第6話 「新たな出会い」
ブーとんに見送られながら部屋を出た俺は、うす汚れたローブを引っ掛けて町に出た。
ブーとんからもらったお金で、オシャレな服を買いに行くためだ。
なぜならホームポイントに着くまでにスアレスの住民達の姿を見て、己の姿が恥ずかしくなったからである。
地図を見ると、どうやらこのスアレスの町はアンゴール大陸の最南端にあるらしく、みんなオサレな格好をしている。
オシャレと言っても、スアレスの人達は普通の布の服や革の服を着ていたので、今から思えばさほどオシャレではなかったのだが、何せ俺はパゴス大陸から来たばかりの冒険者である。
虫や牛で出来た装備を着ているわけだから、俺はかなりダサダサ冒険者だったわけだ。
『なんか…他の人達とは格好が違うな…。やっぱりこんな格好で歩いたら目立つんじゃないか?』
そう意識した瞬間、俺はものすご~く恥ずかしくなってきた。
現実では、オシャレなどにはこれっぽっちも興味がなく、一日の半分を会社のユニフォームで過ごしている俺は、私服すらまともに持っていなかった。
何せ残りの一日の半分はジャージで過ごしていたし、オシャレに金をかけられるほど、金銭的な余裕もなかったからな。
しかしここはゲームである。
俺はせめてゲームの中くらい、オシャレさんな格好をしたいと思ったのだ。
だがパゴス大陸のどの店に行ってもオシャレさんな服は高く、ものによっては防具より高いものがあるので、買う気にはなれなかった。
正直に言えば、手が出ないものも結構あったのだ。
防御力も無いのに高価なのは納得はいかないのだが、パゴス大陸ではそんな服を着ているNPCすら見たことはない。
パゴス大陸にいるNPCのほとんどは、汚い作業着や野良着を着ているか、男や子供なら上半身裸に腰みの一丁。
女性なら水着にパレオの人ばかりだ。
そう言えば裸足の人達ばかりだったな?
暑さ寒さがわからない俺にはわからなかったが、たぶん南にある大陸なのでかなり暑いからだろう。
という事はあれか?
クソ暑い中、装備を着込んでいる俺達はヘンな奴らだと思われていたんだろうか?
基本的観測はよそう…。
ヘンな奴らだと思われていたはずだ…。
俺だってそう思う…。
しかしスアレスの町にはそんな格好の人はいない。
みんな中世ヨーロッパの一般人が着ているようなデザインで、麻や綿で出来たような服を着ており、木靴を履いている人も多い。
スアレスの町自体もパゴス大陸とは違い、大きくて石畳の多い町なので、石畳の上を歩く木靴のカツカツという音がうるさいくらいだ。裸足の人は見かけなかったな。
それにしてもスアレスの町はかなり広い。
歩き回るだけでもかなりの時間がかかるだろう。
貿易港という事もあり、かなりの数の荷馬車が走っているし、商店も多く結構大きなマーケットがあるようだ。
買い付けや店をする人が多いのだろうか?
町のあちこちでさまざまな格好をした商人の姿を見かけるし、カゴを下げた買い物客なんかも多いが、高そうな鎧を着た冒険者らしい人達もいる。
それにしても、フードのついたローブ姿の人達が多いな。
皆一様にフードで顔を隠しながら辺りに視線を配りつつ、顔を見られないようにしているようだ。
怪しさ満載だが、なぜかそういうのがいっぱいいる。
まぁそれを見て俺もローブを着て、フードで顔を隠しているんだけどな。木の葉を隠すなら森の中ってやつだ。
俺はブーとんから多めにお金をもらっていたが、これには理由がある。
別にプレイヤーが精霊にお金を預ける必要はないのだが、お金にルーズな俺は無駄遣いを恐れて、ブーとんにお金の管理を頼んでいるのだ。
最初は大した抑止力にはならないと思っていたが、意外な事にブーとんは素晴らしい活躍をしてくれた。
ブーとんも最初はお金を預かるだけだったのだが、途中からいろいろと、アドバイスをしてくれるようになったのである。
「植物のモンスターが種を持っていたり種を手に入れたら、ブーとんに見せて欲しいブー。育てた方がいいやつはブーとんがお庭でお世話をするブー。もちろん育てちゃダメなやつは育てないブー。」
「ブーとんはそんな事がわかるのか?」
「安心して欲しいブー。ブーとんは植物には詳しいんだブー。でも植物を育てるには植木鉢が必要だブー。育てる時は植木鉢を買って来て欲しいブー。」
「育てちゃダメなやつってなんだ?」
「たとえば花が咲いただけで、猛毒を撒き散らす植物なんかもあるブーよ。この部屋くらいの広さなら、芽が出ただけで死んじゃうブーね。」
「絶対に育てないでね?」
俺は真顔でブーとんに言った。
「わかったブー。」
俺は素直にブーとんの言う事を聞き、いくつかの植木鉢を買って来て、今までに手に入れた種と一緒にブーとんに渡した。
「この種はプロメテイオスの種だブー。珍しいブー。」
「プロメテイオス?なんだそれ?そんな名前のモンスターは倒してないぞ?」
「プロメテイオスは薬草だブー。プロメテイオスで作った薬を塗れば、一日だけどんな攻撃も魔法も効かなくなるブー。」
「すげぇな!無敵じゃないか!大量生産決定だな!」
俺大喜び。
「全然すごくないブーよ。一日だけは無敵だブーけど、次の日から1週間は指一本動かせなくなるブー。薬が体質に合わなかったら、最悪死んじゃうブーよ?」
「なんじゃそりゃ!」
「それにプロメテイオスだけじゃ、その薬は作れないブー。」
「そんな薬はいら~ん!」
「ご主人さま大丈夫だブー。その薬を作るのに必要な他の薬草は絶滅してるブー。だからプロメテイオスは作れないブーよ。」
「なんじゃそりゃー!」
「こっちはアグラフォーティーというハーブの種だブー。」
「アグラフォーティーってなんだ?」
「悪夢除けのハーブだブー。ハーブティーにして飲んで寝ると、悪夢を見なくて済むんだブー。」
「へぇ…。そうなんだ…。」
『誰がゲームで寝るんだよ…。役に立たねぇ…。いらねぇ…。』
「あとは食べ物の種が多いブーねぇ。ご主人さま、あとはどうするブーか?」
「害のないやつは育ててくれるか?植木鉢は安いからいくつでも買えるし、必要なら言ってくれ。」
「わかったブー。ブーとんが責任を持って育てるブー。」
ブーとんはそう言って胸を叩いた。
ブーとんは俺が持って帰ってきたいくつかの植物の種を育て始めたのだが、しばらくしてブーとんから、植木鉢を100個欲しいと言われてびっくりした。
これが俺が陶芸スキルを使って、植木鉢を作るようになった理由でもある。
俺がマーケットに向かって歩いていると、比較的大きな通りにでた。
通りにはたくさんの人達が行き交い、賑やかな喧騒に包まれている。
見るからに主婦といった子供連れの女性もいれば、明らかに異国から来たとわかる風貌の中年男性。
腰に刀をぶら下げ硬そうな鎧を身に纏い、自慢げに町を闊歩する明らかに冒険者とわかる人もいれば、頭からフードをすっぽり被ったローブ姿の人も歩いているが、なんて人の数だろう。
グランパゴスでも、これだけの数の人間は見たことがない。
俺は少しビビったが、平静を装いながら歩き続けた。
俺が人混みにもまれながら歩いていると、なんだか気分が悪くなってきた。
別にへんなものを食べたわけではない。
人酔いをしたのだろう。
何しろ現実でも現実でも、あまりたくさんの人達に囲まれた事がないのだ。
慣れていないというのもあるし、元々人混みが苦手なのだから仕方がない。
毎日社宅と会社の往復だったし、買い物なんてコンビニに出かけるくらいで、必要なものはほとんどネットで買うからな。
というか、スアレスの港に着いた時点でPioneer Sagaを始めて半年以上経っていたから、この頃の俺は引きこもり生活をしていたはずだ。
俺は都市部の工場で毎日残業なしで9:00~17:30まで働き、ある意味規則正しい生活を送れていたから、仕事が終わり毎日18時前に帰ると、急いで飯をかき込んでからシャワーを浴びて、19時までにはPCの前に座るとPioneer Sagaの世界に飛び込んだ。
平日なら夜の2,3時までログインしているのは当たり前だったし、休日は朝早くから夜中までやっていたな。
社宅と会社の往復をするだけの、悪夢みたいな現実にはなんの興味もなかったし、Pioneer Sagaの世界を冒険している方が、ずっと楽しかったからだ。
いつログインしてもプレイヤーはわんさかいたから、俺みたいなプレイヤーは多かったんだろう。
「俺の現実はここにある!」
「Pioneer Sagaが現実だったらなぁ…。」
「!Pioneer Sagaこそが現実であり、真実なのだ!」
「Pioneer Sagaにこそ、我が生きる道がある!」
「真実はPioneer Sagaにあり!偽りは現実にありー!」
とまあ、こんな具合に謳っているプレイヤーも多いのだが、中にはとんでもなくぶっ飛んだプレイヤーもいて
「Pioneer Sagaがサービス終了したら俺は死ぬ!死んでPioneer Sagaの世界に転生するのだ!そのためにPioneer Sagaで名を売って、Pioneer Sagaの女神様に召喚してもらうのだ~!」
などと、コメントに困るような事を真剣に言うプレイヤーまで出てきた。
のちにこの考えはプレイヤー達の間に広まっていき、「N.E.E.T.団」という団体が設立された。
N.E.E.T.とはNaturally.Enchant.Eccentric,Troopsの略語である。
ニート団はアンゴール大陸にある水の街と呼ばれる「ウォータール」と言う街に本部を構え徐々に団員を増やしていき、N.E.E.T.団はウォタールの人々の欲望を満たすための、さまざまな娯楽施設を建てた。
なぜならニート団のモットーは「全ては本能と欲望のままに!ただし法律はちゃんと守ってね。」だったからだ。
ウォタールには風俗店やギャンブル施設などはなく、あるのはスポーツ施設やゲームセンターに大衆浴場。
遊園地にボウリング場やカラオケ、メイド喫茶やコスプレ食堂ばかりなので、とてもとても健全なのである。
ちなみに団員のほとんどがプレイヤーで、俺は今までにNPCの団員を見た事はない。
欲望の町ウォータールには、かわいい女の子と飲めるお店はあるが、おさわり以上の事が出来る風俗店は一軒もない。
なぜならプレイヤー達はおしゃべりは楽しめるが、おさわりは楽しめないからだ。
自分たちが出来ないのに、他人がしている姿を見て気持ちがいいだろうか?良いはずがないだろう。
だから一攫千金を狙う悪党が、ギャンブルやおさわり以上のサービスをする店を闇で営業しようとすると、団員達は「悪党狩り」と称して一斉に潰しにかかるのである。
容赦なく完膚なきまでに全てを破壊し尽くし、たとえ末端であっても、容赦なく断罪という名の制裁を与えるのだ。
なぜならN.E.E.T.団のモットーにあるように、N.E.E.T.団は犯罪を一切認めておらず、ウォータールの町においてはいかなる犯罪も許されないからだ。
町中には常に「N.E.E.T.」と呼ばれる自警団が巡回しており、常に目を光らせている。
しかし彼らはゲームの中でなぜそんな事をするのか?
そんな事をして、本当にこの世界に転生出来ると本気で思っているのだろうか?
人酔いをした俺は通りの脇道に入り、人混みの少ないルートを歩く事にした。
脇道にはほとんど人がおらず俺は一息ついたが、しばらく歩いていると、前からローブを羽織った冒険者がやってきた。
金髪で背も高くずいぶんとかっこいい冒険者である。
キャラクターを作るのにずいぶんと時間がかかっただろう。
俺が裏通り歩いていると、前から歩いてくる冒険者が少しづつ俺の方に体を寄せてきた。
ドン!
冒険者がすれ違いざまに、いきなり俺にぶつかってきやがった。
俺は横にずれて避けようとしたのに、明らかにわざとぶつかってきやがったのだ。
「無礼者!」
冒険者は俺の顔を見るなり、いきなり一喝しやがった。
「悪ぃな。」
俺がそう言うと、そいつは黙ってローブを脱ぎさった。
するとなんという事でしょう!
相手は見るからに強そうな、細かめい装飾が施されたブルーの全身鎧を身につけ、大変切れ味の良さそうな黒光りする大きな剣と、これまた大層ご立派でキラキラと輝く、大きな青いシールドまで持っていらっしゃるではありませんか!
まるで勇者様のような出で立ちですな。
対してこちらは、パラゴ大陸という名の限界集落から出て来たばかりの、観光客感丸出しの狩人である。
しかも汚いローブの下に着ている装備は、HQとはいえ所詮は虫の殻で作ったちょっと硬いかな?程度の防具なのだ。
さすがにDから貰った銀鹿の弓は、そこそこの強さがあるだろうが、大剣を持った鎧の塊みたいな相手に通用すると思うかい?
おらぁ、おっかなくてしかたがなかっただよ~。
「すまなかったな。」
俺は面倒事は嫌なので、穏便に済まそうとすぐに謝った。
「なんだその謝罪は!無礼者め!私は今から貴様に決闘を申し込む!もちろん受けて立つんだろうな!」
金髪サラサラヘアーの勇者様は、居丈だけしくもそうのたまわりやがった。
はぁ?アホか貴様は?貴様はアホか?
なんで俺が貴様の勝手な言い分に、付き合わなきゃならんのだ?
決闘がしたいんなら、血の気が有り余ってるやつに申し込んでくれ。
そんなやつはたくさんいるだろうし、わざわざ限界集落から出てきたばかりの観光客に絡んでくるなよ。
しかし何が悲しゅうて、幽霊船まで相手にしながらアンゴール大陸まで来て、すぐにプレイヤーv.sプレイヤーをせにゃならんのだ?
俺はそう思ってたが、目の前にいる勇者様はかなりご立腹のようだ。
見た目は勇者様だが、寛容さは無いようだな。
「決闘って言われてもよう。ちょっとぶつかっただけだぜ?それにちゃんと謝ったよな?」
「あんな謝罪では納得出来んな!地べたに頭をこすりつけながら土下座しろ!」
「何言ってんだ?」
「ならば決闘だ!申し込まれた決闘から逃げるのか弱虫め!」
「いや、だからよ~。ちょっとぶつかっただけじゃねぇか。なんで土下座までしなきゃなんねぇんだよ?だいたいあんたの方から、わざとぶつかってきたよな?」
「言いがかりはよしてもらおうか。そうか…私のせいにして逃げるつもりなのか腰抜けめ!ここで逃げたら、一生笑いものにしてやるぞ!」
勇者様はニヤニヤしながら言った。
おやおや~?この勇者様にはお耳が無いのかな?
それとも言葉が通じて無いのかな?
パゴスとアンゴールでは言語が違うのかな?
頭にパゴスバエでもわいてるのかな~?
そもそも自分からぶつかってきたくせに、ずいぶんな物言いじゃねぇか。
腰抜けと呼びたければ呼べばいいし、笑いたければ好きなだけ笑えばいいが、ここまで話が通じないと、こっちが笑うしかないぞ?
『しょうがねぇな…。適当に相手をして、ヤバくなりそうなら逃げりゃいいか…。見たところ戦士系のジョブのようだし、あれだけの装備だと、さすがに俺には追いつけないだろうしな…。』
モンスターと違い、プレイヤー同士は敵対心がなくても、攻撃も防御も可能なので面倒くさいのだが、この時の俺は逃げ足だけは自信があった。
なぜならパゴス大陸には、「パゴスウミヘビ」という変わった姿のカラフルな蛇のモンスターがいるのだが、こいつは大して強くないくせに、やたらと動きが速くてしつこい。
俺が知る限り、パゴス大陸で一番速くてしつこいモンスターで、海の中だろうが陸の上だろうが、お構いなしに追いかけてくる。
あのすばしっこいDですら、逃げきれなかったパゴスウミヘビなのだが、自慢ではないが俺は逃げ切れるのである。
俺が逃げ足に自信を持つのも理解してくれるだろう?
腹をくくった俺はPVP。
いわゆるプレイヤーvsプレイヤーを、するはめになってしまった。
「ちょっと待てよ。」
俺はそう言って左手を伸ばした。
「問答無用!」
勇者様はそう言って、大剣を振りかざしながら俺に斬りかかってきた。
『おっそ!』
俺は勇者様のあまりに遅い攻撃に驚いた。
エドワードの攻撃に比べてもあまりに遅すぎる。
エドワードはもっと軽装だったが、フルプレートを着て大きな剣を振ると、攻撃がこんなに遅くなるのか?
そう思った俺は、無意識のうちに左手で大剣を払おうとした。
無意識というより習慣と言った方がいいだろう。
たとえ脳内ゲームでも、半年以上も冒険者をやっていれば、これくらいの動きは身に付いてくるのだ。
パキン!
勇者 「えー!」
俺 「え?」
俺と勇者様は同時に声をあげた。
払った左腕に当たった大剣が、中ほどから折れてしまったのだから驚くしかない。
『なんだこれ?』
俺がそう思った瞬間、勇者が叫んだ。
「ば!バケモノだ~!」
「はぁ?何言ってんだおまえ?」
俺は勇者に無礼な口をたたいたが、無礼はお互いさまだ。
しかし勇者は折れた剣を握ったまま、後ろを振り返る事なくガチャガチャと音をたてながら一目散に逃げていった。
「おいこら!待てよ!」
俺はそう言って手を伸ばしたが、勇者は振り返りもせずに表通りへと消えていった。
今から思えば追いかければよかったとは思うが、あの時の俺は追いかけなかった。
だって、俺も驚いていたのだから仕方がないじゃないか。
あんなに立派な剣が、千歳飴のように簡単にポキンと折れたのだ。驚くのも無理はないだろう?
「なんなんだよ一体…。」
一人残された俺は、あ然としながら立ち尽くしていると
「アハハハハハハ!」
突然後ろから女性の大きな笑い声が聞こえてきた。
俺が慌てて後ろを振り返ると、そこにはネコ耳フードが付いたローブを着た女性が立っていて、体を揺らしながら面白そうに笑っていた。
ネコ耳フードを深く被っていて顔はよく見えないが、どうやら赤毛のようだ。
「見てた?」
「全部見てた。」
「今のはなに?」
「よくあることよ。」
女性はそう言って体を揺らして笑っている。
「そうなの?」
「そうよ?あなた冒険者になったばっかりなの?それにしては初期装備じゃなさそうよね?」
女性はそう言って不思議そうな顔をしたが失礼な。
俺はサービス開始初日からやってるっーんだ。
「この町には初めて来たんだ。」
「どっからきたの?」
「あっち。」
俺はそう言って南東の方角を指さした。
「あっちって…。普通、指さすかなぁ~。小っちゃい子供みたい!アハハハハハハ!」
女性はそう言って笑ったが、こちとらパゴス大陸から来たおのぼりさんだというつもりもないし、着いたばっかで全く土地勘がない。
「あなた面白い人ね。今まで絡まれた事がないの?」
「絡まれる?」
「絡まれた事がないんだ。今時珍しいわね~。ずいぶんと平和な所にいたのね。」
女性は俺の格好をまじまじと見ながら言った。
違います…。平和だったんじゃなくて、プレイヤーが6人しかいなかっただけなんです…。
そんな限界集落でPVPなんてしたら最悪なんです…。
誰も相手にしてくれなくなるし、冒険も出来なくなるんです…。
みんなにボコられて無視されて終わりなんです。
あれ?でもそれってパゴス大陸が平和だったって事か?
「絡まれたのは初めてだ。こんな事はしょっちゅうあるの?」
「んー。どっしよっかな~。」
女性はそう言って腕を組んで悩みはじめた。
『何をどうするつもりなんだ?』
俺は不安になった。
「そんな顔をされたら困っちゃうな~。まぁいっか!あなたはそんなに悪い人でもなさそうだし教えちゃおう!大サービスだよ?ちょっと付き合って。」
女性はそう言って俺の腕を引っ張り、どんどん歩いていった。
「え?え?え?」
俺は訳もわからないまま、女性にズルズルと引っ張られていった。
俺が連れていかれたのは、なぜかホームポイントの俺の部屋だった。
俺の部屋に案内しろと言われたのだ。
確かに出会ったばかりの女性の部屋に行くのは抵抗があるし、何かを教えてくれるという女性の部屋に押しかけるのは大変失礼だろう。
とはいえ、うら若き女性が初対面の男の部屋に、入れろというのもどうだろうか?
「ご主人さまが、初めてお部屋にお客様を連れてきたブー!ブーとんは今から、はりきっておいしいお茶を淹れるブーよ!」
こう言ってブーとんは、はしゃいでいた。
「ブタさんの精霊なんだ~。ブーとんって言うのね。かわいいじゃな~い。」
女性は椅子に腰掛け、ブーとんを見ながら言った。
「ブーとんはかわいいブーか?」
「かわいいかわいい。ブーとんはかわいいブーよ。語尾にブーを付けてるのもグッドブーよ!」
そう言って女性はブーとんにサムズアップをした。
「嬉しいブーなぁ~。こうなったら、とっておきのクッキーも出しちゃうブーよ!」
「ありがとうブーとんちゃん。ねえねえ。庭にいっぱい鉢植えが置いてあるけど、後で見せてもらってもいいかな?」
「ブーとんはいいブーけど…。」
ブーとんはそう言って俺の顔を見た。
「それなら庭でお茶にしょうか。」
「わかったブー!さすがはブーとんのご主人さまだブー!」
「花の説明もしてくれるか?何が増えたか知りたいしな。」
「ブーとんにお任せブーよ!」
ブーとんがそう言ってお茶の準備を始めると、俺達は揃って庭に出た。
ブーとんの説明によると、ホームポイントの部屋というのは、一種の空間魔法だそうだ。
厳密に言えば、同じ空間魔法のポケットとは違う系統の空間魔法なのだそうだが、俺には詳しくはわからない。
部屋は庭付きの3LDKになっており、どの部屋もかなり広くて俺の部屋と比べるのも悲しくなるほどだ。
庭にはガーデンテーブルとチェアのセットが置かれており、花壇とたくさんの鉢植えが並んでいて、暖かい陽射しが降り注いでいる。
「すごいわ~。いっぱい鉢植えがあるのね~。」
女性は目を輝かせながら言った。
「気になる?」
「なるなる~!うちの庭もこんな風にしたいわ~。」
「あとでブーとんが説明してくれるよ。結構多いから、時間がかかると思うけどいいかな?」
俺はそう言って笑った。
「時間はあるから喜んで付き合っちゃう!うちのペチャにもやってもらおうっと!」
「精霊の名前はペチャっていうんだ。」
「ペチャは黒猫なの。そう言えばブーとんはなんの精霊なの?花に詳しいから花の精霊?」
「とんかつ…。」
俺はそうつぶやいた。
「とんかつ?」
女性は目を丸めた。
「とんかつ…。」
二回も言わせないで欲しい…。
「あはははは!よっぽどとんかつが好きなんだねぇ~。」
女性は楽しそうに笑った。
言うんじゃなかった…。
「うちのペチャはケーキの精霊だから、私も笑えないか。」
女性はそう言ってペロリと舌を出した。
『なんだ…俺と一緒じゃないか…。』
そう思った俺は安心した。
「それじゃあまずは、お互い自己紹介からね。」
「ロックです。」
「ロックね。ちゃんと名前が切り替わったわね。」
このゲームでは名前を知ると、キャラクターの上の表示が???から名前に切り替わるが、偽名だと???のままで、???のままだとPTも組めないようになっている。
「私はミコミコ。よろしくね。」
ミコミコさんの名前が表示され、ミコミコさんはフードを外しながらそう言うと俺に握手を求めてきた。
クセのある赤毛で目がクリッとしていて、なかなかかわいい。
「よろしくミコミコさん。」
俺はミコミコさんと握手をした。
「よろしくねロック。私の名前はミコって呼んで。」
「それじゃあミコさん。さっきの事なんだけど…。」
俺は早速話を切りだした。
「さっきのはプレイヤーキラーよ。」
「プレイヤーキラー?」
「そ。あなた殺されそうになったのよ。」
ミコさんはとんでもない事をさらりと言った。
「マジか!なんでだ?」
なんで訳もわからず、プレイヤーに殺されなきゃならんのだ?
「この辺りの一部のプレイヤーの中で、プレイヤーキルが流行ってるのよ。」
なんじゃそりゃ?
プレイヤー同士で殺し合ってどうするんだ?
意味がわからん。
「なんでだろう?」
「新しいジョブを探してるんだって。バカみたいな話でしょう?」
ミコさんはそう言って肩を竦めた。
「新しいジョブ?」
「基本ジョブを覚えると、新しいジョブが出てくるでしょう?でも新しいジョブは育つのに時間がかかるから、飽きてきたプレイヤーが違う方法で新しいジョブを探し始めたのよ。」
「な、なるほど…。」
俺には意味がわからなかったが、とりあえずそう返事をした。
「その方法の中にプレイヤーキルがあったのよ。」
「おっかない方法だな~。」
「最初は噂程度だったんだけど、中にはプレイヤーキルをして実際に新しいジョブを見つけたっていうプレイヤーが現れてね、それで一気に火が付いたんだって。」
「だって?」
俺はそう言って首をかしげた。
「ロックはアンゴール大陸出身じゃないんでしょう?」
ミコさんはそう言ってニヤリと笑った。
「え!」
俺は焦った。
限界集落出身がバレたか!
「隠さなくてもいいわ。わたしもアンゴール大陸出身じゃなの。多分私はあなたよりも少し先に、スアレスに着いたのよ。現実時間で言えば着いたのは昨日ね。」
「え?」
「ロックがどこから来たのかは、もちろん聞かないわ。知りたいとも思わないし、私も言うつもりはないしね。今の段階ではお互い詮索は無しにしましょ?」
「そうだね。」
「それにしてもさっきは面白かったわね。」
「びっくりさせられたよ。」
「まさかあんなに簡単に折れるとは思わなかったわね。どんな安物で作ったのかしら?」
ミコさんはそう言って笑ったが、こっちは殺されかけたんだから、笑っている場合ではない。
「よっぽどすごい装備をしているのね。」
「確かに硬いけど、虫の殻で出来てるんだから大した事ないさ。」
「虫の殻なの?なるほど…。そういう事なのか…。それじゃあ多分アレね。」
「アレ?」
「装備ハッタリくんよ。」
「装備ハッタリくん?」
なんだそりゃ?
「見た目は強そうだけど、実は大した能力のない装備をしてるプレイヤーの事を、『装備ハッタリくん』て呼んでるの。」
俺は瞬時に理解した。
要するに俺がオオダンゴムシ装備の名前を変えたのとは、真逆なのだが、同じような考えなのである。
俺は素材をバラさないように銘をつけたが、あのウソ勇者は強そうな見た目の武器を作って、強そうな銘を付けたのだろう。
だからあんなに簡単に折れたのだ。
装備のデザインが選べる以上、強さが見た目で判断出来ないのだから、相手が自分と似たようなLvで、弱そうな装備をしているからといってプレイヤーキルをしようとしても、相手の強さが正確にわからない以上、返り討ちに遭う可能性が拭えないのである。
これがプレイヤー・キルの抑止になっており、ゲームを面白くしているのだが、こういったシステムがいかに自分から情報を出さずに、相手から情報を得るかを難しくしているのだ。
だからインターネットでも土地やクエストの情報はたくさん流れているが、装備や魔法、スキルに関する情報はほとんど流れない。
情報はまさに命なのである。
なるほど~。装備ハッタリくんか~。
うまい事を言うではないか。
それならばあの勇者様は、さしずめ「勇者ハッタリくん」というところか?
しかし勇者みたいな格好でプレイヤーキルをするとは、なんて野郎だ。
さすがは勇者ハッタリくんならではと言う事か?
もし忍者と言うジョブがあれば、「忍者ハッタリくん」になるわけだ。
「なにかあったらヒールをするつもりだったけど、余計なお世話だったみたいね。」
「そうだったんだ。ありがとう。」
「そう思うんだったら、ちょっと手伝ってくれないかな?」
ミコさんはそう言ってにっこりと笑った。
「手伝うってなにを?」
「ゴブリン討伐のクエストを受けたんだけど、ソロだとちょっと厄介らしいのよね~。報酬もいいから諦められないのよね~。」
ミコさんはそう言って上目遣いで俺を見ながら、目をパチパチとさせた。
一見、何気ないこの行為が、彼女いない歴=今までの人生の俺に、どれだけの破壊力を発揮するかわかるだろうか?
口にするのは恥ずかしいので控えさせてもらいたいのだが、はっきりと言おう。
君の想像の8倍の威力はあるだろう…。
「いいよ。」
俺はあっさりと返事をした。
正直、「いざとなれば俺が囮になっているうちに、逃げてくれればいいか~。」ぐらいしか思っていなかったが、この判断は後になって激しく後悔する事になった…。
「やった~!ありがとう!助かるわ~!」
「いやいやなんのなんの。」
俺はそう言って照れた。
「それじゃあ、クエストはロックくんが受けたあとにしましょう。今日は休日だからまだ時間はあるでしょう?」
「まだまだあるよ。」
「それならクエストを受けに行くついでに、スアレスの町を一緒に見て回らない?私もまだ回りきれていないし、ロックも町の地図を書くでしょう?それに二人で行動していると、プレイヤーキルにも遭いにくいらしいからね。」
「そうなの?」
「プレイヤーキルは一人でする事が多いんだって。町に入ってから一人か二人キルしてから、違う町に行く方がバレにくいらしいの。」
「なるほどね。考えてるんだなぁ。」
俺にはプレイヤーキルをしたがるやつの気持ちなど、わからないしわかりたくもないが、人間はなんなと考えつくもんだなぁと感心してしまった。
とはいえ、どう考えても通り魔的犯行である。
ゲームとはいえ、それでいいのだろうかという疑問は残る。
「その前にお花の説明をしてもらってもいいかな?」
「それはブーとんにお任せブー!」
ブーとんは、ティーセットを運びながらミコさんに言った。
それから二人でお茶を飲みつつ、ブーとんから花の説明を受けた。
「あら?これは何かしら?人参かしら?」
ミコさんは鉢植えを見ながら首をかしげた。
その鉢植えはまるで、一本の人参が刺さっているように見えた。
土から出ている頭はオレンジ色で、頭から生えた葉っぱもまるで人参のように見える。
「それは引っこ抜くとうるさいブーから、気をつけた方がいいブーよ。」
「それってマンドラゴラじゃないの?引っこ抜くと死んじゃうんじゃない?」
ミコさんは青ざめた顔で言った。
マンドラゴラとは処刑された罪人の足元に咲くと言われる植物で、引っこ抜くと悲鳴をあげ、その悲鳴を聞くと死ぬと言われている植物である。
ミコさんが青ざめるのも無理はない。
「それはマンドラコラじゃないブー。マンガンドラドラだブー。」
「マンガンドラドラ?へんな名前ね。」
「そうだブー。」
ブーとんはそう言うと、マンガンドラドラの葉っぱを掴むと、大きなカブでも引き抜くようにマンガンドラドラを引き抜いた。
「ワハハハハハハ!」
ブーとんに引き抜かれた、手足の付いた人参みたいな形のマンガンドラドラは、笑顔を浮かべながら大きな声で笑い出した。
「何これ!」
ミコさんはそう言って驚いた。
「マンガンドラドラは別名「笑い人参」って言って、食べると絶対に笑うんだ。」
「笑うの?」
「絶対に笑う。食べてみたらわかるよ。」
俺はそう言ってマンガンドラドラの左手を折って、ミコさんに渡した。
「そのまま食べられかるブーよ。」
ブーとんにそう言われて、ミコさんは恐る恐るマンガンドラドラをかじると、すぐに大きく目を見開いた。
「布団がふっとんだ…。」
ミコさんの頭に突然、そんな声が響いてきたのだ。
「なに?」
「隣の客は、よく客食う客だ…。」
「え!」
「隣の家に囲いが出来たそうだがかっこいい?」
「羊羹はよう噛んで食べなはれ~。」
「あはははは!何これ!」
ミコさんは笑い出した。
「笑っちゃうだろ?」
「へんなの~おもしろ~い!」
「最初はダジャレなんだけど、だんだん一発ギャグになってくるんだ。俺も頑張ってみたけどダメだった…。突然、『鼻からぎゅうど~ん』て叫ばれて笑っちゃったんだ…。マンガンドラドラはネタが豊富なんだ…。」
「あはははは!なにそれ~!」
ミコさんは楽しそうに笑った。
「マンガンドラドラは、食べた人が笑うまで頭の中でダジャレやギャグを言い続けるんだブー。だから笑い人参って呼ばれているんだブー。」
「こんなの見た事ないわ!すごいのを持ってるのね!」
ミコさんはそう言って驚いた。
『なんの役にも立たないけどね~。』
その頃勇者ハッタリくんは、腰に折れた剣をぶら下げたまま馬に跨がり、慌てた様子でスアレスの町から飛び出していた。
「なんだよあいつ~。まるでバケモンじゃないかよ~。」
勇者ハッタリくんは泣きそうな顔でそう言った。




