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Doctor  作者: 槇 慎一
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4 王子様の代わりの彼氏


 私は高等部に内部進学した。

 ここでも、塾に行きたくないのと、なんだかんだあっても学校にいたくて部活動をすることになる。

 

 やっぱり弦楽部かな。

 それほど真剣にやらなくても、軽く弾くだけで足りるはず。


 中等部では女子のみで、中等部の顧問の先生からの指導があったけど、高等部の部活動は男子と合同となる。オーケストラ部という名前で、この学園の卒業生や、音大のコーチが付き、パート毎の指導をしてくれる。生徒の自主性と熱心なコーチ陣に任され、高等部の顧問とは名前だけのようだった。


 高等部からこの学園に入学する人も多く、また高等部に入ってから弦楽器を始めた初心者も多かった。中等部の弦楽合奏部以上に大所帯だ。やはり経験者は少ない。中等部から弦楽器を嗜んでいた者さえ、彼等とたいして変わらないレベルで、初心者の割合が増えたことに閉口した。


 男子部員に至っては、もはや何部なのかわからないコドモの集まりだった。楽器を小脇に抱え、くだらないお喋りに興じ、馬鹿笑いしている。コーチが来ると弾き出すところが何とも小学生のようだった。コーチは全員男性だったから、男子の扱いが上手かった。


 女子部員は、ゆるい部活だからと家で練習しないのはまだわかる。マイ楽器がないなら家で練習できないのもわかる。学校の備品でしか練習できないならできないなりに、せめて時間を守るとか、コーチの指示を一回で聞くとかすればいいのにと思った。それも、たいしたことじゃない。筆記用具を譜面台に出しておくとか、楽譜をファイルに入れるとか、複数枚あれば予めテープでつなぎ合わせておくとか、そこからだった。練習以前の問題だ。幼稚園児か。


 経験者だからでなく、私語もせず、譜面台の準備をしたり、その辺を軽く整えたり、そんな程度の諸々をクリアした私がコーチ陣に気に入られたのも女子との面倒事の元だった。


 コーチはヴァイオリン、ヴィオラ、チェロと楽器毎につく。演奏する曲によってはコントラバス奏者も来てくれるらしい。ピアノのコーチもいた。

 なぜオーケストラ部にピアノのコーチがいるのかわからなかったが、指揮者の代わりに伴奏で統括する役割があるのだとわかった。中等部のような「合奏」は同じ楽器で同じパートを弾く人が何人もいるが、オーケストラ曲以外の室内楽曲において、ピアノは主要なパートとなり、相当な技術と練習期間が必要で、とても趣味程度弾けるレベルの高校生が出来るものではないということもわかった。

 高等部の定期演奏会となれば、弦楽器専攻の音大生のエキストラを入れるから、何でも対応できるとのこと。

 

 想像以上に大変なことになってしまった。何しろ部員のレベルが様々だ。小石川先生の弦楽アンサンブルのように、指導者が太鼓判を押すような生徒のみの団体ではない。


 普段の練習、文化祭の選曲、何をしても「佐山さんがいるから大丈夫」等、私は目立ってしまった。慎重に振る舞う必要があった。本当は、そんな余計なことに気を使いたくなかった。家にいたくなくて部活にいるだけだから。


 上級者どころか、音大生並にヴァイオリンを弾ける子が入ったと、コーチ等に知れ渡るのはあっという間だったとか。


 コーチ等は、音楽に対して真剣に取り組んでいるからこそ、部活動でできる最大の成果をあげるかのように、部員全員の基礎力アップ、レベルアップに尽力してくれた。部員全員だから、もちろん私にとってもそうだった。


 私に関しては、ヴァイオリンの技術的なレッスンではなく、アンサンブルのことだった。私が上級者でも、アンサンブルはまだまだだった。周りのレベルとは明らかに違う指導の内容とその様子に、また女子達の嫉妬が始まった。女として相手にされているわけではない。断じてないのに。少なくともこちらとしては。自意識過剰だと何度も自分に言い聞かせた。


 それでも、ピアノのコーチはいつも私を見ている気がした。嬉しくなんかない。貼りつくような視線は、母親に見られているような気がしたから。


 


 そんな状態だったのに、これだけ弾ける子がいるならと、定期演奏会でヴァイオリンコンチェルトを演奏することになった。

 それはいいのだが、ソロを弾くならそれはそれで本当に真剣にやらなければと、ちょっと憂鬱になった。我ながら勝手だなとわかってる。もちろん顔に出さないように気をつけている。

 

 曲目は割とすぐに決まった。メンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトだった。それを知ってさらにげんなりした。そんなの小学生でやったし。もちろん、これも顔に出さないようにした。


 そう、こんな気持ちも音大生コーチは知っていた。案の定、ヴァイオリンのコーチは二人だけになった時に、こっそりと言ってくれた。

 

「佐山さん、メンコン弾いたの子供の頃でしょ?有名な曲で一般ウケするし、勉強の負担にならないだろうから復習にネ。でも真剣に弾いてくれたらコーチとして嬉しいな」


 私は曖昧に笑ってごまかした。

 そっか。なるほどね。確かに猛練習が必要な曲だったら勉強の時間が減る。成績が下がったら、母親にヴァイオリンや部活をやめさせられるだろう。それは嫌だ。


 それからしばしば、ピアノのコーチと二人で残ることが多くなった。いや、気がついたら周りは帰っていて、二人だけになっていたのだ。中等部の弦楽合奏部のように、全体で集まって解散するわけではなかった。初心者ばかりのオケと一緒に練習するのは、定期演奏会の直前だけで済むようにしてくれているのだとわかる。ピアノは本番には必要ないのに、私のために練習につきあってくれている。「コーチ」という名のバイトなんだろうし、有り難かったし、上手いピアニストに練習でも伴奏してもらえるのは嬉しかった。嬉しいけど。


 特訓を受け、時間も遅くなり、コーチの車で送ってもらうようになった。私はコーチのことは嫌いではなかったけれど、コーチが弾くピアノのことも、あまり好きではなかった。私立の名門音大の学生だから上手いのは当然だ。客観的に見れば格好いいし上手いのだが、好みじゃない。ただそれだけ。もちろん言わないけれど。


 でも、相手は大人だった。

 さり気なく、どんなヴァイオリニストが好きか、それからピアニストは誰が好きか聞かれた。流石に誘導がうまいなと思った。


 私は迷った。答えるべきか、答えてもいいのか。


 今まで、他人に自分の意見を言わないようにしてきた。特に母親に言うと、否定されるか反論されるかどちらかだった。そんなことになるくらいなら、言わない方がマシ。


 でも、この人になら言ってもいいかなと思った。どうでもよかったから。

 私は「藤原かおりさん」と答えた。


 コーチは想像以上に驚いていた。あ、やっぱり知っているのかと思った。ところが、何故その名前を知っているのか、実際に演奏を聞いたことがあるのか、いつ何処で?と突っ込んで質問された。その執拗な姿勢に、こちらが驚くくらいだった。ちょっと、それって運転が危うくなるほどのことなの?


 コーチが私に教えてくれたのは、私の知らないことばかりだった。当然、私はヴァイオリンを弾いてきただけで、ピアノのことはほとんど知らない。姉が習っていたのを見ていただけだ。


 無名だった彼女……「藤原かおりさん」はコンクールで一躍有名になったが、昔も今も特に演奏活動をしていないこと。『世界の教授』と呼ばれたピアニストの、最後の秘蔵っ子だということ。今は音大附属教室の特待生らしい。大人の教室生は珍しく、教室生は大学の担当指導者の許可がないと外で演奏できない。だからこそ、知る人のみ知るピアニストだということ。だから、何故知っているのかと不思議がられたのだ。


 ヴァイオリンは何処で習っていたのかも聞かれた。

 「小石川ミヤ子先生」の名前を言った。コーチはピアノ科だから知らなくても、ヴァイオリン専攻の友人にでも聞けばすぐに知ることになるだろう。小石川先生は大学の先生で、プライベートレッスンはあまりしていないけれど、指導者として有名な先生だから。確か、姉のピアノの先生の紹介だったとか。


 そうだ、小石川先生に藤原かおりさんのことを聞こう。


 私はコーチの話には上の空だった。

 横から伸びてきた手で、髪を掬われた。

「莉華ちゃんは、僕の彼女だよ」

 そんなようなフレーズがあったけど、聞こえなかったし。

 私は聞き直さなかったし肯定もしなかった。

 

 私が好きなのは……。


 仁君なの。


 誰にも言わないの。














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