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Doctor  作者: 槇 慎一
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3 王子様との再会


 宝院学園中等部に進学した。初等部は共学でも、中等部と高等部は男女別の校舎、成績順のクラス編成。勉強にも力を入れている学校とはいえ、あまりにもあからさまで、どうなのよと最初は思った。でも、レベル別の勉強は効率的で良いとすぐにわかった。

 

 というのも、女子弦楽合奏部に入ったのはいいけれど、人気で人数は多いのに初心者ばかり。人数制限もないから誰でも入れる。それはいいんだけど、弾けもしない母親に厳しく稽古された私は出来すぎで目立ってしまう。


 初心者が多いので、学年別に練習が行われた。楽器の持ち方から音の出る仕組み、弓の持ち方から構え方、腕の動かし方から始まり、やっとのことで音を出すかと思ったら、ラーラーラーラーラーラーラーラーラーラーラーラーラーラーラー。

 延々と『ラ』の練習だった。


 次は『レ』の練習、その次は『ソ』その次は『ミ』の練習をするんでしょ…………。


 2歳からヴァイオリンをやらされていた私には、もう勘弁してほしかった。運動部は疲れるから嫌だし、部活をやらないと塾に行かされるだろう。ゆるい部活で無難な放課後を過ごしたいのだ。母親みたいに感じ悪くならないようにならないようにと丁寧に一緒に取り組んでいたが、顧問の先生にはすぐにバレた。そりゃそうだよね。初心者って、想像し得ないところから出来ていなかった。


「佐山さん、経験者なのね?ちょっと何か弾いてみてくれない?」

と言われた。嫌味にならないようにと、すごい難曲でもなく、難しいエチュードでもなく、ただの音階を弾いた。カール・フレッシュの1番を。


 ダメだったらしい。いや、「完璧」と言われただけだった。音階を弾けは実力がわかるというしね。私は三年生の練習部屋に行かされた。うわ………。でも、三年生は流石に大人で、私を貴重な戦力として、私に合った要求をしてくれた。それは居心地がよかった。私は一番後ろの席で、前の席にいらっしゃる、音程にもリズムにも自分にも自信のなさそうな先輩方の後押しをするように弾くだけだったから。初見でも楽勝だった。


 だけど、同学年と二年生の先輩方には段々といじめられるようになった。もう、皆と馴染めなくてもいいやと諦め気味。それ程酷いいじめじゃなかった。いじめ甲斐のない私は、早々に無視されるだけの存在になった。それさえ、皆根性ないなと思った。


 私も皆と一緒に、休憩時間だけでもお喋りに興じて好きな人がいることを友達に打ち明けたりすれば、こんなにいじめられることもやっかまれることもなかっただろう。でも、この年で、歳下の男の子が好きなんて、言えなかった。歳上が好きでも言えなかっただろう。誰にも否定されたくないし、バカにされたくもない。それだけ大切にしていたい気持ちだった。


 本当は、初等部の途中でも中等部からでも他の学校に行きたかったけど、せっかく良い学校にいるのだからと両親に反対された。

 良い学校とは、どうせ世間体のことなのだろう。医学部合格者や東大合格者を毎年何人も輩出する進学校でもある。成績順のクラスも、私は最初から上位クラスからスタートした。


 お金持ちが多い宝院学園を、母親はとても気に入って、PTAまでやっている。

 PTAの集まりには、めかしこんでイキイキとして出かけていく。尤もそれは私の母親だけではないようだ。ある時、遠くからそれを見かけた時、自分の母親がどれだか見分けがつかなかった。集まりの後は『二次会』と言って、医師妻だけの集まりに移動する。

 

 母親も、歳の離れた姉と私と弟の学校行事がまとめて済ませられるからか、それぞれの知り合いがいて楽しいのか、私よりも学園に詳しかった。


 宝院学園は幼稚園から大学まであり、中等部と高等部だけは男子校、女子校と分かれていて、部活動や学校行事も別の学校として行われていた。校内、というより学園の敷地は広く、姉はもちろん、一つ下の学年に居るはずの弟にさえ、学園内で一度も会ったことがない。別に会いたいわけじゃないけど。


 初等部からクラブ活動があるから帰り時間はずれる。弟も私もそれぞれで帰るのだが、たまに母親が学校まで私達を迎えに来ることがある。朝も送ってもらっているのに、久しぶりに会った気さえする。弟との仲は普通で、悪くもなく、良くもなく、興味もなく。

 


 中等部の部活動はそんな感じで、暇つぶし同然だったが、小石川先生の弦楽アンサンブルはそうはいかない。


 中等部に入学する年の弦楽アンサンブルの練習メニューが年度末に決定し、演奏会の日程と練習日程、プログラム案が渡されていた。

 夏の演奏会で、ソロに私の名前があった。


 第一ヴァイオリン 藤原 仁

 第二ヴァイオリン 佐山 莉華

 伴奏 弦楽アンサンブル


 年間企画案な為、細かい説明もないその紙は、たったそれだけなのに、私に初めての、生きる希望をくれたようだった。

 私は、今まで以上に丁寧に練習をした。部活動でも。勉強も、順位が下がらないようにした。あの母親に、何も言わせないように。弦楽アンサンブルを辞めさせられないようにと。





 初練習の日。


 いた。

 後ろ姿でも一目でわかった。

 王子様は、少年として成長していた。

 皆でアンサンブルを練習する広い会場の隅で、王子様は調弦して、皆とは逆に……壁に向かって一人でゆっくりと音階をさらっていた。後ろ姿だけど、絶対にそうだ。


 頑張りすぎない程度に、一番お気に入りの洋服を着てきた。王子様はこういうの好みかな、好みじゃないかな。

 母親があてがう服なら何でもいい弟の感覚はあてにならない。弟なんて、なんならジャージでもいいのだ。『HOIN・SAYAMA』と、学校の名前と自分の名前がデカデカと書いてあるのに。男子ってコドモだと思うのに、あの王子様に関しては、とてもそうは思えなかった。ジャージ姿など想像できない。


 本当は、学校で仲良しのお友達がいたら、相談したり、あれこれ悩みながら買い物に行ったりとか、してみたかった。


 髪はサラサラになるようにとかして、自然に真っ直ぐ下ろしただけ……に見えるように、サイドをほんの少しゆるく編んで後ろの下に留めてある。柔らかい生地の、桜のような薄いピンクのワンピース。ストラップのついたバレエシューズ。ちょっとやりすぎだろうか。


 こっそりと王子様を見ていたら「こんにちは」と違う人から声を掛けられた。「こんにちは」と返したが、驚いたのであまり声が出なかった。これは絶対王子様のお父さんだ!同じ顔で、すっごく格好いい人だった。


 お父さんは王子様に、私に挨拶するよう合図した。

 お父さん、ナイス!

 私はドキドキした。覚えてるかな、覚えててくれてるかな。


 王子様は音階を止め、私をちらっと見て、目を伏せて静かに頭を下げた。そしてまた向こうを向いて音階の続きをした。


 よし!覚えていてくれている。私は勝手にそう確信した。



 練習開始の時間になり、小石川先生を始め、何人かの先生方が入ってきた。演奏会の日程表、プログラム案とメンバーの名前が載ったものが配られた。


 それを見て仰天した。


 第一ヴァイオリン 藤原 仁(6歳)

 第二ヴァイオリン 佐山 莉華(12歳)

 伴奏 弦楽アンサンブル





 嘘でしょ!!!!


 歳下だろうとは思った。一つ下の弟より、もう一つ下くらいだろうと思ったのに!精神的にも、身長的にも。なのに、ランドセルを背負い始めたところとか!どれだけ大人びた少年なの?とりあえず、自分の誕生日がまだでよかったと、心底思った。彼氏の年齢差が倍なんて、あまりにもショックが大きすぎる。


 合わせの位置についた。王子様は130センチまであと少しくらいかという背の高い小学一年生だが、私はまだ140センチの小さい中学生だった。使っているヴァイオリンのサイズ感は近かった。


 そうだ。確かあの時、小石川先生は「楽器の大きさが合わない」と仰った。こういうことだったのか。


 指揮者が入ってきた。若い男の先生だった。一度、最後まで全体を合わせて演奏してみた。驚いた。ある程度上級者の子供達だし、きちんと個人練習してあるからか、初回でかなり精度の高い演奏だった。中等部の弦楽合奏部とはエライ違いだ。言わないけど。でも、この雰囲気は嫌いじゃない。好きかと言われると困るけど。だってここの人たちは、きっとヴァイオリニストを目指す人ばかりだから。



 王子様は、休憩時間に誰とも話すことはなく、また壁に向かって練習していた。今度はバッハの『無伴奏ソナタ』だ。きちんと練習する後ろ姿………。


 二回めの休憩時間。今日は一日練習でお昼休憩になるけれど、王子様は帰る支度をしていた。この曲しか弾かないから?入団したわけじゃないんだ?私は急いでそこへ行った。



「仁くん、て言うの?」

「……そうだけど」


「あの……」

「何?用がないなら、じゃ」


 仁君は待つ気もなさそうに外に出た。

 しまった。楽譜を持っていって、質問があるフリでもすればよかった。あざといか。それでも……。


「莉華ちゃん、お疲れ様。またよろしくね」


 お父さんは私にそう言って、仁君の後を追った。




 


 そんなふうに、演奏会が終わっても、特に何事もなかった。


 どこかで、音楽でつながっていればと、一人胸にしまった。

 















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