第2話 「いざ、アンゴール大陸へ」
それから俺達はアンゴール大陸に向かうための打ち合わせをした。
俺達が受けたクエストの名前は「荷物を守れ」というもので、アンゴール大陸に向かう貿易船の荷物を、略奪されないように守るのが内容だが、初めて受けたクエストである。す
どんなモンスターや敵が現れるかはわからないので、俺達は海洋モンスターや海賊などを想定して、バランスのいいPTを組む事にした。
なぜなら船の中だと、ジョブチェンジが出来ないので、モンスターに合わせて臨機応変に対応する事が出来ないからだ。
ジョブチェンジをする方法は二つあり、ホームポイントでジョブチェンジをする方法と、テントの中でジョブチェンジをする方法の二つなのだが、船の中ではテントは使えないから、ジョブチェンジは出来ないのだ。
エドワード 「で、ジョブはどうする?」
アンサー 「俺は格闘家でいくぜ!」
ベッキー 「それ以外は出来るの?」
アンサー 「前衛なら任せろ!」
カーミラ 「うわっ!脳筋アンサー降臨!」
アンサー 「そんなに褒めるもんじゃねぇよ~。」
カーミラ 「誰が褒めたか。話はちゃんと聞け。」
ベッキー 「脳筋はほっといてさ、エドはどうするの?」
エドワード 「私は戦士に決まっているだろう。私には華麗なる剣捌きこそが、ふさわしいのだよ…。」
カーミラ 「う~わっ!ナルシーエドまで出てきたよ!」
ベッキー 「私は僧侶でいいよね?」
アンサー 「当然だ。」
エドワード 「それがよかろう。」
カーミラ 「ベッキーに他に選択肢はないよ?脳筋のせいで、全滅なんてしたくないからね…。たとえ全滅しても、私だけは生き残るけどね…。」
アンサー 「だから褒めるなって~。」
カーミラ 「だから褒めてないっつーの。ちゃんと話を聞けっつーの。」
エドワード 「こんなに美しくない奴と一緒にされるのは心外だな。」
『ハッハッハ。カーミラは本当に正直なやつだなぁ。アンゴール大陸に行っても大丈夫か?』
俺はカーミラがささいな事でプレイヤーと喧嘩になり、アンゴール大陸でPKされるんじゃないかと心配になってきた。
カーミラ 「私は僧侶じゃなくて、魔術師でもいいんだよね?」
アンサー 「いいんじゃないか~?」
エドワード 「構わんだろう。」
脳筋とナルシストは、あまり興味がないようだが、無理もない。
この二人は前衛しかやらない筋金入りの前衛だから、多分自分のMPゲージを見たこともないだろう。
二人が魔法を使っているところも、見たことがないからな。
なんて頼りになる前衛だろう。
感動のあまり思わず泣いてしまいそうだ。
D 「カーミラは魔術師の方がいいだろうな。」
俺 「そうだな。遠距離攻撃は魔法の方が有効だからな。それに魔術師なら癒しも使えるからな。」
カーミラ 「じゃあ魔術師に決定。キャンセルはなしだからね。」
ベッキー 「後はロックとDね。どうする?」
俺 「物理遠距離攻撃が欲しいよな。」
D 「船の上での戦闘になるだろうから、小回りの利くジョブも欲しいな。」
俺 「ならDは小回りが利く探検家だな。」
D 「そうするとロックは、狩人になるぞ?」
俺 「それがベストだろうな。」
こうしてPT編成が決まった。
このPT構成なら、ある程度は対応出来るだろう。
しかしこの「荷物を守れ」というクエストほど、恐ろしくハードで面倒くさくて、えぐいクエストはなかった…。
まずこのクエストには報酬がない。
アンゴール大陸に行ける事自体が報酬なのだ。
しかもクエストに失敗した場合、PTメンバーは奪われた荷物を損害賠償するという形で、貿易船から降りる事が出来なくなり、強制的にクエストを受けさせられてしまい、今度はパゴス大陸へ向かう、貿易船の護衛をさせられてしまうのだ。
損害賠償と言われれば実に筋の通った話に聞こえるが、実際のところは体よく、パゴス大陸に強制送還されてしまうのである。
ちょっと考えてみて欲しい…。
一回に現実時間で4時間もかかるこのクエストに失敗すると、どうなってしまうかという事を…。
一回で成功すれば4時間ちょっとで終わるクエストだが、失敗すると帰りに4時間、再チャレンジしたらさらに4時間の合計12時間以上かかるのだ。
しかも失敗する毎に8時間づつ加算されていくのだから、失敗し続けると地獄のような、無限ループが完成するのである。
ホームポイントに戻るという選択肢もあるが、それをすると次にクエストを受けられるのは、現実時間で1週間後になるのだから、プレイヤー達が失敗したくないと思うのは当然だろう。
俺達は各々で出発の準備を終わらせると、約束の日には全員、港町スアレスの冒険者ギルドに集まったが、俺にはどうしてもやっておきたかった事があったので、グランパゴスを出るのが遅くなって、一番最後に港町スアレスに着いた。
冒険者ギルドに行くと、Dの言った通りにクエストが発生し、俺達は全員、無事にクエストを受ける事が出来たが、ここでいつもの一悶着が起きた。
アンサーとエドワードのケンカだ。
この二人は同じ前衛ジョブという事もあり、いつも些細な事でケンカになる。
なにせPKが可能なPioneer Sagaである。
いくら抑止力が働いているとはいえ、血の気の多い二人がいつ殺し合いを始めるか、わかったもんじゃない。
最初のうちは俺達もそう思って焦っていたが、何度もやられれば慣れてくるもんで、今では「またか。」ってなもんだ。
今回の揉め事の原因は「誰がリーダーになるか?」だったが、俺は別にリーダーなんていらないと思っていたが、もしリーダーを選ぶとしても、リーダーは僧侶のベッキーになるだろう。
後衛がリーダーをする方がチーム全体を見渡せるからなのだが、自由奔放な性格のベッキーはそういうキャラじゃないし、リーダーシップがある冒険家のDが一番向いているのだが、Dは前に出るキャラじゃないから多分、頼んでも断られるだろう。
「また揉めてるの~。」
冒険者ギルドの椅子に座りながら、オオダンゴムシの殻で作った胸当てを付けて上から白いローブを着たベッキーは、やれやれと言わんばかりの口調で言った。
冒険者ギルドのサロンには、俺達6人しかいない。大陸に6人しかいないのだから、当たり前ではあるが。
「リーダーなんて別にいらないじゃん。」
ベッキーの隣に座る、オオダンゴムシの殻で作った胸当てを付けて上から黒いローブを着たカーミラも、興味なさそうに言った。
「今回は重要なクエストだからな。失敗はしたくないだろう?」
深く椅子にもたれかかりながら、オオダンゴムシの殻の胸当てをして、腰にパゴスオオクワガタの顎から作った、ナックルをぶら下げたエドワードは静かに言った。
ドン!
「そうだ!誰も蘇生魔法を覚えてないし、蘇生アイテムも持ってないんだろ?しかも今回のクエストに失敗したら、強制的にパゴスに戻らされるんだぞ?そんなのはまっぴらごめんだぜ。」
オオダンゴムシの殻のアーマーを着たアンサーは、椅子に座りながら鼻息も荒くそう言って樫の木のテーブルを強く叩いた。
『要するにピンチになったら助け合おうって事だろう?それなら最初から素直に協力しあおうって言えばいいじゃないか。誰も見捨てたりはしないだろうしな。』
テーブルに肘をつきながら、俺はそう思ったが口にはしない。無駄な事はしたくないからな。
俺 「いつも通りに自己責任でよくないか?」
ベッキー 「そうよね~。今回ミスっても、チャンスはまだあるんだしさ~。」
カーミラ 「無理矢理リーダーを立てて、責任を押しつけなくてもいいんじゃない?これはゲームなんだよ?つまらない事でぎくしゃくしたくないな~。」
「そうだな。別に無理にリーダーを決める必要はないだろう。」
腕を組み、壁にもたれかかりながらDは静かに言った。
アンサー 「俺は今すぐにでもパゴスから出て行きたいんだよ!何回もクエストに挑戦するのも、1週間も待たされるのもごめんだぜ!」
エドワード 「その意見には賛成だな。」
ベッキー 「私は別に気にしないな~。」
カーミラ 「わたしも~。」
俺 「それも冒険だからな。」
アンサー 「けどよぉ。おまえらだって…。」
「いつも通り多数決を取ろう。リーダーを決める必要がないと思う者は挙手だな。」
Dがそう言うと、アンサーとエドワード以外の4人が手を挙げた。
D 「決まりだな。ここからは自己責任で恨みっこはなしだ。」
こうしてリーダーはなしで行く事になった。
アンサーとエドワードは苦虫を噛みつぶしたような顔をしていたが、俺達にとって多数決は1番大事なルールであり絶対厳守である。
二人もそれ以上は何も言わなかった。
俺達はスアレスの港に向かうと、アンゴール大陸行きの大きな船に乗った。
ベッキー 「思っていたより大きな船ね。」
アンサー 「一度に大量の物資を運びこむからな。これくらい大きくないとダメなんだろう。」
エドワード 「しかし大きなガレオン船だな。」
俺 「船に乗るのは生まれて初めてだ。」
カーミラ 「え?現実でも乗った事がないの?」
俺 「ない。」
カーミラ 「うそ!びっくり!」
俺 「そうかな?」
「カーミラ。ここじゃあ現実の話は御法度だぜ。」
アンサーは厳しい声で言った。
「ごめん…。」
カーミラは小さな声で呟いた。
「言いだしたのは俺なんだし、知られて困る事でもないから、気にしないでくれカーミラ。」
俺はそう言ってカーミラに向かって笑った。
「ありがとう。」
俺を見たカーミラも、そう言って笑い返してきた。
どんなMMORPGでも、プレイヤー同士は自分の情報を教えたり、交換したりする事はあまりない。
過去に犯罪に使われた事例が多数あり、大きな社会問題に発展した事があるからなのだが、現実とMMORPGを区別するために情報を交換しない人も多い。
これはゲーム内だけではなく現実世界でも同じで、特に情報が重要視されるPioneer Sagaでは、当たり障りのない情報の交換しか行われない。
なにしろ運営がなんの情報も流さないのだから、プレイヤーもそういう方向に流されていくのだ。
中にはゲームの中で恋愛関係になり、四六時中ベタベタしているカップルもいるが、そういうカップル同士なら情報交換をしている。
しかし情報を得るだけ得てから、ドロンするのもいるらしいから、気は抜けないのである。
ある意味プレイヤーは役者なのかも知れない。
現実世界を完全に切り離し、Pioneer Sagaという世界で、プレイヤーという役をそれぞれが演じているのだ。
出航時間の昼の12時になり、船がスアレスの港を出ると、俺とDは荷物の警備についた。
これから現実時間で四時間ほどの船旅が始まるのだが、警備は一日3交代でする事になった。
この世界の一日は現実時間で一時間だから、一回の警備が20分である。
俺達はチームを3つに分けて、警備につくことにしたのだ。
まずは俺とDが夜の8時まで警備につき、次の8時間はアンサーとカーミラが。
そして最後の8時間は、エドワードとベッキーが警備につくのだ。
警備につくと言っても、残りの時間はNPCから情報を得たり、鍛冶や錬金などのスキル上げに使ったりする事になるだろう。
時間をムダにする気などさらさらない。
俺が目の前の海を双眼鏡で見ると、空には鳥の群れが飛び、明るい日差しを浴びる海面がキラキラと光っていた。
俺は双眼鏡を外して周りを見渡すと、周りには腰に武器を下げた、NPCの用心棒達が何人かいる。
装備を見る限りは、あまり強そうには見えなかった。
アンゴール大陸にある「港町ディアン」とパゴス大陸の「港町スアレス」を結ぶ、この「カーバンクルテイル号」と言う名前の船は、普通の帆船よりかなり速い。他の船と比べても三倍は早いだろう。
あとでわかったのだが、「魔石」と言う魔力がこもった石を、石炭のように炉にくべて動かしているから速いらしい。
これで煙が出れば蒸気船だな。
俺は警備をしながら、NPCの一人一人に話しかけた。
「良い天気だな。」
「兄ちゃんは酒をやるのかい?」
「サイコロはどうだ?」
「アンゴール大陸は初めてなのか?」
NPC達はそれぞれ笑顔で話をしてくれたが、その中でも一番最後に話しかけた、成人してまだ間がないであろう少年が、いくら話かけても無言のままムスッとしていたのが気になったが。
少年は年の割には、年季が入ったショートソードを腰に下げており、皮の鎧や盾もはげや色落ちが目立つ。
サイズも大きいようだ。
少年は俺がいくら話しかけても何も言わなかったが、別に腹が立ったわけでもなかったので、気にせずそのまま警備に戻った。
「そっちの様子はどうだ?」
俺が警備をしていると、PT会話でアンサーの声が聞こえてきた。
俺 「異常なしだ。」
D 「問題ない。」
ベッキー 「こっちも船員から話を聞いてるけど、有力な情報はないわ。」
カーミラ 「くだらない世間話ばっかりね。」
ベッキー 「あとはナンパね。」
カーミラ 「私はナンパはされてないなぁ…。なんかムカつくわね…。」
俺 「こっちも世間話ばっかりだな。」
アンサー 「このゲームの開発者は、よっぽど秘密が好きなんだな。ちょっとくらいアンクル大陸の情報をくれてもいいだろうに、誰も何も教えてくれねぇじゃねぇか。」
D 「怒ってもしかたがない。とりあえず全員のNPCと話をしよう。」
俺 「そうだな。」
俺達の警備が終わりアンサーとカーミラと交代した後、大部屋に戻ると食事が用意されていた。
トレーには固くて黒いパンと、大きなソーセージが入った木皿、具が少ないスープの入った器が乗っているが、ビタミンもミネラルもあったもんじゃない。
『食ってもいいんだけど、これじゃあたいした強化もかからないだろうしなぁ…。』
食べるかどうか悩んでいる俺の隣で、少年がものすごい勢いでソーセージを挟んだパンにかじりつき、スープを飲んでいる。
その豪快で見事な食いっぷりを見ながら、俺はいたく感心した。まさに生きるための食事だろう。
少年はあっという間に食事を平らげた後、じっと俺の顔とトレーを見比べた。
物欲しそうには見えないので、飯を食わない俺が不思議なのだろうか?
俺が黙って少年のトレーを俺のトレーと取り換えると、少年は体をビクッとさせたあと、じっと俺の顔を見た。
プレイヤーは食事を摂らなくても問題はないし、摂っても強化になるだけだ。
それより俺は少年の食いっぷりが気に入ったのだ。
もう一回見てみたい。
俺は無言のまま顎をすくった。
それを見た少年は黙って食事に突撃し、パンとソーセージとスープは瞬く間に少年の胃袋に収まり、食べ終わった少年は俺に向かって、少しだけ口元を緩めた。見事な食いっぷりだ。
俺は少年に向かってニカっと笑うと、空になったトレーを持って立ち上がり、ゆっくりと部屋から出ていった。
部屋を出た俺は、甲板に出てNPC達と話をして回ったが有益な情報は手に入らず、なぜか少年が俺の後ろを付いてきた。
用心棒のたむろする大部屋に戻ると、中では用心棒達が酒を飲んだりサイコロ博打をしたりして、各々の時間を楽しんでいる。
「兄ちゃん!こっちに来て一緒にどうだい?」
そう言ってハゲ親父が、酒瓶を掲げながら気さくに声をかけてきた。
隣にはDがいて、二人で一緒に飲んでいるようだ。
「ありがとう。気持ちはありがたいけど、酒はからきしなんだ。」
俺はそう言うと、腰の革袋からバイソンジャーキーを取り出し親父に渡した。
バイソンジャーキーは食べると、STRがアップする食べ物で俺の常備食の一つである。
酒のつまみくらいにはなるだろう。
「お!いいのかい?すまねぇな兄ちゃん。ありがたく頂くとするぜ!」
親父はそう言って嬉しそうに笑い、Dは俺に向かって片手をあげた。
俺も手を挙げて挨拶をすると部屋の隅まで行き、壁にもたれかかりながら腰を下ろすと、少年も慌てて俺の隣に腰を下ろした。
「食うか?」
俺はそう言って、バイソンジャーキーをポケットから取り出し少年に差し出した。
「貰ってもいいの?」
少年は初めて言葉を口にした。
「あぁ。スープに入れて食べてもうまいぞ。」
味がわからない俺は適当な事を言った。
いくらリアルなPioneer Sagaでも、痛みはもちろんの事、食感や味、香りまでは体感出来ない。
「食え食え。」
俺がそう言うと少年は「ありがとう。」と言って、大切そうに腰の革袋の中にバイソンジャーキーをしまった。
「なんだ?腹は減ってないのか?」
俺が少年に尋ねると、少年は言った。
「持って帰って妹達に食わせてやるんだ。」
「妹がいるのか?」
「3人いる。」
「3人もいるのか?」
「兄妹は全部で7人いる。」
「7人!兄妹が7人もいるのか!」
俺は驚いた。ずいぶんと子だくさんではないか。
「7人は普通だよ。」
「普通なのか?」
「隣のサムん家は10人いるよ。」
「そっか…。それじゃあ土産には足りないだろう。」
俺はそう言って革袋からバイソンジャーキーを五つ取り出すと少年に渡した。
「こんなにもらってもいいの?」
少年はバイソンジャーキーをじっと見つめながら言った。
「気にするな。持ってけ。」
材料のバイソンの肉はいっぱい持っているし、調理スキルを上げるついでに、また作ればいい。
「ありがとう!」
少年はそう言ってバイソンジャーキーを革袋に入れた。
「名前はなんて言うんだ?」
「ウィリー。」
少年がそう言うと、少年の頭の上にウィリーという文字が浮かんだ。
NPCの名前を知ると、頭の上に名前が浮かぶようになるのだ。
そのおかげで、NPCの名前を間違う事はないのだが、誰だったっけ?という事は多い。
「お兄ちゃんの名前は?」
「ロックだ。」
それから俺はウィリーと話をした。
ウィリーはアンゴール大陸の農家の出で、家族を食べさせるために用心棒になったのだが、今回が初仕事らしい。
ウィリーの父親はすでに亡くなっており、農家の方は一番上の兄夫婦が継いで、ウィリーは手伝いをしているのだが、今年は不作で生活が厳しいので知り合いのツテを頼って、出稼ぎに出てきて用心棒になったらしい。
用心棒は命を張った仕事なので、ギャラがかなりいいそうだ。
「兄ちゃんは冒険者だろ?強いのか?」
ウィリーが俺に尋ねてきた。
「さぁ?どうだろうな?」
俺はそう言って肩をすくめた。
「兄ちゃんはどこの出身なんだ?アンゴール大陸か?」
「俺はパゴス大陸の出身なんだ。」
「そうなのか?モンスターと戦うのは怖くないのか?」
「怖くはないな。」
俺はそう言ったが、ゲームなのだから怖いはずがない。
だが俺はそう思ったと同時に違和感を覚えた。
ウィリーや親父は他のNPCとは違い、まるでその場で話をしているかのように会話が成立しているのだ。
普通はNPCとはそんな事は出来ないし、イベントが起こっても俺は見ているだけで会話すらしない。
常に一方通行で、プレイヤーはただの傍観者なのである。
俺はウィリーとの会話を皮切りに、NPCとこういった会話をする事が増えたのだが、NPCでも相手によっては、ここまで複雑な会話が出来るのかとびっくりした。
「来やがった!海賊だ!」
俺とウィリーが話をしていると、突然アンサーの嬉しそうな声がPT会話で聞こえてきた。
「9時の方向!3本マストのガレオン船よ!」
カーミラも嬉しそうだ。
ベッキー 「すぐに向かうわ。」
エドワード 「わかった!」
D 「すぐいく。」
「了解。」
ドン!
俺がそう答えた瞬間、部屋のドアが勢いよく開いた。
「海賊船だ!3時の方角から海賊船が来たぞ!」
部屋に飛び込んできた男は、そう叫ぶとすぐに部屋から去っていった。
「おぉ!」
「おぉー!」
「いくぜー!」
用心棒達は声をあげると、自分の武器を手にしながら甲板に向かって走り出した。
俺がウィリーの顔を見ると、ウィリーは顔を強張らせながらショートソードの柄を握りしめていた。
「ウィリー。俺の後ろにいろよ。」
俺はウィリーにそう言うと、背中に背負った弓を引き抜きながら、甲板に向かって走り出した。
ベッキー 「カーミラは建物の上に上がって!私は下に降りるわ。」
カーミラ 「わかった!バンバン魔法を撃っちゃっていいのね!」
エドワード 「やつらが船を寄せてくる前に、魔法をバンバン撃ってくれ。」
アンサー 「こっちの船を燃やすなよ!」
カーミラ 「わかってるって!あのガレオン船をキャンプファイヤーにしてやるわ!」
俺 「俺も上がる。Dはどうする?」
D 「まずは下にいこう。」
アンサー 「てことは、上はカーミラとロックだな?回復は間に合いそうか?」
カーミラ 「二人ならなんとかなるわ。」
俺 「俺の事は気にしなくていい。自分でなんとかするから、せいぜいハデな花火を上げてくれ。」
カーミラ 「りょ~か~い。それよりベッキーの方は大丈夫?」
ベッキー 「4人ならなんとか。」
D 「私も回復はいらない。」
ベッキー 「3人なら余裕。」
建物の上に着いた俺はカーミラの元に向かい、近づいてくるガレオン船を見ながら、背中の矢筒から一気に、3本の矢を引き抜き弓にかけた。
俺達の周りには弓を構えた用心棒、黒いローブを着た魔術師が何人かいる。
俺達は遠距離攻撃部隊なのだ。
暗闇の中、松明の明かりに照らされながら、髑髏の旗をはためかせる海賊船の甲板には、かなりの数の人影が見えた。20人いるようだ。
俺は船にいる海賊達の顔を、一通り見ながら僧侶と魔術師を探す。
狩人の俺は暗闇でも夜目が効くので、海賊達の姿がよくわかるが、あれは間違いなく1週間は風呂に入っていないだろう。
見ているだけで臭いが漂ってきそうだが、匂いがわからなくてよかった。
カーミラはカーミラで、海賊船に向けてまっすぐと両手を伸ばしている。
「兄ちゃん!」
ウィリーは俺の後ろでショートソードを抜きながら言った。
「後ろから海賊がこないか、見ていてくれ。」
「わかったよ!」
ウィリーは海賊など来るはずがない方向に向かって、ショートソードを構えた。
「あれ?ロックはその子と話せるんだ?」
カーミラは魔法を撃つ構えをとりながら、不思議そうに俺に聞いてきた。
「あぁ。」
「私には無愛想だったのに。」
「そうなのか?それより射程圏内に入ったら、すぐに撃ってくれ。」
俺は3本の矢を引き絞りながら、カーミラに言った。
「照準補正よろしく~。」
カーミラは楽しそうだ。
俺の放つ弓とカーミラの火魔法を比べれば、火魔法の方が射程も速度もあって威力も高いが、命中率に関しては夜目が効く俺の方が高いから、補正を頼まれたのだ。
「任された。」
「それじゃあいっくよ~!ドンドンドーン!」
カーミラがそう言うと、カーミラの右手から立て続けに火球が3発飛び出した。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!
火球は海賊船の甲板にいる、海賊達めがけて飛んで行く。
火だるまになりながら踊り狂う海賊達。
いつみてもすげぇ威力だ。
『カーミラの火魔法のスキルは、絶対にMAXだな…。』
今のスキルでは、カーミラの足元にも及ばない俺はそう思った。
カーミラの火魔法をキャンプファイヤーだとすれば、俺の火魔法はせいぜいコンロの火ぐらいだろう。
「あら?一気に3人も倒しちゃったわ。あんまり経験値は入らなさそうだね。」
カーミラはそう言って驚いた。
「照準補正は必要なさそうだなカーミラ。あとは好きにやってくれ。そっちは任せた。」
「任された~。ドンドンドーン!」
火遊び好きの魔術師は放っておいて、俺は別グループの海賊達に向かって弓を引いた。
ヒュンヒュンヒュン!
一気に3本の矢が船に乗り移ろうとしている海賊達に命中し、海賊達は次々と海の中へと落ちていく。
俺は矢筒から3本の矢を引き抜くと、すぐさま弓にかけて放つ。
再び3人の海賊達に命中し、次々と海に落ちていった。
『本当に経験値が少なそうだな。』
俺は海賊達を倒しながら思った。
ヒュンヒュンヒュン!
俺は一度に3本の矢を放って、海賊達の体に命中させていく。
これが俺の持つ弓スキルの「三連射」だが、PTでこれが出来るのは間違いなく俺とDだけだ。
脳筋のアンサーは、弓は男らしくないと言って覚えようともしないし、エドワードは美しくないと言って覚えようとしないのだが、弓スキルは得られる経験値とスキルが意外に高い。
矢の消費量と材料費がかな~り痛いけどな。
それにしても、弓は魔法より効率が悪いな。
魔法をもう少し頑張っておけばよかったか?
俺はそんな事を思いながら弓を引いていった。
その頃、アンサーとエドワードは、乗り移ってきた別のグループの海賊達を相手に大立ち回りをしていた。
「かかってきやがれこの野郎共め!」
アンサーは海賊達を、手当たり次第にボコりながら叫んでいる。
「相変わらず野蛮な戦い方だな。ちっとも美しくない。」
エドワードはアンサーを見ながら、華麗な剣さばきで海賊達を倒していく。
「ちょっとちょっと!全然ダメージを受けてないじゃない!」
ベッキーは不満そうに言った。
「こんなへなちょこ海賊共にやられるかよ!」
海賊達をボコボコにしながらアンサーは言った。
「まるで歯ごたえがないな。これならイエローパゴスバードの方が遥かに強い。」
エドワードも余裕の発言である。
「つべこべいわずに、2,3発くらい殴られなさいよ!私がやさし~く癒してあげるからさ~。今からアンサーとエドは防御禁止ね!わかった?」
ベッキーは悪魔のような笑みを浮かべながら、悪魔のようなセリフを吐いた。
アンサー 『どこのお姫様やねん…。』
エドワード 『悪魔かよ…。』
カーミラ 『わあ~!正直者~!』
D 『…。』
PTにしばしの沈黙が訪れた…。
「それならNPCのHPを回復してやってくれないか?」
突然Dがそう言った。
「え!そんな事が出来るの!」
「試して見るといい。多分出来るはずだ。」
「やってみる。痛いの痛いのとんでけ~!」
ベッキーがそう言ってNPCに癒し魔法をかけると、NPCのHPが満タンになった。
「お~!いけるいける!HPが半分くらいになったら教えて。それまではNPCの回復をしているわ~。」
ベッキーは嬉しそうに言った。
「ずいぶんと適当だなおい。」
アンサーはそう言って笑った。
エドワード 「ところでDは何をしているんだ?」
D 「海賊船の中にいる。」
俺 「なんだって!」
アンサー 「いつの間に?」
エドワード 「本当か?」
ベッキー 「うっそー!」
カーミラ 「やるね~。」
「ある程度情報が集まったらまた連絡する。」
Dはそう言うと通信を切った。
俺達が戦闘を進めているとDから連絡が入った。
「そっちの様子はどうだ?」
俺 「D!こっちはそろそろ終わるぞ。そっちはどうだ?」
D 「今船長を倒した。もうすぐ海賊船に火を放つから、俺がそっちに戻ったらカーミラは海賊船に風魔法を当てて海賊船を船から放してくれ。」
アンサー 「なにぃ!」
エドワード 「なんだと!」
ベッキー 「やるわね。」
カーミラ 「さっすがね~。」
D 「土産もあるから楽しみにしていてくれ。」
アンサー 「金銀財宝でもあったか!」
D 「金目のものはなかったが。いくつか武器があったから持って帰る。」
アンサー 「楽しみにしているぜ。」
それからすぐに海賊船に火の手があがり、残ったわずかな海賊達は慌てて船に戻ろうとした。
『なんで燃えてる船に戻ろうとするんだ?そういう仕様なのか?』
俺がそう思っているとDから連絡が入った。
「カーミラ頼む。」
「おっけ~!風よ誘え!」
カーミラの放ったアローウィンドは燃えさかる炎を踊らせながら海賊船の帆に当たり、海賊船は船から離れていった。
だんだんと離れていく燃えさかる海賊船を見つめながら俺は考えていた。
『なんで海賊達は燃えてる船に戻ったんだ?』
海賊達を倒した俺達は部屋に集まった。
D 「NPCに被害は出なかったようだな。」
俺 「死人は出ていないし傷も浅かった。」
ベッキー 「私が治したから大丈夫よ。」
エドワード 「なんだ?気になるNPCでもいるのか?」
D 「いや、生き残りが多いと報酬にボーナスが付くかも知れないし、いざという時には身代わりにも出来るだろう?」
『Dも意外ときつい事を考えてるんだな…。』
俺は少し驚いた。
アンサー 「しっかし、大して経験値が稼げなかったな。あんだけしょぼけりゃしょうがないか。」
ベッキー 「私はスキル魔法を覚えたから、よかったけどね~。」
カーミラ 「わたしも~。」
エドワード 「フッ。」
アンサー 「それにしてもD一人で船長をやっつけたのはたいしたもんだな。」
エドワード 「ふん。」
「そんな事はない。たいした相手ではなかっただけだ。まずは戦利品の分配からだ。ベッキーはこれだ。」
Dはそう言って秘密の場所から、一本の短杖を取り出した。
「なにこれ?『一角獣の短杖』?効果はなんなのかしら?私の鑑定スキルじゃわからないわ?」
ベッキーは杖の頭に一角獣の頭が彫られた、妙にスベスベとした質感のクリーム色の短杖を握り、まじまじまと見ながらそう言うとDが言った。
「癒し魔法の効果アップがあるらしい。」
「それはありがたいわね。ありがとうD。」
「カーミラはこれだ。」
Dが取り出したのは、黒くて大きな杖だった。
杖にはなんの装飾も施されていないが、黒くて艶があって高級感がある。
「『黒檀の杖』?ちょっと重そうだけどかっこいいわね。すごく魔術師っぽいじゃない。」
「これは魔術師の魔法の威力を、アップする効果があるようだ。」
「やった!ありがとう!」
カーミラは嬉しそうに笑った。
「アンサーはこれだ。」
そう言ってDが取り出したのは、グローブのような真っ赤なナックルだった。
「ずいぶんと派手なナックルだな?『赤い拳』?そのまんまの名前だな。効果はSTRアップか。悪くはないな。」
アンサーは赤い拳を鑑定しながら言った。
「エドワードはこれだ。」
Dが取り出したのは装飾の施された両手斧だった。
「なかなかいいデザインだな。名前はないようだが、効果はどうなんだ?」
「VITが上がるらしい。」
「なるほど。悪くない。」
「ロックのはこれだ。」
Dが取り出したのは大きな弓と矢筒だった。
「こいつは…。」
俺は鹿の顔が彫られた銀色の弓を見ながら言った。
鑑定してみたが名前は???としか出ない。
どうやら名前は好きにつけてもいいようだ。
能力としてAGIとDEXが上がるようだが、矢の方は鉄の矢が詰まった矢筒だった。
鉄の矢は威力があるが高価なので嬉しい。
「ありがとうD。大事に使わせてもらうよ。ところでDの武器はなんだ?」
「俺はこれだ。『ピクシーナイフ』と言ってDEXとAGIが上がるみたいだ。あとは鉄の矢筒だな。」
そう言ってDが取り出したのは、なんの装飾も施されていない、よくある普通のデザインのナイフと鉄の矢筒だった。
アンサー 「よく見つけたな。」
D 「船長の部屋にあった宝箱に入っていた。ドロップアイテムみたいなものだろう。」
エドワード 「これで全部か?」
D 「他には見当たらなかったな。」
ベッキー 「それにしても一人でよく倒せたね~。」
D 「戦闘は避けたかったが、部屋に入ったら突然襲われた。負けを覚悟で応戦したらたまたま勝てただけだ。戦ってみたらそんなに強くはなかった。」
カーミラ 「無事でよかったじゃない。」
アンサー 「そうだな。俺もやりたかったぜ。」
エドワード 「俺もだ。」
「とにかくDが無事でなによりだ。」
俺はそう言って笑った。




