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第三章 誘拐と敵国



「私と結婚してくれ」

「・・・・・・ん?」

「私と結婚してくれ」

「・・・・・・い、命ばかりは助けてください?」


 婚約破棄された私ニーケーは、元婚約者の父親の領地に何度も攻め込んでいる百戦錬磨の竜獅子アーロ・ガルシアに誘拐され、なぜか求婚をされていた。

 私は先ほどまで、彼の騎士団と戦っていた元婚約者側の騎士団を後方支援していた。つまり、彼とは敵対していたのである。だというのに、これだ。


「・・・・・・いや、どういうことなの?」

 全く理解が追いつかない。

 何がどうなってこうなったのか、さっぱりだ。

 反射的に命乞いをしてしまうくらいには混乱している。

 いや、混乱というか、脳が理解を拒否しているというか。


「混乱させてしまったようだな」

「確かに、急でしたしね!」

「あぁ、そうだな」

 ウィルの言葉にアーロが納得したように頷く。

 どうやら、私の命乞いは完全に流されたらしい。まぁ、混乱はしているし、急ではあるわけだが、それ以上に色々な言葉が足りていないんじゃないだろうか。

 思わずウィルの方を見るが、彼は未だに笑顔を浮かべたままで、その思考は全く読めない。

 アーロに視線を戻すが、彼の方はまだ床に片膝をついたままである。先ほどまで、自分が所属していた騎士団と敵対──というか仇敵たるアーロが私に膝をついている、という状況に酷く落ち着かない。


「とにかく、立ってください」

「あぁ」

 思わずそう乞えば、ようやくアーロが膝を立てて、そのまま立ち上がった。求婚して命乞いされた男の顔とは思えないほど落ち着き払っている。私がいうのも何なのだが、戸惑いとかないのだろうか。


「この話の続きは君の父君に会ってからにするとしよう。それにしても、ウィル。ニーケー様は就寝時の服装のままではないか。着替える前に無理矢理連れてきたんじゃないだろうな」

「え、そんなことはないですよ?」

「お前は人の話を聞かないところがあるからな」

「え? そうです?」

 アーロとウィルが気の置けない会話を繰り広げる。妙にテンポがいい。

 そして、ウィルに関しては返事も待たずに扉を開け、引っ張ってここまできたので、普通に無理矢理だ。そんなことがありすぎる。


 だが、そんなことよりも、聞き逃せない単語があった。


「ち、父ぎ・・・・・・み?」


 今、この竜獅子は「君の父君」とか言わなかったか?

 私は孤児である。孤児だから、ルーベンの父親であるオーガス辺境佰に拾われた。だから、親なんていないはずである。ならば、誰の父君だろうか? ウィルの父君? まさか、他国で密偵なんて危ない事をしていながら、地位のある父親がいる、ということだろうか。



「・・・・・・あぁ、覚えてないのか。確かに、誘拐されたのは幼い頃だという話だったな」

 続くアーロの言葉に更に頭が混乱する。


 誘拐された?

 誰が?

 一体何のことだろうか?


 とにかく、何か質問しようと口を開くが、なかなか言葉が出てこない。アーロは説明したり言葉を続けたりもせずに、ただ私が口を開閉するのを見つめている。私の言葉を待っているのだろうか。


「お二人とも」

 その状況で声を上げたのはウィルである。

「僕はそろそろ向こうへ戻らないと不味いので、もう行きますね」

 私はその言葉にハッとして彼をみる。

 そういえば、彼は敵国に潜入している密偵だ。長い時間姿をくらませていると、潜入先に疑われてしまうことになるだろう。私が屋敷を去って多少混乱しているとしても、である。


「それじゃあ、失礼しますね」

 ウィルがアーロに礼をする。そして、出て行く前に私に向き直り、耳に口を寄せてきた。思わず仰け反るが、それ以上に距離を詰められる。

「団長はちょっと無愛想で、口下手で、怖くみえるかもしれないですけど、あなたのことを本当に心配していた優しい人なんです。だから、大丈夫。団長はあなたのことを傷つけたりしないですからね」

 そこまで言うと、何度か肩を優しく叩かれた。敵意というモノが感じられない、優しい手つきだ。

「それじゃあ、また!」

 最後に私とアーロに別れを告げると、跳ねるようにして廊下に消えていってしまった。


 そして、私とアーロが取り残される。


 アーロも私も次の言葉が出ない。求婚されたと思ったら、誰かの父親に会わせるなんて言われて、私の頭は酷く混乱していた。そして、アーロの方も口数が多い人間ではないのだろう。全く何も喋らないどころか、口を開く気配すらない。

 重たい沈黙に耐えきれず、視線を逸らす。


 大きな執務机に壁側に本棚が並んでいる。ここは執務室だろうか。何かが落ちる音がしていたが、床には何も見あたらない。きっと、ウィルが扉を開ける前に全て片付けてしまったのだろう。


「・・・・・・」

 そういえば、この屋敷は一体どこの屋敷なのだろうか。

 アーロがいるということは、ルクサリカの領土に連れてこられたのだろう。だが、密偵であるウィルもここにいたということは、まだグリトシュバ砦の近くなのかもしれない。


 外から騎士団のモノらしき歓声が上がる。


 その歓声を聞き、私も何か言わなければいけない気がしてきた。

 だが、一体何を聞けばいいのだろうか。

「えっと・・・・・・」

 思わず、一言だけ零し、また口を閉じる。

 やはり、何を言えばいいのか分からない。


「君は元々ウィクトーリア辺境佰のご令嬢だったんだ」

 そんな私にアーロが端的に言い放つ。


 ウィクトーリア辺境佰。

 ルクサリカの貴族であり、グリトシュベ砦に攻め入っているアーロ・ガルシアの所属する騎士団を私兵として抱えている公爵である。


「は?」

 そんな人が私の父親?

 敵国の公爵が?

 今まで敵対していた国の貴族が?

「バルト公爵閣下もこの場に来たがっていたのだがな、奥方の体調が思わしくなく」

「え?」

 しかも、私の母親・・・・・・らしき人の体調が悪い?

 それが顔に出ていたのか、アーロがすぐに付け加えた。

「あなたが誘拐されてから、ずいぶんと気を落としてしまってな。まぁ、当然だ。信頼していた乳母に裏切られ、自分の娘を敵国に攫われたのだから、気にも病むだろう。さらに、その誘拐犯の息子の婚約者にまで仕立て上げられ、代理で戦にまで出されていると聞いて、より参ってしまったのだ。最近は、戦という言葉にも泣いてしまうようになられてな。公爵閣下が側について「戦などはしていない」と言い聞かせておく必要があった。

 しかし、あなたさえ公爵家に帰られたら、奥方もきっと元気になるはずだ」

 アーロは表情は変えずにそう言いきった。


 私が誘拐された公爵家のご令嬢。

 ・・・・・・私が?


「・・・・・・本当に、私がその誘拐された公爵家のご令嬢だと、信じているんですか?」

 思わず、眉を寄せて彼に問いかける。

「信じているのではない。私たちは知っているだけだ」

 アーロの瞳は真っ直ぐで曇り一つない。どうやら、心の底からそう信じているようだ。


「私は孤児だと・・・・・・」

「それはコリンズ伯爵の嘘です。彼こそが、公爵家から祝福の子であるあなたを誘拐した犯人であり、孤児だと洗脳して、あなたの祝福の力を自分のいいように使っている男だ」

 アーロは私の言葉を遮って言い切った。


 オーガス・コリンズ辺境佰。

 孤児である私を拾って世話をしてくれたクルセルテの伯爵。

 彼こそが、公爵家から、両親から私を誘拐した犯人。


 急にそんなことを言われて、頭が痛くなってきた。

 つまり、私はルクサリカに誘拐されたと思っていたが、本当は子供の頃にクルセルテに誘拐されており、彼らからすれば誘拐犯から娘を取り戻しただけ、ということだろうか?


「すみません、理解が追いつかなくて・・・・・・でも、私は公爵家の・・・・・・そのご令嬢でも祝福の子?でもないかと思うんですけど・・・・・・」

「いや、構わない。だが、たとえ君が理解できなくても、私たちは君を公爵閣下と奥方の元へ連れて行かなくてはいけない。一刻も早く君と会うことが二人の悲願だからな。

 少し休んだら、ここを発つ。私が護衛としてつき、直接公爵家に向かおう」

 アーロはにべもなく、そう言い切った。

 どうやら、彼の中では、私が公爵家の令嬢ということと、公爵家に行くことは決定事項なようだ。

 これは反抗しようとしても無駄だろう。

 だが、私が公爵家の令嬢でなかったとしたら、どうなるだろう。嘘をついたと、罰されそうで怖い。私は否定したけれど、アーロがそう思いこんでしまったのだと押し切って、なんとかならないだろうか。


「ニーケー様、ここは戦の拠点として借り受けている屋敷で、メイドも不在だ。申し訳ないが、ご自身で着替えて貰わなくてはならない」

「えっと、私、普段から自分で着替えているので、大丈夫です・・・・・・貴族のドレスみたいな手伝いがいるものでなければ」

「申し訳ないが、ドレスもない」

「なくていいんですよ、なくて」

 アーロは表情を変えずに言ったが、もしかしてこれは少しトボケてみたのだろうか。戦中の騎士団がドレスを持って戦っていたら、色々な意味で怖い。その上、筋骨隆々な見知らぬ騎士が持っていたドレスが自分にピッタリだったら、さらにゾッとする。


「申し訳ないが、敵の目を誤魔化すためにも、男物の服を着て貰わなくてはならない」

「えぇ、大丈夫ですよ。お下がりとか慣れていますし」

 何の気なしにそう答えると、アーロが眉を寄せた。

「奴ら、公爵令嬢にして祝福の子たるあなたに、お下がりなど着せていたのですか」

「えっと・・・・・・公爵令嬢でも、祝福の子でもないから・・・・・・じゃないですかね」

「いいえ、あなたは公爵令嬢ですし、祝福の子です」


 吃驚するほど、頑固である。


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