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第一話 探偵の腹ごしらえ

 「こちらがご依頼にあったカトレアちゃんであると思われるのですが・・・」

 「あぁ!カトレアちゃん!!そう!間違い無い!この子は間違い無くカトレアちゃんです!あぁ〜もう〜少しワイルドな匂いになっちゃってぇ〜!早く綺麗になろうねぇ〜?」

 広くない事務所に依頼主の猫なで声が響いた。一見真面目なサラリーマン風の男は、猫の入った小さなケージを取り込む勢いで覆い被さっている。ケージの中の黒猫はうんざりした様子で耳をたたみ、こちらに何かを訴えかける様な眼差しを向けていた。

 「それは良かったです。」

 「・・・・・・こほん、まさかこんなに早く見つけて頂けるとは思いませんでした。うちの子、よく脱走するんですけど逃げるのか上手いみたいでして・・・」

 「いえ、私も見つけられたのは運が良かったからみたいなものでして。」

 「二階堂探偵事務所さん、ペット仲間に広めておきますね。ありがとうございました!」

 「いえいえ、足下に気を付けてお帰りくださいね。」

 「はい、それでは!」

 ケージを顔の高さまで持ち上げて歩き出した依頼主。ケージから伸びる鋭い爪に始終笑顔で引っ掻かれながら事務所を後にしたのだった。

 「・・・ふぅ。依頼完了っと。飼い主の一方的な愛情ってのは必ずしも受け入れられるものじゃないか。・・・許せよカトレアちゃん。」

 あの様子ならば、また隙が出来れば脱走するだろう。その気持ちは理解出来る気がした。

 ここは二階堂探偵事務所。つい数ヶ月前に始めたばかりの小さな探偵事務所だ。だが何の実績も無い探偵事務所には依頼なんか来やしない。ということで始めたのが行方不明のペット探しだ。運の良い事に、これが意外と見つかる。そして噂が広まる。その結果・・・・・・最近はペット探しの依頼しかしていない。終いにはツチノコ探しの依頼なんかが来た。これは由々しき事態である。

 「まぁ、とりあえず昼飯にでも行くとするか。お〜お〜、今日も列が出来てらぁ。こりゃ無理そうだな。」

 腹の虫というのは正直者だ。何をしなくても腹は空く。事務所の窓から下を覗き込むと老若男女が列を作っているのが見えた。

 この事務所は二階にあり、一階には喫茶店がある。喫茶店のオーナー、久田正道(くたまさみち)はこの小さなビルの所有者でもあり、不思議な縁があって二階を事務所として貸して貰っているのだ。

 以前は閑古鳥が鳴いていた喫茶店だった。しかしうちの従業員が手を貸し始めてからというもの、いつの間にか行列が出来る程の人気店へと変わっていた。人さえ来てくれれば珈琲の味は抜群!ナポリタンはマジ最高!な喫茶店に人気が出ない訳が無い。目玉商品はパンケーキらしいが。あぁ、久しぶりに正道さんのナポリタンが食べたかったと切に思う。しかしあの行列に並ぶのは現実的では無い。仕方無しに少しばかり歩く事にした。

 ここは亀鳴町(かめなきちょう)。都会からは少し離れた落ち着きのある場所だ。穏やかな陽射しを浴びながら歩き、到着したのはモール街。屋根があって商店が密集している市民の憩いの場だ。悲しい事に、最近のテレビのニュースではこういったモール街が閉店ばかりのシャッター街だと放送しているのだが、この町はシャッター等は見当たらず多くの人で賑わっている。人口が多ければ依頼がくる可能性が増える。探偵業にとってはこの上なく嬉しい事だ。

 「この匂いは・・・」

 匂いは鼻から入っていき胃袋を鷲掴みにした。匂いが漂ってきた方向など見なくても分かる。

 「ここに決まりだ。ラーメンにチャーハンに・・・定食もいいな。」

 爆虎超新星(ばっこちょうしんせい)。そんな赤い看板がかかっている町中華の店だ。地域住民に長年愛されている店で、普段は人が並ぶ程の人気なのだが珍しく今日は空いている。タイミング、というか運が良かったのだろう。意識せずに生唾を飲み込むと早速入店した。

 「らっしゃい!好きな席にっ!?」

 「?」

 「あぁ、悪い悪い。最近引っ越してきた探偵さんだよな?」

 「・・・あぁ。」

 「あ痛っ?」

 「あんたお客様に失礼でしょうに。いらっしゃい。好きな席に座って頂戴ね。」

 入店すると厨房から顔を出した店主の中年男性に声をかけられた。だが反応が少しおかしかった。そう、なにか緊張している様子だ。そんな店主の頭を叩いて厨房の奥から店主と同じ位の年齢であろう婦人が来た。恐らくは夫婦で切り盛りしているのだろう。そうして促されるままに席を探す。微妙に空いてはいるのだが、カウンター席はまばらに埋まっている。男子トイレでどこの小便器に割り込むか悩むのと似ている問題だ。いや、これは飯時に出す例えでは無かった。見回してみれば壁際に二人用の小さなテーブル席が空いているのが見えた。これ幸いとそこに着席してメニューを眺める。

 「ご注文お決まりですか?」

 「っと、すいません。えっと、まだです。」

 「ゆっくりで構いませんよ。さっきはうちの主人がすいませんでしたね。お客さん、前に一回だけ来てくれたでしょう?」

 「・・・えぇ、まぁ。覚えているんですね。」

 「客商売なもんで人の顔を覚えるのは得意なんですよ。」

 そう、実はこの店は初めてでは無い。数ヶ月前、この町に来たばかりの頃に、身内?の様な姉妹を連れて利用した。

 「その時に特盛ジャンボラーメンチャレンジしてくれたでしょう?主人もあんなに細い美人さんが余裕で食べきってびっくりしちゃったみたいでね。リベンジだって特盛りメニューを考案中なんだけど上手くいってないみたいで・・・。だからまだ迎え討つ準備が出来ていないのに来店してきたと思って身構えたみたいね。本当に、いつまで経っても子供みたいな人でね。まったく。」

 「あぁ〜・・・成る程。そういう事だったんですね。あっ、醤油ラーメンと半チャーハンのセットお願いします。」

 「はい、少々お待ち下さいね。」

 壁を見れば特盛りチャレンジ成功者達の写真が数枚貼られていた。その中の一枚は、空っぽになった鉢植えみたいな馬鹿でかい丼を見せながら恥ずかしそうに映る黒髪の女性。彼女は姉妹の姉である。引っ越しのゴタゴタでろくに食事を取れずにいたら空腹の限界に達したらしく、その時に偶々見つけたのがこの店の看板だったのだ。それからは喫茶久田を手伝ったり、また来店するのが気まずくて来なかった。そろそろ忘れられたかと思って今日来てみたのだが、この様子では忘れられる事も無さそうだ。ならば開き直ってしまうのもありなのだろう。

 「醤油ラーメンと半チャーハンのセットです。ごゆっくりどうぞ〜。」

 ぼんやりと思いを巡らせていると注文したメニューが届いた。意外と早く届いたものだ。さすが毎日鍋を振るっているだけあって徹底した効率化がなされているのだろう。空腹を抱える身としては早ければ早いほど良い。箸を取って手を合わせる。

 先ずは冷めないうちにラーメンだ。スープを掬って飲む。深みのあるコクと丁度いい塩加減と甘み。鼻に抜ける醤油の風味。続けて麺を啜る。もっちりとした食感にスープが絡む。噛めば小麦特有の香りと甘さが出てきて尚更スープに合う!あぁ、既に次の来店を想像している自分がいる。これは半チャーハンも味わわねばならないだろう。艶っとした米粒の海にネギとチャーシューと卵が踊る。シンプルなチャーハンだ。口に放り込めば良い感じのパラパラ具合。ジワッと滲み出す具材の旨味と突き抜ける脂の香り。半チャーハンではなく普通サイズを頼めば良かったと後悔した程だ。

 「はい、これ。」

 「頼んで無いんですが・・・」

 「サービスよ。うちの看板メニュー。次はあの娘達と一緒に来てね?」

 「ありがとうございます。絶対に二人を誘ってまた来ますよ。」

 ハフハフと食べ進めているとテーブルに皿が追加された。真っ赤な皮に辛そうなネギダレがかかった餃子だ。匂いからしてかなりスパイシーだ。そういえばこの前に来た時も頼まなかった。成る程、この餃子が看板メニューらしい。女将さんと店主に感謝しながら箸を伸ばした時だった。向かいの椅子に誰かが座ったのだった。

 

 

 

 

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