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第一話 二階堂探偵事務所

 駆け出しの探偵というのは大変なものだ。知名度も、仕事をくれるような人脈も無い自分にとっては尚の事である。この亀鳴町へ引っ越してきてから半年。色々な事があって何とか少しは仕事が回ってくるようになっていた。

 「よし、とりあえずこんなところか。キャロラインは一月前か・・・これはそろそろかもな。おっと白玉ちゃんもか?」

 パソコンに打ち込んでいたのは過去にこなした依頼情報の整理だ。その九割は・・・脱走したペットの捜索である。最初の頃はチラシを配ったりして知名度向上に勤めていたのだが、その時に偶然にも迷い猫を見つけてしまった。そこから紆余曲折あり、脱走したペットを捜すのが上手い探偵みたいな評価が付いてしまったのだ。この町は妙に犬や猫の脱走が多いらしく、そこに上手くはまったらしい。

 まぁ、そう悪い事ではない。地域の人と顔見知りになれたし、良い印象を持って貰っていると思う。しかしながら今の職業は探偵だ。欲を言うなら、世間一般的な探偵のイメージに沿う様な仕事をしてみたい。とは言え、半年程この町で過ごしてみて平和な町だと実感している。そういった影のある仕事を望むのはお門違いなのかもしれない。

 「・・・むっ、固いな。ふんっ!失礼する。二階堂探偵事務所で間違いは無いな?」

 こじんまりとした事務所のドアが勢い良く開く。そこにいたのは美しい女性だった。

 「・・・・・・二階堂探偵事務所で合っているな?」

 「・・・はっ!?そうです。合っていますよ。こちらへどうぞ。」

 彼女という存在は、全くもってこの場所には馴染まないものであった。長く艷やかな赤髪は、きっとうちの悠理(ゆり)にも引けを取らないだろう。肌も顔立ちも美しく、化粧は引き立て役に甘んじていた。高級そうな品の良い赤のパンツスーツに身を包んでおり、意志の強い眼差しに見据えられ思わず・・・そう、見惚れていたのだ。

 「どうぞ・・・」

 「あぁ・・・これは良い香りだ。」

 「下の喫茶店の人に分けてもらってるんです。」

 「下の・・・。賑わっていたのも頷ける。」

 「最近新しく出したパンケーキが評判みたいでして。改めまして、私がこの二階堂探偵事務所の所長、二階堂一二三(にかいどうひふみ)です。」

 「獅子王朱音(ししおうあかね)だ。アポイントも無しに立ち寄って済まなかった。」

 「いえいえ、うちは駆け出しなものでして。ご覧の通り暇していましたよ。」

 応接用のソファーとテーブルに案内をしてコーヒーを淹れる。豆は階下の一階にある喫茶店、久田(くた)のマスターがブレンドした物だ。客人の赤い女性、獅子王朱音は香りを楽しむとブラックのまま一口飲んだ。

 一階にある喫茶店のマスターは一言で表すなら恩人である。出会いの経緯は割愛するが、奇妙な縁によって知り合って彼が所有するこの商業ビルの一室を安く貸して貰っているのだ。

 最初に行うのは名刺交換だ。だが、どちらかと言えばこちらの名刺を相手に渡す意味合いが強い。ポケットティッシュ配りと同じだろうか。探偵事務所のアピールである。今回は相手も名刺を持っていた。じろじろと眺めていては失礼だろうと流し見にしたが、紙の質感は良いしデザインも凝っている。おまけに獅子王カンパニーやらCEOなんて字も見える。これは・・・来る場所を間違っていやしないだろうか。

 「それで・・・本日はどういった用件でしょうか?」

 「人探しを頼みたい。とあるプロジェクトを任せていた人間がどうやら失踪してしまったらしい。問題なのは、その男が社外秘にしていた資料を持ったまま消えたという事だ。」

 髪を直す仕草をしただけで良い香りがした。例えるならば・・・・・・いや、例えが見つからない。そもそもこれはシャンプーの匂いなのか香水の匂いなのか。一般庶民には日常的に生活していてはお目にかかれない類の香りだ。

 「人探しですか・・・。」

 「何か不安そうに見えるんだが?」

 彼女の眼差しはこちらの胸の奥を見透かすようだ。噓をつけない圧を感じる。

 「あぁ・・・えっと・・・そうですね。正直に話せば不安です。なんせこの事務所を開いたのが半年前で、達成した仕事の九割がペットの捜索依頼なんです。そんな所に品の良いご婦人が人探しを依頼してきたもので。」

 「なんだ、そういう事なら気にしなくてもいい。」

 「はい?」

 「今日、ここを訪れたのは私の気分だからだ。勘だよ。偶然に車で近くを通った時に、何となく降りて歩きたくなった。そうしたらここの看板が目に入った。それだけ。」

 「つまり気まぐれだったと?」

 「あぁ、気まぐれさ。だが私の勘は当たる。実は他にも探偵を雇っていたんだが成果が無くてね。そうしたら、ははっ、実に良いじゃないか。ペットを捜すのが得意なら人だって見つけられるさ。」

 会ったことの無いタイプの人間である。その自信はどこからくるものなのだろうか。だからこそ人生で成功者足りうるものなのか。

 「それで、依頼は受けて貰えるのかな?」

 彼女の真っ直ぐな眼差しに、自分にはもう二つしか選択肢が無い事を理解した。依頼を受けるか断るのか?悩んでいるという事はつまり、自分の中で答えは決まっているという事だ。

 

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