第16話 六郎おじいちゃん、ステラおばあちゃん、せいすいって、なぁに?
台所と食卓。それだけの部屋だけど、とっても広い。
今日は料理はしてないし、いっつもみたいに、おとうさんも、おかあさんも、お兄ちゃんも、執事の人も、親戚の誰も、いない。
ぼくたちだけだからいつもより広く感じる。
だけど、もう重苦しい雰囲気はない。
みんなで、あったかい紅茶を飲んでる。レモンの切れ端が乗った、甘酸っぱく、あったかい紅茶。
マリーちゃんはすっかりいつも通りゴギゲンだし、おじいちゃんはおじいちゃんだし、おばあちゃんはおばあちゃんだし。
ぼくも、来て、よかったって、思えてるし。
だからそろそろ――
「おじいちゃん。おばあちゃん。"せいすい"って、なぁに?」
「ぶふぅぅ……!」
おじいちゃんは吹いた。
「……」
カタッ。
おばあちゃんはびくりともしなかったけど、どうやら、知らんぷりするらしい。
「っ……!」
かぁぁぁぁ、と、真っ赤になったマリーちゃん。
「と、トイレ、どこですかっ!」
おばあちゃんに連れられて、マリーちゃんは退場していった。
ぼくは思った。これは――マリーちゃん、何か、知ってる?
でも今は、取り敢えず――
「おじいちゃんは、ごまかさないよね」
おじいちゃんだ。
「うぅむ。求めておる答えは分かる。じゃがのぉ。未だ早い。未だ青い。答えをわしが口にしたとして。お主が分からぬ全てを補足してやったとして。それでも、のぉ、チヒロ。帰結するのじゃよ。"どうして"、に」
おじいちゃんは流暢に話して、満足そうにしてる。
嘘はついてないと思う。
他の大人たちやみんなとは全然違う。
けど、もやもやするなぁ……。
「お主がお嬢ちゃんへの"好き"が分からなかったことと本質は同じじゃろうて。趣を理解しておらねば、意味が分かろうが、すべき反応の理由にならぬのじゃよ。少し、難しかった、かの?」
と、おじいちゃんが目で、見てみ、って指した方を見てみた。トイレの方向。扉が微妙に開いてて、そこにある二人の顔。
ぼくもおじいちゃんとさっき同じことしてたし、責めることもできないし、そもそも、そういう気分でもなかった。
そうして二人共また席について、無かったかのようになりそうだったけど――
「おじいちゃん。おばあちゃん。」
スッ。
おじいちゃんのは長々しかったし、おばあちゃんはこれだともしかして――
「ほぅ。日記かのぅ。どれどれ…―ぶぅ、ふっはっはっは! これは傑作じゃぞ、ばあさん!」
「……。あぁぁ……。」
おじいちゃんとおばあちゃんの反応は真反対だった。
「こういうことなら早う言うておれば、書きやすいように説明してやったというのに。まあよい。わしが書いてやろう。ばあさんとわしの…―」
「おほほ。わたしの分は無回答で、ね。お・じ・い・さ・ん・っ!」
おじいちゃんは、おばあちゃんに横で見張られながら、頭ばしばし叩かれながら、ゲラゲラ笑い他のページをチラチラ見ながら、自分のページを自分で書いてくれたみたいだった。
でも、おじいちゃんのことだから、ちょっと、ぼくはみるのがこわく、かえってきた夏休みの自由研究のその本をそっ閉じして、仕舞った。
リリンン! リリンン! リリンン!
突然鳴り響いたそれは、鐘の音で。つまり――
ぼくとマリーちゃんは、迎えにきたおとうさんとおかあさんの乗った車に乗って、来たときみたいに、返っていった。
手を振るおじいちゃんとおばあちゃんが見えなくなるまで、ぼくだけじゃなくて、マリーちゃんも手を振ってた。
遠く見えなくなった車。見送りを終えた二人は、遠い未来を予感した。孫たちに加え、曾孫たちもこの家に一堂に会する賑やかな未来を。以前予感したそれよりも、より賑やかな光景を。
*
おとうさんもおかあさんもぼくたちを降ろして、先に家に入ってしまって、ぼくはマリーちゃんに聞いてみた。
「マリーちゃん、知ってるんだよね。"せいすい"って、な…―むぐっ……!」
「知ってるよ。けど、今日は教えてあげない。今日は、ね」
そう、僕の口を片手で塞ぎながら、もう片手の指先を口元に当ててそう言って、くるりって回って、マリーちゃんはとっておきの笑顔で、僕に手を振って帰っていった。
僕は、ぼぉっと、つったっていた。
胸に手を当てる。
ドクンッドクンッドクンッドクンッ――
"見蕩れる"、っていうやつなんだと思う。だって、さっきの表情が、目に焼き付いて、離れないから。