第6話 マリーちゃん、せいすいってなあに? そのまえに、っと。
今日は8月27日。お隣さんのマリーちゃんの夏休みの自由研究を手伝う日だ。マリーちゃん、僕とおんなじ年なんだ。こうちゃんの次くらいにいっつもいっしょに遊んでるんだ~。
お兄ちゃんによると、こういうのを"おさななじみ"っていうんだって。それはすんごいいいものらしい。だってたまにお兄ちゃんいうんだもの。
これはある日の少年とその兄の遣り取りである。
「俺も、俺も、幼なじみ、お前みたいにくっそ自分に懐いてる幼馴染み欲しいんじゃ~っ!」
兄と少年は縁側に座っていた。ある日曜日の晴れ渡った春の昼の縁側である。すると、突然立ち上がった兄がそう叫んだのだ。
「まったく、お兄ちゃんなに言ってるんの、本当に……。幼なじみなんて、お兄ちゃんにもいるじゃんか~。リカお姉ちゃんっていう、幼なじみかつ彼女さんがさっ!」
呆れつつもそれはいつものことなので流して兄の会話に付き合う少年。しかしいやいやではない。それを少年は楽しんでいる。
「お前は分かってない! あいつはなあ、可愛くないんだよぉ……。胸薄いし。やったら俺に悪戯するし。俺に懐いているというより、逆に俺を飼ってるみたいだし、俺、たまにあいつの犬みたいな気分になるし。でも、それがいいんだよなぁ。……ごっほん。」
胸が薄いというのは特に可愛さとは関連はないのではと少年は思う。マリーも胸は薄いからだ。マリーは小学四年生なのだからおかしいことではないのだが。
少年には分かっていなかった。年齢によって、胸が薄いという特徴は異なる意味を持つのだということを。
兄の失言をさっと聞き流し、少年は浮かんだ疑問を兄にぶつける。
「いや、でもリカお姉ちゃんって、整ってる顔だってお父さん言ってたよ。お母さんも。」
「いや、なっ、整っているって=可愛いってわけじゃないんだよ。整っているってのは、可愛くないんだよ。」
少年は首を傾げる。兄の説明は少年の処理能力で手に負える範囲をはるかに超えていたのだから。
兄はその分かりにくい、意味深な言い方が少年に処理できないものであると気づくのはその数年後になるのだが。
兄は首を傾げる少年にさらに噛み砕いて説明する。
「可愛いというよりも"凛とした"美人なんだよなあ。"凛として"っていうのはなあ、かっこいい+きれい、だ。はは、そうだろ、いいだろ、あははっ!」
そんな遣り取りがあったのだ。
お兄ちゃんこんなこと言うんだよぉ。もうだめだめだよぉ、そんなこと言うからなんかひどい目にあうんだよなあ、お兄ちゃんは。分かってないんだよなあ、色々と。それに、いたぶられるお兄ちゃん、なんかどこかすんごいうれしそうなんだよなあ。
はぁ、バカなお兄ちゃんのことは今はいいや。それより、マリーちゃん、マリーちゃんだあっと。
マリーちゃん困ったらすぐ僕に頼ってくるんだよなあ。めんどくさいけど。でも、放ったらかしにしてたら自由研究さぼりそうだし。そうしたらマリーちゃん先生に怒られて僕に泣きついてくるんだもん。
去年なんかそれで三日くらいずっとマリーちゃん僕の机のとこ来て泣いてたもんなあ。シカトしようとすると周りの女子たちがにらんでくるし……。だから今年はそうならないように手を打ったんだ。マリーちゃんが去年おこられたのは自由研究をさぼったから。だから、自由研究さえなんとかしておけばなんとかなるはず!
マリーちゃんが逃げられないようにマリーちゃんのお母さんにあらかじめ言っておいたんだ。マリーちゃんと27日に自由研究やるんで僕の家に朝から来てね、って伝えておいてです、って。