶き声をあげた。
「・・・・・・」
感じる振動とお尻の痛みには覚えがある。
──どうやら、ここは白い馬の上らしい。
そして、今は馬に乗って移動している最中のようだ。
視線を動かすが、なかなか前は見えない。この馬自体が大きい上に、鬣は立派過ぎるし、頭部が布でくるまれているせいで視野が狭いのだ。顔にかかった布を少しずらそうとしたが、布の上から縄が巻かれてビクともしなかった。おそらく、眠っている間に私が落ちないように縛っていたのだろう。それは気遣いで、親切ではあるのだろうが、縄に縛られていると思ったら、お腹が苦しいような気がしてきた。
「起きたのか」
自分のすぐ背後から声が聞こえた。
すぐ背後というか、どうやら私を抱えるようにして馬に乗っているらしい。私の身体を挟むように太い腕が馬の手綱に伸びていた。
その腕を辿るようにして、背後を見上げる。
そこにいたのは白髪に緑の瞳を持つ精悍な顔をした男、アーロ・ガルシア。
「・・・・・・やっぱり夢じゃなかったんだ・・・・・・」
お腹に続いて頭の痛みまで出てきた。
自分はクレセルテで生まれ育った孤児、そう信じていた。
しかし、彼が言うには私は元々ルクサリカの公爵家の令嬢で、幼い頃にクレセルテの辺境佰に誘拐されたのだという。
今日一日で色々なことが巻き起こりすぎて、頭が爆発しそうだ。
・・・・・・そういえば、本当に爆発魔法を使っていた人間もいたようなのだが、大丈夫なのだろうか。
いや、今はそんなことを考えている脳の余裕はない。
「あぁ、夢ではない。これで公爵閣下に良い報告ができると、みな喜んでいる」
アーロの顔は心持ち誇らしげに見えた。
「・・・・・・」
公爵閣下や奥方に「偽物だ」と言われて、そのまま「処刑だ」なんて言われることにならないといいけど。
私は明後日の方向へと目をやった。
「ニーケー!! あぁ、何ということ! あぁ、わたくし、もう生きている間には会えないのかと思っていたわ!!」
公爵家に向かっている途中、豪奢な紋がついた馬車が前方からやってきた。馬を止めたアーロが馬上で頭を下げる。縄で縛られて身動きがとれない私もそれに習っていたのだが、馬車が馬の横に並んだ瞬間、窓が開き、中に乗っていた女性が大きな声を上げたのだ。
その瞳は真っ直ぐに私を見て、私の名前を呼んでいる。
「え」
だが、その顔には全く覚えがない。
当たり前だ。
私はルクサリカに来るのは初めてだし、この国の貴族に知り合いなど一人もいないのだから。
「公爵閣下の奥方。つまり、君の母君だ」
間抜けの声を上げた私に顔を伏せたまま、アーロが説明する。
母君。
君の母君。
「・・・・・・え、私の母君?」




