惡靈
〈冷茶飲み何とか覺悟決める朝 涙次〉
【ⅰ】ぴゆうちやん
鎌鼬の仔・永遠の子、ぴゆうちやんは、きらきら輝く物が大好きだつた。彼の鎌もいつもぴかぴか輝いてゐる‐ その関係か。
集めて來るものは殆どが屑鉄の類ひだつたが、中には価値のある物もある。今日も* 明治大帝が直々に軍服に附けてゐた、大將軍章を何処からか拾つて來た。「大事にするんだよ」とテオの云ふ迄もなく、ぴゆうちやんはそれらの寶物を、カンテラ事務所内の彼の巢の中に貯め込んでゐた。
* テオには見覺えがあつた、流石天才猫。本物だと云ふ事は、後にもぐら國王のところの故買屋Xの鑑定で分かつた。
【ⅱ】テオ /「シュー・シャイン」
ぴゆうちやんが魔界の兩親に手紙を送りたい、と云ふ。彼は無筆である。で、代筆でテオ、ぴゆうちやんに付き合つた。口述筆記。「ぱぱままオ元氣デスカ」他愛もない事なのだが、魔界出入り禁止のぴゆうちやんにとつては、これは神聖な儀式なのだ。手紙は完成した。「シュー・シャイン」がごきぶり仲間と持つて行つてくれる、と云ふ。「ておチヤン、『しゆー・しやいん』チヤン、ダウモ有難ウ!」
【ⅲ】とんちやん(の靈)
* とんちやん、天才猫ならぬ天才豚、を覺えておいでか。その彼が、「淋しいよ、友達が慾しいよ」、テオの夢枕に立つた。「動物の冥府」では、話し相手も作れず、それも何もかも彼の過知能のせゐなのだが、挙句の果て「ぴゆうちやんを送つてくれよ」と迄云ふのは惡靈じみてゐる。テオ「駄目だよ。ぴゆうちやんはこつち(人間界)で元氣一杯やつてるんだから」
とんちやん、「淋しいよお、淋しいよお」テオ、ふと彼がぴゆうちやんに取り憑く魔物になつた夢を見た。がば。とテオは目醒めた。
* 前シリーズ第156・157話參照。
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〈落雷に鴉の夫婦困りかね相談の上巢は捨て果てた 平手みき〉
【ⅳ】カンテラ
「それが惡夢に過ぎなければいゝがなあ」とカンテラ。勿論、テオに昨夜の夢の内容を打ち明けられての事である。カンテラは生前のとんちやんを斬つた。それも彼の、「生に期待しない」惡癖のゆゑである。「生命を弄ぶ癖は、冥府に行つても變はらないんだな」
【ⅴ】ぴゆうちやん / テオ
「淋しいよお」......。ぴゆうちやん目を擦つて、テオの書斎に來た。深夜である。「トンチヤンオ化ケニナツチヤツタ」憑依され掛けたところを、流石魔界の子であるぴゆうちやんは躱して來たのだ。「ハイ、コレ」見ると、例の明治大帝の徽章をテオに差し出してゐる。要するに、仕事の依頼である。誰だつて、生きたいのだ。とんちやんには分かつてゐないやうだが。
【ⅵ】とんちゃん / カンテラ
「修法」でぴゆうちやんの夢の中に潜入したカンテラ、とんちやんに「あんた舐めるのもいゝ加減にしろよな。皆、生きたいんだ。生き拔きたいんだ」‐とんちやん、惡鬼の顔になつた。最早惡靈なのだ。「ぶゝー、カンテラ憎し」その巨體で襲ひ掛かつて來た。カンテラ、拔刀、「しええええええいつ!!」
【ⅶ】終章
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〈梅雨の錆付いたピアスを拭いてゐる 涙次〉
「取り敢へず應急處置だ。多分また出て來るだらうが‐」ぴゆうちやん、「かんてらヲジサンダウモ有難ウ!」‐「おう。これからも困つた事があつたら、何でも云ふんだよ」‐「ウン」。お仕舞ひ、としませうか。