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第一章 婚約破棄と逃走


「いいか、そもそも僕は、お前のような女のくせに戦場にでるような、野蛮な出しゃばりは大嫌いなんだよ!

 父上の言いつけだったから、仕方なく婚約者として扱ってやっていただけだ。大体、こんな親無しの孤児を嫁にするなんて、あまりにも僕が可哀想だろ。

 父上は小さい頃に可哀想なお前を拾って、同情をしてしまったんだろう。だが、僕はお前みたいなアバズレには騙されないぞ!」

 この嫌みったらしい金髪碧眼男は、恥ずかしながら私の婚約者のルーベン・コリンズである。

 この男のどこが恥ずかしいって辺境佰なんていう、他国との国境に領地を持つ国土防衛の要の一人息子でありながら、全く戦に向いていない。いや、向いていないどころではない。戦が始まるまでは勇ましいことを言いながら、いざ始まると体調不良で自分の出陣だけを取りやめるのだ。それも、一回二回の話ではない。毎回である。

 もちろん、騎士団を統率する立場である辺境佰やその代理が出陣しないなど、あり得ない事だ。士気低下どころではない。この辺境佰とその側近が王都防衛で不在の中、反発どころか、反乱が起こったっておかしくない事態だろう。だからこそ、仕方なく、本当に仕方なく、辺境佰の息子の婚約者として私が代理で戦に出てきた。すると、味を占めたこの男は毎回体調不良になるようになったのである。

 ちなみに戦に出たくないだけで、戦をするかどうか決めたり、騎士団に命令するのは自分がやりたいらしい。騎士団の人間が出陣するのは私だからと指示を仰ぎに来ると、それこそ烈火のごとく怒り狂う。「誰の騎士団だと思っているんだ」というのが最近の口癖であるが、彼の父である辺境佰の騎士団だし、この男は一度たりとも戦に出ていないのだから、こちらの方こそ「誰の騎士団だと思っているんだ」と聞いてやりたい位だ。


 そして、その結果がこれである。

 今回も攻め込んできた隣国ルクサリカからグリトシュバ砦を守り抜き、屋敷に戻ってきたら、門も開けずにこう言い放たれた。

 ドッと私の身体に疲労が襲う。いや、別にルーベンの事が好きだと言うわけでもなんでもない。ただ、戦の前に言えよと思ったわけである。私、今回の戦に出損じゃないかな、と思うと力も抜けるというものだ。いや、そもそもどの戦にも出損か。


「ごめんなさぁい! でもでも、ニーケーさんみたいな野蛮な方がぁ、貴族のお嫁さんには、やっぱりなれないと思うんですぅ」

 で、その婚約者の隣にいるのはエルシィ・リード。燃えるような赤髪に青い瞳、今日も大胆に胸部を露出したドレスを纏ったルーベンの恋人である。いや、私は一応婚約者なのだから、愛人というべきなのだろうか? まぁ、今から婚約破棄されるみたいだが。


「大体、お前が「勝利に導く」なんて言われているのも、気にくわないんだよ! いいか、戦に勝っているのはお前は関係ない。僕の騎士団のおかげなんだよ! それをさも、自分の手柄のように吹聴しやがって、本当に孤児って奴は恥を知らなくて困るよ」

 ルーベンが更に責め立てるが、私は別に「自分が勝利に導きました」なんて言ったことはない。誰が言っているのか知らないが、何のつもりなのだろう・・・・・・いや、誰も言っていなくて、ルーベンがそう思いこんでいるだけという可能性もあるか。

 正直、私としては戦になんて行きたくないから、ちゃんとルーベンに行って欲しいと思っている。なのに、そういう話をしようとするとすぐに不機嫌になるし、最終的には「僕が体調不良のまま戦に行って死んだらいいと言っているのか!」と逆に怒鳴ってくる。騎士団が戦に出て行ったらすぐに体調はよくなって、こうやってエルシィを屋敷に呼び寄せて遊んでいるくせに、本当にいい面の皮をしているものだ。よい鞄ができそうだ。まぁ、ルーベンの皮でできた製品に価値が付くかは知らないけど。


「ルーベン様可哀想ですぅ。まぁ、産まれが悪いニーケーさんは、そういう卑怯な事でもしないと、ルーベン様と結婚なんてできないですよね!」

 エルシィの方は私がルーベンと結婚したいと信じているらしい。いや、きっと、ルーベンの方も私が結婚したがっていると信じていそうだ。大きな溜め息を吐きそうになる。

「本当にそうだよ、エルシィ。この女は僕と結婚したいばかりに、こういう卑劣な真似ばかりして、僕を困らせるんだ!」

 また、二人の茶番が始まったので、明後日の方へと意識をとばす。相手にするだけ無駄なのである。


 それにしても、腰抜けの代わりに戦にまで行って、その腰抜けは公然と愛人を作っているという状態で、そんな腰抜けと結婚がしたいなんて人間がどこにいるのだろうか。

 そんな腰抜けと結婚なんて、正直、私は絶対にごめんだ。むしろ、情なんて微塵もないのに、こんな粗雑な扱いをされても、殺してないのを褒められたいくらいだ。

 今日まではルーベンの父親、辺境佰のオーガス・コリンズ様に拾われた恩をと思って耐えてきたが、もうここまでくれば恩も返し終わっただろう。


「まぁ、どうしてもと言うなら? お前が僕の代わりに戦し続けるなら、愛人として屋敷に・・・・・・」

「それでは、婚約は破棄と言うことで、私はここで失礼しますね。今まで、お世話になりましたとオーガス様にはお伝えください」

 それだけ言うと、さっさと踵を返した。

「に、ニーケー様・・・・・・!」

 騎士団からいくつか私の名前を呼ぶ声と、ざわめきが聞こえた。

「最後まで、かわいげのない女だ! もう二度とこの屋敷にも僕たちにも、父上にも近付くなよ!!」

「自業自得なんですから、恨まないでくださいねぇ」

 それに混じってルーベンとエルシィの声も響くが無視だ。



 ともかく、もう私は自由になった。

 ならば、さっさとこんな屋敷からは出て、ひっそりと暮らそう。

 きっと、それが一番いいはずだ。



 この国の名前である『クレセルテ』というは古代語で青い瞳を持つ者、という意味の言葉らしい。だから、ルーベンやエルシィ、それにオーガス辺境佰に騎士団の人間に至るまでその大半が青い瞳を持っている。その色合いこそは様々だが、それでも青みがかった瞳ばかりであることは間違いない。

 そんななかで、私、ニーケーは焦げ茶色の髪に緑色の瞳をしていた。


 緑。

 そう、よりによって緑である。

 今日もグリトシュバ砦に攻め込んできた国の名前は『ルクサリカ』であり、古代語では緑の瞳を持つ者という意味の言葉なのである。

 クレセルテの国民は『自分たちは青い瞳の人間である』という自負が強いため、他の色の瞳は忌避する傾向にあるが、その上このルクサリカに攻め入られている状態。騎士団でも私はなかなかに浮いた存在だった。自分たちが仕えている辺境佰の息子の婚約者であり、その代理として来ているので直接言いに来る人間はいなかったが、陰でこそこそ言われていたのは、もちろん知っている。

 戦が危険だから、重労働だから、なんであんな腰抜けの代わりにと思って、行きたくないというのもあったが、いつか騎士団員に『コイツが裏切り者では?』なんて疑惑をかけられたら、どうしようと怖かったのもある。そう、私には戦の場で敵や内通者の罠にかかった時、真っ先に疑われる自信があったのだ。悲しいことだが、それは絶対的な自信である。


「ま、そんな思いも今日でおしまい、かな」

 立ち止まって、大きく伸びをする。

 オーガス辺境佰に合わせる顔はないし、すれ違わないようにしたい。彼は今王都ニッザコノム召集され、セラスマ湖から攻め入ろうとしている賊の対応をしている。かなり手間取っているようだし、ただの賊ではなく、どこかの国の兵が賊に偽装しているか、兵士崩れなんじゃないかという事らしいが、大丈夫だろうか。まぁ、長い間ルクサリカという大国相手に戦って、グリトシュベ砦を守ってきた辺境佰だ。今回もうまくやってくれるだろう。

 ・・・・・・そのグリトシュベ砦を守るルーベンがどうかは知らないけれど。まぁ、代わりに戦をする私もいなくなったので、これからは非好戦的で穏便な姿勢になるだろう。


「にしても・・・・・・」

 自分の格好を見下ろす。

 屋敷に入れてもらえなかったので、この身一つで出てきてしまったし、防具を纏ったままである。

 まぁ、どうせ屋敷にもろくなモノはない。ルーベンは私にモノなんてくれないし、オーガス辺境佰がくれたものは全部エルシィに奪われてしまったのだから、当たり前だ。

 だが、私だってこれでも魔法使いの端くれである。この身一つで何とかやってみよう。


 だが、この青目ばかりのクレセルテでは、私はいささか目立ちすぎてしまう。この国を出るべきだ。この国にいてもどうせ「他国からの内通者だ」なんて疑いをかけられるだけだろうし。下手したら、クルセルテを憎んでいる村人たちにすら、暴行されて死にかねない。


 ルクサリカ──緑の目を持つ者。


 そこなら、私は目立たないでいられるだろうか。いや、何度も戦をした国に行くなんて正気じゃないな。だが、ルクサリカを通らなければ、他の経路は賊が押し寄せているというセラスマ湖を渡るか、その正反対側に位置する魔境ベリトー山脈を越えなければならないこととなる。噂だが、ベリトー山脈には竜の巣まであるというのだから、できれば近寄りたくない。


 竜か、人間か。

 僅差で人間だろうな、これは。

 いくら、敵対国だとしても、言葉は通じるし。

 それに、戦っていたといっても、私がいたのは前線ではない。

 ルーベン曰くちゃちな魔法を使った後方支援をしていただけだ。

 そんなただの後方支援の魔法使いが、まさか敵に目をつけられているなんて事はないだろうし。


「まぁ、ともかく・・・・・・」

 私はひたすらに目指していた場所にようやくたどり着いた。


 グリトシュベ砦の数少ない酒場である。

 ひとまず今日はここで宿泊しようと思ったのだ。

 着の身着のままできた、が私には防具がある。この、もう使わなくなった防具を対価に宿泊してやろうというのが、私の計画だ。この砦はまだまだ物々交換が盛んなので、なんとかなるだろう。ならないならば、私の魔法でどうにかすればいい。

 そう、考えながら、酒場の扉に手をかける。


「・・・・・・」

 ちょっと、いやな粘つきを感じた。

 どうしようかな。もっと、綺麗そうな酒場を探そうかな。いや、贅沢は言ってられない。今日は我慢しよう。大分疲れているし、これ以上は歩きたくない。

 だが、ちょっと、うん、もう少し気合いを入れてから、扉を開けようかな。


「ニーケー様!」

 扉の前で渋い顔をして固まっていると、背後から私を呼ぶ声がした。嫌な予感がする。私の名前に様付けしてあるところなんかが特に、嫌。だって、確実に屋敷関係に違いないのだ。

「ニーケー様!!」

 嫌々、振り返る。

 そこには、防具に身を包んだ黒髪青目の少年がいた。きっと、騎士団の一員だろう。鎧を脱いできたか、鎧を纏う事が許されていない従騎士なのかは分からない。私は騎士団の人間の顔を全て覚えているわけでもないし、できる限り接触は避けてきたのでさっぱりなのだ。

「えっと・・・・・・」

 なので、もちろん、彼の名前も知らない。私がまだルーベンの婚約者であれば覚えていないなんて素振りは見せずに、ただ「騎士の方」なんて呼びかけただろうが、婚約破棄した今は取り繕うのも面倒だ。

「あ・・・・・・ぼ、僕は・・・・・・その、ウィルです!」

 それを察したのか、少年が自己紹介してくれた。

「そう。それで、どうしたの、ウィル?」

 ウィルの視線がオロオロと彷徨う。言い出しにくいようだ。

「えっと、その、ニーケー様は・・・・・・その・・・・・・」

「・・・・・・私はもうルーベンの婚約者じゃないから様付けも敬語も入らないですよ。皆様、ご存じでしょうが、私はただの孤児ですので」

 私はそんなウィルにきっぱりと言い切る。もう、私はルーベンの婚約者ではない。コリンズ家とも、もう関わりを持つつもりはないのだ。

「そ、そんな、恐れ多いです!」

 ウィルが大慌てで顔の前で両手を振り、首ももげそうなほどに左右に振り始めた。


 一体、何が恐れ多いのだろう。

 というか、本当に見覚えがないのだが、誰だろうか。

 いや、私の名前を知っているし、彼は騎士団の人間か屋敷の人間で間違いないのだろうけど、そういう人間にこうやって話しかけられることなんて、今まで無かった。瞳は緑の余所者だし、次期辺境佰のルーベンにも大して好かれていないので、私に親切にしても旨味がない。だから、尚更不思議だ。婚約破棄までされて、それこそ私に関わってもなんの旨味もないと言うのに、この少年は一体何をしにきたのだろうか。


「えっと、あの、すみません!」

「はぁ?」

 急に謝られた。一体、何なのだろう。

 どうして、彼が私を追いかけてきたのか、さっぱり分からない。

 そして、なぜ私に謝ってきたのかも、全く分からない。


「えっと、あの・・・・・・ゆ、誘拐させていただきます!」

「は?」

 次にウィルの口から出た言葉に思わず思考が停止する。



 次の瞬間、私の意識は刈り取られた。


時々小説ランキングにお邪魔させていただいているようで、本当にありがたいです

ランキングに乗ったら通知を送ってくださるようになったらしく、届くとはぴはぴになります

BIG LOVE

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