第8話 「水の町ウォタール」
俺とミコミコさんはPTを組んでからスアレスの町でのクエストをあらかた終わらせると、次の町へと向かって旅しながらアンゴール大陸の地図を埋めていった。
正直な話、ミコミコさんの冒険者スキルは低かった。
比べるのもあれだが、ベッキーほど攻撃魔法の威力もなければベッキーほどのヒールの回復量もないし、強化魔法も早く切れるしMPもあまりなかった。
魔法を使うタイミングも下手で、冒険者レベルの低いプレイヤーなら倒されているだろうという事も多かった。
どうひいき目に見ても、冒険者としてみればかなりレベルは低い方だったと思う。
俺が魔術師や僧侶をやった方が確実に上手かったし、ミコミコさんは前衛をさせてもまるで話にはならなかった。
戦士のミコミコさんがゴブリンの群れに囲まれ、僧侶の俺が短杖を振り上げてゴブリンの群れに突っ込んで行ったのだから、俺の心中を察していただきたい。
かといって俺は腹が立つわけでもなかったし、不満があるわけでもなかった。
そもそも俺はミコミコさんに合わせようともしなかったし、文句一つ口にしなかった。
ミコミコさんの好きにやらせたのだ。
倒されたって死ぬわけじゃないし、いちいち怒るような事でもないしな。
それにいくらこっちが丁寧に説明をして教えても、本人にやる気も覚える気もなければ、重大なヒントですら煩わしい小言になる。
親切をおせっかいと思われるのもシャクな話だ。
正直なところ俺はミコミコさんの事を冒険者としては特別視していなかったし、邪魔になるようなら適当な理由をつけてさっさとPTを解散するつもりでいた。
だから友達申請もしていなかったし、ただのPTメンバーという姿勢は崩さなかった。
俺自身はミコミコさんはどう思っていたか知らなかったし、知りたいとも思っていなかったからな。
はっきりいってミコミコさんには興味がなかったのだ。
かと言ってスケベ心だけで付き合っていたんじゃないよ?
スケベ心が全くなかったかと聞かれればノーコメントだが、俺も男なのだからそこは察してくれぃ。
俺達はなんやかんやと二人でアンゴール大陸を歩いて回るうちに、互いに互いを理解しあえるようになってきた。
最初に比べてミコミコさんの冒険者スキルもだいぶ上がってきていったし、たまに倒されてしまう事もあったがそれはそれで楽しかったので、なんやかんやで2人で冒険を楽しんでいたが、PTを組んでから3ヵ月ほど経ってからの事だった。
俺達は半日ほどかけて山越えをして、四方を山に囲まれた大きな湖の畔にある小さな町へとたどり着いた。
「大きくてキレイな湖ね。」
「本当だね。」
「湖畔に村が見えるね。」
ミコミコさんの言う通り、湖畔には村があるようだ。
「本当だな。」
「ねぇ。あの村に行ってみない?」
「そうだな。行ってみようか。」
俺とミコミコさんは山の中腹から湖を眺めながらそう言って喜んでいたが、俺達を待ち受けていた現実は実に寂しいものだった。
山を降りた俺達が向かった町の入り口には、朽ち果てた木の看板が刺さっており「ようこそ水の町ウォタールへ。」と書かれている。
町に建物はあまりなく、道端にはそこら中に漁の道具らしいものがいくつも見受けられるので漁師町なのだろうが、漁師町には必ずいるはずの猫の子一匹見かけないのが不思議だし、看板には町と書いてあるが、どうみても村にしか見えない。
「ずいぶんと寂れた町だなぁ…。」
ボロい木の小屋ばかりが立つ町を見ながら俺は呟いた。
小屋は建ってはいるが、小屋と小屋の間には畑などがあり並んではいない。
「人の姿もあまり見かけないね。」
ミコミコさんもそう言って町の中を見渡した。
人の数はまばらで老人達の姿が多い。
「こりゃあ今夜も町の外でテントだな。」
「そうなりそうね。」
ミコミコさんはそう言って笑った。
大きな町ならまだしも、辺境の小さな町には宿屋すらない町や村が多い。
大きな町にはホームポイントがあるから宿屋に泊まる必要もないが、小さな町や村にはホームポイントがないので、ホームポイント代わりのテントを張るか宿屋に泊まる事になる。
正直ゲームなのだからテントだろうが宿屋だろうが変わりはないが、ゲームを進めていると気分的には大きな違いが出てくるようになってくるのだ。
最初の頃はテントをたてて、ログアウト前に焚き火をしながらミコミコさんと話をしたりするのが楽しかったが、たまには宿屋に泊まって、味もわからない食事を楽しみながら話をするのも楽しいのだ。
何しろ現実では見た事も無いような食事は見るだけでも楽しくなるし、こんな料理があるのかと驚かされる事もあるしな。
味がしないのが非常に残念だ。
さすがに電脳世界とはいえ、痛覚と味覚と臭覚は持ち込めない。
「こんなへんぴな場所だと、冒険者もなかなか来ないでしょうね。」
ミコミコさんは辺りを見回しながら言った。
「確かに四方を山に囲まれてるからなぁ。行きも帰りも時間がかかるよなぁ。山を超えるだけで半日潰れちゃうもんな。」
「何か名物でもあるのかしら?名物でもないと観光客も来ないでしょう?」
「名物があってもなかなか来ないんじゃないか?通うにはへんぴな場所だしな。」
「でも孤立している分、湖の魚はたくさんいそうよね。」
「そうだな。この町の住民が食うには困らないだろうな。」
「料理の味がわかればこのゲームは最高なんだけどねぇ…。」
「確かになぁ…。」
俺達は心底残念そうに言いあった。
「とりあえず大通りまで行って見ようか。」
ミコミコさんにそう言われて町で一番大きな通りまで出てみたが、人通りは少なく歩いているのは年配の人ばかりだ。
「活気もないね…。」
「ないなぁ…。」
老人ばかりが歩く町に活気などあるわけがない。
俺は通りを歩きながら連なる家々を見ていたが、なぜか建築中の家がたくさんある。
こんな老人ばかりが住む、へんぴな町にしてはおかしな話だろう。
冒険者らしき人達が魔法やスキルを使って家を建てていて、俺とミコミコさんが建築中の家を見ながらそんな話をしていると、突然家を建てている冒険者らしき男に声をかけられた。
見るからに大工さんのような格好をしている。
「あんたら冒険者だろ?ウォタールの町は初めてか?」
「はい。」
ミコミコさんが笑顔で答えた。
「こんなへんぴな所までよく来たな。」
「何してるんすか?」
俺は大工さんに尋ねてみた。
「何って家を建ててるんだよ。」
大工さんは見たまんまのことを言った。
「そうでしょうね。」
「今はちょっと忙しいから説明は出来ないが、気になるんだったら、この先の通りをもう少し進んで左側にある茶色いレンガの建物に行ってみなよ。質問に全部答えてくれる人がいるぜ。」
「ありがとう。行ってみるよ。」
俺はそう言って大工さんに手をあげた。
俺達が通りを歩いて行くと、左側に真新しい茶色いレンガの建物が建っていた。
多分あの建物の事を言っているのだろうが、思っていたよりかなり大きい。
「あれだね。」
「あれね。」
俺達はそう言ってレンガの建物の中に入ると、ドアの前に立ってドアノッカーを叩いた。
コンコン
「は~い。」
ドアノッカーを叩くと、すぐに返事が返ってきた。
ギー
ゆっくりとドアが開き、見るからに冒険者という身なりの女性が現れた。
「どちら様ですか?」
「すいません。」
「ひょっとして入団希望の方ですか?」
女性は俺達に微笑みながら尋ねてきた。
「入団希望?いえ、僕達は少しお話が聞きたくて…。」
「あぁ!なるほどそうなんですか。それではこちらへどうぞ。」
女性冒険者はそう言って笑うと、俺達を建物の中に招き入れてくれた。
「この部屋です。リーダーお客様です。」
女性にそう言われて案内された部屋の中は異状だった。
作業部屋のような部屋の中には木製の等身大のマネキンみたいな人形がたくさん並んでおり、大きな作業机の前には椅子に座った一人の男が、背中を向けて何かを作っているようだ。
「あのぅ…。」
俺は恐る恐る男に声をかけた。
男は椅子に座ったままくるりとこちらを向くと、笑顔で俺達に向かって言った。
「はじめまして。俺の名前はタフガイ。N.E.E.T.団の団長をやっている。よろしく。」
「ニート団!」
ニートとは働かずに毎日好きな事をして過ごせたという、伝説の職業の事だろうか?
いやいやそんなはずはないだろう。
「ニートではない!N.E.E.T.だ!」
タフガイはそう言って俺を睨みつけた。
ずいぶんとお怒りのようだが、N.E.E.T.ってなんだよ?
「N.E.E.T.とは『Naturally Enchant Eccentric 』の略語で、少し強引に解釈すれば『自然に魅了する風変わりな部隊』という意味だ。」
屈強な体つきのタフガイはそう言って胸を張った。
自ら少し強引にと言う事は、まずはN.E.E.T.という言葉ありきで作ったようだがまぁ良かろう。
これ以上考えたくないし、考える必要もないだろう。
「我らN.E.E.T.団はここウォタールの町を復興すべく立ち上がった冒険者の集団なのだ。日々その数は増え続け、今や100名を超える団員達がいるのだ。」
タフガイはまた胸を張りながら言った。
100人?町の中には100人もいなかったぞ?
う~ん。
説明はありがたいが全く意味がわからん…。
なぜ冒険者が町を復興するんだ?
どうやって100人もの冒険者達が集まったんだ?
ここに冒険者達の国でも作るつもりなのだろうか?
聞きたい事は山ほどあるが、まず最初に聞くべき事は一つだろう。
俺は意を決してタフガイに尋ねた。
「なんのために家を建てているんですか?」
「君達は現実世界に明るい未来を見出せるかね?」
タフガイは唐突に尋ねてきた。
俺 「はい?」
ミコミコ 「はい?」
俺とミコミコさんはそう答えたが他になんと言えばいい?
悪夢みたいな現実に明るい未来など見出せるはずがないが、見出せませんと真面目に答える気もないが、タフガイの言いたい事もなんとなくわかる。
「我々N.E.E.T.団はこの世界に転生したい者の集まりなんだよ。」
タフガイは涼しい顔をしながら、とんでもない事を言いだしやがった。
俺 「はい~?」
ミコミコ 「はい?」
「我々は夢も希望もないクソみたいな現実に飽き飽きしているのだ。たとえゲームとはいえ、この世界で生きてみたいのだ。」
タフガイは熱く語りだした。
なるほどなるほど~。
ツッコミ所が多すぎて、どこからツッコミを入れればいいかわからないが気にはなる。
それでそれで?
俺はタフガイに尋ねてみた。
「そこで私達は考えたのだ。私達が死んでもこの世界に転生出来るように努力をしようとね。」
熱い男タフガイは熱く語る。
「転生出来るための努力とは?」
俺は思わず問いかけた。
努力をするという事は素晴らしい事だが努力にもいろいろあるし、なんのために努力をするかというのも大切なポイントだ。
この世界に転生したいと思うのは勝手だが、どう努力してこの世界に転生するつもりなのだろうか?
「この寂れた町を復興させ、この世界の神様に我々が有望な人材である事をアピールして転生させてもらおうと努力しているのだよ。」
タフガイは笑顔でそうのたまわった。
う~ん…。
なるほどそう言う事か…。
異世界転生ものの小説やマンガ、アニメなどは確かに人気だが、ここまでの境地にまで至ってしまえば、宇宙空間に独りぼっちにされたようなものだろう。
とはいえ思想というのは人それぞれである。
世界征服と言われれば話は別だが、転生したいという思想の内容を否定するつもりもないし、賛同する気もないのでさっさとこの町からおさらばしよう。
うん。そうしよう。
そうした方がいいだろう。
俺はそう思ってミコミコさんの顔を見ると、ミコミコさんの顔にはデカデカと「早くここから出ようよ。」と書かれていた。
「頑張ってください。お世話になりましたさようなら。」
俺がそう言って、ミコミコさんと一緒に頭を下げるとタフガイは言った。
「帰るのは止めないがもう少し日が暮れる。この辺りは夜になると結構強いモンスターがわんさか出てくるぞ。朝まで待った方が得策だと思うが。」
「そうなんですか?」
「夜になると、どの山にもアンデッドが出てくるんだ。しかも結構な数がな。」
「アンデッド!この町は大丈夫なんですか?襲われたりしないんですか?」
ミコミコさんは怯えているようだ。
「モンスターはこの町には近づこうともしない。湖に棲む強力なモンスターを恐れているようだ。」
「強力なモンスター?」
俺は首を傾げた。
「モンスターと言うより神獣だな。」
「神獣?神獣なんですか?」
ファンタジー愛好家のミコミコさんが嬉しそうに言った。
「大昔から湖に棲むかなり大型のモンスターなんだが、かなり知能が高いらしくてな。町の人達は神格化しているんだ。滅多に姿は見れないが、過去にそのモンスターに漁の最中、事故にあった漁師が何人も助けられたらしい。それを感謝した町の人達はそのモンスターの事を『ウォータル様』と呼んで崇め奉っているんだ。」
俺 「だから町の名前がウォタールなのかな?」
タフガイ 「どっちが先に名付けられたのかはわからないが、関連はあるんだろうな。」
ミコミコ 「なんだかステキな話ね~。」
タフガイ 「ものすごく温厚なモンスターで人間に対してかなり友好的らしいんだ。なぜ他のモンスターがウォータル様を恐れているのかはわからないが、ウォータル様のおかげでこの町はモンスターに襲われないらしい。」
「なるほどね~。それなら朝になるまでこの町にいようか?」
俺がそう言うとミコミコさんが笑顔で答えた。
「そうね。そうしましょう。」
アンデッド嫌いのミコミコさんに、無理矢理アンデッドと戦わせるのは気が引ける。
「それならトンネルでもあれば楽に移動が出来るのになぁ。」
俺がそう呟くとタフガイがカッと目を伏せる見開いた。
「そうか!トンネルを掘ればいいのか!試してみる価値はあるな。」
「そりゃまぁトンネルを掘れば移動の時間が短縮されるし、人も通いやすくなるんじゃないかい?」
俺は右手の小指で耳の穴をほじりながら言った。
「でもトンネルを掘るとなると、人手も時間もかかるし大変だよ?事故が起こったら大変だろうしね。」
ミコミコさんは心配そうに言った。
「大丈夫!人手も事故も心配しなくてもいい!なんとかなるからな!」
「なんとかなるって、どうするつもりなんすか?」
俺はタフガイに尋ねた。
「俺は人形使いなんだ。」
タフガイは親指で自分を指さしながら笑顔で言った。
俺 「人形使い?」
ミコミコ 「ドール・マスター?」
俺とミコミコさんは意味がわからなかった。
人形使いとはなんだ?
「人形使いは特殊ジョブの一つなんだ。ちょっと見ていたまえよ。」
タフガイは自慢げに言った。
すると突然、机の横に立っていたマネキン人形の一体がゆっくりと歩きだした。
俺 「え!」
ミコミコ 「うそ!」
マネキン人形は人間のようななめらかな動きで歩きだすと、俺達の前に立って丁寧に頭を下げると、マネキン人形は軽い足取りでステップを踏み始めて華麗なダンスを踊りだした。
マネキン人形はまるで人間のようななめらかな動きで手足を振ったり踊ったり、空中でクルクル回ったりした。
その動きはまるで人間のようで驚かされた。
「すごいすご~い!」
ミコミコさんは歓喜の声をあげた。
マネキン人形は一通り踊り終えると、元いた場所までゆっくりと歩いて行き、顔をこちらの方に向けると全身の力が抜けたかのようにその場で肩を落とした。
「これが人形使いの能力さ。」
タフガイはそう言って笑った。
「すごいな…。」
俺は素直に感心した。
「俺一人なら無理だろうが、人形使いはこの町に20人はいるからな。全員でトンネルを掘ればかなり早く掘れると思うぜ。」
俺 「はい?」
ミコミコ 「20人もいるの!」
タフガイ 「団員の人形使いは全員、この町に残って町の開拓をしているんだ。」
俺 「開拓?」
タフガイ 「あぁ。今は町外れの土地を耕して農場を作っているんだ。もうすぐ完成するから、それが終わればトンネルを掘ってみるよ。その前にためしに掘ってみるかな?」
ミコミコ 「開拓までしているの!」
タフガイ 「今アンゴール大陸を走り回っている団員達の中には、材料だけではなくて作物の種を集めている団員もいるんだ。集めた種を育ててみて、ここの土地に適した作物を育てて名産品にしたいんだ。」
ミコミコ 「ずいぶんと本格的なんですね~。」
タフガイ 「それだけじゃないぞ。農場が出来たら牛や豚を育てる牧場も作るつもりだ。なんなら農場の方は必要なら、土壌そのものを変えようと思っている。」
世迷い言にしてはずいぶんと本格的な話だ。
俺 「最終的にはウォタールの町をどうするつもりなんですか?」
タフガイ 「将来的にはウォタールの町を一大リゾート地にするつもりなんだ。」
ミコミコ 「リゾート地ですか?」
タフガイ 「ウォタール湖は水が豊富で美しくていい場所なんだ。ここをたくさんの人達に知ってもらいたいんだよ。」
俺 「すごい計画ですね。」
タフガイ 「一番の問題は交通の便の悪さだったんだが、トンネルを掘れば悩みは一気に解消出来る。やってみる価値は大いにあるな。いいアイデアを出してくれてありがとう。そう言えばまだ名前を聞いていなかったな。」
「ロックです。」
「ミコミコです。」
遅ればせながら俺達は自己紹介をした。
「明け方まではまだ時間があるから、ゆっくりとしていってくれ。必要ならば夕食も用意するぞ?」
タフガイはそう言って笑った。
思想はともかく人柄はよさそうで安心した。




