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迷信

作者: 雉白書屋

 朝。その浜辺で子供が上げた悲鳴は

頭上に広がるどんよりと雲に覆われた灰色の空に跳ね除けられたように周辺に轟いた。

それを聞き、なんだなんだとポツポツと人が集まってくる。


 海近くのとある町。いや、村と言った方が正しいだろうか。

人口は少ない。だから集まってきた顔も見知ったものばかりだ。

が、初めてと言っていいほど一同、歪んだ顔を見せた。

 その理由。村民が目を剥き、見下ろすそれは視線を返しはしなかった。

 浜辺に打ち上げられた大量のフグ。その目は抉られ、そこにありはしなかったのである。


 この村はこの現代でもどこか古風かつ閉鎖的な空気が漂うが

それは今が冬だからであり、夏は普通に観光客が訪れ、村も浜辺も賑わう。

 ネットも使えるし、この光景の原因が海流などだと、なんとなくの予想は立てられる。

それに数日前に近くの海岸でも似たように

大量にフグが打ち上げられたことも知っている。

 だから神の怒りなど、迷信めいた発想で恐れおののきはしない。

フグの目の件も恐らく、鳥か蟹にでも食われたのだろうと考えた。

数が多いが全部が全部じゃないのだ。むしろ目を残したフグの方が多い。

 祟りなどない。それが自然な発想。慌てはしない。恐怖で目が曇ることもない。

前述のとおり、余所者にも優しい。無論、村の決まりを破りさえしなければの話だが。

ゴミのポイ捨て。騒音。不純異性交遊。そして


「誰か、禁足地へ行ったかぁ?」


 一人の老婆がギロリと周りに目を向けた。周りの者たちは首を振るばかり。

禁足地というのは、フンと鼻を鳴らしたその老婆が見つめる先。

海岸からやや離れた位置にある洞窟である。

村人たちから神聖視され、入り口にはしめ縄が飾られている。

 洞窟と言ってもそれほど広くはない。

ただ、海に面しているため、魚たちが泳ぎ着く、言わば隠れ家。

 もしくは穴場とでも言おうか。

そう穴場。それは釣り人やSNSで写真を上げる者たちにとっての意味。

夏場は特に、中に入ろうとする余所者と

それを阻もうとする村人の不毛な攻防戦が繰り広げられる。


 が、今は冬。客はいないこともないが、それ目当てで来るとは思えない。

 しかし、この不可解な現象なんと解釈するか。

 老婆は息を荒げ、海の神の怒りだと結局、お決まりのことを言った。

 他の村人がまあまあとそれを宥める。目を取られていないフグもいる。

それに膨らむ元気はないようだが息があるものだっている。

そこらでフラフラとまだ泳いでいるのもいる。

海の神の怒りにしては随分と杜撰だ、などと村人が言う。

 しかし、それが余計に老婆の怒りを買った。


 祟りぃ……祟り祟り祟り! 祟りだ! いずれこの村では目の無い赤子が産まれるぞ!

 老婆は曇天の空にそう吠えた。


 しかし生憎、今は水位が上昇している時期。

洞窟の入り口に酒なりなんなり供えようにも無理だ。

 よって夜。海岸で火を焚き、儀式を行い、海の神の怒りを鎮めることにした。


 しゃい、しゃぁぁぁぁい! しゃい! しゃい! カァァァァ!


 と、儀式の最後。老婆が髪を振り乱し、気合の締め。

大きく息を吐き、これで安心じゃ、と告げると村の子供たちは

やっと終わった! と大喜び。儀式を終えた後の火の周りでダンスを始める。

煌々と照らされ、笑顔が輝く。

大人たちは笑い、老婆もまったくと言いながらもどこか嬉し気であった。

 しばらくの間、夜が更けるまでそれは続いた。その間もまだフグは浜辺に流れ着く。



 翌朝。また村の子供が悲鳴を上げた。

今度は空に浮かぶ雲を切り裂くように鋭い悲鳴であった。

 大人も子供も寄ってきた。そしてその臭いに顔を背けた。


 一晩経ち、さらに強い腐臭を発するフグと、そして、男の死体から。

 

 男の両足は紙をくしゃくしゃに丸めたように折れていた。

 ウエットスーツを着ているところから見ると恐らくはサーファー。

波に呑まれ、そして岩に叩きつけられたといったところだろう。村民はそう考えた。


 それは正しい。しかし、サーファーがその後、洞窟に流れ着き

そこへ迷い込んだ弱ったフグの目玉を抉り

放流していたことにまでは考えが及ばないが無理もない。

 その目玉を啜りつつ、誰か来てくれ、助けてくれと掠れた喉で叫んでいたことにも。


 ただその後、目が抉れたフグが浜辺に流れ着かないことと

その男の両目が抉られていたことから、海の神が怒り

そして儀式によって矛を収めたのではと考えた。


 まだフグが何匹か浜辺近くを泳いでいる。

 それもいずれ死ぬだろう。

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