キノコはこの先ずっと採れるとされている
犬と猫の絶滅した都市の暗がりには排水が地盤から滴り、天敵の消えたネズミとゴキブリたちは膨大なまで繁殖をつづけた果てに息を潜めている。排水の臭いは辺りを漂うだけで人々の居住スペースとの区分をしてしまい、酢の混じったようなストロベリーアイスクリームの上をアンモニア臭が覆っている。その空気の変化に鼻をつまんでも誰も問題を解決しようとは考えなかったし、金を積まれて依頼をされても、誰も引き受けるだけの重要性を認識できなかった。そんなことよりも酒を飲む必要があったし、この辺りで唯一酒を提供している『コグマインド』は夜にならなければ看板の明かりがつかなかった。日々眠ることだけを考えて生き、いざ眠るためには酒が要りようである共同居住区の彼らとしては、生活サイクルがコグマインドの開店に合わせ、遅く傾いてしまうことなど当然の理なのだった。
コグマインドは飲み屋、バーといった形態をとっておらず、扉といえるものは顔出し窓が一つだけの単なる小売店に過ぎなかった。小さな店の小さな窓から鼻を赤らめた店主が顔を出し、客はその窓一つで注文から商品の受け取り、会計までを済ませる必要がある。窓には防犯用に鉄製の格子が走っていた。
その店舗の広さの割に、コグマインドには多くの酒が取り揃えてあった。スコッチ、ウォッカ、ラム、テキーラ、ジン、日本酒、焼酎、各種リキュール、缶ビールなど瓶よりもサイズが小さいためか、国内産から海外産までその数50種類を超えていた。またコグマインドオリジナルの酒もあり、たとえば自家製のシメジを使ったシメジリキュール。これは多少の土臭さや菌の香りが甘いラムとの相性がいい。さらに市販のリップクリームから抽出したメントールのみを使用したメントール入りウォッカ。寒い季節には喉を透き通るようなアルコールの温かみが欲しくなる。そして店名にちなんだ歯車漬けの純米酒。歴史的遺産である時計塔の下に落ちていた歯車を使っていて、浮いた赤錆が溶けだすとさらに飲み口が洗練されるのだという。ノーマル好きも変わり種愛好家も、共同居住区に住む人々はみなコグマインドだけを頼りに歩き、ぼろぼろの手足を放って眠りにつくことが何よりも至福なのだ。もしも次の日に目が覚めてしまったら晩に飲んでいた瓶を逆さに振って舐める。かつては共に暮らしていた犬や猫たちは、こういったコグマインドによる生態系を目の当たりにして、本当に困っている当人たちよりも先に生きることを諦めてしまったのかもしれない。だが少なくとも共同居住区の明かりが途切れてしまうことは当分なさそうだった。