第二章 誘拐と求婚
婚約者の代わりに戦に出ていたら、婚約破棄され、誘拐される。
もう、散々である。
だが、更に散々なのは、目覚めた瞬間、私の視界に入ったのは見覚えのある紋章が目に入ってきたということだ。
グリトシュバ砦で嫌になるほどに見た紋章。
それも、味方ではなく敵として、本当に嫌になるほどに見ることになった、竜と獅子が絡み合った紋章である。
この紋章は間違いなく、ルクサリカの百戦錬磨の竜獅子、アーロ・ガルシアのもの。
私を誘拐したのは、砦に攻め込んできた彼の騎士団なのだろうか。それとも、その騎士団を騙る賊なのだろうか。
ウィル。
どちらにしても、彼はうちの・・・・・・否、辺境佰の騎士団に潜入している密偵だったに違いない。
それで、騎士団を抜け、屋敷を抜け出した私を誘拐して・・・・・・誘拐? 私をわざわざ? 後方支援の私をわざわざ誘拐して、一体どういうつもりなのだろうか。
首の後ろをさする。そこはまだジンジンと熱を持っているようだ。失神させる精神干渉系の魔法を使われたのだろうか。だとすれば、かなり珍しい魔法である。
ベットから、身体を起こす。
着ていた防具は流石に外され、楽な格好にされていた。あのままで寝れば、身体のあちこちが痛んでいただろうし、それはありがたい。だが、起きた今はあのお下がりの防具が酷く恋しかった。
当たり前である。どう考えても、ここは敵の陣地ど真ん中なのだから。ないよりはある方が断然マシだ。
しかし、この部屋の窓には鉄格子もないし、普通に扉がある。その上、寝かされているベットは柔らかくて、上等なものだ。ベット以外に並んでいる机などの家具だっていいものだろう。どうやら、地下牢ではないらしい。いや、もしかすると、貴族の屋敷なのかもしれない。だとすれば、これからの話次第で、地下牢に入れられる羽目になるかもしれないわけか。
「・・・・・・それにしても、見張りの一人もいないなんて」
思わず、舐められたものだと思ってしまったが、私一人ではどうにもできないので、全くもって正しい見識ではある。舐められて正解なのだ、私は。
大きく息を吐き、息を吸う。
こういう時、攻撃型の魔法使いが羨ましくなる。壁を破壊して逃げたり、追っ手を攻撃したりできるのは大きいだろう。
だが、私が攻撃型の魔法を持っていても、この状態では一矢報いることができるかどうか分からない。いや、そもそも一矢報いるとは敵に対しての言葉で、自分が攻撃されたときに使う言葉だったか。
「・・・・・・誘拐は攻撃に入るのだろうか?」
むしろ、何で私が誘拐されたのだろうか?
身代金目的? いや、ルクサリカはクルセルテよりも大国だし、資金も潤沢なはずだ。アーロが率いる騎士団の装備はいつだってしっかりしていた。
それに、私は辺境佰の息子から、婚約破棄を言い渡された人間である。
その上、貴族ではないどころか、両親もいない孤児。
そんな人質として無価値な私を、密偵がバレるリスクを冒してまで誘拐するなんて、一体どういうつもりなんだろうか?
もしかすると、ウィルが私の婚約破棄を知らずに、人質としての価値があると思いこんで、誘拐してしまったのだろうか?
人質でルーベンを脅して、砦を攻略しようとしている?
そうかもしれない。
辺境佰たるオーガスがいない、それは難攻不落と言われたグリトシュバ砦を攻略するまたとない機会のはずだ。
・・・・・・それに、考えたくもないが、愛人のエルシィと勘違いされた可能性もある。
それなら、説明がつくが、人質としての価値がなくなった私は──
「殺される、よねぇ・・・・・・」
腰抜けの馬鹿息子の代わりに何度も戦に出陣してがんばって、これである。
「本当に最悪すぎる・・・・・・」
ベットから立ち上がり、窓へ近付く。
しかし、その瞬間、男性たちの叫び声が響いてきた。
心臓がひっくり返り、口から飛び出しそうになる。早鐘を打つように心音が鳴り響く。
叫び声、いや、歓声だろうか。思わず部屋を見渡すが、もちろん、誰もいない。歓声は外から響いてきたのだ。あまりにも大きい声だったので、部屋の中から聞こえているのかと思ってしまった。
私が動いたのを咎められた訳でも、発見されたわけでもないとは分かったが、まだ恐怖に慄いた心臓は元には戻らない。
喧嘩だろうか、いや、多分騎士団が模擬戦か稽古でもしているのだろう。
本当に驚いた。すぐにでも、殺されてしまうかと思った。
大きく溜め息を吐く。
オーガス辺境佰には、孤児である私を拾って貰った恩がある。
だが、正直、それ以上の負荷が私にはかかったと思う。それもずいぶんと長い間。
確かに屋敷の馬小屋を使わせて貰ったのはありがたかったけれど、働けるようになってからは給金なしのメイド生活だったし、血迷って自分の息子の婚約者にしたと思ったら、浮気しまくる息子に対してなんのお咎めもなし、私が代わりに戦に行かされていると知った時でさえも無反応だった。
やはり、拾っただけの子などその程度だったのだろう。もう十分だ。恩をいつまでも返すことになるなんて、ごめんだ。そんなのは奴隷と変わりない。
だから、オーガス辺境佰に恩を感じるのはもうやめよう。
「・・・・・・」
決意を新たにしたが、目先の問題はそれではない。
先ほどまで敵対していた国の、というか、対峙していた騎士団に誘拐されたことが問題なのだ。
正直、オーガス辺境佰やあの馬鹿息子の情報を根こそぎ吐いたら、勘弁してもらえないだろうかとすら考えている。
扉からノック音が響き、私は再び心臓がひっくり返りそうなほどに驚いた。
「ニーケー様」
扉の向こうから声がかかる。少し高いが男性の声、いや、少年の声だ。
それには、聞き覚えがあった。
酒場の前で声をかけ、そして、意識がなくなる前にその場にいた少年──つまりは、誘拐犯かその一味だろう少年である。
「・・・・・・ウィル・・・・・・?」
「はい!」
名前を呼んでみると、元気な答えが返ってきた。
まさか、誘拐犯からモーニングコールを受けるなんて。いや、誘拐犯としては、誘拐してきた人間の状態確認は当然なのだろうか。それにしても、なんて元気一杯な声なのだろうか。扉を開けると満面の笑みでも浮かべてそうだ。何を考えているのか全く分からなくて、普通に恐ろしい。
「アーロ団長がお待ちです!」
「・・・・・・」
分かっていたが、やはりアーロ・ガルシアの率いる騎士団に囚われたらしい。しかも、その騎士団団長の、百戦錬磨の竜獅子が私を待っているときた。
「ニーケー様? 開けますよ!」
開けますよの「あ」どころか、ニーケー様の「ケ」の地点で扉は無慈悲にも開けられる。
そして、そこにいたのは予想通り満面の笑みのウィル。満面というか、無邪気というか、いっそ、褒められるのを待っている仔犬のような目映い笑顔ですらある。
「さぁ、行きましょう!」
そして、その褒められることを確信しているらしい仔犬は、私に実質の死刑宣告を行った。
思わず天を仰ぐ私の手をウィルが引っ張る。
「さぁ、こちらです!」
どうやら、この小悪魔は私を死刑にしたくて仕方がないらしい。グイグイと引っ張り、私をどこかへ・・・・・・いや、アーロ・ガルシアという処刑台の擬人化へと導いていく。
心持ち足に力を入れて反抗したのだが、ウィルも鍛えているらしく、歯牙にもかける様子はない。いや、私の反抗に気付いてさえいないのかもしれなかった。
葬式に行くような気分である。まぁ、葬式されるのは私なのだろうけど。いや、葬式はあげてもらえるのだろうか? 分からない。
廊下を真っ直ぐに進んでいき、大きな両開きの扉の前に辿り着いた。
ウィルは一切の躊躇無く、それを叩く。
「団長、ニーケー様をお連れしました!」
そう扉の向こうへと呼びかけられた瞬間、中から大きな音が響いた。大きな固いモノが床に落ちた、そういう音である。
返事も人の喋り声もしない。ただ、何かが落ちる音がしたという事は、中に人間はいるのだろう。
なにせ、そのあとも、何かが落ちていく音と、金属音が中から響いてくるのだから、間違いない。だが、返事は一切返ってこないままである。まさか、中には賊が入り込んで何か盗んでいる最中なんじゃないだろうかと疑うほどだ。
私は片眉を持ち上げて、ウィルをみる。ウィルの方はニコニコとしたまま、扉の向こうの騒動が落ち着くのを待っているようだ。賊だとは思ってないのだろうか。
私の視線に気が付くと、こちらを見下ろし「団長もあんなに喜んでいますよ!」と耳打ちしてきた。
喜んでる?
こうしてモノを落とすのが、喜んでいることになるんだろうか?
というか、なんで喜んでいるんだ?
私を殺せるから?
私は前線に出てないし、後方支援だけだから、そこまで恨まれていないと信じたかったんだけれど、違うのだろうか。
「・・・・・・入れ」
音が落ち着き、しばらく。ついに中から低い男性の声が聞こえてきた。
首の裏まで総毛立っていく。この扉の向こうにいるのは、実質私のとっては死神だ。
まずは深呼吸をしようとしたところで、ウィルによって扉が勢いよく開け放たれた。
「失礼します!」
扉を開けた後で声をかける派らしい。
今ので、心臓が三つくらい潰れた気がする。
中にいたのは二十代半ば・・・・・・いや、前半の鎧を纏った男性である。鎧を纏ってはいるが身長もずいぶん高いし、体格も良さそうだ。多分、私なんて一捻りに違いない。
戦続きだったせいだろうか、少し伸びた白髪に眼光の鋭い緑色の瞳をしていたが、美形ではあった。
百戦錬磨の竜獅子なんて聞いたので、竜のような体格とオークのような顔をもつ厳つい男かと思っていたが、予想は大きく外れたようだ。武勇伝を持って帰れば、さぞやおモテになることだろう。
・・・・・・ダメだな、嫌味になっている。別にルーベンのことは好きではなかったのだが、彼の代わりに戦まで行ったのに、愛人と堂々と浮気三昧したうえに、門前払いの婚約破棄をされたことに、私という人間は思ったよりも怒りを覚えていたらしい。まぁ、あれほど粗雑に扱われれば、そう思うのも当然か。
アーロが険しい顔をして私の方へと近付いてきた。
どうしようかな、命乞いをする? どういう内容で? そもそも、命乞いを聞いてくれる相手なのだろうか?
迷っているうちに、ついに私の目の前までやってきたアーロが床に膝をつく。
「ん?」
そう、膝をついた。
そして、膝をついたまま、百戦錬磨の竜獅子が私の手をとり、乞うような眼差しで見上げてくる。
「ん?」
頭が追いつかない。
一体何が起こっているのか。
「私と結婚してくれ」
「・・・・・・ん?」
「私と結婚してくれ」
「・・・・・・い、命ばかりは助けてください?」
頭が追いつけない速度で物事が進みすぎて、私はついに錯乱した。
結果、私はなぜか敵国の仇敵に求婚されながら、とりあえず命乞いをすることになったわけである。




