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悪夢みたいな現実世界はイヤです!現実逃避させてください!  作者: 冴村彰
第1章 「回顧録からはじまる物語」
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第4話 「Dの予感」

ラッキーな事に、イカはタコと比べるとずっと楽に倒せた。

現れた赤いイカは一匹だけで、体長も3m程しかなくたいして強くもなかったし、Dの鞭がかなりのダメージを与えたのであっさり倒せたのだ。

名前は「オオアカイカ」で、生きてるのに茹でられたタコみたいな色で、見るからに旨そうだったが、倒しても称号はもらえなかったから弱いイカだったのだろう。


タコと違って、倒したイカはカーミラが魔法で炙ってみんなで食べたが、食べきれなかった分は炙り直して酒の肴にしていたみたいだから、まずくはなかったんだろうな。

見た目はイカというより、酢だこそのものだったが…。


それにしても、タコとイカの扱いやすいが違い過ぎて少し引いた。

カブト虫とゴキブリ並みに違うではないか。



そう言えば「称号(タイトル)」の説明をしていなかったな。

称号というのは『ジョブ称号(タイトル)』と『経験(エクスペリエンス)称号(タイトル)』の二つがある。


ジョブ称号(タイトル)はジョブの熟練度を示す称号(タイトル)で、ジョブを育てていくと称号が「初心者」「半人前」「一人前」「ベテラン」「エリート」の順に称号が変化していき、最後に「マスター」になると、そのジョブはそれ以上育たなくなり、条件によっては、そこから新たなジョブが発生する場合もある。


基本ジョブをマスターすると発生するジョブは数多く、例えば戦士を例に挙げると、「剣士」「槍士」「斧士」といったジョブが開放されていくようになる。

それらをマスターしていくと、マスターしたジョブとジョブの組み合わせによっては、「レアジョブ」というジョブが生まれてくるのだが、レアジョブは複雑で説明が長くなるので、またの機会にさせていただく。


もう一つの『経験(エクスペリエンス)称号(タイトル)』は、「オオダンゴムシの敵」「1000回以上倒された冒険者」「海坊主の討伐者」などと表記される称号(タイトル)で、その名の通り、今までの冒険の内容が反映されている称号である。


ただこの経験(エクスペリエンス)称号(タイトル)の中には、変化をしていくものもあるようで、俺がそれに気がついたのは、オオダンゴムシの称号を見た時だった。


最初の一匹を倒した時には「オオダンゴムシの嫌われ者」という称号を頂いたのだが、しばらくすると称号が「オオダンゴムシの敵」に変わり、さらに「オオダンゴムシキラー」「オオダンゴムシを忌み嫌う者」という称号を経て、現時点では「オオダンゴムシの天敵」という称号になっているのだ。



前にアイテムリストの話を書いたが、プレイヤーはもう1冊の本を持っている。

それが『冒険の(アドベンチャー)記録(レコード)』という本なんだが、この本にはプレイヤーの全てが記載されており、マスターしたジョブや覚えた魔法はもちろんの事、今まで戦ったモンスターまで載っている。


当然本には称号も載っているのだが、冒険の(アドベンチャー)記録(レコード)はプレイヤー本人にしか確認が出来ないので、他人の称号を知ることは出来ないようになっている。

まさに情報に重きを置く、Pioneer(開拓者の) Saga(英雄讃)らしいと言えばらしい設定だ。



いよいよ最終日の四日目を迎え、俺はウィリーに剣の稽古をつけながら、モンスターや海賊の襲撃に備えていたが、何も起こらないまま日は沈んでいった。


俺とウィリーは警備が終わると、いつものように並んで夕食を摂ったあと、みんなで大部屋で待機していた。

「もう夜の10時前か。あと10時間ほどでアンゴール大陸に着くな。」

アンサーがPT会話で話かけてきた。

朝の8時になれば、船はアンゴール大陸に到着してクエストは終了となる。


エドワード 「やっとだな。」

ベッキー 「楽しみだね~。アンゴール大陸って、どんな所なのかなぁ~。」

カーミラ 「いろんなプレイヤーに会えるのが楽しみ。」

「そうだな。」

俺はそう言って、毛布を被りながら寝ているウィリーを見た。


「このまま、なにも起こらなければいいんだがな。」

Dがそう言うと、すぐにベッキーが噛みついた。

「ちょっとD!不吉な事は言わないでよ!ただでさえDは勘がいいんだからさ!」

「そうそう。今までもDの勘はしょっちゅう当たってるんだからね。不吉な事は言わないで。」

そう言ってカーミラもベッキーに加勢する。

「すまん。」

Dは一言謝った。



俺はパゴス大陸でのDを思い出していた。

多分みんなも同じ事を思い出していただろう。

Dはすごく勘が良くて、俺達は今まで何度もその勘に助けられてきた。

みんなはそう思っているだろうが俺は違う。

Dは勘がいいのではない。

信じられないほど観察力があって、とんでもなく鋭い感性の持ち主なのだ。



俺がそう確信したのは、デカイ鳥がうようよ飛んでいる密林をみんなで歩いている時だった。

道もない背丈よりも高い茂みの中を進んでいると、突如として大きな湖がある所に出た。


湖の湖畔にはとても美しい風景が広がり、水は底が見えそうなほど澄んでいて、泳いでいる魚の影が遠目でも見える。

空にも見たことがない鳥や虫が飛んでいて、まわりには鹿やウサギによく似た動物達などもたくさんいるが、どれもこれも初めて見る動物ばかりだった。


動物達の名前は表示されているが、全部青字になっている。

モンスターは白字表記で、青字表記はモンスターではなく、素材になる動物を表しているからだ。




「すっげーキレイな湖だな!」

アンサーはそう言って辺りを見回す。

「本当ね~。見たこともない動物もいっぱいいるしね~。」

ベッキーも嬉しそうだ。

「ここでちょっと休憩していこうよ!」

カーミラはそう言って地面に座り込んだ。

「そうだな。」

エドワードもそう言って、地面に座り込む。

ベッキー 「そうしようそうしよう!」

アンサー 「そうだな。休憩しようぜ。」

ベッキーとアンサーも賛成したので、ここで休憩する事が決まった。


俺はゆっくりと辺りを見回した。

よく晴れた空からは明るい光が射し、やわらかな風が水面と草を揺らしている。

動物達も草を()んだりしなから、のんびりとしている。

きっとこんな場所で弁当を広げれば、気持ちがいいだろう。

そう思わせるほど、この湖畔はじつにのんびりとしていて、のどかでいい場所だ。


俺とDは立ったままだったが、他はみんな地面に座りながら楽しそうに話をしてる。

俺がDを見ると、Dは難しい顔で地図を広げていた。

「どうしたD?」

「ちょっと気になる事があってな…。」

Dは地図を見ながら答えた。


「お!ここには見たこともない魚もいるんだな!」

アンサーはそう言って湖へと近づいていった。

確かに湖には見たことがない魚が、たくさん泳いでいる。

「ちょっと釣ってみるか?」

アンサーがそう言って釣り竿を取り出そうとすると

「待て。俺がやってみよう。」

Dがいきなりアンサーを制止した。


「え?」

アンサーは不思議そうな顔をする。

「少し気になる事がある。最初は俺にやらせてくれ。」

「あぁ。別に構わないぜ。」

アンサーはそう言って釣り竿をしまった。

Dは湖の畔に立つと、俺達の方に向かって言った。

「俺から少し離れた所から、周りの様子に目を配ってくれ。何かあったらすぐに教えて欲しい。ロックは俺のそばに来てくれるか。」

「わかった。」

俺はそう言ってDの隣にいくと、みんなはDから離れていった。


D 「準備はいいか?」

ベッキー 「おっけーよ。」

カーミラ 「おっけー!」

アンサー 「いつでもいいぜ。」

エドワード 「準備は出来た。」

4人はそう言って互いに背中合わせになりながら、全員で360度全ての風景を覗い始めた。


「それじゃあ行くぞ。」

Dはそう言って釣り竿を湖に垂らした。

その途端、あれだけ晴れていた空に暗雲が立ち込め、湖面には霧がかかり始めた。

ベッキー 「なに!」

カーミラ 「なんなの!」

アンサー 「いきなりなんなんだ!」

エドワード 「一体どうしたんだ?」

4人は激しく首を回しながら慌て始めた。

いきなり天候が変わったのだから、誰だって慌てるだろう。

もちろん俺だって驚いたさ。



湖面の霧はだんだんと深くなっていき、空は今にも泣きだしそうなほど、暗く重くなっていく。

すると湖にいた魚達が一斉に姿を隠したかと思うと、どこからか現れた一匹の大きな魚が、Dの垂らした釣り糸に向かって真っ直ぐやってきた。

2m以上はあるかなりの大物だ。


『やばい!』

俺はそう思ったが、それ以上のプレッシャーを湖面の遥か向こうから感じ、思わずそちらに目をやった。

『見るんじゃなかった…。』

湖面を見た俺は、湖面を観てしまった事を激しく後悔する事になったが。


しかしDはあれほどのプレッシャーに、気づいていないのだろうか?

Dにしてはおかしい気はするが、Dは黙って釣り糸の先を凝視している。


すると魚が突然スピードを上げて、釣り糸に向かって泳いできた。

魚が餌に食いつきそうになった瞬間、Dが素早く釣り糸を上げると、魚はクルリと踵を返して沖の方へと泳いでいった。

同時に空と湖面の霧が晴れていき、しばらくすると全てが元通りになった。


ベッキー 「何が起こったっていうの…。」

カーミラ 「わけわかんない…、」

アンサー 「今のはなんだったんだ?」

エドワード 「わからん…。」

4人は呆けた顔でそう言った。


俺とDはみんなと合流して話をした。

ベッキー 「今のはなんだったの?」

D 「はっきりとはわからないが多分…。」

カーミラ 「多分なに?」

D 「罠のようなものかも知れない。」

アンサー 「罠?罠だって?」

エドワード 「どういう意味だ?」


D 「釣り糸を垂らした途端、いきなり天候が変わっただろう?」

ベッキー 「確かにそうね…。」

D 「あれはおそらく、警告のつもりなんだろう。」

アンサー 「警告?なんの警告だ?」

D 「あのまま俺が魚を釣っていたら、俺達はなんらかの方法で全滅させられていたかもしれないな…。」

エドワード 「どういう意味だ?」

ベッキー 「説明プリーズ。」

カーミラ 「詳しくプリーズ。」

アンサー 「わかりやすく頼むな。」


俺 「あの時の状況を説明するとな、Dが釣り糸を垂らした途端、湖の魚が全部どこかに行ってしまったんだが、一匹だけ大きな魚が現れて、真っ直ぐ釣り糸に向かって来たんだ。」

カーミラ 「それでそれで?」

俺 「すると湖の向こうから、何かとんでもない威圧感(プレッシャー)のようなものを感じて、俺は思わずそっちを見た。Dは感じなかったか?」

D 「感じていた。感じてはいたが、なぜかそっちを見てはいけない気がして、見たい気持ちを必死で押さえた。」


アンサー 「ちょっと待てよ。プレッシャーってなんだよ?これはゲームだぜ?そんな感覚的なもんがわかるのかよ?」

エドワード 「確かにそうだな…。」

カーミラ 「プレッシャーってなに?」

ベッキー 「プレッシャーって言われても、よくわかんないなぁ~。」

「悪ぃな。俺にはそんな言い方しか出来ないんだ。」

俺はそう言って頭を搔いた。



D 「前から思ってたんだが、このゲームにはなぜかこう言った事が多くないか?うまく口では説明出来ないような事が多い気がするんだが。」

ベッキー 「言われてみれば…。」

カーミラ 「確かにそうかも…。」

アンサー 「俺にはわかんねぇ…。」

エドワード 「…。」

どうやら4人にも、思い当たる節があるようだ。


D 「それでロック。お前が何を見たのかを教えてくれ。」

ベッキー 「何を見たの?」

カーミラ 「気になるなぁ。」

アンサー 「なんだったんだよロック。」

エドワード 「早く教えてくれ。」

俺 「俺が見たのは大きな影だ…。」

ベッキー 「大きな影?」

カーミラ 「影ってどんな影?」

アンサー 「影ってなんだよ?」

エドワード「影か…。」


俺 「首長竜って言うのかな?こう、首の長~い恐竜みたいなやつ?あれのもっとバカでかいやつだ。」

D 「大きな影…。」

ベッキー 「バカでかいって?」

カーミラ 「どれくらい?」

アンサー 「10m?20mくらいか?」

エドワード 「もっとでかいかったのか?」

「はっきりとはわからないが、多分10m、20mじゃ済まないだろう…。俺達くらいなら軽く踏みつぶしちまうんじゃないかな…。足があったらの話だがな。」

俺がそう言うとみんな黙り込んでしまった。



D 「とにかく、モンスターに絡まれたりしない限りは、この場所での殺生はやめておこう。何が起こるかわからないからな。」

ベッキー 「わかったわ。」

カーミラ 「わかった。」

アンサー 「そうだな。」

エドワード 「そうだな。」

俺 「それがよさそうだな…。」


ベッキー 「それにしてもよく気が付いたねD。」

カーミラ 「本当だ。」

D 「勘だ。」

アンサー 「相変わらずDは勘が鋭いよな~。おかげで助かったぜ。」

エドワード 「そうだな。」

俺 「…。」

こうして俺達は、湖畔を歩き続けながら探検を続けたが、周りの動物達にはアクティブはおらず、俺達などまるで気にもかけていないようだった。



「D。さっきの話だが、なんでわかったんだ?いつもの勘だとは言わせないぞ?」

俺は歩きながら、Dと直接会話を始めた。

「なぁロック。この大陸にいるモンスターや動物達は、生態系がしっかりしてると思わないか?」

「どういう意味だ?」

「この大陸では、敵対しそうなモンスターや動物達は、必ず離れた場所に生息しているだろう?天敵とは鉢合わせしないような位置にな。」

「なるほど…。言われてみれば確かにそうだな。」

そう言って俺は納得した。


パゴス大陸にはウサギのモンスターが数種類いるが、ウサギのモンスター生息域には、天敵になりそうなキツネのようなモンスターはいない。

キツネのようなモンスターは、かなり離れた地域に生息しており、ウサギのモンスター生息域には近づこうともしないのである。


こんな風にパゴス大陸では、天敵になりそうなモンスターは離れて暮らしているが、普通のゲームならばそんな事はない。

天敵だろうがなんだろうが、ごちゃ混ぜになって生息しているのが当たり前なのだが、Pioneer(開拓者の) Saga(英雄讃)は、その辺りの生態系がしっかりと作り込まれているのだ。


前にやっていたMMORPGでは、ウサギとオオカミのモンスターがペアで襲ってきたり、ヘビとカエルが並んで出てきたりしたからな。

プレイヤーを襲う前に大ケンカになりそうだが、個人的に仲がよいのだろうか?

それともなにかの協定でも結んでいるのか?


オオカミ 「俺は上半身をもらうから、おまえは下半身な?」

ウサギ 「ちょっ!勘弁してくださいよせんぱ~い。また下半身ですかぁ~。たまには俺にも上半身を回してくださいよ~。」

なんて話をしていたら嫌だな…。

もしそうだとしたら、すげぇ頭がいいんじゃないか?

そっちの方が怖い気もするな…。



「湖畔にいる動物達は、茂みにいたモンスターとはまるで違うものだっただろ?という事は湖と茂みの中では生態系が違うって事になるだろう?」  

「言われてみれば確かに…。茂みにいたモンスターどころか、モンスターそのものが湖の周りにはなかったな。」

「あの動物達の中に、本当にモンスターがいなかったと言い切れるか?」

「え?」

「モンスターっぽい動物はいなかったか?小さな動物は全部モンスターじゃないのか?今までにそんな場所があったか?」

「それは…。」

俺は考えてみた。


確かにDの言う通りだ。

確かに今までそんな場所はなかったし、プレイヤーよりも小さなモンスターだってたくさんいる。

名前が表示されていないということが、モンスターではないという、法則や定義の確証がないのである。 


たとえば「パゴスオオスズメバチ」や「パゴスミドリオオスズメバチ」、「パゴスマダラオオスズメバチ」などのスズメバチは体長5cm程のモンスターだが、刺されると一撃で全身マヒを起こし戦闘不能に陥る。

しかもその巣は大きくて2000匹以上いる。


パゴスオオスズメバチとパゴスキイロオオスズメバチは家の軒下に巣を作るのだが、退治して欲しいというクエストもある。

こいつらはある方法を使えばすぐに退治出来るのだが、コツを知らないとかなりの確率で刺されるのだ。

ちなみに俺達は全員刺された事がある。


しかし一番厄介なのはパゴスマダラオオスズメバチだろう。

こいつらは軒下ではなく地中に巣を作るのだ。

しかもオオスズメバチの中では最も獰猛で毒も強く、見境なく襲ってくるし、こいつはソロでは倒せないし倒し方が面倒くさいのだ。


近寄って来てから突然、名前を表示して襲いかかってくるモンスターがいるかも知れないし、青から白に変わるかも知れないのだ。

なにしろこのゲームは、冒険を進めるために必要な情報が一切流れてこないのだから、それが当たり前なのだ。



「このゲームは、青字表記の動物達は攻撃は出来るようになっているよな?」

「経験値は入らないようだけど、食料や材料の調達の為に、狩る事は出来るもんな…。」

「名前を表示していないモンスターは、こちらがいくら攻撃をしても、敵対心(ヘイト)が発生しない限りは攻撃してこないし、攻撃をしても効果はないだろ?」


「そうだな。モンスターは敵対心は(ヘイト)が発生すると、名前を赤字にして襲いかかってきて、そこから戦闘が始まるからな。」

「俺は前から考えていたんだ…。ひょっとしたらプレイヤーを狩るために、プレイヤーをだましにくるモンスターがいるんじゃないかと。」

「プレイヤーを騙す?」


「戦闘はプレイヤーから、モンスターにちょっかいを出すのが基本だが、中にはアクティブモンスターみたいに、自分からちょっかい出してくるやつもいるだろ?それなら涼しい顔をして近寄って来て、プレイヤーの寝首を搔こうとするモンスターも、いるんじゃないかって思ってな。」

「なるほどな…。このゲームなら充分にあり得るな…。」 


「可能性がいくつもあるからなんとも言えないが、俺はさっき以外の仮説もいくつか立ててみた。まず一つは名前を表示しないというのが、湖にいた動物達の持つスキルだとしたらどうする?」

「なるほど…。スキルか…。」


「それが俺が立てた一つ目の仮説だ。二つ目の仮説はなんらかの理由で、なんらかの方法を使って、()()()()名前を表示()()()()ようにしていたとしたら?」

「そんな事があるのかな?」

俺は疑問を口にした。


「ないと言い切れるかな?ここはあくまでゲームの世界であって、現実ではないんだぞ?」

「可能性がないとは言い切れないな…。いや、このゲームの開発者なら、それくらいはやるかも知れないな。」

俺はそう言ってニヤリと笑った。


「しかも湖に釣り糸を垂らした途端、一気に天候が変わっただろ?あまりにも不自然だとは思わないか?」

「確かにな。」

「でも俺が一番気になったのはあの魚だ。」

「あのでかい魚か?」

「あの魚には名前が表示されてなかっただろう?」

「え!」

言われてみれば確かにそうだ。

確かにあの魚の名前は表示されていなかった。 



「他の魚はみんな逃げたのに、突然現れた名前もわからないモンスター並にでかい魚が、釣り糸の先にぶら下がった餌をめがけて一直線に向かって来たんだ。さすがにおかしいとは思わないか?」

「いちいち納得だな。」


「俺は自分の仮説を確かめるために、魚を釣る前に釣り竿を上げようとしたが、いきなりあのプレッシャーだろ?俺も思わずそっちを見ようとしたが、ロックがいてくれたおかげで、なんとか見ずに済んだ。」

「俺も少しは役に立てたのかな?」


「一人だったら見てただろうな。もしあの時に()()を見ていたら、あの魚は餌に食いついていただろうな…。もしもあの時、あの魚に餌を食われていたとしたら、俺達はあの後どうなっていたと思う?」

「想像するだけでゾッとするな…。」

「餌に食いついた途端、HPゲージが表示されたとしたら…。どっちにしろ検証する必要はあるがな…。」

Dはそう言ったが、俺はDの頭の良さに驚くしかなかった。

普通、そこまで考えるかねぇ?

俺はDは下級出身じゃないんだろうなと思った。



後日、Dから直接会話が届いた。

「ロック。どうやら俺の仮説は正しかったらしい。」

「なに?もしかして一人で行って確かめてみたのか?」

「あぁ。一人で行って検証してみた。はっきりとした確証はとれなかったが、どうやら俺の仮説のどちらかが正しかったようだ。」

「声をかけてくれればよかったのに。」

「いや、声をかけなくてよかった。何人いても結果は同じだっただろう。」

「そんなにひどかったのか?」

「まさに瞬殺ってやつだ。まばたきをしている間に倒されたよ。何をされたのかもわからなかった。」

「嘘だろ?」

「信じる信じないは自分で決めるがいい。ただあの湖で狩りをするのはお薦めしないな。」

「わかった。ありがとう。」

「俺の言う事を信じるのか?嘘かもしれんぞ?」

Dはそう言って笑った。

「ゲームの中まで、疑心暗鬼にはなりたくないのさ。」

「なるほど…。みんな似たようなもんなんだな。」

Dはそう言ってもう一度笑った。



この後、俺達はこの湖のことを「ヌシの湖」もしくは「安全地帯」と呼ぶようになり、この湖のそばでスキル上げをしていて倒されそうになると、慌ててこの湖に逃げ込んだ。

なぜならここに逃げ込むと、モンスター達は絶対に追いかけるのをやめるからだ。


とはいえ湖まであと少し!というところで倒されてしまった時の悔しさは、筆舌に尽くしがたいものがある。

特にアンサーの奴は、湖に着く前にしょっちゅう地面に倒れていたな。



俺がそんな事を思い出していると、Dから直接会話がきた。

「どうしたロック?ウィリーとの別れの事でも考えていたのか?」

俺は隣で眠るウィリーの顔を見た。

ずいぶんとリラックスした顔で寝やがってまぁ。


「そうか…。もうすぐウィリーともお別れなんだな…。」

俺はそう思うと少しさみしくなった。

たった4時間の付き合いじゃないかと、笑いたければ笑うがいい。

たとえ4時間だろうがNPCが相手だろうが、さみしいものはさみしいのだ。


「そっちこそ、あの親父さんと別れるのがさみしいんじゃないのか?」

「親父に執着するような趣味はないな。」

「俺だって子供に執着心はねぇよ。」

「そうか。それはすまなかったな。」

『完全にバレてるんだろうなぁ…。』

俺はそう思いながらも、強がるしかなかった。



ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ

ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ


「なんだ?何の音だ?」

突然、不気味な太鼓(ドラム)の音が小さく船内に鳴り響き始め、俺は慌てて立ち上がった。

ウィリーも体をビクッとさせると急に飛び起きた。

「ウィリー!」

俺がウィリーに駆け寄ると、ウィリーは怯えきった顔で、体をガタガタと震わせていた。


「アンサー!カーミラ!どうしたんだ?敵が現れたのか!」

エドワードがPT会話で言った。

アンサー 「いや、辺りには何も見当たらないぞ!だけど、なんなんだこの音は!気味が悪いぜ!」

カーミラ 「こっちも見当たらない!なんなのこの気味の悪いドラムの音は!耳を塞いでも聞こえてくるよ!」

「なんだって!」

そう言って俺は耳を塞いだが、音は相変わらず聞こえてくる。

いや?さっきよりも少し音が大きくなった気がするな。

『頭の中に直接響いているのか?』


「おい!周りをよく見てみろ!」

エドワードが叫んだ。

「用心棒達が全員怯えているわ!」

ベッキーは驚きながら言った。 

確かに部屋の中の用心棒達は部屋の隅っこに集まって、身を寄せ合いながらブルブルと震えている。

アンサー 「こっちもだ!全員我先に船内に戻っていってるぞ!」


バン!

部屋のドアが勢いよく開くと、甲板にいた用心棒達が我先にと部屋になだれ込んできた。

全員の顔が恐怖に引きつっている。

パニックにしても異常だ。

用心棒達は部屋の隅にかたまる用心棒達と合流すると、一緒になってガタガタと震えだした。


「いったい何が起こってるんだ?」

俺がPT会話でそうつぶやくと、ウィリーが声を震わせながら言った。

「幽霊船だよ…。幽霊船が来たんだよ…。」

俺 「幽霊船?」

アンサー 「幽霊船!」

ベッキー 「幽霊船!」

カーミラ 「幽霊船か~。」

エドワード 「幽霊船?」

D 「…。」


「幽霊船が来る時は、頭の中に太鼓の音が聞こえてくるんって、聞いたことがあるんだ…。噂は本当だったんだ…。」

ウィリーは怯えきった目で俺を見た。

「幽霊船てなんだ?」

俺はウィリーに尋ねた。


「すごくたまにだけど、幽霊船が出てくるのは昔からこの辺りの海に伝わる有名な話なんだ…。幽霊船が出てくる時は、頭の中にドラムの音が響いてくるって…。ドラムの音は幽霊船が近くに来ると大きくなって、離れていくと小さくなっていくんだって。幽霊船がいなくなったら、音は聞こえなくなるんだって…。」

ということは、この船に幽霊船が近づいて来てるってことか?


「ウィリーはみんなと一緒にここにいろ。絶対に外に出るんじゃないぞ。」

「ロックお兄ちゃんはどうするんだよ。」

「外に出て様子を見てくる。」

「ダメだよ!朝まで静かにしていればどこかに行ってくれるよ!そうやって幽霊船をやり過ごした船は、たくさんあるって言ってたよ!」

ウィリーは俺の右腕を引っ張りながら言った。


「もし幽霊船に襲われたらどうなるんだ?」

「わからないんだよ…。幽霊船に襲われて帰って来た船の話は、聞いたことがないんだ…。」

ウィリーは怯えきった目で俺に言った。

ワァオ!なんてショッキングなお話でしょう。

いっその事、聞かなかった事にしたいくらいだ。



「みんなにステキなお知らせだ。どうやら幽霊船に襲われて、港に戻ってきた船はいないらしいぞ…。」

俺はPT会話で言った。

俺だって言いたくはなかったけどな…。

ベッキー 「マジなの?」

カーミラ 「マジ?」

アンサー 「マジか~。」

エドワード 「マジかよ~。」

D 「まずいな…。」


俺 「このまま黙ってやり過ごしてくれると思うか?」

エドワード 「それはないな。」

アンサー 「ねぇだろうなぁ。」

カーミラ 「ないね…。」

ベッキー 「ないよねぇ…。」

D 「やるしかないだろうな。」

俺 「だな。俺が説明をするから、みんなは先に甲板に上がってくれ。」

エドワード 「わかった。」

ベッキー 「おっけ~。」

D 「わかった。」



俺はウィリーを連れて用心棒達の所に行くと、これからの事を説明した。

「俺たちはこれから甲板に出て、奴らの様子を見ます。皆さんは内側から鍵をかけて、朝までこの部屋から出ないでください。いいですか?何があっても絶対に、朝まで部屋から出ないでくださいよ?」


「やめときなよ!いくらあんた達が強いからって、さすがに幽霊船を相手にするのは無茶だよ!」

「そうだそうだ!ここで俺達と一緒に、朝まで静かにやり過ごそうや。」

「悪い事は言わねぇからそうしなよ兄ちゃん。」

「そうだそうだ。そうしようや。」

「相手は悪霊だぞ?何をしてくるかわかったもんじゃない。悪い事は言わん。黙って静かにやり過ごそうや。荷物と命を比べる必要はないだろうよ。」

一人のおっさんが真剣な顔で言ってきた。


「確かにそれも一つの手ですが、万が一船に乗り込まれてしまったら、後手に回る事になるでしょう?守りに徹するのは完全に悪手になりますから、それなら俺達が甲板で迎撃する方がまだマシだと思います。だから念のために俺達が甲板に上がりますよ。」

「けどよう…。」

気の良い親父さんは心配そうに言った。

「みなさんは、アンデットと戦った経験はありますか?」

俺はみんなに尋ねたが、全員力無く首を横に振った。


「いくら用心棒として雇われたとはいえ、アンデットを相手にするのはかなりきついでしょうし、万が一にもアンデットになったあなた達を相手にはしたくありません。二次災害を起こさないためにも、皆さんはここにいてくれませんか?スケルトンは生体感知ですから、部屋の隅っこに集まるより、真ん中の方が安全だと思います。スケルトンには目も耳もないんで、話をしても問題はありませんが、出来るだけ距離をとってください。ですが屍体(ゾンビ)の場合は、音は立てないでくださいね。出来るだけ俺達が引きつけますけど。」


「わ、わかった。音を立てないようにして、部屋の真ん中で固まっていればいいんだよな?」

「そういう事です。俺が部屋を出たら、すぐに鍵をかけてください。」

俺がそう言って部屋から出ようとすると、気の良い親父が言った。

「済まねぇ兄ちゃん…。」

「緊急事態ですからしかたがないですよ。気にしないでください。」

「頑張ってね兄ちゃん。」

「任せとけ。」

俺はウィリーにそう言うと、すぐさま部屋を出て甲板へと向かった。



「聞いての通りだ。そっちの方の準備はどうだ?」

俺がPT会話でメンバーに尋ねると、返事はすぐに返ってきた。

アンサー 「俺は下だ。準備は出来てるぜ!」

エドワード 「俺も下にいる。こっちもオッケーだ」

カーミラ 「私も下。ぶん殴ってやる。」

ベッキー 「私は上よ。アンデットに癒し(ヒール)って効くのかしら?」

D 「ヒールは回復魔法だからな。聖魔法とは違うから、効果まではわからないな。俺も下にいて、とりあえずは鞭でやってみる。」

ベッキー 「わかったわ。ヒールは試しに撃ってみて、様子をみるしかないわね。」


「それなら俺はベッキーのガードに付く。どこまで役に立つかわからないが、やるだけやってみるよ。あまり期待は出来ないけどな。」

俺はベッキーの元へと向かいつつ、『ポケットをつけ』からバゴスクラブの爪から作った「バゴスクラブクロー」を取り出しながら言った。


今は狩人の俺に、格闘武器のスキルはあまり使えないが、ナイフやダガーよりはマシだろう。

バゴスクラブクローの性能は悪くないのだが、実に鮮やかなショッピングピンクなので、恐ろしく軽薄で場違いで恥ずかしいと言わざるを得ない。

このゲームの開発者は、意地が悪いとしか言いようがないだろう。

覚えてやがれこんちくしょう。



「ドラムの音が大きくなってきてないか?」

アンサーがそう言うと俺達は口を閉じ、静かに耳をすませた。


ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ

ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ


エドワード 「ドラムの音が、少しづつ大きくなってきているな…。」

ベッキー 「本当だね。」

カーミラ 「本当だ…。」

俺 「どっから来るんだ…。」

「もうしばらく様子をみてみよう。」

俺達はDの言う通り、聞き耳をたてながらしばらく様子をみることにした。


ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ

ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ

ドラムの音が少しづつ大きくなってきた。


ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ

ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ ドンドコ

ドラムの音が、また少しづつ大きくなってきた。


ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!

ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!

ドラムの音が、もっと大きくなってきた。


ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!

ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!

ドラムの音はさらにもっと大きくなってきた。


D 「かなり近づいてきたな…。」

アンサー 「かなりうるさくなってきやがったぜ。」

エドワード 「うるさいな。」

ベッキー 「うるさいねぇ。」

カーミラ 「耳が痛くなってきた。」


ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!

ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!ドンドコ!

ドラムの音は、もっともっと大きくなってきた。


アンサー 「うるせぇなー!」

エドワード 「うるさい。」

ベッキー 「あーもう!うるさいわね!」

カーミラ 「耳が痛いじゃない!」

「右舷だ!右舷の後方から聞こえてくるぞ!」

Dが大きな声で叫ぶと、俺達は一斉に右舷後方を見た。


ベッキー 「あれってさー!」

カーミラ 「こっちの船に寄せて来てるよねー!」

アンサー 「間違いねぇー!やつらこっちに寄せてきてやがるぜー!」

エドワード 「そんなことは、船の明かりを見てたらわかるだろう。」


『あれは普通の明かりじゃないな…。ひょっとしたらあれって…人魂ってやつなんじゃないのか?』

暗闇の中、幽霊船のマストらしき場所に、点々といくつも灯る青白い光を見ながら、俺はそう思っていた。

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