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異世界転移家族―オタクは異世界を変える  作者: またたび山ニャン太郎
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究極オタク一家の働き方革命

荘厳なシャンデリアに照らされた広間には、王宮楽団が奏でるワルツが流れ、色とりどりのドレスを身にまとった令嬢達と礼服姿の令息達が、ホールの中央で花が咲き乱れるかの様なダンスを披露していた。

今宵はグレンデール王立学院の卒業パーティーが学内の大広間にて行われていた。

卒業を迎えた生徒や関係者の貴族達も華やかに着飾って会話を楽しんでいる。

「それにしても、ユリヤ様遅いですわね。大事な卒業パーティーですのに。」

1人の令嬢がソワソワしながら入り口を見た。

「でも、婚約者のシャルル殿下は、とっくに別の方をエスコートしていらしてましたわよ。」

「フェリシア男爵令嬢でしょ。まったく意味が分かりませんわ。婚約者じゃない女性をエスコートして、剰えダンスを3回も踊りましたわよ。」

令嬢達は眉をひそめ、ホールの中央で2人の世界に酔いしれ、潤んだ瞳で見つめ合いながら踊るシャルル王子と男爵令嬢を冷ややかな目で見た。その場に居る全員がドン引きしていたのは事実なのだが、等の本人達は脳内お花畑で周りの白い目には気がつかない様だった。軽蔑の目で見られている皇子ではあったが、プラチナブロンドの髪にブルーアイズの顔は美しく、踊る姿は一枚の絵画の様であった。

卒業パーティーも終わりの時刻が近づいたその時、入り口のドアが開かれ、1人の令嬢が深い海の色のドレス姿で静かに入場してきた。その瞬間、その場に居る全員が令嬢に注目する。いや、注目ではない目を奪われてしまうと言うのが適切な言葉だろう。

その姿は、令嬢と言うには凛々しく、一分の隙もない姿は古老の武士の佇まいだった。そして、その強さを醸し出す雰囲気をも凌駕する、見目麗しい姿と相まって、最早怖いもの見たさなのか目が離せない心持ちになってしまうのだった。艶やかな長い黒髪が絹糸の様にサラサラと揺れ、そして、その瞳も夜の帳を思わせる深い漆黒のそれであり、ただ細いだけではないその身体も日々の鍛練を思わせる、甘えの無い姿態であった。

近寄りがたいオーラを醸し出す彼女だが、周りの愛らしい令嬢達は待ちくたびれたと言わんばかりに彼女へ駆け寄る。

「如何なされましたユリヤ様。随分と遅かったですわね。」

「何かあったのかと心配しておりましたのよ。」

「でも、今宵のドレスも素敵ですわ。やはり御姉様のデザインですの?コンセプトは何でしょうか?」

矢継ぎ早に質問を投げかけてくる令嬢達。いつの時代も乙女とは、自分の愛するものに全力で駆け寄ってしまう性質が有るようだ。

軽く挨拶をしてから、少し考えながら彼女が答える

「ご心配おかけしました。開始時間が変更になったと連絡がありましたので。」

友人同士の会話と言うより業務報告の様に答えるユリヤ、その声も凛としていた。

「ドレスは、姉のデザインです。夜明けをイメージしたそうです。」

そう、そのドレスはオフショルダーの胸元から裾に向けて黒から深い青、そして夜明けを思わせる透き通るような白のグラデーションが美しく、生地に織り込まれた金糸が一見地味に見えそうな色合いを夜空の星の様が瞬く様に光輝やいていた。

「さすが御姉様ですわね。ユリヤ様が一番美しく見えるデザインですもの。」

「あっ、ありがとうございます。」

大好きな姉を褒めてもらいユリヤは、少し頬を赤らめながら礼を言った。

「あら、ユリヤ様の嬉しそうなお顔が見れましたわ。これは、今日良いことがあるかも知れませんわね。」

そう言うと令嬢達は、嬉しそうにコロコロと笑った。

「ところでユリヤ様、もうソロソロ卒業パーティーも終盤に差し掛かろうという時間を開始時間だと伝えた方は誰ですの?」

「もしかして、今まさに中央でお楽しみの方ではないですわよね?」

令嬢達は、扇子で口元を隠すようにしてホールの2人を睨んだ。

ユリヤは、

「なにか手違いで間違った時間を知らされたのかもしれません。」

と、淡々と答えた。

「ユリヤ様、これは怒って良い事ですのよ。」

「そうですよ、婚約者のエスコートもしないなんて有り得ませんわ。」

「私だったら絶対に許せませんわ!ユリヤ様ったら人が良すぎます。」

怒らないユリヤに代わって令嬢達が口々に文句を並びたてたが、彼女は大丈夫だからと皆をなだめた。

そして、演奏が終わりダンスを楽しんだ人々がお辞儀をして中央から移動した。が、何故か中央に残っている人物が居た。誰あろうユリヤの婚約者ので有り、この国グレンデール王国第三王子シャルル・リオン・グレンデールその人だった。眩いばかりのプラチナブロンドの髪とコバルトブルーの瞳は、グレンデールの王族の特徴そのものだった。そして、その傍らには皇子に抱き寄せられ、しなだれ掛かる綿菓子の様な甘い雰囲気を醸し出す令嬢が、何故か涙ぐみながら佇んでいた。

何だ、なにが始まるのだ?と皆が注目する中、王子はユリヤに向かって大声を張り上げた

「ユリヤ・ゴンドゥー! 我グレンデール王国の名において、私シャルル・リオン・グレンデールは、お前との婚約を今この場において破棄する!」

その瞬間、会場に居た全員が声に出さず表情にも出さず『えっ、突然なに?なにが始まるの?』と叫んだ。

ユリヤが、極めて冷静な声で答える

「承知しました。」

『えーっ?良いんだ?』

またまた会場の皆が心の中で叫ぶ

1人焦るのがシャルル王子

「お、お前なんで婚約破棄されたのか分かっているのか?」

「分かりませんが、殿下が破棄したいのであれば従うだけでございます。」

無表情無感情で答えるユリヤ

益々焦る王子、何故ならここでユリヤを断罪し己の正当性をこの場に居る物に知らしめる予定だったのだか、ユリヤ本人が婚約破棄の理由を尋ねてくれないと、突然卒業パーティーという晴れの席で婚約破棄を叫ぶ非常識な人間になってしまう。

そして、事実この場の全員が王子を死んだ魚の目で見つめていた。

『信じられない、一生に一度の卒業パーティーで何してくれてるんだ!このバカ王子が!』

まあ、ここまで不敬な言葉だったか定かではないが、ほぼ全員一致の心の声だった。

「お前が、ここに居るフェリシア男爵令嬢に口にするのもおぞましい程の嫌がらせをしたからだ!」

『あーぁ、痺れを切らして自分から言い出しちゃった。』

ユリヤは、尚も冷静に答える

「左様でございますか。」

「…み、認めるのだな!」

皇子が食い下がる。

「そちらのご令嬢は、初めてお会いする方かと思いますが。」

マリアの言葉に、抱き合う2人は真っ赤な顔で怒り出す

「同じ学院に通って居ながら、初めて会うとは嘘をつくにも程があるぞ!」

王子と横に寄り添う男爵令嬢の人目を憚らない会瀬を学院でも何度か目にはしていたが、正式に紹介されたことも無ければ会話をした事も皆無なのだ。

「お見かけしたことはあるのかも知れません。しかしながら違うクラスの方なので接点がございません。ですから、お話ししたことは無かったと思うのですが。」

やはり業務報告の様に伝えるユリヤ、そこに王子に寄り添っていた令嬢が涙ながらに訴える

「酷いですわ。ご自分が上級クラスで、私が下級クラスなことを侮辱してるんですのね。」

フェリシア男爵令嬢が、キンキン声で泣きながら叫び出す。

『そんな事は言ってないよね。論点がズレてるよね。』

「いつもこうして、わたくしの事をいじめるのです。」

泣きながら叫ぶ令嬢に、冷静な顔のまま発言するユリヤ

「いえ、ただ単にクラスが違いますと、会う事も話す事も少ないと言ってるだけです。私は、他者を侮辱など致しません。」

涙ぐむフェリシア嬢の頬を優しく包み自分の胸に抱き寄せ、皇子がまた叫ぶ

「うるさい、黙れ!」

『いや、うるさいのあんた達なんですけど。』

ここら辺から、他の卒業生や参加者は少しづつ動きだし、ゆっくりとユリヤの後ろに移動を始めた。

王子と男爵令嬢の周りには、側近と男爵令嬢の取り巻き令息数人だけになってしまったのだか、興奮さめやらぬ王子は、尚も続けて声を張り上げる。

「私が、フェリシア譲から相談を受けているこの1ヶ月間だけでも、私物の本を破られ、頭から水を浴びせられ、机の中にゴミを入れられたらしいではないか。それもこれも全てお前のやったことなのだろう!」

ユリヤは、静かに答える

「私は、やっておりません。」

王子は、怒りに震えながら尚も詰め寄る

「黙れ黙れ黙れ!貴様、昨日は遂にフェリシア譲の命を狙ったそうではないか!」

フェリシア譲が、フルフルと震えながら訴える

「昨日の放課後、私はユリヤ様に学院の階段から突き落とされたのでございます。本当に本当に怖かったですわ。」

「これは、歴とした傷害罪だぞ!いや、殺人未遂罪も適用されよう。」

王子は、鬼の首を取ったかの様な表情でいい放つ。

それでもユリヤは、表情一つ変えず話す

「それは、大変でございました。昨日の今日でお身体は大丈夫なのですか。」

『さっきまでダンス踊りまくってましたー!』

周りの令嬢令息は、ここまで来ると面白くなってしまっていた。笑いを堪えるので必死である。それでも貴族として、決して表情には出さずポーカーフェイスを貫いていた。

フェリシア譲は、涙声のボルテージを上げて叫ぶ

「ユリヤ様!私は、ただ一言謝罪していただければ充分ですのよ。貴女を訴えたい訳ではありませんの。謝罪を、謝罪をしていただければ私は貴女を許します。」

そう言って王子の胸で泣きじゃくった。

「ああ、フェリシア譲。貴女は、なんて優しく慈悲深い方なのだ。聞いたかユリヤ!今、この場で謝罪するならば婚約破棄だけで、フェリシア譲に対して行った悪逆非道の数々は無罪放免にしてやる。フェリシア譲の優しさに感謝するんだな。」

決まった!と言うようなポーズを取る王子。

ユリヤは、ため息をついて話し出す

「私、昨日は学院に行っておりません。」

えっ?!王子と男爵令嬢の時が止まる。

慌てたフェリシア譲

「一昨日だったかもしれません!」

「一昨日も登院しておりません。」

ユリヤが静かに伝えた。

オロオロしだした王子が食い下がる

「つ、突き落とした件は思い違いかも知れないが、他の嫌がらせは言い逃れ出来ないのだからな!」

『えーっ?まだ言うか!』

ユリヤが答える

「私はここ1ヶ月間登院しておりません。」

大慌ての2人

「お前、王族の婚約者でありながら学院をサボり、学業を疎かにするとは何事だ!」

分かりやすい逆ギレしだす王子

「殿下、私は卒業に必要な課題と勉学を全て履修し終りましたので、この1ヶ月間は王城にて妃教育を受けておりました。クラスこそ違いますが、1ヶ月間も私が学院に居ない事にお気づきではなかったのですね。」

完璧なアリバイを突きつけられ、これからどうするのだろうと一同固唾を飲んで見守ってるなか、王子はかなりオロオロしていたが、攻める矛先をかえたようだった。

「だっ、大体おまえの様な魔法属性の者が王家に入るなど有ってはならない事なのだ。王家は、光の魔法属性お前は闇の魔法属性ではないか。しかも、突然現れて伯爵位にまで成り上がった、どこの馬の骨ともわからない得たいの知れない一族だぞ。」

卑怯者とは、責任転嫁に関して本当に頭が回る。始めから、この件で婚約破棄したかったのだ、とでも言うように言葉を続ける

「敵である魔族を倒す際も、光の魔法を使えば、厳かな光に包まれ光の矢に貫かれる。そして、苦痛を感じることもなく夢見心地のまま天の国に上るのだ。しかし、闇の魔法で倒された魔族は、暗闇の中で全ての感覚を奪われ闇に侵食され、恐怖の中地獄に落ちるのだ。何とおぞましいことか。その様な恐ろしい者を王家に入れることは罷りならん。」

先程まで無感情で話を聞いていたユリヤが、突然キラキラした目で話し出した。

「その話は、本当でしょうか?どちらの文献に載っているのですか。私、自分の闇魔法について学院の図書室、王都の図書館の本は全て調べたのですが、その様な興味深い話はついぞ読むことが出来なかったのですが。何方の著で何と言う文献なのでしょうか?しかしながら、魔族が天の国に行くことは魔族にとって喜ばし事なのでしょうか?どちらかと言うと地獄の方が暮らしやすい気がいたしますが?その点は、如何でしょうか?」

先程までの態度と違い、前のめり早口でグイグイ来る。

「それは…ぞ属性的にそんな感じがするではないか。ぶっ文献は、昔どこかで見たような気がする様な気がする…。」

卑怯者が自分の為に咄嗟についた嘘は底が浅い。が、絶対に自分の非を認めないのも愚か者の特性だ。

ユリヤは、初めて王子に対して落胆した。婚約破棄よりも自分の闇属性に関して、新たな性質が分かるのかと期待した分、落ち込みが激しく、もう一刻も早くこの場を去り家に帰りたかった。

「左様でございますか。承知いたしました。私は、何もやましい事はしておりませんが、殿下のお気持ちが私に無いことは分かりました。謹んで婚約破棄をお請けしたいのですが、婚約は、王家と我が家で取り決めた話しですので、私の一存ではお返事できません。今より屋敷に戻りまして家族に伝え今後どうするか指示をあおぎたいと思います。それでは、御前を失礼しいたします。」

そう言って、ため息の出るような美しいカーテシーを披露してユリヤはその場を後にした。ドアを出る際に、自分の後ろに控えて王子達を威嚇してくれた友人貴族達に微笑んで颯爽と去って行った。

残された、王子たちは側近や取り巻きに、何故ユリヤが学院に居ない事に気づかなかったんだと怒鳴り散らし、闇属性など穢らわしい、など口汚く罵っていた。

他の卒業生や関係者たちは慌てて帰り支度を始めた。

「大変ですわ。ユリヤ様ゴンドゥー家の皆様がどうなさるのか心配。」

「我が家も、ゴンドゥー家の方々とは親しくしてますもの、両親も今宵の話を聞いたら慌てますわ。」

「とにかく急いで帰らないと。ユリヤ様大丈夫かしら。なにか自分の事の様に腹が立ちますわ。」

「あぁ、でも見ました?ユリヤ様微笑んでましたわ。私、初めてユリヤ様の微笑みを見ましたわ。これは、かなり貴重な事ですわよ。」

口々に不満や心配を吐き出しながら、蜘蛛の子を散らすように全員帰ってしまった。

残された、王子と男爵令嬢とその仲間達は、お互いに罪を擦り付けながら言い合いをしている。最後まで男爵令嬢は、きっとユリヤ様は取り巻きに命じて、自分に嫌がらせをしたのだ!と譲らなかった。


帰りの馬車の中、さすがにユリヤは疲れてしまい、いつもなら直角90°で微動だにせず座っているのだが、この時ばかりは、窓に寄りかかったまま外をぼんやりと眺めていた。

そして、馬車はゴンドゥー伯爵家に到着した。特別大きな屋敷ではないが、要所要所に変わったデザインが施された美しい邸宅であった。

執事のセバスチャンが馬車のドアを開けてユリヤを出迎える。長身で細身、白髪の執事は、一目で有能だとわかる雰囲気を醸し出していた。

「お帰りなさいませユリヤ様。」

つい先ほど出掛けて行ったユリヤが、ずいぶん早い帰宅をしたのにも関わらず、セバスチャンはその事に触れず

「皆様は広間でおくつろぎでございます。」

と、家族に報告が有るのであろうユリヤを広間に誘導した。

「ありがとうセバスチャン。少しの間、誰も広間に近づかない様に伝えてください。」

「畏まりました。」

そう言ってセバスチャンは、広間から離れていった。

ふう、とため息をつきユリヤは広間のドアを開けた。

50畳は有ろうかと思われるその部屋は、落ち着いた装飾や照明、大きな暖炉の中では炎の魔石が部屋を暖め、成り上がり貴族とは思えない程のクラシカルな様相を呈していた。

そして、広間の真ん中には場違いなコタツがデンと置かれ、ジャージ姿の家族がのんびりと団欒していた。

「よう、早かったな。」

緑ジャージ祖父ジュウゾー・ゴンドゥー(権堂十蔵・70才)が、コタツに寝転び詰め将棋をしながら声をかける。

「寒かったでしょう。今、お茶入れるからね。」

赤ジャージ祖母マーサ・ゲンドゥー(権堂真砂・68才)がユリヤの湯呑み茶碗を用意した。

「えっ?えらいキレイな格好だね。何かあったの?」

茶ジャージ父ジーン・ゴンドゥー(権堂 仁・44才)が懐中時計を分解しながら呑気なことを言っている。

「なに言ってるのパパ。卒業パーティーって言ってたでしょ。」

青ジャージ母マリア・ゴンドゥー(権堂真理亜・44才)が顔にパックをしながら答える。

「きゃーっ!やっぱりそのドレス良いよね。お姉ちゃんの自信作なんだけど。」

ピンクジャージ姉エリカ・ゴンドゥー(権堂絵里華・20才)がネイルをしながらドヤって顔をしてくる。

「てか、帰ってくるの早くね?さっき出掛けたよな?」

黄ジャージ兄ジョージ・ゴンドゥー(権堂穣二・24才)がマンガを読みながら不思議そうな顔をしている。

ユリヤは、

「私、婚約破棄されたみたいです。シャルル殿下は別の方と婚約したいらしくて。」

さらっと宣言した。

「はーっ?なんでよ?」

全員鳩が豆鉄砲くらった顔でユリヤを見つめ、口々に騒ぎ出す。

「あーの青二才め、うちの可愛い孫になにしてくれてんだ!」

「なんでこんなに可愛いうちのユリヤちゃんが…。」

「パパ泣かないの。でも、あっちが婚約して欲しいって言ってきたのに?なんなの?ママにも分かるように説明して。」

「あのバカ王子のくせに二股とかないでしょ!」

「待ってろ今からお兄ちゃんが呪ってやるからな。藁人形藁人形…。」

家族が騒ぐなか、静かに下を向いていた祖母がスクッと立ち上がり、壁に掛けていた薙刀を手に取り

「ばーちゃん今から叩き切って来るから!」

と、飛び出しそうになるのを全員で押さえた。

そんな家族を見ていたら、何か楽しくなってきたユリヤが明るく言い放った。

「私は大丈夫だよ。まぁ、13才の時に婚約してしてから3年間で今日が一番会話をした、そんな感じだから恋愛感情なんて持ってないし、お妃教育も大変だったけどタダで一流のマナー講習受けたと思えばお得でしょ。」

ユリヤ本人はケロッとしていたが、家族は怒りのボルテージがマックスの状態だった。

その時、ドアがノックされ外からセバスチャンの声がする。

「旦那様、王宮から勅使の方がみえておいでてます。いかがなさいますか。」

さっきまでメソメソしてた父がキリッと、よそ行きの声で答える。

「そうか、応接間に通しておいてくれ。私は、着替えてから行くから。」

「随分と対応が早いな。」

父は、立ち上がり隣の自室に向かう

母も着替えの手伝いで一緒に移動しながら

「ユリヤ、お父さんは勅使の方と会うから、あなたは着替えてから此方で待ってなさい。」

そう言って、ユリヤを抱きしめてからドアから出ていった。

ユリヤは、

「それじゃ、着替えしてきます。」

と、努めて明るい声で告げた。

それに対して、祖母は微笑みながら

「おばあちゃん今日どら焼作ったから、お茶と一緒に用意しとくね。早く行っておいで。」

と、優しく声を掛けた。

「ありがとう。おばあちゃん。」

と言って、ユリヤはドアをでた。


ユリヤが自室に向かうと、ドアの前には侍女のアンが待っていた。セバスチャン同様こちらの侍女も出来る様相をしている。

「お帰りなさいませ、お嬢様。お着替えとお風呂も入られますか?」

部屋に入りながらアンが尋ねた。

「そうね、お父様も着替えてから勅使の方と話すだろうから、まだ時間かかるわね。お風呂もお願いできる?」

かしこまりました。と言ってアンは部屋の内ドアから続くバスルームに行き、テキパキと入浴の準備をし、部屋に戻ってユリヤのドレスを脱がせ始めた。

着るときは時間の掛かるドレスも脱ぐ時は、あっと言う間で、装飾品も全てアンに任せてユリヤはバスルームに向かった。


湯船に浸かりながら、ぼんやりと今までの事を思いかえす。

「なんか、この世界に来てから色んな事が有りすぎたな。」

そう呟きながら、今までの事を思い出していた。



権堂家の皆が、この世界にやって来る前は現代の日本に暮らしていた。

6年前のある大雨の夜、親戚の結婚式から帰る途中の山道で事件は起きた。家族全員が乗った自動車が落石事故に巻き込まれ、崖下に車が落ちた所までは覚えているのだか、ふっと気がつくと、上も下もない暑くも寒くもない真っ白な世界に浮かんでいた。

「たしか、崖から落ちたよな?」

祖父の十蔵が眉間に皺を寄せて呟く。

「皆、怪我は?痛いところはないか?」

父が焦って問いかけたが、全員どこも異状はなかった。

「なんなのかしらね、ここは?皆、ママから離れちゃダメよ。」

「ばーちゃんの思ってたあの世と違うねぇ。えん魔様も居ないし。」

祖母は腑に落ちない顔をしている。

「早く帰らないと絵里華あすの撮影間に合わなくなっちゃう。」

姉は、とにかく焦っていた。

「なんかホワホワして楽しいな。」

その状況を楽しんでる兄に手を引かれ、当時10才だったユリヤもホワホワクルクルと漂っていたが、当時から無表情で冷静な態度だった。

「あの~権堂家の皆様、ちょっとよろしいですか?」

突然現れた女性に声をかけられ皆は驚いてそっちを見た。声の主は、とても神々しい女性で見るからに女神、女神以外に見えない美女だった。

「誰だい、あんたは?」

女神風の美女にあんた呼ばわりする祖父に気分を害するでもなく美女は答えた。

「見ての通りの女神なのですが…皆様、突然の事で驚かれたでしょう。」

「ここはいったい何処なんでしょうか?」

父が穏やかに聞いた。

何とも腰の低い女神が恐る恐る話し出しす。

「ここは、天界と下界の中間と思っていただければ結構です。実はですね…大変申し上げにくい事なのですが、こちらの手違いで皆さんお亡くなりになってしまいました。」

とんでもないことを恐縮しながら話すが、ハイそうですかとは納得できるはずもなく皆口々に質問を投げ掛ける。

「なんなんだ?えっ?そしたらどうなるんだ?全員一緒に極楽に行くのか?」

「いや、今こうして存在してるんだから、元の所に帰してくれれば助かります。明日、大事な会議が有るんですよ。」

「てゆーか、手違いで殺されたら絵里華とっても困るんですけど。」

女神があたふたしながら答える

「あの、皆さん突然こんな事になって動揺しますよね。本当に申し訳ないんですが、生き返る事は叶いません。現実世界では皆さんもう亡くなってます。葬儀も終わって戻る肉体が有りません。」

家族は、それこそ魂が抜けたような顔で女神をみつめている。何をどう理解すればいいのか考えが及ばないのだ。

女神が話を続ける

「あなた方ご家族は、現実世界において色々な分野で世界に大きな影響を与える存在になる大切な方々でした。まだまだ亡くなる予定はなかったのですが、何か時空に歪みが生じた様で、あり得ない事故に巻き込まれてしまいました。これは、管理が甘かった私の責任です。申し訳ございません。」

女神が申し訳なさそうに頭を下げた。

皆、うーんと考え込んでいたが、祖父が話し始めた。

「まーなんだ、戻れないって言うんだからしょうがねー。これからどうするか先を考えようや。」

祖父の十蔵は、身体こそ小柄だか肝の据わった眼光鋭いイケ爺なのだ。この、一家の長が方向性を決めたことで、皆しょうがないかと納得した。この権堂一族は、良くも悪くも思考が柔軟で、環境の変化にめちゃくちゃ強いのだった。

「ばーちゃん、この歳で新しい体験出来て何か嬉しいわ。」

これまた、小さな置物のみたいなホワホワした可愛らし祖母がウキウキしながら言った。

前向きな意見が出たことで女神は少しホッとした。

「それでですね。元の世界に戻る事は無理なのですが、別の世界に移る事は可能なのですが。」

その言葉にキラリと目の光る男がいた。

突然、女神の手を握りしめて

「本当ですか?異世界転生を自身で体験できるのですね?」

と、熱く語る長男の譲二。この男、高身長で濃い顔イケメンなのだが、中身が暑苦しいタイプのオタクなのだった。

「異世界転生ってなんなんだい?パパ初耳なんだけど。」

父の仁が、興味深そうに聞いてくる。この父も中々の高身長で、喋らなければけばクールなイケオジなのだが、如何せん知識欲が半端なく、なんでも気になることは徹底的に調べまくる、これまた面倒くさいタイプの男だった。

「譲二が好きで良く読んでたマンガに異世界転生系の沢山の有ったものね。ママは、パパが一緒だったら何処でも行良いけど。」

これまた、年齢不詳の美魔女な母が父にもたれ掛かる。ボンキュボーンと音の出そうなボディーに、色っぽい顔がとても3人の子持ちには見えなかった。

「異世界転生か、私ってヒロイン枠?悪役令嬢枠?まーどっちでもドンと演じてみせるけどね。こう見えて芸歴10年だから。」

どう見てもヒロイン枠の清楚系美少女の長女が、腕組みしながら不適に微笑んでいる。聖女枠も行けそうな儚げな美しさを持つ長女だが、残念な事に心にオヤジを飼う猛者だった。

「百合夜は大丈夫かい?何が有ってもパパが守るからね。」

そう言われ、ユリヤはコクリとうなづいた。

「ご理解ありがとうございます。それでは、転生先の選定をしたいと思います。何か希望はありますか?」

女神の言葉に全員キラリと目が光った

「そーだなー。基本設定として最低限必要なことは言葉と文字だな。その世界の全ての言葉と文字が理解できて話せる様にしといて欲しいな。これ、基本設定な。それから、転生した世界でも、今までと同じ様な仕事がしたいから、農業と漁師と狩猟が出来る所が良いな俺は。」

十蔵が、基本設定にチートをサラリと言った。

女神が、えっ?という顔をしたがすかさず祖母が

「やっぱり、今までと同じ感じの食事がしたいから、出来れば同じ様な材料が手に入る世界が良いわ。」

「パパは、やっぱり物づくりがしたいから、あんまり文明が発達してない原始の世界は嫌かな。いや、古代の世界で一から造るのも有りかな?うーん悩むね。」

「ママは、女性を美しくする事に命をかけてるから、女性が自分磨きをしても非難されない世界がいいわ。」

「僕的には、異世界転生って言ったら魔法でしょ。絶対に魔法が使える国がいいです。そこで『異世界転生魔法少女ラブリー⭐️リリカ』のヒロインのリリカちゃんに会うのだ!」

長男は、本当に残念なイケメンだった。

「お兄ちゃんキモい。私は、ドレスを作りたい。中世ヨーロッパぽいゴージャスなドレスを作れる世界がいいな。」

現世で、雑誌の専属モデルと子役時代から女優をしており、身につける商品が即完売になる長女が要望を伝える。

「ユリヤは、お勉強したいから学校が有る国がいいです。」

「偉いなーユリヤは。」

長男長女に頭をナデナデされるユリヤだった。

女神が目を白黒させて希望をまとめる。

「えーっと、農業漁業狩猟と食事と物づくりと美容と魔法とドレスと学校…。あっ、有りました。一つだけ該当します。良かった。」

女神がホッとして顔をあげたのだか、またしても家族の目が光っている。嫌な予感がする女神。

「やっぱりなー。新しい所で一から生きるって言うのは大変だよなー。」

「そーそー。今までと全く違った環境で生活するって、ただ事じゃない苦労が有るんだろうし。ねー。」

女神が、オロオロしながら

「な、何か必要な物が有ればご希望に沿えるようにしますけど。」

すかさず長男が、

「魔法は、何が使えるのかな?」

「はい。魔法は、その人の体質や適正属性によって取得出来る物が決まりますので、希望に沿うことは出来ませんが、ご自分に一番合った魔法が身に付くと思います。」

「それって、一つ?」

「はい?えっと、基本は一人に一つですね。」

ここで、家族は臭い演技を始める。

祖父「あー突然の手違いで命を奪われて。」

祖母「見ず知らずの世界に飛ばされて。」

父「右も左も分からない場所で。」

母「誰も頼る人も居ない。」

長男「そんな世界で頼れる物って何?」

長女「自分自身、それが唯一の味方。」

ユリヤは、冷静で無言。

「何か、他に必要な能力が有るのですか?」

女神が恐る恐る聞いた。

「魔法三つにしてくれ。」

祖父の大胆な提案に女神も焦る。

「無理です無理です。三つなんて。」

「えーっ!そちらの手違いで死んじゃったのにー?」

「そ、それを言われると申し訳ないんですけど。さすがに三つは無理です。」

「んーじゃあ、二つで良いや。女神さんには言葉と文字の部分も無理を聞いてもらったしね。あんまり、無茶言うのも悪いからね。」

「ご理解いただけて良かったです。」

女神は、ホッとしたが良く良く考えれば権堂家の交渉に上手いこと乗せられてしまったとも言える。

祖父が期待を込めた眼差しで女神に話しかける。

「よーし。じゃあ早速魔法を授けてもらって良いですかね。」

女神は、コホンと咳払いをして仕事の顔になる。

「それでは、お一人づつ私の前で跪いて下さい。」

「じゃあ、年齢順で俺から。」

祖父・十蔵が女神の前で跪く。

女神が、手に持った杖で十蔵の頭に優しく当て何か呪文の様な言葉を唱えた。すると、十蔵の身体が光輝いた。

「これで終わりかい?」

あまりの呆気なさにポカンとしてしまう

「はい。お祖父様の魔法は、緑と身体強化の様ですね。植物を操る魔法と、ご自分の身体を強くする魔法です。」

そして次々に魔法を授けてもらった。

「お祖母様の魔法は、炎と癒し。」

「お父様の魔法は、大地と風。」

「お母様の魔法は、水と浄化。」

「長男様の魔法は、雷と転移。」

「長女様の魔法は、魅了と鑑定。」

「次女様の魔法は、闇と…闇…ですね。」

女神が、不思議そうに首をかしげた。

「次女様はダブル闇の魔法のようですね。ある意味究極の闇魔法使いになる素質があるのかもしれませんね。」

母が優しくユリヤを抱きしめ

「ユリヤ、一つの事を極めるって素晴らしい事よ。どんな魔法になるのか楽しみね。」

ユリヤは、コクりと頷いた。

「私、がんばる。」


「とりあえずこれで、魔法を授け終わりました。それでは、早速新たな世界に転生いたしましょうか。」

女神が発した言葉に家族は考え込んで返事が返ってこない。

そして、父が徐に話し出す。

「あのですね、魔法を手に入れましたが今一つ操作方法が分からない。」

長男もアシスト

「今って、レベル1の状態で魔力も最低なんだよね?そんな状態で異世界に行ったら危なくない?」

焦る女神

「いやゲームもレベル1から始めますよね。それと同じだと思っていただければ。」

長男が首を傾げて話す。

「うーん、ゲームを始める訳じゃないですから。ゲームだったら弱くて死んでもやり直し出来るけど、今から異世界に行って死んだら本当に終わりでしょ?」

「あっ、はい。そうなりますね。」

母が手を上げて女神に質問せる。

「変なこと聞きますけど、ここってもしかして時間止まっせん?ここに来てから時間経ってますけどお腹も減らない喉も渇かない眠くもならないんですけど。」

「はい。この空間は時間の概念の外側にありますので、時間が止まっていると思っていただいて結構です。」

祖母が嬉しそうに話し出した。

「あらー。それって歳をとらないって事かしら?嬉しいわねーおじいさん。」

「おう、そうだな。じゃあ、ここで納得行くまで修行出来るな!」

女神の顔色がかわる。

「それは、困ります。」

「なんで?料金でも掛かるのか?」

「いや、お金は必要ないですけど、ここの空間に長い時間留る方はいませんから。ましてや修行なんて…。」

父が、嬉しそうに

「あー。何事も初めての事は不安ですよね。でも、最初の一歩がないと新たな発展は無いんですよ。」

母も、

「そうですよ、今のまま現状維持は安心かも知れませんが、次のステップに進む勇気を持たないと。留まる水は腐ってしまいますよ。チャレンジしてみましょ。」

長女がボソッと呟いた。

「本当、うちの家族の相手は大変だよね。勝てる気がしない。」

少しづつ論点をずらしながら女神に交渉して行く。

最終的に女神が根負けして。

「分かりました。納得行くまでここで修行してください。」

長男が女神の手を取って感謝する。

「あー女神さま、ありがとうございます。レベルMAXまで行ったら声をかけますので、それまでご自分のお仕事して下さって大丈夫ですよ。」

MAXまでやるんだーと女神は思ったが、もう何も言うまいと諦めて無の表情で家族に話しかけた。

「それでは、私は女神の仕事に戻りますので、皆様はここでお好きな様にお過ごし下さい。転生の準備ができましたら、お呼びくだされば参りますから。それでは、ごきげんよう。」

疲れた顔の女神がスーッと消えた。

「よし、じゃあ修行がんばるか。」

女神は知らなかった。この後、この家族が20年間ここで修行することを。

そして、度々呼び出されては修行に必要な物を用意しなければいけない事も。



「お嬢様、大丈夫ですか?」

アンが、バスルームの外から声をかける。

随分と長風呂をしてしまった。ハッとしてあわてて返事をする。

「大丈夫よ。今上がるわ。」

バスローブを羽織ってバスルームから部屋に移動した。

ドレッサーの前に座りドライヤーで髪を乾かしてもらう。このドライヤー丸権印の権堂家オリジナル商品なのだが、この様なオリジナル商品を開発し販売やその他手広く事業をする事で、権堂家は巨万の富を得ていたのだった。

黒いジャージに着替えたユリヤ。

「アン、今日は遅くまでありがとう。もう休んでちょうだい。時間外手当も申請しておいてね。」

そう言ってユリヤは部屋を出た。


広間には、まだ父と母は戻ってなかった。

「お父さんお母さんは?」

ユリヤが、姉の隣に座り尋ねた。

「まだだね。わざとゆっくり着替えて勅使に会ってるんじゃないの。ムカついてるから。」

祖母がお茶とどら焼をユリヤの前に置いた。

「おばあちゃん、ありがとう。」

お茶を飲みながら大好きなどら焼を頬張っていると、父と母が帰ってきた。

「ユリヤ~、明日ね朝早く王城に来いってさ。」

父は心底嫌そうな声を出した。

「お母さんも一緒に呼ばれたから三人で行きましょ。てか、あなたお風呂上がりに化粧水塗った?もう、お手入れはシッカリしないと。」

母は、基礎化粧品の入ったボックスを取り出しユリヤに施し初めのた。

姉のエリカがお茶をすすりながら

「じゃあ、明日はお父さんお母さんは店に来るの遅くなるのね?」

「なるべく早く行く様にするから、何かあったらよろしくね。」

父が答えた。

「はーい。なんかお土産よろしく。」

エリカは、マニキュアの乾き具合をみながら返事をした。

そうして、一大事が起きたとは思えないほど穏やかな権堂家の夜は更けていった。



その頃、王城では緊迫した家族会議が執り行われていた。護衛の者やメイドを退室させ、王族のみで話し合う事は、異例の事であった。

前王、前王妃、現王、現王妃、皇太子、皇太子妃の面々がユリヤとの婚約破棄をした第三王子シャルルに対し鬼の様な形相で睨み付けていた。

現王でありシャルルの父であるアダムス王が問う。

「お前は、自分が何をしたのかわかっているのか?」

普段は理知的で穏やかな現王が本気で憤っているのがわかった。

シャルル王子は、胸を張って答える。

「私は、間違った事はしておりません。王家に闇魔法の血を入れるなど有ってはならない事だと思ったのです。それに、我が婚約者には、聡明なるフェリシア男爵令嬢が相応しい、いや彼女以外は考えられません。」

王は、頭を抱えて諭すように話しかけた。

「お前は、王家と我グレンデール王国にとって最悪な行動をとったのだ。ゴンドゥー家がこの国にどれだけ貢献しているか、知らないわけではないだろう。」

シャルル皇子は、唇を尖らせて王族とは思えない様な態度でアダムス王に抗議した。

「どれだけ稼ごうが所詮は成り上がりです。突然このグレンデールに現れて貴族の称号を金で買い取った、どこの馬の骨とも分からない一族なのですよ。その様な者と婚姻関係を結ぶなど、私には耐えられません。」

アダムス王は、ため息をついて王子に語りかけた。

「あの一族が我グレンデールに突然現れたのは6年前だ。そして、たったの3年で貴族の称号を買い取る財力を稼ぎだした。たったの3年でだぞ。それが何を意味するかわかるか?」

「それは、余程の悪どい事をしたからに違いありません。何なら、私が徹底的に調べ奴等の不正を暴いて見せます。」

シャルル王子が、そう宣言すると家族は全員頭を抱えてしまった。

「ゴンドゥー家が短期間に財を成す事が出来たのは、並外れた知識と技術と我々には考え付かない発想力が有ったからだ。それまで我グレンデールには無かった物を次々に生み出し販売した。それらは、今や貴族や平民、他国にとっても無くてはならない、無くては生活出来ない物になっている。彼等が所有している領地は小さな村一つだか、そこは衣食住を始め保養と娯楽施設、医療と介護施設まで揃った言わば小さいが完璧な王国だと言われている。」

「それは、奴等に毒されているのですよ。洗脳と言っても過言ではない、なんと恐ろしい事だ。やはり、あの一族は国外に追放するか処罰するべきだ。」

シャルル王子が叫ぶとアダムス王の目が座り低い声で叱責した。

「お前は、本気で言っているのか。」

アダムス王の迫力に王子はビクリと身体を震わせた。

「ゴンドゥー家を財力だけの一族だと思っているのか。彼等を侮ってはならない本質は、膨大な魔力とレベルの高い多種多様の魔法の力だ。各国に1人いれば良い方の最高位魔術師の魔力を、あの一族は全員が保持しているのだぞ。彼等は、権力や地位に興味がなく固執していない故に我々王族は存続出来ているに過ぎないのだ。もしも、本気で彼等を怒らせたのなら、お互い只ではすまない。お前は、内乱を、否、戦争を起こそうとしているのだぞ。」

テーブルを叩き王は怒りを露にした。

そこまで言われ、やっとシャルル王子は自分の仕出かした事が、どれ程愚かであったか理解し始めた。

「わ、私は、ただ善かれと思って…。」

真っ青な顔で呟く皇子にアダムス王は、

「もう良い。今後の事は、明日ゴンドゥー家との話し合いで決める。とにかく、怒りを納めてもらう事を最重要課題としなければならない。お前には、自室での謹慎を言い渡す。もう下がれ。」

王子はフラフラと部屋を後にし、残された家族は大きなため息をつくほかなかった。

ここで、やっと他の王族が口を開く。

「何はともあれ、ゴンドゥー家が国外に移住することは避けないといかんな。味方ならば最も心強いが、敵になったなら脅威でしかないからな。」

戦になれば先頭に立ち、拳王と呼ばれた前王が唸るように呟いた。

「それ以前に、私はあの家族を好ましく思っています。末長くこの国にいて欲しい、この国に根付いて欲しいからこそ、シャルルとの婚姻を進めたのですが。」

アダムス王が、落胆した声で話した。

「シャルルも分かって要るものと思っていたのですが。末の子ですから甘やかしてしまったのですかね。」

王妃のマリーリアが、すまなそうに品の良い美しい顔を曇らせた。

「とりあえず、明日の話し合いが良い方向に進むよう、今から最善策を練りましょ。」

デューク皇太子が、あのシャルルの血の繋がった兄とは思えないほど、聡明で落ち着いた雰囲気を醸しだしている。

「しかし、彼等は何かしらの条件や金品で動く方々ではございませんよね。ここは、誠心誠意謝罪するしかないのではないでしょうか。」

妖精の様に透明感の有る美しいシルビア皇太子妃が提案した。

「そうね。私もそれが一番良い方法だと思いますよ。彼等には、上部だけの謝罪や反省の勉は一番の悪手。今まで私達グレンデール王家と裏表なく付き合ってくれた数少ない友人ですもの、心から謝罪しましょう。それが、許しに繋がらなくても、それは仕方のない事です。」

小柄ながらも威厳のある佇まいの前王妃テレーズがキッパリと言った。

「それでは、明日ゴンドゥー家の現当主であるジーン伯爵とマリア伯爵夫人そしてユリヤ譲が登城した際は、ここに居る皆で席に着き、謝罪と今後の話し合いをすることとする。そして、シャルルの今後についてだが…」

こうして、王家の面々の話し合いは夜遅くまで続くのだった。



ユリヤが自室でベッドに入る用意をしているとドアをノックする音がした。

「どうぞ。」

と返事をすると、姉のエリカがひょっこりと顔を出した。

「ユーリ、本当に大丈夫?」

心配そうな顔で聞いてきた。

「自分でも驚く程、まったく平気ですね。」

けろりとした顔で答えるユリヤにエリカは、ホッとした表情になった。

「本来なら長女の私が婚約するべきだったのに、年上を理由にユリヤへ押し付ける形になったから、申し訳なくってね。それに、ほら、お姉ちゃんくどい顔嫌いだし。」

二人でベッドに腰かけながら仲良く話をした。

ユリヤが、意を決したように話し出した。

「私ね、婚約の話が出た時に、やっと自分も役に立つ事が出きるんだって思ったの。」

エリカが怪訝そうな顔でユリヤを見た。

ユリヤは、話を続けた。

「それまで、皆は自分の魔法の属性を使って色々な物を産み出して商売にして来たでしょ。おじいちゃんは、緑の魔法と身体強化の魔法で植物を育てて、魚や動物を狩って来たし。おばあちゃんは、おじいちゃんの取ってきた物を火の魔法を操って料理をして食堂を繁盛させたし。お父さんは、皆の魔力を込めた魔石を使って色んなもを作って売り出したして。お母さんは液体を変化させて化粧品を作り出したり『究極、人体は液体だ!』とか言って、エステを開業したり。お兄ちゃんは…現世と変わらずひたすらマンガ書いて、転移魔法で人間コピー機になって印刷して出版してるし。お姉ちゃんは色んな人に向けてドレスや装飾品をデザインしてるし。なんか、私だけ何も出来なくて寂しかったの。闇魔法って商売向きではなから。だからね、シャルル殿下との婚約の話が出た時、やっと自分も家族に貢献できる!って思っちゃったんだよね。自分に自信がないから、殿下の婚約者になることで自分に付加価値を付けようとしたんだ。そんなのは殿下にも失礼だったし、見透かされて好ましく思われないのは当然だったなって思う。」

ユリヤが寂しそうに話をした。

それを聞いたエリカは、呆気に取られた顔をして話し出した。

「ユーリ、あんた思い違いしてるわ。」

「えっ?思い違い?」

「そう、うちら家族は、商売や家族が大事だから魔法を使って仕事してる訳じゃないのよ。全部、自分がやりたい事をやりたいようにしてるだけ。」

ユリヤは、理解できずに首を傾げた。

「うちの家族は、全員究極のオタクなの。自分の好きなこと興味が有ることには、とことんのめり込むの。で、自分だけで好きなことを完結しても良いんだけど、副産物として商品が出来るから売り出しているだけなの。だから、商売ありきじゃなくて、己の愛するものありきで、自慢の商品が出来たから見て見て、気に入ったら買って!なのよ。」

ユリヤは、言われてみればそうだと府に落ちた。

「それにね、王子とユリヤの関係が上手く行ってなかったからと言って、王子と言う立場でありながら別の女と浮気したのは許されない事だし、大勢の前で断罪して婚約破棄を言い渡すなんて絶対やってはいけないことだったのよ。国王陛下が決めた婚約を一方的に破棄するなんて、陛下に対する謀反と思われても仕方ない行動よ。全面的にシャルル殿下が悪いの。だから、ユリヤが王子に引け目を感じることは一切ないわ。」

エリカが、ユリヤの頭を優しくポンポンと叩きながら続けた。

「ユーリは、こっちの世界に来たときに、まだ小さくて自分の好きな事を見つけてなかったし、来てからは、見つける前に王族の婚約者になっちゃって、学院とお妃教育で忙しかったからね。でもね、学院は卒業したし婚約破棄もしたし、これから自分の時間がたっぷり有るんだから、好きなことをすれば良いのよ。」

ユリヤは、エリカに寄りかかりながら呟いた。

「好きなことか…見つかるかな?」

「絶対見つかるよ。究極のオタク一族だよ権堂家は。見つからないはずないって。てか、もう見つかってるのかもよ。何の沼にはまるのか楽しみだね。」

二人で楽しいガールズトークの時間を過ごしていると、遠くから地鳴りのような音が屋敷の方へ近づいてきた。

「あーっ、やっぱり来たか。相変わらず情報が早いな。」

エリカが、ため息をこぼしながら窓を見た。

その時、バルコニーに出る窓が物凄い勢いで開かれ、これまた物凄い勢いで真っ黒な塊が部屋の中に飛び込んできた。

「アンちゃん!窓ガラス割れるから。もう少し静かに入ってきて。」

エリカが、頬を膨らませながら黒い塊に話しかけた。

すると黒い塊は、スッーと縦に伸び人の形になった。そして2mは有ろうかとゆう長身の男性に変貌した。その姿は、カラスの濡羽の様な長い黒髪で、顔立ちは恐怖を感じる程美しく、その黒曜石の瞳に見つめられると、只々ひれ伏したくなる程の威厳を湛えていた。

そして、男は黒いマントを翻し此方に近づいて来た。

「エリカ、アンちゃんと呼ぶのは止めろと何度言ったら分かるのだ。」

低く落ち着いた声でエリカを叱りつけた。

エリカが肩をすくめて返事をする。

「はいはい。分かりましたよ魔王アンディード様。」

魔王アンディードと呼ばれるその人は、ツカツカとユリヤに近づき、両頬をムニュっと押さえ瞳を覗き込みながら訊ねた。

「ユリヤ、お前人間の王子に捨てられたって本当か。」

直球で、真剣にユリヤに問う。

「デリカシーって知ってる魔王さま?」

エリカか、かなり引いた顔で言った。

「はひ、ひょーでひゅ。」

頬を押さえられながら、ユリヤが答えた。

「…許せん…。」

アンディードは、ワナワナと震え全身から怒りの黒いオーラを漂わせ、身を翻し窓の方へ歩き出した。

「わーっ、アンちゃん!どこ行くの?」

エリカが焦って腕を掴んだ。

「知れたことよ、この国の愚か者王子を地獄に落としてやるのだ。」

「もーっ、アンちゃん!あんたもか。ばーちゃんもアンちゃんも血の気多すぎ!」

ユリヤも焦って腕を掴む。

「アンディー、私なら大丈夫だから。婚約破棄されてホッとしてる位なんだから。ねっ、ちょっと落ち着いて。」

魔王は、カッと怒りの目をユリヤに向けた。

「大丈夫の事があるか!私の大事なペッ…妹分が侮辱され傷つけられたのだぞ!」

「アンちゃん、今、ペットって言おうとしたでしょ?」

エリカが白い目で魔王を見つめた。

「そっ、そんなことは、今はどうでも良いのだ。」

焦るアンディードを見て、ユリヤは少しだけ可笑しくなった。

「ありがとうアンディー、私の代わりに怒ってくれて。私ね、本当に悲しくも辛くもないから。」

相変わらずクールな表情ながらも、穏やかな瞳を向けてくるユリヤを見て、魔王は怒りを解いた。

「本当に大丈夫なのか?」

ユリヤの頬に手を優しく当てて魔王が訊ねた。

「本当~に大丈夫だよ。寧ろこれから自分の好きなことが出来るから楽しみなんだよ。」

アンディードは、ユリヤの頭をポンポンと叩き

「ならば、その言葉信じてやる。但し、やはりバカ王子を地獄に落としたくなったら私に言うのだぞ。」

魔王とは思えぬ優し眼差しと声に、ユリヤはコクリと頷いた。

「では、私は帰る。」

「じゃーねーアンちゃん、おやすみ~。」

「アンちゃんは止めろ!」

と言いながらアンディードは、来た時と同じ様に闇の塊になって、夜空に飛んで行った。

「行っちゃった。相変わらずアンちゃんは、ユリヤに甘いよね。」

笑いながらエリカが言った。

「ペット感覚だけどね。」

ユリヤは、ちょっとだけ唇を尖らせて言った。



魔王アンディードとゴンドゥー家の出会いは、一家がこの世界に転生した6年前の事だった。

時間が止まった空間で修行を終え異世界へと転移する事になった一家。

「それでは、良い異世界ライフを。」

と、笑顔の女神が杖を振りかざすと天空から放り出された。

「いやーっ!死んじゃうー!」

エリカが金切り声をあげた。

「皆、落ち着いて!」

父が叫び胸の前で手を合わせてから、地上に手のひらを向けた。すると、地上から突風が吹き上げ一家を押し上げるように落下速度を落とし、なんとか無事に地面に着地した。

「死ぬかと思った。」

全員つぶやきながら地面にへたりこんだ。

すると、空から女神の声が聞こえた。

「ごめんなさ~い。転移させるつもりが落下させてしまいました。」

「ごめんで済むかー!」

祖父が拳を振り上げた。

「とんだドジっ子女神様だよ。」

長男が嬉しそうにつぶやく姿を全員白い目で見た。

「謝りついでにもう一つ落とす場所を間違えてしまいました。」

女神が、てへっ!みたいな声で話しかけた。

「ドジっ子にも程がありますよ。で、ここは何処なんですか?空から落ちる時に見えたのは、ひたすら森でしたよ。森と山しか見えませんでしたよ。」

父が心配そうに話しかけた。

「皆さんが希望した条件に合う世界の大陸なのですが、大陸の真ん中に魔族が支配する国があります。そして、東西南北に各々4つの国があり、その南側グレンデール王国が一番住みやすいかと思います。ですので、南に向かって下さい。」

軽い調子で女神が指示してきた。

「適当すぎでしょう。で、ここは何処なの?」

母が腕を組んで空に話しかけた。

「…。」

「えっ?聞こえない。」

「大陸の真ん中。魔族の国です。きゃーっ!怒らないで下さい。」

皆、口をあんぐりと開けるしかなかった。

「怒るより呆れてる。よりにもよって魔族の国ってか。」

ここまで来ると逆に冷静になり半笑いになってしまった一家だった。

「まあまあ修行もしたし大丈夫でしょう。」

一家の中で実は一番肝が据わってる祖母が、よっこらせと立ち上がり落ちてる木の枝を手に取った。

そして、木の先端に手のひらを向けてフッと力を入れると先端が燃え松明が出来上がった。

「薄暗いからね。これを持って進みましょ。」

おっとりしてるが力強い祖母の言葉に全員元気に

「はーい。」

と従った。

「それじゃあ、エリカ様が鑑定しちゃいますかね。」

長女が目を閉じて、この大陸全てを見渡した。

「やっばい、この森全体が魔族の国なら大きさは日本の約30個分位あるわ。で、その回りに女神が言ったように東西南北に大きな国が4つの国があるみたい。」

長女がため息をついた。

「て事は?この森を出るのにどれ位かかるのかな。」

父が地面に計算式を書いて割り出そうとしていたが、

「計算通りに行くかしら?魔族が出るんでしょ?エリカ、この辺りにも居る気配あるの?」

母が長女に話を振った。

「居るわよ。私たちの周り一帯魔族だらけ。こっちを観察してる。」

長女が事もなさげにサラリと言った。

たしかに、暗い森のそこかしこから此方を見据える鋭い視線がある。

「まあ、大丈夫そう。ざっと500人位みたいだから。初実戦には丁度いいと思わない?」

エリカがニヤリと笑った。

「誰が一番倒すか賭ける?」

母もノリノリである。

「魔物って食材になるんじゃろか?」

祖母も乗ってきた。

「待て待て待て。なんでうちの女衆は好戦的なんだ。ちょっと待て。」

あわてて祖父が止めに入る。

「良く考えてみろ。わしら家族が勝手に魔族の国に入り込んで相手に手を出したりしたら、向こうからしたらいきなり戦争仕掛けられたようなもんだぞ。それは、ダメだろ。」

「そうだね。とりあえず言葉で意志疎通を図ってみる試みがひつようだね。」

父も対話重視の穏健派のようだ。

「ユリヤもケンカ良くないと思う。」

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