最終話 マリーちゃん、"せいすい"ってなあに?
夏休みが明けて、毎日いっしょに帰るぼくとマリーちゃんをからかうヒマなやつらがいなくなった頃。ぼくは改めて、聞いてみることにした。お預けになっていたそれを。
「じゃ、マリーちゃん。ちょっと、彼氏彼女っぽいお話しようか」
「えっ?」
「何で驚くの?」
「だって、こんな道端で、キ、キスッ、するんじゃ…―」
かぁぁぁぁ。
マリーちゃんは真っ赤になってしまった。湯気でも出そうな勢いで。やっぱり、お兄ちゃんやリカお姉ちゃんたちとは、違う感じになりそうだなぁ。
きっと、そういうもんなんだろうなぁ。それに、この感じ変わるのも、やっぱり困るし。
だから、ぼくは相変わらず、マリーちゃん見てほのぼのする、と。ちょっと、見蕩れもするけれど。
「マリーちゃん。彼女さんらしく、ちゃんと答えてね。ごまかしたり、嘘ついたりしちゃ、イヤ、だよ」
「ぅぅ、何聞くつもりよぉ……」
「マリーちゃんは"せいすい"って知ってるよね。あぁ、ちょっと待って。最後までちゃんと聞いてから答えて」
何かマリーちゃんが言いそうになったのと、それがこれまで何か微妙っぽい答え出した人たちと同じような感じがしたので、遮った。
答えの範囲を、正答だけしかないように絞ってしまえば、マリーちゃんは前置きからして、正直に答えるしかないっ!
「ゲームで出てくるお化け追い払うアレじゃないよ。神様に捧げられた聖なる水っていうのでもないよ。井戸水でもないよ。一番近そうなのが、女の子が素敵に見えたら分かる、とってもありがたい液体、っていうのだけど、僕はこの通りマリーちゃんのことが素敵に見えるけど、何だかぼかされ過ぎてて結局分からないんだよね。僕のカンも、これだって言ってるんだけど」
「へっ、えっ?」
かぁぁぁぁ。
またまた真っ赤になるマリーちゃん。でもダメだよ、マリーちゃん。絶対ぁいに、教えて貰うからね。絶対何か、知ってるよね、マリーちゃん。引き延ばしはナシ、だよ!
「何かねぇ、誰に聞いてもごまかされてるような気がするんだぁ~。でも、ぼくの彼女さんになったマリーちゃんなら、そんなことはしないよねっ。オトナたちもお兄ちゃんたちも教えてくれなかった"せいすい"、おしえてくれるよね~」
「うぅぅぅ……、せ、"せいすい"っていうのはね……。ねぇ、チヒロくん。きょう、私のおうち、来ない? ちょうど、お父さんもお母さんもいないから。ねっ。おしえてあげるから。そのからだに、ねっ」
マリーちゃん、どうしたの? えっえっ? どうして、そんな顔をするの? えっ、どうしてぼくの手をつかむの?
「えっえっ?」
「うふふふふふ」
少年の家の前を通り過ぎる。
偶々玄関の扉に手を掛けようとしていたが物音と声に振り向いた少年の兄と、少年の目が合う。
少年の兄の目は、言っていた。
『俺はよぉく知っている。そうなったんなら、もう、諦めろ。それはきっと、自業自得だから』と。
兄がその目をするとき、どういうときなのか、少年はよく知っていた。直近であれば、自由研究のテーマとなったあれ。そして、絵となって少年の友達から提出されることとなったあの光景のシーン。
自身の兄に向けてのばそうとした片手も、助けを求める為に出そうとした声も、ああ、駄目なんだな、って諦めた。
そうしてぼくは、マリーちゃんのおうちに、ひっぱられていった。お兄ちゃんの気持ちが、ちょっとだけ、分かった気がする。あんな顔にもなるね、って……。
カチャッ、ギィィ!
引き込まれた僕は、マリーちゃん家の玄関の床につっぷした。
ギィィ、ガシャンン! ガチリッ!
ドアからの逆行に照らされる
ぼくの靴を脱がせるマリーちゃん……。
そうして、自分の靴を脱いだマリーちゃんが、
カチッ!
今つけた玄関の照明で明るく照らされる。
まだ突っ伏したままの僕の前に、しゃがみ込んで、見下ろしてきたマリーちゃんは、両手のてのひらを、ほっぺにつけて、顔を火照らせて、笑っている。ぼくは知っていた。その表情は、お兄ちゃんが、リカお姉ちゃんから時折向けられるのと同じものだって……。
「じゃ、行こっか、チヒロくん」
「……。はい……」
ぼくはもう、お兄ちゃんみたいに、従うことしか、きっとできない。けど……嫌とは、心底思えないのは、どうしてなんだろう……? 少なくても、もう、僕はお兄ちゃんの情けないところを笑うことはできなくなるんだろうな、っていうのだけは分かった。
とぼとぼと、ぼくは、マリーちゃんの後ろをついていったのだった。
-fin-
これにて完結です。
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