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転生悪役令嬢の領地改革〜現代知識を使って没落フラグを回避し幸せになります〜

作者: 真白

 目覚めると、そこは見知らぬ天蓋付きのベッドの上だった。

 

 (ここは……どこ?)

 

 私の名前は佐倉葵。どこにでもいる平凡なOLだ。……だった、はずなのだが。

 

 昨日の記憶をたどると、会社帰りに信号待ちをしていたところ、突如大きな衝撃と共に意識を失った。事故に遭ったのだろうか。

 

 だが、目の前に広がるのは病院の病室などではない。まるでお伽話に出てくるような豪奢な寝室だ。

 

 (どういうこと? 夢? それとも、あの事故で死んじゃって異世界に転生した、とか?)

 

 異世界転生という言葉くらいは知っている。

 だが、まさか自分がそんな非現実的な状況に陥るとは。

 混乱する私を尻目に、扉をノックされる音が響いた。

 

「リディア様、お目覚めになられましたか?」

 

 (……リ、リディア様?)

 

 聞き慣れない名前に、私は息を呑む。

 扉が開き、メイド服を着た少女が恭しく頭を下げた。

 

「お嬢様、当主様がお呼びでございます」

 

 (お嬢様? 当主様? やっぱり私、異世界に転生したのかも……)

 

 戸惑いを隠せない私に、メイドが不審な顔をする。

 このまま「私はリディアではない」などと言えば、余計な混乱を招きそうだ。

 

 (取り敢えず、状況を把握するまでは大人しくしておこう)

 

 私は覚束ない足取りでメイドに従い、寝室を後にした。


 メイドに案内され、豪奢な書斎へと足を踏み入れる。

 そこには重厚な書斎机に腰掛ける初老の紳士が、心配そうな目で私を見つめていた。

 

「リディア、もう大丈夫なのか?」

 

 優しい口調でそう尋ねてくるのは、どうやら口ぶりからしておそらく私の父親のようだ。

 

「ええと……私は……」

 

 戸惑いながら口にすると、父親らしき人は眉を顰めた。

 

「まだボーっとしているようだな。昨日の舞踏会で君が急に倒れたときは、本当に心配したんだぞ」

 

「舞踏会で倒れた……?」

 

 その出来事についての記憶は全くない。

 

「無理もないか。君はダンスの最中に突然意識を失ったんだ。宮廷医の診断では過労が原因らしい」

 

 どうやら私……もとい、リディアは舞踏会で倒れたらしい。

 

(ってことは、私が事故で意識を失ったタイミングと入れ替わるようにリディアも意識を失い、そこで入れ替わったってことかしら?)

 

「……もしかして」

 

 そう呟いた私に、父が顔を近づけてくる。

 

「もしかして、何だ? やはりまだ体調が優れないのか?」

 

「い、いえ……その……」

 

 言葉を濁す私に、父は溜息をついた。

 

「無理するな。今はゆっくり休むことだけ考えていればいい」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 そう言って、私は再び自室へと戻った。

 ベッドに腰掛け、頭を抱える。

 

(どういうこと? 私、夢でなく本当にリディアに転生してるの?)

 

 信じられない現実に、思考が追いつかない。

 そんな私の前に、一冊の日記帳が置かれていた。

 

「……これは、リディアの日記?」

 

 そう呟きながらページを開く。するとそこには、まるで私が知っているかのような内容が綴られていたのだ。

 曰く、リディアは辺境の侯爵家の長女で、先の政略で王子の婚約者となったが王子とは馬が合わなかったらしい。

 

(ちょっと待って。この内容、どっかで見たことあるような……)

 

 ページをめくるたびに、既視感は強まっていく。

 そう、これは私がハマっていた乙女ゲーム『薔薇の園の姫君』の悪役令嬢、リディア・バーモントの設定そのものではないか。

 

(まさか、私ってあの悪役令嬢に転生しちゃったってこと!?)

 

 そう確信した瞬間、ゲームのエンディングが鮮明に蘇る。

 ゲームではリディアは傲慢な性格が災いし、婚約破棄され没落するバッドエンドを迎えるのだった。

 

(何てこと……私、破滅フラグ真っ只中じゃない!)

 

 愕然とする私に、ドアの外から声が掛かる。

 

「どうしました、お嬢様。まだ具合が悪いのですか?」

 

 メイドのマーサの声で我に返る。

 いつまでもショックを受けているわけにはいかない。

 

「大丈夫よ、マーサ。ちょっと考え事をしていただけ」

 

 明るい声を作って答える。このまま運命に流されるのは御免だ。

 

(運命なんて、私が変えてやる!)


 ただ、運命を変えると決意したものの、どこから手を付ければいいのかわからない。

 

(とにかく、ゲームの知識を頼りに現状を把握するしかないわね)

 

 私はリディアの日記を隅々まで読み漁り、周囲の人間関係を調査し始めた。

 どうやら私……もとい、リディアには両親と婚約者であるユージン王子以外に、深く関わる人物はいないようだ。

 

「お嬢様、当主様とお母様がお呼びでございます」

 

 食事の時間になり、マーサに呼ばれて食堂へ向かう。

 長い廊下を歩きながら、ふと違和感を覚えた。

 

(あれ? 確かゲームの設定だと、リディアの実母は他界していたはず……)

 

 食堂に入ると、当主である父と、優雅な佇まいの母が席に着いている。

 

「リディア、もう体調は良くなったかい?」

 

 父が心配そうに尋ねてくる。この世界では両親そろっているようだ。

 

「はい、父上。もう大丈夫です」

 

 私は精一杯の笑顔を見せた。

 しかし母は、そんな私を険しい目で見つめている。

 

「リディア、あなた最近様子がおかしいわ。何かあったの?」

 

「い、いえ、別に……」

 

「……ユージン王子とうまくいっていないのかしら」

 

 母の言葉に、思わず身体が強張る。

 

(そういえば、ゲームではリディアは王子と婚約していたわね)

 

「あら、やはり何かあったのね」

 

 動揺した私の反応を見逃さなかったのか、母が詰め寄ってくる。

 

「いえ、そういうわけでは……」

 

「リディア、あなたはこの家の娘なのよ。政略結婚だからといって、王子を疎んじてはいけません」

 

 母の言葉は厳しく、私の心に重くのしかかる。

 

「わ、わかっています……」

 

 そう言葉を濁すしかない。

 食事を終えた私は、再び自室に戻った。

 

(ああ、やっぱり政略結婚は大変そう……)

 

 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。

 結婚しなければ没落するとなれば、ゲーム通りに王子と仲良くなるしかないのだろうか。

 

 だが、そんな状況を変えるヒントが、まさかあの食卓での会話から見つかるとは思いもしなかった。

 母が言うには、この侯爵家は代々王家に仕えてきたものの、近年では財政難に陥っているらしい。

 

(領地の経営が上手くいっていないのね……)

 

 ならば打開策はある。私の前世の知識を活かせば、この危機を脱することができるかもしれない。

 翌朝、私は決意を胸に書斎の扉を叩いた。

 

 

「父上、お話があります」

 

「リディア、どうした。そんな真剣な顔をして」

 

「私、この領地を立て直す方法を思いつきました」

 

 そう切り出した私に、父は驚きの表情を浮かべる。

 

「何だと?」

 

「これをご覧ください」

 

 私は前世の記憶を頼りに、農業技術の改良案や、商業の活性化案を書き記した書類を差し出した。

 

 父はしばらくその書類に目を通すと、やがて顔を上げた。

 

「リディア、これは……」

 

「私なりに考えた案です。もしよろしければ、ぜひ実行に移したいと思います」

 

 力強く言い切る私に、父は困ったように眉間に皺を寄せた。

 

「だが、そんなこと、簡単にはいかないぞ。お前は女だ。それに、突然そんなことを言い出して……」

 

「お願いします、父上。私にやらせてください」

 

 必死に頭を下げる私に、父は溜息をついた。

 

「……わかった。だが、すぐには難しい。まずはお前自身が学ぶところから始めるんだ」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 それでも、これは大きな一歩だ。

 領地を立て直し、没落フラグを回避する。

 私はそう心に誓うのだった。


 領地改革の許可を得た私は、まず現状を把握すべく行動を開始した。

 書庫で歴史書を読み漁り、管理人に確認しながら財政状況を調べ上げる。

 

(やっぱり、ゲームで見た通り、かなりひどい財政難ね……)

 

 だが、前世の知識を活かせば、必ず打開策は見つかるはずだ。

 そのためには、まず私自身が勉強しなければならない。

 

「マーサ、家庭教師を呼んでくれないかしら」

 

「家庭教師、ですか? お嬢様、一体何を……」

 

「基礎学問から法律、領地経営まで、なんでも教えてもらえる先生がいいわ」

 

 真剣な眼差しを向ける私に、マーサも黙って頷いた。

 こうして、毎日熱心に勉強に励む日々が始まった。

 すると、変化は思いのほか早く訪れた。

 

「リディアの奴、最近やけに勉強熱心だな」

 

「本当ですわね。あの子が領地経営に興味を持つなんて、正直驚きました」

 

 両親の会話を聞いた私は、こっそりガッツポーズを決める。

 両親を安心させるだけでなく、自分の実力もしっかりつけなくては。

 

「よし、今日も頑張るわ!」

 

 そう自分を奮い立たせ、私は書斎へと向かった。


 

 一方その頃、ユージン王子は城で不機嫌な日々を送っていた。

 

「くそっ、あの女、私を振り回しおって……」

 

 ユージンはリディアとの婚約が決まって以来、彼女に愛想を尽かされ続けている。

 初対面の時から高慢な態度を取るリディアに腹を立て、わざと冷たく接してきたのだ。

 

「今に見てろよ、必ずお前を屈服させてやる」

 

 負けず嫌いなユージンは、そう歯噛みしながら寝室で一人悶々とするのだった。

 


 時は流れ、私の勉強の成果もようやく実を結び始めた頃、ある知らせが侯爵家に届く。

 

「なんですって、舞踏会に招待された?」

 

 母の言葉に、私は目を丸くした。

 

「ええ、王都で行われるお披露目の舞踏会よ。ユージン王子も出席するそうだわ」

 

「ええっ!?」

 

 予想外の展開に、私は思わず大きな声を上げてしまう。

 

「リディア、あまり大きな声を出してはだめよ」

 

「は、はい……」

 

 しかし、内心では焦りが募る一方だった。

 

(そういえば、ゲームではこのあたりで主人公とユージンが出会うんだった……!)

 

 舞踏会では、ユージン王子に好印象を持ってもらわなければならない。

 だが、前世の記憶を頼りに、彼の性格を思い出す限り、そう簡単なことではなさそうだ。

 

(当時の私……もとい、リディアはかなり王子に嫌われてたはず。会話もろくにできなかったわ)

 

 ならば、ここは一肌脱ぐしかない。

 

「父上、舞踏会について提案があります」

 

 私はいつもの真剣な表情で、父に切り出した。

 

「ほう、何だ?」

 

「舞踏会に参加するだけでなく、私たちから新商品の展示をしてはどうでしょうか」

 

「新商品だと?」

 

「はい。うちの領地で取れた新種のバラを使った化粧品です。これを王都の貴族たちにアピールできれば、商売の足がかりになるはず」

 

 この半年の間に、私は商人を集め、新商品の開発に力を入れてきた。

 

「なるほど、悪くない考えだ。だが、王宮での舞踏会だぞ。そう簡単に認めてもらえるものではない」

 

「それはわかっています。だからこそ、持ち込む商品の質にも妥協はできません」

 

 わずかに見せた笑みに、父も渋い顔をほころばせた。

 

「……期待しているぞ、リディア」

 

「はい、任せてください!」

 

 この舞踏会での成功が、没落回避への大きな一歩となる。

 私は誰よりもその意義を理解しているつもりだった。


 

 舞踏会当日、私は自信作の新商品を携え、馬車に揺られて王宮へと向かっていた。

 これまでの努力が無駄にならないよう、絶対に成功させねば。

 そう心に誓う私の隣で、マーサが不安そうに口を開いた。

 

「お嬢様、本当にこんなことして大丈夫でしょうか……」

 

「平気よ、マーサ。生半可な商品じゃないんだから」

 

 自信たっぷりに言い切る私に、マーサも小さく頷いた。

 王宮に到着し、荘厳な舞踏会場に足を踏み入れる。

 

 キラキラと輝く照明に、華やかなドレスに身を包んだ貴族たち。

 その美しさに一瞬圧倒されそうになるが、すぐに我に返した。

 

(私はリディア・バーモント。この場にふさわしい令嬢よ)

 

 そう自分に言い聞かせ、背筋を伸ばして歩を進める。

 

「おお、リディア嬢。久しぶりだな」

 

 話しかけてきたのは、隣国の公爵家の息子だった。

 

「こんばんは、ジェラール様。お会いできて光栄です」

 

 優雅に微笑み、会釈で答える。

 しかし心の中では、商品の宣伝をどうするか考えていた。

 

(ここは慎重に、でも大胆に行くしかないわね)

 

 と、その時。

 

「おおっ、王子殿下のお出ましだ!」

 

 場内がざわめき、一斉に入口の方を見る。

 ゆっくりと、しかし威風堂々とした足取りで、ユージン王子が姿を現した。

 

(王子が来たわね)

 

 思わずため息をつきそうになるのを、ぐっと堪える。

 彼の整った容姿は前世で知っている通りだが、今の私にはどうでもいいことだ。

 そんな彼と目が合った瞬間、ユージンは不快そうに眉をひそめた。

 

「やれやれ、リディアか。また会う羽目になるとはな」

 

「ユージン王子……こんばんは」

 

 私は努めて笑顔を作り、挨拶をする。

 これまでゲームの知識を頼りに、彼との関係改善を目指してきたが、どうやら失敗だったようだ。

 

「今日のお前も、よそ行きの笑顔だけは上手いことで。本当は私のことなど眼中にないくせにな」

 

「そ、そんなことは……!」

 

 否定の言葉を口にするが、ユージンは鼻で笑っただけだった。

 

「どうせお前は私を利用して、自分の立場を良くしたいだけなんだろう? 見え見えだぞ」

 

 そう言い捨てると、ユージンは私を押しのけるようにして、すたすたと歩き去って行った。

 

(くっ……! 私だって、あんたなんかに興味ないわよ!)

 

 思わず拳を握りしめるが、ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。

 代わりに、商品の宣伝に力を入れることにしよう。

 そう決意した私は、再び品のある笑みを浮かべて会場内を周り始めた。

 

「皆様、バーモント侯爵家の新商品をご覧ください!」

 

 凛とした声で呼びかける私に、興味を持った貴族たちが集まってくる。

 

「これは、うちの領地特産のバラから抽出したオイルを使った化粧品です。お肌に潤いを与え、しかもバラの香りに包まれるという優れものなんですよ」

 

 自信を持って商品を紹介する。

 

 私の言葉に、貴族の女性たちが歓声を上げた。

 

「まあ、なんて素敵な! ぜひ今後買わせてもらいますわ」

 

「私も欲しいわ。リディア嬢、これはいくらで?」

 

 この時代の貴族の女性は美には目がないのは知っていたが、予想以上の反響に私も思わず顔がほころぶ。

 

 商談に熱が入る中、ふと視線を感じて振り向くと、そこにはユージンの姿があった。

 どことなく不機嫌そうに私を見つめている。

 

(なによ、あの目。私の邪魔でもしようっていうの?)

 

 だが私は、めげずに宣伝を続けた。

 これが没落を回避する為の、大事な一歩なのだ。

 ユージンがどう思おうと、私には関係ない。

 私は私の信じた道を、しっかりと歩んでいく。

 そのことを、きっと彼にも思い知らせてやる。

 そう心に決めた私は、更に意気込みを高めて商談に臨んだのだった。


 

 舞踏会での商品宣伝は大成功に終わった。

 

 バーモント侯爵家の新商品は、王都の貴族たちの間で話題となり、注文が殺到する。

 父も、私の働きぶりを認めてくれたようだった。

 

「リディア、お前の頑張りには感謝してもしきれないよ。このまま領地の経済を立て直していってくれ」

 

 そう言って、父は私の頭を優しく撫でた。

 この半年間、必死に勉強し、改革案を考え抜いてきた甲斐があった。

 これからは、もっと積極的に領地経営に関わっていこう。

 そう決意を新たにする私だった。


 

 一方その頃、ユージンは自室で苛立ちを隠せずにいた。

 

「くそっ、あのリディアめ。一体何を企んでいるんだ……!」

 

 舞踏会での彼女の姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 

 あれほど自分を避けていたリディアが、別人のように生き生きと商品を宣伝する姿は、まるで理解不能だった。

 

(まさか、私との婚約を有利に進める為に、こんな芝居を打っているのか……?)

 

 ユージンはそう邪推するが、確証は得られない。

 むしろ、自分への興味が全くなさそうなリディアの態度に、焦りすら覚えていた。

 

「こうなったら、あいつを監視するしかないのか」

 

 そうなれば、自分の婚約者としての権利を盾に、彼女に近づくこともできる。

 

「やってやろうじゃないか、リディア。お前の本性を暴いてやる」

 

 ユージンは不敵に笑うと、早速リディアへの接近作戦を考え始めるのだった。


 

 舞踏会から数日後、私は領地改革の次なる一手を打とうとしていた。

 

「えっ、学校を建てるんですか?」

 

 マーサが驚いたように尋ねる。

 

「ええ。領民の教育水準を上げることで、将来の発展に繋がるはずよ」

 

 私はそう説明しながら、建設予定地の図面を広げた。

 すると、背後から聞き覚えのある声が響いた。

 

「なるほど、中々面白い案じゃないか」

 

 振り向くと、そこにはユージンが立っていた。

 

「ユージン王子……? こんなところで何を」

 

「この前の舞踏会で、お前の様子がおかしかったから、ちょっと気になってな」

 

 気さくに笑うユージンに、私は思わず目を細める。

 

(また、何か企んでるのね?)

 

 だが、ここは敵に回すわけにもいかない。

 

「そうでしたか。ご心配おかけして申し訳ありません。しかし今後は必ず話を通してから私に会いに来てくださると助かります」

 

 私は平静を装って頭を下げる。

 

 しかしユージンは何食わぬ顔で、何故か私の顔をじっと覗き込んできた。

 

「リディア、お前……もしかして、私に惚れたんじゃないだろうな」

 

「は? 何言ってるんですか、唐突に」

 

「いや、政略結婚とはいえこんなに必死に領地の為に頑張るお前を見ていると、お前も悪くないなと思ってきてな」

 

 ニヤリと笑うユージンに、私は呆れて言葉を失った。

 

(なに、この人……本気で言ってるの?)

 

「失礼ですが、私にはそのつもりは一切ありません。王子との婚約も、所詮は政略結婚。今はただ領民の幸せの為に尽くすだけです」

 

 きっぱりと言い切る私に、ユージンの顔がひきつる。

 

「そうかい。でもな、リディア。私はお前のことが、もっと知りたくなったよ」

 

 そう言い残すと、ユージンはくるりと背を向けて立ち去った。

 

 (一体何なのよ、あいつ。)

 

 ただでさえ領地改革で忙しいのに、これ以上私の邪魔をしないで欲しい。

 そんな考えを頭の片隅に置きつつ、私は再び書類に目を落とした。

 こうして私は、ユージンの思惑など気にせず、地道に領地改革を進めていく。

 


 マーサをはじめ、家臣たちの協力もあり、着実に成果を上げていった。

 そんな中、ある日のこと。

 

「お嬢様、ユージン様がお見えです」

 

 マーサが駆け込んできた。

 

「はぁ……」

 

 めんどくさそうに私は返事をする。

 

 一体全体、何のつもりなの、ユージン。

 嫌な予感がする中、私は渋々ユージンの元へ向かうのだった。

 

 急いで屋敷の玄関へ向かうと、そこにはユージンが不機嫌そうに立っていた。

 

「やっと来たか、リディア。お前を待たせるとは何事だ」

 

「こちらのセリフですよ。一体何の用なんですか」

 

 私は眉をひそめて尋ねる。

 するとユージンは、不敵な笑みを浮かべた。

 

「決まってるだろう。お前の様子を見に来たんだよ」

 

「は? 私の様子って……」

 

「最近お前、あまりにも俺を避けすぎだろう。何か企んでるんじゃないのか」

 

 訳の分からない言いがかりに、私は呆れて目を剥く。

 

「企むも何も、ただ領地経営で忙しいだけですよ。王子とは関係ありません」

 

「ほう、それは心外だな。俺はお前の婚約者なんだぞ」

 

 ユージンは不満そうに腕を組む。

 確かに、建前上は婚約関係にある。

 しかしあくまで政略結婚に違いはない。

 だからこそ、余計な誤解を招かないよう、距離を置いているつもりだったのだが……。

 

「私も忙しいのでそこまで頻繁に連絡が取れないのです。そのことについては申し訳ございません。しかし婚約者とはいえ政略結婚であり、そこまで王子が私に固執する理由がわかりません」

 

「……俺が、お前は婚約者だと、そう言ってるだろう」

 

 怒気を含んだ低い声に、思わず背筋が震える。

 だがここで引くわけにはいかない。

 

「王子であろうと、私の意思は変わりません。帰ってください」

 

 強い口調で言い返す。

 その瞬間、ユージンの目に危険な光が宿った。

 

「……そうかい。なら、力ずくでも連れて帰ってやる」

 

 そう言って、ユージンが私の腕を掴んだ。

 

「きゃっ! 何するんですか、放してください!」

 

「うるさい! 大人しくしろ!」

 

 ユージンの鋭い眼光に、私は怯んでしまう。

 こんな乱暴な王子、前世のゲームにはいなかった。

 

 一体何を考えているのか、皆目見当もつかない。

 

「ひっ、人助けを……!」

 

 咄嗟に悲鳴を上げる。

 その時だった。

 

「王子、お嬢様から手を放してください」

 

 冷たい声が、ユージンの背後から響いた。

 振り向くと、そこには剣を抜いた騎士アレクの姿があった。

 

「アレク……!」

 

 見慣れた騎士の凛々しい横顔に、思わず安堵の息が漏れる。

 

「ユージン王子とはいえ、婚約者に無理矢理連れ去ろうとは言語道断。今すぐお嬢様を解放なさらぬか」

 

 低く抑えた声は、怒りに震えている。

 

「ちっ、邪魔が入ったか……覚えてろよ、リディア。俺は諦めないからな。それとアレク、王族に楯突いたこと後悔するなよ」

 

 舌打ちをすると、ユージンは私の腕を放し、そのまま屋敷を後にした。

 

「お嬢様、大丈夫でしたか?」

 

 アレクが心配そうに駆け寄ってくる。

 

「ええ、アレクのお陰で助かったわ。ありがとう」

 

 思わず涙が込み上げてくるのを、ぐっと堪える。

 アレクは、いつも私の味方でいてくれる。

 

 この半年の間、領地改革に尽力できたのも彼の助言と行動力あってこそだ。

 

「ユージン王子も、最近やけに執着してますね。お嬢様にご迷惑をおかけしてすみません」

 

「ううん、アレクは謝ることないわ。むしろ私の方こそ、こんな面倒事に巻き込んじゃって」

 

 申し訳なさそうに俯く。

 

「いえ、お嬢様は悪くありません。むしろ、こんなに一生懸命領地の為に頑張る姿を見ていると……俺は、お嬢様が誇らしくてなりません」

 

 アレクの言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 前世の記憶が正しければ、ゲームではアレクは攻略キャラの一人で私とはそこまで関わりがなかったはず。

 

 それが今は、こんなに心強い味方になってくれている。


「アレク……ありがとう……」

 

 うっすらと頬を赤らめる私に、アレクは優しく微笑んだ。

 

「困った時は、いつでも俺に頼ってください。お嬢様の為なら、命だって惜しくはありません」

 

 そう言って、アレクは私の手を取ると、そっと唇を寄せた。

 まるで、騎士が姫君に忠誠を誓うかのように。

 

 その真摯な眼差しに、私の鼓動は早鐘のように高鳴っていく。

 

 

「リディア嬢、お客人ですよ」

 

 屋敷の執事が、慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「お客人? こんな時間に、一体誰が」

 

「ええと、それが……」

 

 きょろきょろと辺りを伺う執事に、嫌な予感がする。

 まさかまた、ユージンが来たのだろうか。

 

「国王陛下がいらしたそうです」


「国王陛下が、ですって!?」

 

 予想外の来客に、私は目を見張る。

 まさか私とユージンの関係の一件で怒っているのだろうか。

 

 それとも、ユージンの嫌がらせか。

 不安が頭をよぎる中、執事が続けた。

 

「陛下は、どうやらお嬢様に会いたいとおっしゃっているようで」

 

「私に……? 一体何の御用なのかしら」

 

 アレクと顔を見合わせるが、彼も首を傾げるばかりだ。

 

「……参ります。アレク、同行願えるかしら」

 

「はっ、お嬢様。お任せください」

 

 アレクと共に、屋敷の大広間へと足を進める。

 そこには、豪奢な衣装に身を包んだ国王が、威厳ある佇まいで座っていた。

 

「やあ、リディア譲。久方ぶりだな」

 

「国王陛下……お忙しい中、よくぞお越しくださいました」

 

 私は慌てて、ゆっくりとお辞儀をする。

 

「ははっ、そう改まらなくてもいい。実はな、お前に感謝を伝えに来たのだ」

 

「感謝、ですって?」

 

 思わず顔を上げると、国王は満足そうに頷いた。

 

「うむ。最近、お前の領地経営の話を耳にしてな。なかなかの手腕だと聞いて、是非とも一目会いたいと思ったのだ」

 

 国王の言葉に、私は驚きを隠せない。

 

「そ、そんな。私はただ領民の幸せの為に……」

 

「謙遜することはない。お前の努力は、王家も認めている。これからも、国の発展の為に尽力してくれると嬉しいかぎりよ」

 

 そう言って、国王は温かな笑みを浮かべた。

 この人は、ゲームの中では威厳ある立ち振る舞いしか描かれていなかったが、実際に会ってみると思いの外気さくな方のようだ。

 

「あ、ありがとうございます。お褒めに預かり光栄です」

 

「そういえばリディア。ユージンとの婚約の件だが……」

 

 そこで国王は言葉を切り、ちらりと私を見た。

 ああ、やはりその話か。

 身構える私に、国王は意外な言葉を告げた。

 

「お前には悪いことをしたな。ユージンのあまりの押しの強さに、つい負けてしまってな」

 

「え……?」

 

「正直に言うと、あの子にはまだ器量が足りない。今回の件でも、自分の我が侭ばかり通そうとして、お前に迷惑をかけてしまった」

 

 申し訳なさそうに眉を下げる国王に、私は驚くばかりだ。

 

「そ、そんな……ユージン王子は婚約者として、申し分のない方だと思います」

 

 建前上そう言うが、心の中では複雑な思いが渦巻いている。

 ゲームではここまでユージンの性格の悪さは描かれていなかった筈だ。

 一体何が、彼をこんなにも歪めてしまったのか。

 

「ふっ、これ以上の社交辞令は無用だ。ここまで言わせてもらえば、もう充分だろう」

 

 そう言って、国王は両手を組んだ。

 

「リディア、お前には悪いが……ユージンとの婚約、破棄させてもらいたい」

 

「えっ……!?」

 

 思わず大きな声を上げてしまう。

 まさか、ユージンの今の非道ぶりを国王も見抜いていたとは。

 

「お前には、ユージンよりももっと相応しい者がいる。そう思わないか?」

 

 そう言って、国王の視線がちらりとアレクへと向けられる。

 

「陛下……まさか」

 

 私の隣で、アレクが息を呑んだ。

 

「そう、アレク。お前はリディアの力になってやってくれたと聞いている。その忠義心と行動力、私は高く評価させてもらった」

 

 そして国王は、ゆっくりと立ち上がると、アレクに向かって言った。

 

「アレク、お前にリディアとの婚約を申し付ける。異存はあるまい?」

 

「へ、陛下……! そんな、私なんかが……」

 

 アレクは狼狽し、顔を真っ赤に染める。

 

「私は平民出身の騎士でございます。私とお嬢様とでは……」

 

「何を言う。身分などたかが知れておる。大切なのは、その人の心意気だ」

 

「しかし……アレクには、私など……」

 

 そう言いかけた時だった。

 

「お嬢様」

 

 アレクの力強い声が、私の言葉を遮る。

 

「確かに俺は、平民の出自。お嬢様と一緒になるなど100年早いと思っていました」

 

「アレク……」

 

「けれど、この半年間、リディア様と共に過ごした時間は、俺にとって何よりも尊いものでした。陛下がお許しくだされば、俺はこの想いに殉じ、お嬢……リディア様を幸せにする覚悟でございます」

 

 真っ直ぐな瞳で、アレクは私を見つめている。

 その熱意に、私の鼓動は高鳴っていく。

 

(アレク……)

 

 心の中で呟きながら、私は国王に頭を下げた。

 

「陛下、私は、私はアレクを……」

 

「ふっ、もういい。その顔を見れば、答えは明白だ」

 

 国王は柔らかに微笑むと、アレクの肩に手を置いた。

 

「アレク、リディア。私はお前たちの婚約を祝福しよう。そして、アレクには……伯爵の爵位を与えることにしよう」

 

「は、伯爵!?」

 

 驚愕の声を上げるアレクを尻目に、国王は満足そうに頷く。

 

「ああ。お前ならその器量は充分。そして、リディアの夫としてふさわしい地位だろう」

 

「陛下……感謝いたします!」

 

 アレクは感激の面持ちで、国王に跪いた。

 私も、この上ない幸福感に包まれていく。

 

(元平民の騎士と、侯爵令嬢の結婚か……まるで私がヒロインみたいね)

 

 前世の記憶にはない、予想外の展開。

 けれど、この瞬間が新しい人生の始まりなのだと悟っていた。


 

 国王の決定により、私とアレクの婚約が正式に認められた。

 身分違いの結婚に、周囲からは多くの批判の声が上がったものの、国王の強い後ろ盾もあり、式の準備は着々と進んでいく。

 

「リディア様、ウェディングドレスのお仮縫いに参りました」

 

 マーサが嬉しそうに告げる。

 

「ありがとうマーサ」

 

 私たちは幸せいっぱいの笑顔を交わし合う。

 

 

 一方、伯爵に叙されたアレクも、新たな仕事に奮闘していた。

 

「アレク様、この書類に目を通していただけますか?」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 真剣な眼差しで書類を読み込む横顔を見て、私の胸は熱くなる。

 あんなに頼もしい人が、もうすぐ私の夫になるのだと思うと、まだ信じられない気持ちでいっぱいだ。


 

 そうして迎えた結婚式当日。

 

 厳かな教会に、私はアレクと並んで立っていた。

 純白のウェディングドレスに身を包み、幸せに満ちた表情を浮かべる私。

 

 そのすぐ隣で、アレクが優しく微笑んでいる。

 神父の言葉に従い、誓いの言葉を交わし合う。

 

「アレク・ヴィンセント。あなたは、ここに集う神と人々の前で、リディア・バーモントを妻として迎え、生涯愛し守ると誓いますか」

 

「はい、誓います」

 

 アレクの力強い返事に、私の目に涙が浮かぶ。

 

「リディア・バーモント。あなたは、ここに集う神と人々の前で、アレク・ヴィンセントを夫として迎え、生涯愛し従うと誓いますか」

 

「はい、誓います」

 

 私も精一杯の思いを込めて、誓いの言葉を口にした。

 

「これにて、二人は夫婦となりま──」

 

 その時だった。

 

 ドーンッ!!

 

 突如、教会の扉が勢いよく開け放たれる。

 割れんばかりの音に会場が騒然となる中、一人の男が姿を現した。

 

「やめろ……その結婚式は、やめろぉぉぉっ!!」

 

 絶叫する男の声に、私は愕然とする。

 そこにいたのは、他ならぬユージン王子その人だったのだ。

 

「ゆ、ユージン……!? 一体何のつもり!?」

 

 アレクが怒りに震える声で問い質す。

 しかしユージンは、血走った目のままアレクを睨みつけた。

 

「黙れ下賎の騎士め! 私の婚約者に、手を出すなど言語道断!」

 

「なっ……! 貴様、その口の利き方は……!」

 

「ユージン王子! 婚約は破棄されたはず……それを今更なぜ……!」

 

 私も動揺を隠せずにいた。

 すると、ふらふらとした足取りでユージンが祭壇へと近づいてくる。

 

「ハッ……破棄だと? あれは父上の戯言に決まっている……!」

 

「戯言だなんて……! あなたは、私との婚約を望んでなどいなかったじゃないの!」

 

 否定の言葉を叫ぶ私に、ユージンは嗤った。

 

「だったら何だ……俺はお前が欲しいんだ、リディア……! アレクなんかに、渡すものか……!」

 

 そう怒鳴りつけ、ユージンは私の腕を力任せに掴んだ。

 

「いやっ……! 放して……!」

 

「リディア! 貴様、無礼者!!」

 

 反応するよりも早く、アレクの拳がユージンの顔面を捉えていた。

 

 鈍い音を立ててよろめくユージン。

 

 だが、めげずに私の腕を掴み直し、引きずるようにして出口へ向かう。

 

「来るんだリディア……! 俺と一緒に、この国を出るんだ……!」

 

「嫌よ、そんなの……!」

 

 悲鳴にも似た叫び声を上げる私。

 その時、再びアレクが立ちはだかった。

 

「ユージン王子……いや、もはや王子ではない。今のお前は、ただの下衆だ」

 

「なにっ……」

 

「私は決して、貴様にリディアを渡したりはしない。例え相手が王族であろうと、彼女を愛する者として、断固として立ち向かう!」

 

 まっすぐに、ユージンを見据えるアレク。

 その言葉に勇気づけられ、私も声を上げた。

 

「そうよユージン! 私はもう、あなたの婚約者じゃない! アレクこそが、私の夫となる人なの!」

 

「ぐっ……そんな……俺の想いは、こんなものじゃない……!」

 

 絶叫に近い声で呻くユージン。

 次の瞬間、ずっしりと重い衝撃が私を襲った。

 

「きゃああっ!!」

 

「リディアっ!!」

 

 ユージンに突き飛ばされ、私は祭壇の階段から落ちていく。

 地面に叩きつけられる寸前、アレクが私の身体を受け止めてくれた。

 

「この、下郎めぇっ……!!」

 

 我を忘れ、ナイフを取り出すユージン。

 私は恐怖に目を瞑った。

 だがその時、鋭い声が会場に木霊した。

 

「そこまでだ! ユージン!!」

 

 国王だった。

 衛兵たちを引き連れ、憤怒の形相で立ちはだかる。

 

「ひっ……父上……」

 

「お前は、もう私の息子ではない。アレクとリディアの結婚を祝う、このめでたき日に何をしでかしている!」

 

「だ、だって父上……私は……リディアが……」

 

「黙れ。もう言い訳は聞かん。衛兵たち、こやつを牢獄に入れよ」

 

「ま、待って下さい父上! そんな……私は……ぐあっ!!」

 

 ユージンの悲痛な叫びを背に、厳かな空気が教会に流れ込んでいく。

 事態の急変に、私は放心状態。

 

 それでもアレクの腕に抱かれているだけで、安心感が広がっていった。



 ユージンの凶行により、結婚式は一時中断を余儀なくされた。

 だが、彼を牢獄に収監したことで、事態は沈静化に向かっていた。

 

「ったく、ユージンのやつ、とんでもないことをしでかしおって……」

 

 国王は頭を抱えながら、重々しく言葉を紡ぐ。

 

「これだけの不始末をやらかしたのだ。もはや、王子の器ではないな」

 

「陛下……どうするおつもりで?」

 

 アレクが不安そうに尋ねる。

 

「ユージンは国外追放としよう。二度と、この国に戻って来れぬようにな」

 

「そこまで……」

 

「あれは、もはや私の息子ではない。反省の色など微塵も感じられぬ。このままでは、いつまた同じことを繰り返すかわからん」

 

 強い決意を秘めた国王の言葉に、誰もが深く頷いた。

 かくして数日後、ユージンは国外への追放が言い渡された。

 

「くそっ……覚えてろよ、リディア……! いつか私が、この屈辱を晴らしてやる……!」

 

 捨て台詞を吐きながら、ユージンは国を後にしたという。

 あのような結末を迎えるなんて、誰が想像しただろう。

 

 かつての私なら、ユージンを哀れに思ったかもしれない。

 だが今は、ただ清々しい気持ちでいっぱいだった。


 

「ざまあみろ、ですわね」

 

 マーサの一言に、私は思わず吹き出してしまう。

 

「ふふ、そうね。自業自得だわ」

 

 結局ユージンは、自分の行いが招いた結果に、打ちのめされただけなのだ。

 因果応報とはよく言ったものだと、私は妙に納得していた。


 

 一方その頃、アレクは私との新居の準備に追われていた。

 

「お嬢様、ここにお荷物を置きましょうか?」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 新しい屋敷に招き入れられる家具や調度品の数々。

 それらを眺めているだけで、新生活への期待が膨らんでいく。

 

「リディア、少し休憩したらどうだ?」

 

 心配そうに覗き込むアレクに、私は微笑んだ。

 

「ありがとうアレク。でも大丈夫よ。こうして屋敷作りに関われるなんて、幸せだもの」

 

「しかし、体を壊しては元も子もありません。ほら、こちらへ」

 

 アレクが差し出す手を取り、私はソファへと座った。

 

「はぁ、素敵……こんなお屋敷が、これから私たちの家になるのね」

 

「ああ。そうだな。」

 

 アレクの大きな手が、私の頭を優しく撫でる。

 穏やかな時間が、ゆっくりと流れていく。

 

 それから程なくして、私たちの新居は完成した。

 引っ越しの当日、両親を招いてお披露目パーティーを開くことになっている。

 

「さあ、中へお入りください」

 

 アレクに案内され、両親が屋敷の中へと足を踏み入れる。

 

「まあ、なんて素敵なお屋敷なの……!」

 

「母さま。ここで私、精一杯頑張ります」

 

「ふふ、頼もしい限りだ。アレク君、娘をよろしく頼むよ」

 

「はい、お義父様。リディア様を、必ずお守りいたします」

 

 アレクの凛々しい横顔を見つめ、私の心は熱くなった。

 彼と一緒なら、どんな困難も乗り越えられる。

 そんな確信に満ちていく。

 

 そうして迎えた、結婚式の日。

 純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、アレクの隣で誓いの言葉を交わした。

 

「アレク・ヴィンセント。あなたは、ここに集う神と人々の前で、リディア・バーモントを妻として迎え、生涯愛し守ると誓いますか」

 

「はい、誓います」

 

「リディア・バーモント。あなたは、ここに集う神と人々の前で、アレク・ヴィンセントを夫として迎え、生涯愛し従うと誓いますか」

 

「はい……誓います」

 

 涙でかすれた声で、私は愛する人との絆を誓った。

 指輪の交換を終え、アレクがベールを上げる。

 

「リディア……今日から、君は俺の妻だ」

 

「ええ、アレク。そして、あなたは私の夫」

 

 微笑み合い、キスを交わす。

 歓声が教会中に響き渡り、花びらが祝福のように舞い散った。

 

 こうして私たちは、夫婦となったのだ。

 あの悪夢のような日々が嘘のように、幸せに満ちた新生活が始まる。


 

 アレクとの朝は、いつも穏やかなコーヒーの香りから始まった。

 

「おはよう、リディア。今日も一日頑張ろうな」

 

「ええ、アレク」

 

 微笑み合い、手を携えて屋敷を後にする。

 今日も領地を巡回し、人々の暮らしぶりを見守るのだ。



「リディア様、いつもありがとうございます」

 

「こちらこそ、よく働いてくれて感謝しているわ」

 

 領民に寄り添い、共に発展させる。

 

 きっと母さまも、私の姿を見守っていてくれているはず。


 

 お腹の子も、もうすぐ生まれてくる。

 アレクの子を、私たちの愛の結晶を。

 大切に、大切に育てていくのだと、そう思うのだった。

 

 こうして私は、気が付けば悪役令嬢としての運命を乗り越え真の幸せを手に入れたのだ。

 

 前世の知識を活かし、1つ1つ困難を乗り越えてきた。

 そして今、愛する人と結ばれ、新しい命を宿している。

 

 私の人生は、まだまだ始まったばかり。

 夫と共に歩む未来に、どんな喜びが待っているのだろう。

 そう胸を躍らせながら、私はアレクの手を強く握り締めるのだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

もしよろしければ評価していただきますと参考になります。

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