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第二話 黒塚姉妹

 「ふーっ、終わったぁ。」

 「うふふっ、頑張ってたものね。」

 「お姉ちゃんもね。今日は一枚も割らなかったみたいだし。」

 「そうなの!一二三さんも褒めてくれるかしら?」

 「ほら、油断しないの。ドアノブ、気を付けてね?今月で四個目なんだから。」

 事務所の外から声が聴こえてきた。時計を見れば18時を指していた。作業に集中し過ぎていたらしい。それからゆっくりとドアノブが回されて、慎重な動きでドアが開く。

 「おー、二人共お疲れさん。」

 「はん、いい身分ね所長様?」

 「そう言うなって。仕方ないだろ?」

 座って仕事をしている姿に、開口一番に噛みついてきたのは黒塚亜希(くろづかあき)。小柄で線の細いショートカットの娘である。

 「そんなこと言ったら駄目よ?一二三さんだって頑張っているじゃない。それに亜希ったらこの間は褒めムグッ

 「そういう事は言わなくていいの!」

 「あらあら、しょうが無いわねぇ。」

 隣に立つ女性の口を亜希は物理的に抑えにいった。亜希とは対照的に長く艷やかな髪に背が高く理想的なプロポーションの彼女は黒塚悠理(くろづかゆり)。二人が姉妹なのは言うまでも無い。そして彼女達こそが、我が探偵事務所の優秀な従業員なのである。

 彼女達との出会いについて語ろうとすれば長い話になってしまうだろう。あの出来事を振り返るにはまだ早い。そう、あの冒涜的でおぞましい・・・関わった人間達の人生を変えてしまったお悲しい話だ。

 「今日も大盛況だったみたいだな。」

 「亜希の考えたパンケーキがとっても好評みたいで。」

 「アタシはそんな・・・ネットにある情報を纏めた様なもんだし。それに久田さんにはお世話になってるからこれでも恩返しには足りないくらいだし。」

 「ふはは、もっと照れろ愛い奴め。」

 「はぁ?照れてないし!」

 亜希は褒められ慣れていない。故に反応が可愛らしい。やり過ぎると拗ねてしまうので注意が必要ではあるのだが、ついついちょっかいをかけたくなってしまう。そんなやりとりを見て姉の悠理は微笑む。

 二人は階下の喫茶店を手伝っている。探偵事務所が暇しているのも理由の一つではあるが、色々と良くしてもらっている久田夫妻に恩返しをしたいのが一番の理由だ。だから客を呼び込む為に新メニューのパンケーキを考案したり日々奔走している。

 「アタシの事はいいから!仕事は?何か依頼きてないの?」

 「あぁ、それなんだがな。来たぞ。」

 「わぁ、おめでとうございます。次はどんなペットを探すんですか?」

 「う〜む悠理君。今回はペットでは無いのだよ。」

 「へぇ〜?どんな依頼なの?」

 「なんと人探しの依頼だ。っー訳で亜希も資料に目を通してくれ。」

 「どれどれ・・・・・・ん?依頼主の名前・・・ってかこの名刺!」

 亜希にパソコンに整理していた資料を見るように言う。この事務所において頭脳担当は亜希なのだ。そして机の上に置かれた名刺を見た亜希は目を丸くして驚く。

 「獅子王朱音ぇ?ちょっ、本物なの?」

 「本物だと思うぞ?あの風格と気品は詐欺師には出せないもんだ。」

 依頼を受けてから彼女の事を調べてみた。そして驚愕した。なんとあの獅子王朱音という人物は、世界中で様々な事業を展開しているという獅子王カンパニーの一番偉い人物だった。それなら自信に満ちた言動も、威風堂々たる立ち振る舞いも納得である。

 「オマケに前金で十万円を振り込んでおくとさ。」

 「・・・もし本物の獅子王朱音なら、その名刺でも軽く百万円の価値はあるわよ?」

 「はっ!?百万?この名刺が?」

 「当たり前じゃない。敏腕経営者であの美貌。自社の化粧品のCMに出たら一晩で世界中の店頭から商品が消えたなんて話もあるくらい。そんな人が偶然立ち寄って?人探しを依頼してきた?宝くじの一等を当てるより確率低いっての。」

 「おっ、おぅ。」

 亜希の勢いに気圧されてしまう。名刺が百万円とは言っていたが、何としてもお近付きになりたい人や熱心なファンにとってはそれでも安いものなのだろう。それだけのカリスマが何故このような場所にいたのか。謎が謎を呼び、それは深まるばかりだ。

 「とりあえず明日から動いてみる。」

 「どう動く気なの?」

 「そうだなぁ・・・とりあえずは捜索対象の勤めていた会社にアポイント取ってみるか。失踪前の状態を確認したい。それから地元に行ってみるかな。実家の人間にも話を聞きたい。」

 「分かった。こっちでも調べられそうな事は調べておくから。何か分かったら連絡して。」

 「あぁ、俺も連絡はこまめに

 グゥゥゥ〜という大きな音が鳴った。健康的な腹の虫である。だがしかし、それは自分のものでは無い。

 「やだっ、もぅ。」

 「おっと、そういえば夜飯の時間だったな。悠理の腹は時間に正確で助かる。」

 腹の虫の飼い主は悠理だ。お淑やかな美人が恥ずかしげに腹を押さえる姿は芸術点が高い。しかし活動が始まった腹はグルグルと、さながら猛獣の様に唸り続けている。

 「そうだった。呼びに来たんだった。久田さんが夜ご飯作ってくれるって。」

 「それはありがたいな。しかしまぁ、これじゃいつになったら恩返しが終わるか分からないな。」

 「本当にね。でも良い人達よ。そう・・・本当に。」

 「・・・ほら、せっかくのご飯が冷めちゃいますよ?それに私達は前を向いていかないと。」

 「ははっ、お前さんに言われたら下なんて向いてられないな。よし、切り替えていくか。悠理玉はまだあったか?」

 「これで最後みたい。はい、お姉ちゃん。」

 「ありがとう、亜希。今度はちゃんとお金を払って買わないとですね。」

 「そうだな。まさか犬を探したお礼に大袋でくれるとはな。次に行く時は他のパンも買ってみたいな。」

 過去の事件を思い出して、少しだけ暗くなっていた場の空気を悠理が変えてくれる。そう、あれは過去の事。今では無い。

 亜希が冷蔵庫からラップに包んで丸められた物体を持ってきて悠理に渡す。これは通称悠理玉(ゆりだま)と呼ばれている。正体は成人男性の握りこぶし大に握られた食パンの耳達である。悠理は燃費が悪くすぐに腹を空かす。そんな時のエネルギー供給源なのである。彼女、悠理は何でも美味しくたくさん食べれる健啖家だ。今回の場合は久田夫妻に振る舞われる料理だけでは足りないと余計な心配をさせてしまうから予め腹に入れておく。

 久田夫妻が作る料理は絶品だ。仕事モードから集中力が切れて、自分の腹も空腹を訴え始めた。どんな料理が待っているのかと期待に胸を膨らませて事務所を後にしたのだった。

 

 

 

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