第3話 「冗談じゃない!」
次の日は朝からのどかな時間が過ぎていき、俺は朝からウィリーに剣の稽古をつけたり、二人で釣り糸を垂らしたりしていた。
魚はそこそこ釣れたが、たまに釣れるモンスターは剣の稽古になると思いウィリーに任せた。
もちろん俺がサポートしながらだが。
釣れた魚はカーミラの魔法で焼いて、夕食の時にみんなで食ったのだが、俺達には味はわからないが、みんなは美味そうに食べていたな。
ウィリーの剣の稽古の方も、最初はモンスターに対して及び腰だったが、何匹か倒しているうちにコツを覚えたようで、なかなかの上達ぶりを見せた。
俺は何もない空間へと手を伸ばして『ポケット』からオオダンゴムシの殻で作ったアーマーを取り出すと、ウィリーに手渡した。
ポケットとは、アイテムを収納出来る場所の名称で、空間魔法の一種である。
プレイヤーは必ず一つだけポケットを持っていて、ポケットにはアイテムや装備を1000個まで収納出来るようになっている。
アイテムに関しては、同じアイテムをいくつ所持していても一つとカウントされ、所持数に制限がないのは嬉しいのだが、一見便利そうな魔法に思えるポケットだったが、いくつかの制限があった。
一つは収納出来る物の大きさに制限があり、あまり大きなものは収納出来ない。
もう一つは収納出来る数の制限である。
一つのジョブに必要な装備は、一番少ない格闘家でも最低「ナックル」「ヘッドギア」「アーマー」「小手」「足甲」の5つが必要で、さらにベルトやアクセサリーなどを入れるとさらに増えてくる。
魔法職はアクセサリーが多く、指輪は最大で10個まで付けられるのだから、1000個じゃ少なすぎるというのも、理解してもらえるだろう。
ちなみにポケットに収納されているアイテムは、プレイヤーが持つ「アイテムリスト」という本にリストアップされており、いつでも中身を確認出来るようになっている。
しかもこのリストはアイテム毎に分類されており、あいうえお順と、ABC順に整理までされていて、リストは順次書き換えられていくので、かなり便利なのだ。
ここで少しばかり、自慢話をさせてもらおう。
実はPTメンバー全員が装備している、オオダンゴムシ装備は全て俺が作ったものである。
話を聞いてみると、俺以外は誰もオオダンゴムシを倒したことがないらしい。
アンサーは何度か挑戦したが、全く勝てなかったので戦うのをやめたらしく、エドワードはオオダンゴムシが生理的に嫌で戦わなかったらしい。
ベッキーとカーミラも何度か挑戦したが、いくら魔法を撃っても効かなかったので、倒すのを諦めたそうだ。
いくら魔法を撃っても、オオダンゴムシのHPゲージすら表示されないので、戦う事すら出来なかったのだから仕方がない。
Dも何度か挑戦したが、早々に諦めたと言っていた。
オオダンゴムシを簡単に倒せるようになった俺は、最初のうちは貯まった殻をギルドに売っていたが、あまりにも安価で数も貯まりすぎたので、革工スキルをあげる練習がてら、殻で装備を作るようになった。
俺が最初に作れたのはヘッドギアだった。
ヘッドギアが作れるようになると、スキルが上がっていった俺は「小手」「足甲」「胸当て」「鎧」といったように作れる種類が増えていったのだが、オオダンゴムシの装備を作るには、意外と多くの殻が必要だった。
一番少ないヘッドギアでも殻を5個、一番多く使う鎧で20個も必要なのだ。
ちなみにオオダンゴムシ装備の能力を鑑定すると、どの装備も「とても硬くて軽い。」という鑑定結果しかでない。
俺はスキル上げも兼ねて、PTメンバー全員分の装備を作ると、タダでみんなに配った。
出来上がった装備の銘の頭には全て「オオダンゴムシ」という銘がついていたのだが、俺はわざわざ銘を全て「硬い」に変えて配ったのである。
それはなぜかって?
なぜならオオダンゴムシ装備は、俺にしか作れないからだ。
俺しか作れない装備の名前に、わざわざオオダンゴムシと銘打ってしまえば、何から作ったかがバレバレになるではないか。
情報が重要なPioneer Sagaにおいて、そう易々と情報を垂れ流す気などさらさらない。
俺はそう心に固く誓っていたのである。
俺がそうなったのにも、もちろん意味がある。
それは俺が「オレンジパゴスバード」と戦い、コテンパンにやられて体力を回復している時であった。
「なんだ?オレンジにやられたのか?」
偶然出会ったエドワードが俺に尋ねてきた。
「あぁ。やられちまったよ…。」
俺はその時、なにも考えずにそう答えてしまった。
「なんだ。まだ攻略…。いや、なんでもない。」
エドワードはそう言うと俺の顔を見た。
『おやおや、おかわいそうにまぁ。君はまだ倒し方を知らないんだねぇ…。』
とでも言いたげな、憐れみに満ちた顔でな!
俺は忘れない!
あの時のエドワードの顔を忘れないし、今も忘れてないのさ!
こうして俺は秘密主義者へと生まれ変わったのである。
武器や防具、アクセサリーなどには、一般に売られている大量生産のものや自分で作れる物もあれば、「人工物」と呼ばれる比較的高性能で、改良が加えられないものもある。
さらには「遺産」と呼ばれるアーティファクトよりも希少価値の高い高性能で珍しいものまであるが、そういった希少価値の高いものはなかなか手に入らないが、自分で作った装備は自由度が高くて作ったものには必ず名前がついているのだが、製作者には一度だけその名前を書き換える事が出来るようになっていて、その書き換えた名前の事をプレイヤーは「銘」と呼んでいる。
だから俺はみんなに装備を配る時、情報を撹乱させることを狙って、わざわざ弱そうな銘に書き換えてやったんだ。
涼しい顔をして、ざまぁみやがれと思いながらね。
俺が装備を配ると、PTメンバーはデザインと「硬い鎧」という銘を見ながら失笑した後にありがとうとは言ってくれたが、性能に関しては何も言わなかった。
しかし、全員が今も着てくれているところを見ると、性能は悪くはないのだろう。
そう言えば何度か、アンサーが俺に材料を聞いてきたが、俺が適当に話をはぐらかしたので、アンサーは「パゴスオオカブト」か「パゴスオオクワガタ」が材料だと勘違いしているようだ。
アンサーは脳筋なので扱い易いが、Dなら絶対にこうはいかない。
返り討ちにあって終わりだろう。
これは内緒なのだが、俺の装備は全て「殻虫のヘッドギア」「殻虫の鎧」「殻虫の小手」「殻虫の足甲」というHQ品である。
このHQ品の特筆すべき点はその薄さと硬さで、どの装備もノーマルより薄いのに硬い。
もちろん銘は全て「ちょっと硬い」にしてやった。
ちょっとと書いておけば、さらに弱そうに思うだろ?
ここまでの話で気が付いただろうが、俺のパゴス大陸での主な獲物はオオダンゴムシだったのである。
俺の持ち物は全て「オオダンゴムシの殻で出来ている。」と言ってもいいほど、オオダンゴムシは俺の貴重な収入源だったのだ。
狩り場も近いし、慣れてしまえば倒すのは楽だし、狩らない理由など、どこにもなかったからなのだ。
少なくとも海賊を10人以上倒すより楽だし、時間もかからないし金にもなる。
俺に「オオダンゴムシの敵」という称号が付いたのも、仕方がないといえば仕方がないんだろうな。
しかし残念な事にオオダンゴムシの殻は、そのままでも防具に変えても、アホみたいな安い値段でしか売れないのだ。
どの装備の買い取り価格も10Gなのだから、一番安いヘッドギアの材料費で換算しても、1/20以下の値段である。
オオダンゴムシを倒すと10Gの殻を必ず落としてくれるし、クエストで農夫に10個渡したら100Gくれるわ!
そんな値段で誰が売りに出すものか!
出品されているのかが気になって、何度もグランパゴスのオークションを見てみたが、6人しかいない限界集落のような大陸で、俺しか倒していないモンスターのアイテムがオークションに出品されているはずがないし、オオダンゴムシと銘打ったアイテムに、高額な値段がつくわけも無いだろう。
アンゴール大陸のオークションを見て出品されているようなら、値段を見てから出品してもいいとは思っていたが、あまり期待はしてはいなかった。
「貰ってもいいの!」
ウィリーはアーマーを手にしながら、そう言って喜んだ。
「着てみろよ。」
「うん!」
俺がそう言うと、ウィリーは喜んで鎧を着た。
「なんだこれ!すごく軽くて動きやすいね!」
「そんなに軽いのか?」
「すっごく軽いよ!」
ウィリーは嬉しそうに言った。
残念ながら俺には、装備やアイテムやの重さを感じる事が出来ないが、ウィリーがそう言うのなら、よっぽど軽いのだろう。
「そらよかったな。ついでにこいつもやるよ。」
俺はそう言って
1本のショートソードをウィリーに渡した。
「え!これもくれるの!」
「気にしなくてもいい。どっちも余ってるやつだ。」
「ありがとう!これも軽いね!」
ウィリーはショートソードを手にしながら言った。
ウィリーに渡したショートソードは、俺がパゴスオオクワガタの顎から作ったもので、切れ味はそこそこだが、耐久力が高くて扱いやすい。
ウィリーは嬉しそうに、ショートソードを振り回していた。
「またモンスターが釣れたぞ。」
俺はタコのような緑色の小さなモンスターを釣り上げながら言った。
このモンスターの名前は「グリーンハッチャン」というふざけた名前で、釣れても誰も喜ばないし食わない。
この世界の住人はタコはあまり食べないとウィリーが言っていたが、俺だって緑色のタコなんて食いたくないな。
それにしてもタコ焼きの美味さを知らないとは、ずいぶんとかわいそうだな。
「やってみるよ!」
ウィリーはそう言って、グリーンハッチャンへと向かっていった。
やがて俺達の当番の時間になり、俺達は警備に付いたが、ウィリーは俺のそばから離れようとはしない。
俺達が見回りをしていると、Dから通信会話が入ってきた。
「仲良くやっているようだな。」
「なんだD。茶化すつもりか?」
「そんな気は無い。仲良くやってるのを見て言っただけだ。」
「ガラじゃないか?」
「そうは思っていない。ロックの新しい一面が見えたようで驚いただけだ。装備まで与えたのはびっくりしたがな。」
「相変わらず目がいいな。」
俺はそう言って笑った。
「NPCに愛情が湧いたか?」
「愛情?良くわからないが、弟がいればこんな感じなのかなって思ってな。」
「なるほど…。ロックに一つ頼みがある。」
「頼み?珍しい事を言うな?」
「茶化しているのか?」
「そんな気はないな。で、頼みってのはなんだ?」
「俺が一緒に飲んでいた親父がいただろう?」
「あの気のよさそうな親父さんの事か?」
「そうだ。あの親父に目を配って欲しいんだ。」
「そっちこそNPCに情が湧いたのか?」
「好きに思ってくれても構わない。俺もその子に目を配る。それでどうだ?」
「わかった。俺もDの新しい一面が見えた気がするよ。」
「そんなに大層な事か?このことはお互い内緒って事でいいよな?」
「わかった。」
「くれぐれもよろしく頼む。」
Dがそう言って通信が切れた。
Dの言いたい事は俺にもよくわかる。
確かに相手はNPCなのだから、死のうが生きようが気にする必要はないだろう。
イベントこそ起こってはいないが、何かのクエストにつながるかも知れないから、殺さないようにしようと考えるのもおかしな話ではないが、だからと言ってアイテムまで与える必要はないだろう。
Dはそう考えて、死なせないようにしているのかも知れない。
こっぱずかしいので他人には言えないが、正直な話俺は、NPCとはいえ家族の為に危険な用心棒をやっている、ウィリーには死んで欲しくはないと思っている。
Dもあの親父に対して意外と似たような感情を持っているのかも知れないが、普段から無口なDの気持ちはよくわからない。
『確かにおかしな行動かも知れないな。』
俺はそう思うとおかしくなってきた。
『肩入れし過ぎかな?』
俺がそう思って笑うと、ウィリーが俺に尋ねてきた。
「何が面白いの?」
「いや、ちょっと思い出し笑いをしただけだ。」
俺がそう言って笑った時だった。
「うわぁぁぁぁぁー!」
突然、用心棒の叫び声が聞こえてきた。
「なんだ!」
俺はそう言うと、ウィリーと同時に叫び声のした方向を見た。
「行くぞ!」
「うん!」
俺達は叫び声の方に向かって走った。
「なんだこりゃ!」
俺は思わず声をあげた。
無数の黄色いタコが、わらわらと甲板に上がってきていたのである。
用心棒達は一生懸命武器を振りまわしながら、応戦している。
『イエローハッチャン?』
モンスターの名前を見て俺は首をかしげた。
イエローハッチャンは口から黒いスミを吐きながら、用心棒達に襲いかかる。
グリーンハッチャンよりも好戦的で、戦闘力も高いようだ。
「ウィリー!俺より前に出るなよ!」
「うん!」
俺は矢筒から3本の矢を引き抜くと、「銀鹿の弓」と名付けたDから貰った弓に矢をかけ、すばやく弓を引いた。
『速い!』
グリーンハッチャンに向かって放った、3本の矢のスピードを見て俺は驚いた。
矢は今までの倍ほどのスピードで飛んでいったのだ。
『ということは、飛距離も伸びているという事か?』
俺は矢を連射しながら思った。
俺 「やべぇ!タコがうようよ出て来やがった!」
ベッキー 「タコ?」
カーミラ 「タコ!」
エドワード 「タコか。」
「タコかよ~。出番がなさそうじゃねぇか~。」
アンサーは残念そうに言った。
格闘家のアンサーはタコが苦手である。
パゴス大陸にいる「パゴスオクトパス」という、人よりも大きいタコを相手に戦いを挑み、命からがら逃げた事があるらしい。
何せ相手はタコである。
いくらぶん殴っても、ダメージが通らなかったのだ。
しかもパゴスオクトパスは執拗にアンサーを追い回し、タコは一度に数回攻撃をしてくるのだから、HPは嘘みたいなスピードで減っていく。
こっちのダメージは通らず、向こうのダメージはとんでもないスピードで通るワンサイドゲームなど、勝敗は目に見えているではないか。
それを悟ったアンサーは必死で逃げたのだが、パゴスオクトパスのしつこい事しつこい事。
移動速度が遅いのである程度走って逃げたアンサーが体力を回復していると、一分以上経ってからいきなりタコのやつにポカリとやられたのだ。
「嘘だろ~!」
アンサーは慌てて走り出すと、後ろも見ずに近くの村へと逃げ込んでなんとかタコを振り切ったのだが、この一件がアンサーにとってはトラウマとなり、タコに対して強烈な苦手意識が生まれたのだ。
ちなみにパゴスオクトパスは、どのジョブに対しても弱点が見あたらない。
遠距離だろうが近距離だろうが、とんでもない飛距離と命中率を誇るスミを吐いて、相手の視界を奪ってしまうのである。
目の前が真っ暗になっているのに、攻撃など当たるはずがない。
俺も何度か戦って倒すコツを覚えたが、あまりメリットがないのでそんなには狩ってはいないのだが、もちろん倒し方は誰にも教えていない。
アンサー 「げ!なんつー数だよ!」
ベッキー 「めちゃくちゃいるわね!」
カーミラ 「やだー!岩場のフナムシみた~い!」
エドワード 「美しくない…。」
PTメンバー全員が甲板に出てきた時には、数え切れないほどのグリーンハッチャンがいて、甲板の床が見えなくなっていた。
「いいかウィリー。もしも俺に向かってくるタコがいたら倒してくれ。さっきと同じで、斬るんじゃなくて突くんだぞ。」
俺はわらわらと湧いて出てくる、ハッチャンを弓矢で撃ちながら言った。
本来なら甲板ではなく、もっと高い位置から撃ちたいのだが移動する暇などない。
射撃というのは高い位置から、低い位置に向けて行う方が当たりやすいのだ。
「うん!わかった!」
ウィリーはそう言ってソードを構えると、俺の右横に並んだ。
なかなか頼もしくなってきているじゃないか。
「スミには気をつけろよ。」
「わかったよ!」
「少し下がるぞ。」
俺は弓矢を放ちながらそう言うと、少しづつ後ろに下がっていった。
「なんだなんだ?嘘みたいにダメージが通りやがるぞ?」
アンサーは襲いかかるハッチャンを手当たり次第にぶん殴りながら、違和感に包まれていた。
アンサーにぶん殴られたハッチャンは空中を吹っ飛び、地面に叩きつけられるとピクリとも動かなくなり、わずかなゴールドがチャリンチャリンと降ってくる。
『ヌメヌメとして気持ちが悪い!』
エドワードは、心底嫌そうな顔でハッチャンを斬っていく。
この男の美意識というやつは、きっとどの山よりも高いんだろうな。
『倒すのは楽だが、経験値もゴールドもたいした事なさそうだな。なんて非効率なんだ。』
どうやら効率厨でもあるようだ。
『まいったな~。属性魔法が使えな~い。』
カーミラは魔法を封じ込められて参っていた。
火魔法を船の上で使えば間違いなく火事になる。
それは海賊船の時に実証済みだ。
かといって、海洋生物に水魔法などなんの役にも立たないし、土魔法が効果的かどうかもわからない。
ヘタをすれば土の重みで船が傾くかも知れない。
風魔法で吹き飛ばしたところで、タコを海に落としてなんになるのか?
すぐに何もなかったような顔をして戻ってくるだろう。
貫通の風魔法もあることはあるが、スキルの高い魔法なのでMPの消費量が激しいし、貫通の範囲魔法までは持っていない。
ならば雷はどうか?
雷を落としたらタコどころか、NPCやPTメンバーにも被害が出るだろうし、ヘタをすれば船まで燃えるだろう。
『これだけの数とNPCまで入り乱れてたら、属性魔法なんて使えないよ~。』
カーミラは頭を抱えてしまった。
「とりあえず回復に回るか~。」
カーミラはそう言うと、ヒールを唱え始めた。
『スーキルアップ!スーキルアップ!ヤッホー!ヤッホー!』
ベッキーはニコニコしながら癒し魔法を唱え続ける。
なにしろ、今までは最大で6人しかヒールをかけられなかったのが、今はその4倍の人数にかけられるのである。
クエスト関連のNPCであればNPCに魔法を使っても少しはスキルが上がるみたいので、ベッキーからすれば嬉しいに決まっているではないか。
「いたいのいたいの飛んでいけ~!」
ベッキーはごきげんでヒールを唱え続けた。
『キリがないな…。』
Dはそう思いつつ鞭を振りまわしながら、飛びかかってくるハッチャン達を、次々と甲板に叩き落としていく。
そのスピードはナイフを振りまわすよりも遥かに速く、あっという間にハッチャン達は甲板に叩きつけられていく。
鞭は基本ジョブの中で唯一、冒険者が使える武器であり、Dはかなりの名手である。
俺も鞭のスキルは上げてはいるが、Dは俺よりも遥かにスキルが高いだろう。
他のメンバーは…。
多分育ててはいないと思う…。
しばらく戦い続けているとイエローハッチャンは湧かなくなってきて、ひと安心かなと思った時だった。
突然ムービーが始まったのである。
ベッキー 「これって…。」
カーミラ 「まさか…。」
アンサー 「ひょっとして…。」
エドワード 「ここからが…。」
俺 「イベントなのか?」
D 「らしいな…。」
イベントムービーの中で、イエローハッチャン達は突然2本の足を上げると、なにやら奇妙な踊りのように足を上げ下げし始めた。
『なんだ?』
俺はイベントムービーを見ながら首をひねった。
すると突然ザバーン!という大きな音と波飛沫をあげながら、海面から巨大な黄色いタコが現れた!
ベッキー 「うそ~!」
カーミラ 「なんて大っきなタコ!」
アンサー 「大きいにも程があるだろうが!」
エドワード 「醜い…。なんて醜いんだ…。」
俺 「こりゃあ、やばそうだな…。」
D 「さすがにやばいな…。」
身の丈5m以上はありそうな巨大なタコの「グレートイエローハッチャン」が船のへりに足を巻きつけながら甲板に上がろうとすると、甲板にいたイエローハッチャン達は次々と海へと飛び込んでいった。
いじめられたから、かーちゃんに言いつけたとでも言いたいのだろうか?
冗談じゃない!
他人の家に土足で上がり込んできたのは、てめぇらの方だ。
押し売りにしても度が過ぎているだろう。
「なんだあの化け物は!」
「あんなにでかいのは見たことがないぞ!」
「どうすりゃいいんだ!」
用心棒達は口々に叫びながら恐れおののき、ジリジリと後ろに下がっていく。
「ウィリー!お前も急いで下がれ!巻き添えを食っちまうぞ!」
俺は弓を構えながら叫んだ。
「うん!」
ウィリーはそう言って頷くと、グレートイエローハッチャンを見据えながら、ゆっくりと後ろに下がっていく。
アンサー 「どうする?」
エドワード 「俺とお前で前に出るしかないだろう」
ベッキー 「回復は任せて!」
カーミラ 「私も回復に回る。」
D 「俺とロックで弓を撃つ。ベッキーとカーミラは、アンサーとエドワードの回復に専念してくれ。」
ベッキー 「わかったわ!」
カーミラ 「わかった!」
俺 「とりあえずNPCを避難させるぞ。」
「みんな下がってくれ!俺達でやる!」
俺がそう叫ぶと、用心棒達は急いで後ろに下がっていった。
「ちくしょう!やるしかねぇか!回復は頼んだぜ!」
アンサーはそう叫ぶと、グレートイエローハッチャンの前に躍り出た。
「切り刻んでタコブツにしてやる!」
エドワードもそう言ってグレートイエローハッチャンの前に躍り出る。
こうして俺達のPTと、グレートイエローハッチャンの戦いが幕を開けた。
グレートイエローハッチャンはアンサーを標的に捉えると、寿司にしたら何人前になるか、想像も出来ない程大きな足を振り下ろした。
「なめるなタコ!」
アンサーはそう言って襲い来る足を真っ赤な拳で弾くと、グレートイエローハッチャンの足は大きく弾かれた。
「いける!」
アンサーがそう言った途端、すかさず別の足がアンサーに襲いかかった。
「おらぁ!」
叫び声とともに、アンサーは再び襲ってきた足を、力いっぱいぶん殴って弾いた。
「私にもやらせてもらおうか!」
エドワードはそう言って弾かれた足に斬りつけたが、エドワードの一撃は足の表面に軽く傷をつけただけだ。
俺はすかさず弓を引いた。
ヒュンヒュンヒュン!
放たれた3本の矢は足に命中したが、グレートイエローハッチャンは平然と足を動かしている。
ダメージはないようだ。
「木の矢じゃ効果なしかよ!」
ヒュンヒュンヒュン!
俺がそう叫んだ時、Dの放った3本の矢がグレートイエローハッチャンの足を見事に貫通すると、グレートイエローハッチャンの足がうねうねと動き始めた。
同時にグレートイエローハッチャンのHPゲージがかなり減った。
どうやらそこそこのダメージはあるようだ。
続けざまに放たれた矢を受け、アンサーを攻撃していたグレートイエローハッチャンの2本の足がちぎれると甲板の上でのたうちまわった。
同時にグレートイエローハッチャンのHPゲージがグンと減った。
俺 「すげぇ!鉄の矢か!」
D 「そうだ。」
「もったいない気もするが、背に腹はかえられないな!」
俺はすかさず鉄の矢に持ち替えると、グレートイエローハッチャンに向かって鉄の矢を放った。
俺の放った鉄の矢はグレートイエローハッチャンの足を貫通し、グレートイエローハッチャンは声こそ出さないが、それなりのダメージを受けたようだ。
グレートイエローハッチャンのHPゲージが、さらに減っていく。
しかしその間もグレートイエローハッチャンは足を変えてアンサーを攻撃し続けており、アンサーは全ての攻撃を弾き返し続けている。
「こうなりゃ根比べだ!とことん付き合ってやるぜ!」
アンサーはそう言ったが、アンサーのHPは少しづつだが減っていっている。
完全に対抗出来ているわけではないようだ。
エドワードはエドワードで1本の足を的に絞り、何度も何度も斬りつけている。
俺とDはこれでもかと言わんばかりに、グレートイエローハッチャンに矢の雨を降らしていくが、いかんせん矢には限りがある。
しかも貴重な鉄の矢とくればその数は心許ない。
「D!鉄の矢は足りてるか?」
「もう半分無くなった。」
「奇遇だな。俺もあと半分てとこだ。ゲージを見るとギリギリってとこかな?」
「そんなところだろうな。」
俺とDが話をしながら矢を放ち続けていると、エドワードが3本目の足を切り落とした。
「あと5本!」
エドワードはそう言って次の標的を探す。
「エド!こいつは今、2本の足で船にへばりついているわ!狙うならそこよ!」
ベッキーは一角獣の杖を振りかざし、アンサーを癒ししながら叫んだ。
「よし!」
エドワードはそう言って走り出した。
よく見ればエドワードの武器が、ソードから両手斧に変わっている。
「なんやなんや!どないしたどないした!なんぼでもかかってこんかーい!」
アンサーはものすごいスピードで、グレートイエローハッチャンの足を弾き返しながら言った。
ベッキー 『関西人だ!』
カーミラ 『関西人だったんだ!』
エドワード 『関西人だったのか。』
俺 『関西弁だ。』
D 『関西弁だな。』
アンサーはひたすら攻撃を弾き返し、エドワードは足に両手斧を叩き込み続ける。
ベッキーとカーミラは代わる代わるアンサーに癒しの魔法を唱え、俺とDは鉄の矢を撃ち続けながら、ジリジリとグレートイエローハッチャンを追い詰めていった。
しかしどう考えてもツメが足りない。
このままでは、最後まで押し切る事は出来ないだろう。
D 「カーミラ。アローウィンドは撃てそうか?」
カーミラ 「MPはあるけど、一発撃ったら次撃つのには時間がかかるよ?」
D 「詠唱には時間はかかるのか?」
カーミラ 「チャージに時間はかかるけど、詠唱にはそんなに時間はかからないな~。」
D 「それなら俺が合図を出したら、すぐに撃てるようにしてくれ。」
「わかった。」
カーミラはそう言って、黒檀の杖を両手に持つと天高く杖を掲げ、グレートイエローハッチャンに向けた。
「俺はこれがラストだ!」
俺は最後の矢を放ちながら叫んだ。
「こっちはあと三回。カーミラ、魔法の準備をしてくれ。」
「わかった!」
カーミラがそう言うと、カーミラの黒いローブの裾がゆっくりとはためき出した。
アンサー 「うりゃー!」
エドワード 「くらえー!」
「俺もこれで最後だ。頼むカーミラ。」
Dがそう言って矢を放つとカーミラが叫んだ。
「風よ!貫けー!」
カーミラの叫びと同時に、黒檀の杖の先の周りの空気が渦を巻き始め、ものすごいスピードで回転する小さな球のようになったかと思うと
ブォン!
という音をたてながらグレートイエローハッチャンに向かって飛んでいった。
球はグレートイエローハッチャンを貫き、あっという間に海の向こうへと飛んでいった。
体を貫かれたグレートイエローハッチャンはHPゲージが0になり、急に動きを止めるとスローモーションのように、ゆっくりと後ろに倒れていった。
バシャーン!
グレートイエローハッチャンは現れた時よりも、大きな音と飛沫をあげながら海の中へと沈んでいく。
カーミラ 「うそ…。すごく威力があがってる…。」
ベッキー 「すごい…。」
アンサー 「すげぇな…。」
エドワード 「マジか…。」
俺 「なんて威力だよ…。」
D 「…。」
ピロリン!
という音がして「『海坊主の討伐者』の称号を得ました。」画面に文字が浮かび上がった。
アンサー 「海坊主?」
ベッキー 「ダサい…。」
カーミラ 「ダサいわ…。」
俺 「ダサいな…。」
エドワード 「美しくない…。」
D 「…。」
俺達はそう言って黙り込んだ。
ウオォォォォー!
用心棒達は一斉に声をあげた。
「すげぇなあんたら!」
「あんな化け物を倒しちまったぜ!」
「信じられねぇ!」
「すげぇよ!あんたらすげぇよ!」
一気に沸き上がる歓声の中、ウィリーが俺に向かって駆けよってきた。
「すごいよ兄ちゃん!すごいすごい!」
ウィリーはかなり興奮している。
「ケガはないか?」
俺はそう言ってウィリーの頭を撫でた。
「ケガなんかしてないよ!ありがとう兄ちゃん!」
ウィリーは目を輝かせながら俺を見ている。
なんだか照れくさくなった俺はDを見ると、Dにはあの親父が笑顔を浮かべながら抱きついていた。
Dもどうやら照れているようだが、あんなDを見たのは初めてだったので驚いたのだが、他のメンバー達を見れば、全員の周りにも用心棒達が集まっている。
アンサー 「ベッキー。カーミラ。ヒールをくれ。」
ベッキー 「りょうか~い。」
カーミラ 「喜んで~。」
二人はそう言って、アンサーにヒ癒しのシャワーを浴びせた。
交代の時間を過ぎていたので俺達が部屋に戻ると、ウィリーは緊張が解けたせいかすぐに寝てしまい、甲板に残っていたはずのアンサーとカーミラが帰ってきた。
「どうしたんだ?二人揃って忘れ物か?」
俺が二人に尋ねると、二人は黙って床に座り込んだ。
「なんかよぉ~、俺達が甲板にいたらよう…。」
アンサーは珍しく歯切れが悪そうに言った。
「疲れているだろうから、ゆっくり休んでてくれって…。」
カーミラもモジモジとしながら言った。
「なにかあったらすぐに呼ぶから、それまでは休んでてくれって、みんなが言ってくれてよう…。」
アンサーはそう言って頭を搔いた。
『これは本当にゲームなのか?まるで現実…。いや、それ以上じゃないか?』
俺はその時そう思った。
俺 「それなら、甘えさせてもらえばいいじゃないか。」
D 「そうだな。」
ベッキー 「甘えちゃいなよ。でもさ~。あれだけ苦労してドロップ無しなんてひどくない?」
カーミラ 「そう言われればそうだね。」
エドワード 「それもそうだな。死体は残っていたかが、あんな醜いものはいらん。」
グレートイエローハッチャンの死体は、かなり不評だった。
俺達以外は、誰もグレートイエローハッチャンを見ようともせず、露骨に顔を顰めながらバラバラになった死体を、海に放り投げていたのだ。
D 「あれだけのモンスターを相手にして、一人もパゴスに戻らなくて済んだんだ。それだけでも充分じゃないか。」
俺 「それもそうだな。」
ベッキー 「そうね。」
カーミラ 「それもそっか。」
アンサー 「だな。」
「このメンバーが揃っていない状態で、同じ目に遭う事を考えたらなぁ…。」
エドワードの言葉に俺達はゾッとした。
想像すらしたくないのが、みんなの本音だろう。
こうして俺達の2日目の船旅が終わったが、「もうこれ以上はモンスターを見たくないね~。」とベッキーが笑いながらそう言い、俺達も「さすがにこれ以上はないだろう~。」なんて言って笑っていたのだが、三日目の昼過ぎになると、今度はでっかいイカが現れた…。




