第1話 「始まりの町 ガードナー」
「Pioneer Saga」は7つの大陸と数々の島々を冒険する世界であり、俺はPioneer Sagaのサービス開始前から気になっていて、サービス開始初日から参加した「初期組」と呼ばれるプレイヤーである。
俺はまず最初にPioneer SagaのCMを見て、一気に心を持っていかれてしまった。
美しい風景の中にはさまざまなモンスターがいて、さまざまな装備を纏ったプレイヤー達が大地を駆け巡る美麗なグラフィックは素晴らしかったし「君も冒険者になって、この世界を楽しまないか?」というキャッシュフレーズに心惹かれたのだ。
俺はすぐさまPioneer SagaのHPに飛び、目を皿のようにしながら説明文を読んだ。
説明文を読み進めていくと、どうやらPioneer Sagaの世界には魔王も勇者もおらず、プレイヤーは冒険者としてこの世界を冒険し、世界の秘密を見つけ出す事が目的らしい。
いつになったら倒せるのかもわからない魔王。
数え切れないほどたくさんいる勇者達。
そんなMMORPGによくありがちな設定ではないのが、俺は気になった。
丁度その頃、今までやっていたありがちなMMORPGに閉塞感を覚えていた俺は、Pioneer Sagaの設定がすごく気になってきたのだ。
説明文を読んでいくとPioneer Sagaでは、プレイヤーは村人だろうが商人だろうが、なんでも好きな仕事が出来るらしい。
自分の生き方を好きに選べるというのだ。
しかもPioneer Sagaは月額制で課金は一切ないという。
悪夢みたいな現実に比べて、なんと平等で魅惑的で楽しそうなゲームだろう。
俺の心はPioneer Sagaにがっちりと掴まれ、思い立ったが吉日とでも言わんばかりに、俺はPioneer Sagaを始める事を決め、すぐさま購入手続きを済ませてから仮プレイヤー登録をした。
サービス開始の初日。
急いで部屋に戻った俺は、すぐさまPCの前に座って、Pioneer Sagaにログインした。
今朝、仕事に行く前にゲームをダウンロードしておいたから、すぐに入れたのである。
プレイヤーはまず最初に、キャラクター選ぶのだが、1プレイヤー1キャラのみなので、倉庫キャラを持つ事も出来ないし、キャラクターを消してしまうと二度とPioneer Sagaは出来なくなる。
一般的なMMORPGでは、様々な種族からキャラクターを選べる事が出来ることが多いが、残念ながらPioneer Sagaでは、人間しか選べないようになっていて、個人情報とも連結しているので、性別を変える事も出来ない。
次にキャラクターの顔を作成するのだが、自分の顔の画像を元に作る事が出来るので比較的に楽だが、全然違う顔にするプレイヤーの方が多いようだ。
顔の次は体格を選び、初期ステータスを割り振るのだが、俺は身長175㎝で中肉中背の体を選んだ。
次にジョブを選ぶのだが、Pioneer Sagaには戦士、格闘家、盗賊、狩人、探険家、自然主義者、賭博師、僧侶、魔術師、祈禱師の10種類の基本ジョブと呼ばれる職業があるが、俺はとりあえず戦士を選んだ。
最初は10種類しかないジョブだが、ジョブをマスターすると、マスターしたジョブからいくつかのジョブが派生していき、派生したジョブとジョブの組み合わせによっては、新たなジョブが生まれるため、そのジョブの数がどんどん増えていく。
なので、全てのジョブを網羅するどころか、全部でジョブがいくつあるかを知ってるプレイヤーすら、いないだろうと言われている。
次に7つの大陸の中から一つの大陸を選び、その大陸にある「始まりの町」に冒険者として降り立つのだが、大陸を選ぶのには悩まされた。
大陸を一つづつ説明をしていくと。
アンゴール大陸は中世ヨーロッパのような雰囲気を持つ大きな大陸で、プレイヤーの半分以上はこの大陸から冒険を始める。
運営のオススメ度は星5つ。
デッサ大陸は土壁で作られた建物が並ぶ、一年中暑い大陸で、大陸のほとんどが砂漠化していて人口は少ない。
運営のオススメ度は星3つ。
ランドール大陸はほとんどが森林で、人口が少ない獣人族が治めている大陸であり、人々は木の上で暮らしていて雨期がある。
運営のオススメ度は星3つ。
オーエン大陸は東洋風の派手な建物が建つ、独特の雰囲気が漂う大陸で、生息するモンスターも独特の姿をしている。
希少価値の高いモンスターも多いので、今では一攫千金を狙うプレイヤー達が多く滞在している。
運営のオススメ度は星5つ。
ルーン大陸は緑豊かな大陸で、ルーン族という種族が治めている多文化な土地で、さまざまな作物がたくさん採れるので世界一美食の大陸と言われている。
運営のオススメ度は星4つ。
パゴス大陸は、一番近いアンゴール大陸からもかなり離れた位置にある大陸で、独自の進化を果たしたモンスターが多く、全体的に風変わりなモンスターが生息していて町や村の数が少ない未開の大陸らしい。
運営のオススメ度は星1つ。
エーシェン大陸は、固い氷で覆われた極寒の大陸で人口は少なく、あまり魅力がないので、訪れるプレイヤーはあまりいないようだ。
氷で出来た家まであるらしく、ここも街や村の数が少ないそうだ。
運営のオススメ度は星2つ。
この他にもたくさんの島があり、冒険をする場所には事欠かないのだが、プレイヤーはどこの大陸から冒険をしようかと悩まされるのだ。
砂漠を冒険するのも楽しいだろうし、ジャングルを冒険するのも楽しいだろう。氷の大陸なんてのもおもしろそうじゃないか。
さんざん悩んだ結果、俺はパゴス大陸を始まりの地に選んだ。
パゴス大陸から始めるはプレイヤーは少ないだろうし、のびのびとプレイ出来る気がしたからだ。
オススメ度が星1つというのも、なにやら面白そうじゃないか。
始まりの地の次は、自分のお世話係であるNPCの選択と設定である。
お供のデザインは妖精やマスコットキャラクターのようなキャラクターまで、100種類以上の基本デザインと、様々なアクセサリーやパーツの組み合わせから作れる。
俺はパッと決めてサッとデザインを完成させたが、設定にはかなりの時間をかけた。
少々悪ノリをしてしまったが、概ね納得のいく設定が出来たので良しとしよう。
お世話係を決めていよいよ準備が整い、俺はパゴス大陸の始まりの町ガードナーに降り立った。
ガードナーの町は広かったが、石畳すらない土がむき出しになった田舎っぽい町で、NPCすらあまりいなかった。
俺は最初のジョブを戦士にしたため、レザーライトアーマーにレザーレギンスを着ていて、ソードとシールドを持った、いかにも初心者丸出しで、我ながらみっともない格好だ。
始まりの町ガードナーは、近くに海が見える高台にあり眺めがよかった。
初心者が最初に降り立つ、大きな広場にたくさんのプレイヤーがいてくれればよかったのだが、サービス開始の初日だったせいか、プレイヤーは俺しかいなかった。
試しに叫んでみたが、返事はなかったので間違いないだろう。
あとで知った話だが、アンゴール大陸ではサービス開始初日から、たくさんのプレイヤー達がひしめき合っていたらしいのだが、パゴス大陸にはプレイヤーが俺しかいなかったのだ。
なんせパゴス大陸はエーシェン大陸と並び、Pioneer Sagaの中でも1,2を争うほどの、プレイヤーの少ない過疎大陸だったからだ。
今でもパゴス大陸やエーシェン大陸出身というと大抵は驚かれるが、同郷とはかなり話が盛り上がる。
初めてアンゴール大陸最大の王都「グレートブルックス」に行った時は町の都会っぷりと、あまりのプレイヤーの多さに衝撃を受けた。
大通りには歩くのも大変なほど、大勢のプレイヤー達がひしめき合っていたのだ。
『都会はおっかねぇなぁ。』と思ったのは懐かしい思い出だ。
プレイヤーよりNPCの方が多いと言われているパゴス大陸では、絶対にお目にかかれない光景である。
広大な緑の自然に囲まれたパゴス大陸の都「グランパゴス」や大陸の南にある「フロレア」という町は大違いだが、俺はその時はまだそんなことを知らなかったので、自然に囲まれたパゴス大陸を見た時は、感動すら覚えたほどだ。
広場で叫び終わった俺は、ひとまず地図を広げてみたが地図は真っ白だった。
俺がしばらく町を歩いたあと、もう一度地図を広げてみると、俺が歩いた場所は地図が埋まっていたので、どうやら地図を埋めるには、自分で歩くしかないようだと俺は気がついた。
俺はとりあえず地図を埋めるために、町を歩き回りながらNPCと話をする事にした。
町には商店の他にも、鍛冶や彫金、裁縫などの様々なギルドがあり、ギルドに入るとスキルを覚えられるようになり、知らない間にクエストがたくさん発生していた。
町を探検し終えた俺は、ホームポイントである自分の部屋に入った。
ベッドと机、それに小さなテーブルと椅子しかないみすぼらしい部屋の中には、背中に小さな白い羽を生やした、ピンクのコブタが浮いている。
「Pioneer Sagaへようこそご主人さま。お世話係のとんかつの精霊「ブーとん」だブー!」
ブーとんはそう言って俺に笑いかけた。
ブーとんは、さっき俺が作ったお世話係のNPCである。
ちなみにブーとんは俺の大好きな「とんかつの精霊」という設定で、名前も俺が付けたが安直すぎただろうか?
「まずは説明をはじめるブーよ。」
ブーとんはそう言って、背中の羽をパタパタとさせながら説明を始めた。
「Pioneer Sagaは、プレイヤーが冒険者になって、世界中を冒険しながらこの世界の秘密を見つけだすゲームだブー。1番最初に世界の秘密を見つけだすと、素敵なプレゼントがもらえるブー。出来ればご主人さまには、楽しみながらこの世界を冒険して欲しいブーよ。」
「素敵なプレゼントってなんだ?女物の服か?」
「ブーとんは知らないブー。それは1番になったプレイヤーにしかわからないブーよ。」
「なるほど。」
「まずは最初に、ブーとんがご主人さまにアドバイスをしてあげるブーよ。」
「アドバイス?」
「Pioneer Sagaで1番大切なのは情報だブー。いかに相手から情報を引きだして、自分の情報を知られないようにするかが肝心なんだブー。特に自分の強さは絶対に知られちゃダメだブー。それはこのゲームをやっていれば、嫌でもわかってくるブー。」
「他のプレイヤーとは協力するなって事なのか?」
「他のプレイヤーと協力をしなくても、ゲームは進められるブーけど、他のプレイヤーと協力するかしないかはご主人さまが決める事だブー。」
「好きにしろって事なのかブー?」
「そういう事ブーね。」
「自分の力でなんとかしろって事だな。」
「もう一つアドバイスがあるブーよ。」
「もう一つアドバイスがあるブーか?」
「決断を求められた時は、よ~く考えてから決断したほうがいいブーよ。絶対に後戻りは出来ないブーから、ブーとんはご主人さまに後悔をして欲しくないブーよ。」
「わかったブー。」
「ブーとんからのアドバイスはこれだけだブー。これから先はゲーム進行に関する質問をされても、運営は一切お答えしないし、ゲームに関する情報も一切流さないそうだブー。Pioneer Sagaにはゲームマスターも現れないらしいブーね。」
「ゲーマスが出てこないのか?ずいぶんと不親切な話だな。」
「ゲームマスターはいるブーけど、プレイヤーにはなんの情報もださないし、姿も見せないそうだブーよ。何かあったらブーとんが、ご主人さまにお知らせするらしいブー。これは不親切じゃなくて、純粋にゲームを楽しんで欲しいだけだそうだブーよ。」
「そうなのか?」
「そうらしいブーね。それじゃあチュートリアルを始めるブー。まずはアイテムの収納からだブー。」
ブーとんはそう言って、チュートリアルを始めた。
チュートリアルは30分ほどで終わり、だいたいのシステムを理解した俺は、装備を確認してから早速ガードナーの町の外に出ることにした。
町の外は広大な畑に囲まれており、あぜ道のような道が伸びている。
あぜ道を進み畑を抜けると、ごつごつとした土と岩だけの場所に出た。
俺が周りを見ながら歩いていると、何やら大きくて黒っぽいものが、のそのそと歩いているのが見えた。
俺は黒っぽいものに、ゆっくりと近づくとじっと見た。
ダンゴムシだ。
体長1mはある大きなダンゴムシだ。
名前表記も白字で「オオダンゴムシ」になっているから、ダンゴムシなのだろう。
俺は剣を抜くと、初めての狩りに挑戦することにした。
ポコン!
俺が手にしたブロンズソードで、オオダンゴムシを叩いてみると、オオダンゴムシはすぐさま体を丸めて防御体勢に入り、ゴロンと体を横に倒した。
斬るどころか傷一つ付いてねぇ。
ポコポコポコ!
立て続けに3回斬ってみたが、オオダンゴムシに変わりはない。
俺は反撃に備えてシールドを構えた。
こっちは毒消しすら持っていないのだから、毒でも吐かれたらたまったもんじゃない。
所持金1000Gぽっちの貧乏冒険者からすれば、1つ100Gの毒消しだって安くはないのだ。
俺はシールドの隙間から、恐る恐るオオダンゴムシを見ていたが、オオダンゴムシは反撃してくる様子もなく、じっと体を丸めたままである。
しばらくすると、オオダンゴムシは何事もなかったかのようにゆっくりと防御を解いてから、のそのそと歩き始めた。
俺はポカンとしながら、のそのそと歩くオオダンゴムシを目で追った。
「どうすりゃいいんだ?」俺は悩んだ。
この世界のモンスターと戦うためには、いくつかの条件があり、アクティブモンスターと呼ばれるモンスターは、向こうから勝手に攻撃して来やがるんだが、オオダンゴムシのようなノンアクティブモンスターと言われるモンスターと戦うためには、敵対心を発生させなけばならないのだ。
敵対心が発生しないと、オオダンゴムシのHPゲージすら現れないのだから、戦いたくても戦えないのである。
しかし俺はオオダンゴムシとどうしても戦わなければならなかった。
オオダンゴムシは「害虫駆除」というクエストの対象で、畑を荒らすから倒して欲しいと、町に住む農夫からクエストを受けていたのである。
オオダンゴムシを倒すと「オオダンゴムシの殻」というアイテムを落とすので、それをもっていくと一つ10Gで買い取ってくれるのだ。
ゲームを始めたばかりのビギナー冒険者にとって10Gは、心を動かされるには充分魅力的な金額である。
何せ今の所持金が1000Gしかない、新人貧乏冒険者なのだからしょうがないだろう。
とはいえ、今のままではオオダンゴムシは倒せない。
俺は何度も何度もチャレンジし、何度も何度も倒されたが、死んでしまったわけではない。
オオダンゴムシに倒されて、戦闘不能になっただけである。
戦闘不能になると、HPが完全回復するまでの間は、モンスターと戦闘が出来なくなるのだが、その間はこちらから攻撃が出来ないし、モンスターから攻撃される事もない。
また戦闘不能になっても経験値は減らないようになっていて、ブーとんからの説明をまとめてみると
「戦闘不能と死亡は意味が全然違うブーよ。だから戦闘不能になる事も経験なんだブー。だから戦闘不能という経験をしているのに、経験値が下がるのはおかしいブー。」という解釈になるらしい。
「戦闘不能になっても1度HPゲージを満タンにすれば、すぐに戦う事は出来るブー。ホームポイントに戻ればHPはすぐに回復するブーよ。でも一つだけ気をつけて欲しい事があるんだブー。」
「気をつけて欲しい事?」
「冒険者がモンスターに倒されても、死ぬ事はほとんどないブーけど、冒険者やNPCと戦闘をして負けると、死んでしまう事があるブーよ。」
ピンクの羽付きコブタは、とんでもない事を口走りやがった。
「プレイヤーやNPCと戦えるのか!」
「もちろん戦えるブー。」
「じゃあ、戦って死んでしまったらどうなるんだ?」
「死んだらそこで終わりブー。強制的にPioneer Sagaの世界から弾き出されて、もう2度とPioneer Sagaが出来なくなるブー。」
「なんだそりゃ?生き返ったりは出来ないのかよ?」
「いくら便利な魔法でも、人を生き返らせるような魔法なんかないと思うブー。少なくてもブーとんは、見たことも聞いたこともないブーよ。ご主人さまは生き返った人を見たことがあるブーか?」
「そんなもんあるかい!」
なるほどなるほど。確かにな~。ってなるか~い!
ゲームを出来なくするのはメーカーの勝手だが、そんなのでいいのか?
そんなのでやっていけるのか?
そう思うとかなり心配になった。
「ちょっと待てよ。じゃあアンデッドはどうなるんだ?プレイヤーは死んだら、アンデッドになったりするんじゃないのか?」
「アンデッドになるって、どういう意味なんだブー?ブーとんにはわからないブーよ。」
「Pioneer Sagaには、アンデッドはいないのか?」
「アンデッドは歩いているブーよ。歩いてはいるけど、アンデッドはいないブーよ。」
「どういう意味だ?」
「アンデッドには意志がないから、存在はしないブーよ。アンデッドは生物じゃないブー。ただの死体や骨なんだブー。アンデッドは物だから、いるんじゃなくてあるんだブー。」
「ある?」
「たとえば、ご主人さまが死んじゃったとするブーよ。」
「むぅ…。嫌なたとえ話だがまぁいい…。とりあえずそうしよう。」
「生物が死ぬという事は、今いる世界からいなくなるという事なんだブー。だからご主人さまの意識は、Pioneer Sagaの世界から弾かれてしまうんだブー。どこに弾かれるかは知らないブーけど。」
「なるほどなるほど。」
「ご主人さまの意識が世界から弾かれたとしても、ご主人さまの使っていた体は死体になって、まだ世界に残っているブー?でも死体はご主人さまじゃないブー?ただの死体だブー?」
「なるほど。嫌な言い方だが確かにそうだな。」
「その死体をなんらかの存在が操ると、死体はアンデッドと呼ばれるブーよ。」
「なんらかの存在が操る?」
「そうなんだブー。死体を操っちゃうんだブー。操られた死体が、死にたてホヤホヤだとゾンビになるブーけど、時間が経つとスケルトンになっちゃうブー。もっと時間が経つと、最後は無くなっちゃうブーね。」
「なるほど死体を操り人形にするって事なんだな?」
「簡単に言えばそう言う事ブーね。だからアンデッドなんかいないんだブー。」
「じゃあゾンビに噛まれても、ゾンビにはならないのか?」
「ゾンビに噛まれるブーか?そんな話は聞いた事が無いブーねぇ…。死体もお腹がすくブーか?噛まれたらばっちそうだから、ブーとんは噛まれたくないブーよ。」
『現実世界とPioneer Sagaでは、ゾンビの種類が違うのかな?』
「ゾンビが噛むなら、スケルトンも噛んでくるブーか?スケルトンもお腹がすくブーかなぁ?」
「スケルトンは噛むのかな?わからん。」
「ご主人さまの住む世界のゾンビは噛むブーけど、スケルトンは噛まないブーか?」
「ゾンビもスケルトンもいるわけがないだろう。」
何をおっしゃるウサギさん。
じゃない、この場合は何をおっしゃるブーとんさんか。
「ご主人さまの世界にはゾンビもスケルトンもいないブーか!でもご主人さまはゾンビがいないのに、なんでゾンビが噛むって知ってるブーか?」
『ん?ブーとんは何を言ってるんだ?あぁ、そういう世界観と設定になってるんだな…。かなり凝った作りになってるじゃないか…。開発もなかなかやるな。』
「俺は物知りだから、なんでも知ってるんだ。」
「ご主人さまはすごいブーなぁ!ブーとんはご主人さまを尊敬するブーよ!」
「ハッハッハッハ!」
「ブーとんはご主人さまを尊敬するブー。だからブーとんは、ご主人さまに一つアドバイスをするブー。」
「アドバイス?」
「わからない事があったら、なんでもブーとんに聞いてみるといいブー。」
「聞いたらなんでも教えてくれるのか?」
「なんでもは教えられないブーけど、知ってる事なら答えられるブーよ。」
『なんじゃそりゃ?』
俺はそう思ったがブーとんに言った。
「わかった。その時はよろしく頼むな。」
俺はムキになって何度もチャレンジを繰り返しているうちに、ついにオオダンゴムシを倒す方法を見つけた。
まず最初にオオダンゴムシを叩く。
すると、オオダンゴムシは体を丸めて防御に入る。
ブロンズソードでは、いくら叩いても傷一つ与えられないのだが、30秒経てばオオダンゴムシは防御を解くのだが、そこが唯一無二のチャンスなのである。
オオダンゴムシが防御を解く時に、一瞬だけ丸見えになったおなかをすばやくブロンズソードで刺すのだ。
うまく急所を突けば、オオダンゴムシは「キュッ!」という小さな声をあげて絶命するが、オオダンゴムシが「ギャッ!」という大きな声をあげると最悪だ。
俺を敵と認識したオオダンゴムシの名前は赤字に変わり、名前の上にHPゲージが現れると、怒ったオオダンゴムシはピーピーと声をあげながら俺に向かって襲いかかってくるのだ。
この時、オオダンゴムシは体当たりをしてくるのだが、この体当たりが恐ろしく強力で、一撃で俺のHPの半分以上をもっていくのである。
しかも怒ったオオダンゴムシの動きは恐ろしく早く、今の俺には逃げ切る事が不可能なので、あっさりと二撃目をくらって地面に抱きつく事になる。
俺は何度も何度も戦闘不能になっては、ホームポイントに戻り、オオダンゴムシのお腹を突っつく事を繰り返し、オオダンゴムシに追いかけながらも必死でコツを覚えて、一撃で急所を突いてオオダンゴムシを仕留められるようになったのだ。
何しろパゴス大陸から出た時には「1000回以上倒された冒険者」という称号を頂戴していたからな。
俺がオオダンゴムシに何回倒されたかは、想像がつくだろう。
わずかなゴールド欲しさに、オオダンゴムシを倒し続けた俺は「オオダンゴムシの嫌われ者」という称号を頂戴したが、「オオダンゴムシの敵」「オオダンゴムシキラー」という風に、月日とともに称号は変化していき、今では「オオダンゴムシの天敵」という称号になっている。
10Gに目が眩んだ俺は、喜び勇んでクエストを何度もこなして、小銭を稼いでは装備を揃えていったのだが、あとで調べてみるとオオダンゴムシの殻を革工ギルドで売れば、なんと40Gで買ってくれることがわかった…。
あの時はへこんだね…。
それに気がついた時にはもう、オオダンゴムシの殻はいっぱい持っていて、ゴールドもたくさんあったから狩る必要もなかった。
あとの祭りってやつさ。
不思議な事に、パゴス大陸には子鬼や豚鬼、人喰い鬼などの人間の亜種モンスターはおらず、代わりに馬鹿デカいモンスターや一風変わった姿のモンスターが多く、パゴス大陸に生息するモンスター達は、倒すのにコツが必要なモンスターが多かったのだ。
たとえば「ピンクパゴスバード」という、ピンクの鳥のモンスターがいるのだが、こいつに斬りかかっても攻撃は当たらないし、攻撃しても逃げ回るだけで攻撃はしてはこない。
絡んできたりはしないのだが、こいつもクエストの対象であり、倒したいモンスターなのだ。
しかしこいつと戦うためには、最初に弓矢かブーメランなどの投擲武器、もしくは魔法で攻撃しなければ敵対心が発生しない事がわかった。
しかもピンクパゴスバードは、強力な魔法耐性をもっており、魔法の通りが極めて悪い。
俺はピンクパゴスバードを、弓やブーメランで攻撃し続けたのだが、スキルが低くてなかなか当たらない。
しかし何度も戦っているうちにスキルと攻撃力があがり、難なく倒せるようになってきた俺は、冒険を進めていくうちにピンクパゴスバードとは色違いの「グリーンパゴスバード」というモンスターと遭遇した。
グリーンパゴスバードはただの色違いだと思っていた俺が、グリーンパゴスバードの近くを通った瞬間!
「ギョエー!」
という甲高い鳴き声と共に、グリーンパゴスバードが俺の頭をつついてきたのだ。
一撃は弱いが、かなりのスピードでつついてくるものだから侮れない。
「うわ!うわ!うわ!」
その時戦士だった俺は、必死になって剣で斬りつけたが、全然全く当たりやしない。
当たるどころか、かすりもしないのだ。
「うわ!うわ!うわ!」
俺は慌ててそこから逃げ出し、這々の体で何とか逃げ切る事が出来たが、これには困ってしまった。
グリーンパゴスバードアクティブモンスターで、倒さないとここから先には進めない。
『どうすりゃいいんだ?』
俺は体力を回復させながら、しばらくグリーンパゴスバードの行動を観察してみた。
よく見ればたくさんのグリーンパゴスバードが、バリケードのように等間隔で並んで飛んでいる。
俺がグリーンパゴスバードに突かれないように、何度も何度も近づいては逃げ、近づいては逃げをしていると、どうやらグリーンパゴスバードはそれぞれに縄張りを持ち、縄張りに入ってきた侵入者を排除するために攻撃はするが、縄張りから出て行けば攻撃をやめる事がわかった。
ピンクパゴスバードとグリーンパゴスバスバードは姿は同じでも、性格も行動パターンも違ったのだ。
どうすればグリーンパゴスバードを倒せるのかを、俺は考えてみた。
グリーンパゴスバードは動きが早く、今の俺では攻撃が当たらないし、剣が当たらないのに剣よりスキルの低い弓や投擲武器が当たる気もしなかったし、当たってもダメージはほとんどなかった。
そこで俺は、戦士から魔術師にジョブを変えてチャレンジしてみた。
丁度いいタイミングなので、少し長くはなるけど軽く魔法の説明をしよう。
PioneerSagaにはいろいろな種類の魔法があるが、その中にはジョブをマスターしていくと覚える『ジョブ魔法』と『属性魔法』と呼ばれる基本魔法と『スキル魔法』という魔法がある。
『ジョブ魔法』とはジョブをマスターしていく時にしか覚えられない魔法の名称で、『属性魔法』は火、水、土、風、雷の5つの魔法の名称であり、『属性魔法』は基本ジョブを全てマスターすれば全て習得出来るようになっていて、MPがあるジョブなら、どのジョブにチェンジしても使える属性魔法も多いが、条件によっては使えなくなるものもある。
『スキル魔法』というのは魔法でありながら、ジョブの固有スキルという扱いで覚える魔法の事であり、魔法によってはMPを消費しないものまである、特殊な魔法である。
たとえば暗黒騎士というジョブのスキル魔法の一つに、「吸収」というものがある。
吸収は相手のHPを吸収して、自分のHPに加えるスキル魔法なのだが、このスキル魔法を覚えると、魔術師の派生ジョブである「黒魔術師」にチェンジしても使えるようになるのだが、黒魔術師を育ててマスターしても、吸収を覚える事は出来ない。
なぜなら吸収は、暗黒騎士にしか覚えられないスキル魔法だからだ。
魔法を使うのに詠唱は必要なく、魔法を口にするだけでいいし、効果が大きい特殊な魔法になればなるほど、魔法の発動時間はかかるが、魔法の基本名称以外にも登録した言葉を発するだけで、魔法を発動する事が出来る。
たとえば火魔法のファイアの場合、「ファイアー!」や「火炎竜の吐息!」などの好きな言葉を登録すれば、手や杖を標的にかざしながら言葉を口にするだけで発動するように出来るし、登録さえすれば「あ。」「い。」「う。」「え。」「お。」だけでも魔法は発動は出来るが、誰かを指さしながら「あ。」と言ってしまうと、相手は丸焦げや氷漬けにされてしまうので、あまりそんな事はしないだろう。
全ての魔法には初級、中級、上級などの階位がなく、ライターの火みたいなファイアがファイアならば、地獄の業火のようなファイアもファイアだ。
魔法の威力や能力は、魔法スキルの高さによって変わり、同じファイアでもジョブによっては別物になるのだ。
魔術師はあまり育てていなかったので心許なかったが、俺はダメ元で襲われるギリギリの射程位置からグリーンパゴスバードに向かって、火魔法を撃ってみることにした。
俺は右手をグリーンパゴスバードの方に向けながら「燃えろ!」と叫んだ。
俺の右手から飛び出した小さな火の玉は、真っ直ぐグリーンパゴスバードに向かって飛んでいく。
どうやらギリギリで当たりそうだ。
小さな火の玉はグリーンパゴスバードに命中すると、グリーンパゴスバードのHPのゲージが一気に0になり、グリーンパゴスバードは「ギャッ!」という鳴き声を残して地面に落ちた。
「ええ~!」
俺は驚きのあまり、大きな声を出してしまった。
ダメ元の攻撃でこんなにあっさりと倒せるなどとは、夢にも思っていなかったのだ。
『ホワ~イ?なんでだい?どういうこったい?』
俺は目の前で起こった事が、全く理解出来ずに呆然としていたが、念のために何度も試してみた。
しかし結果は一緒だったのだ。
どんな魔法で何度やっても、一発の魔法でグリーンパゴスバードを倒せたのだから。
ハイになった俺はグリーンパゴスバードを倒し続け、気がつけばグリーンパゴスバードの羽をたくさん手に入れ、俺の魔術スキルもあがったみたいだった。
この一件があってから、俺は偏った育て方をやめて、先に全ての基本ジョブをある程度育てる事にしたのだが、俺のこのやり方は間違ってはいなかった事が、後になってからわかった。
パゴス大陸の冒険を進めれば進めるほど、こんなモンスターがうじゃうじゃ出てきたんだから、なんて意地悪な設定だろうとは思ったが。
俺は町の近くにいるモンスター達を次々と倒して、基本ジョブをまんべんなく育てていき、無理せず倒せるようになってから、大陸の探索範囲を広げる事にした。
まずはテントを持って海に向かい、海に着くと海岸に沿って進んだが、見たことのないモンスターはじっくりと観察してから戦いを挑み、戦った事があるモンスターは出来るだけ無視しながら、立て看板や石碑を探し、町や村を見つければ必ず寄って、さまざまな情報を集めた。
俺は大陸を歩きながらモンスターを倒し、モンスターを倒しては歩いたのだ。
そんな事をしているといつの間にかジョブのスキルは上がっていき、気がつけば全ての基本ジョブのスキルがある程度上がっていたようだ。
同時にパゴス大陸の地図の輪郭が出来上がり、パゴス大陸の大体の大きさがわかってきた。
パゴス大陸はおかしな大陸だった。
人が全然住んでいないにも関わらず、そこかしこに遺跡らしきものがあるのだ。
そもそもパゴス大陸に人間が入植してから、まだ30年も経っていないらしく、文明を持つような知能の高いモンスターも見たことがないのだ。
以前は人間が住んでいたのだろうか?
それとも高度な文明を持った、別の種族がいたのかも知れないな。
俺は伊能忠敬の如く、パゴス大陸の地図を埋めながらソロプレイでスキル上げを進めていたのだが、クエストを受けにちょこちょこと冒険者ギルドに顔を出しているうちに、ちらほらと他のプレイヤーの顔を見かけれるようになった。
ちらほらとは言っても、最終的にはパゴスの冒険者ギルドメンバーは全部で6人しかいなかったので、パゴス大陸から始めたプレイヤーは6人しかいなかったという事になる。
人気がないにしてもひどい話だ。
これでは大陸どころか限界集落である。
最初のうちは互いに警戒しているということもあり、会えば挨拶をかわす程度で、ばらばらに行動していたのだが、ある程度スキルが上がってくるとソロプレイにも限界が出てくる。
すると、誰からともなく声をかけるようになり、気がつけば結構な割合で冒険PTを組んでいたが、スキル上げが目的のPTはあまり組まなかった。
なんせ俺も含めてパゴス大陸を始まりの地に選ぶ、6人しかいない稀な連中だから、秘密主義のプレイヤーばかりだったんだろう。
しかしプレイヤーが6人しかいない大陸ってなんだ?どう考えてもおかしいだろう。
結局、俺達はパゴス大陸を探検するのに半年位かかったが、いくら待ってもパゴス大陸に新しいプレイヤーは誰も見かけなかった。
1PTは6人までなので丁度よかったのだが、それにしても6人だけってのは、あまりにも少なくないか?
パゴス大陸は大陸の中でも一番小さな大陸なので、比較的冒険はしやすかったのだが、かといってパゴス大陸を踏破出来たわけではなかった。
地図を見る感じだと、全体で40%といった所だろうか?
あの時の俺では、PTを組んでもモンスターが強すぎて、近寄れない場所がかなり多かったのだ。
スキルも上がり、冒険者としての自信と実力がついてきた俺達は、パゴス大陸を一通り冒険すると行き詰まりを感じ始め、日に日に違う大陸に行きたい気持ちが強くなってきた。
ある時、俺達はグランパゴスの冒険者ギルドに集まって会議を開いた。
「そろそろ違う大陸に行かないか?」
短い金髪をビンビンに立たせた、見るからに屈強な体のアンサーが言った。
「そうね。それもいいかもね。」
セクシーボディで、黒髪のロングヘアのベッキーは賛成のようだ。
「ここには全然プレイヤーがこないもんね~。他の大陸にはいっぱいいるみたいなのにさ~。」
銀髪のショートヘアで、小柄なカーミラは愚痴を言った。見た目は間違いなく少女である。
「みんな基本ジョブはある程度マスターしてるんだろう?隠してもムダだぜ。半年も一緒にいれば、誰だってわかるさ。」
金髪で長髪、長身で中肉中背なエドワードは、ニヤリと笑った。
アンサー 「…。」
ベッキー 「…。」
カーミラ 「…。」
D 「…。」
俺 「…。」
エドワード 「問題は上級ジョブだよな。俺は全然マスター出来てないんだが、誰かマスターしたやつはいるのか?」
アンサー 「してない。」
ベッキー 「してないわ。」
カーミラ 「してないね~。」
D 「…。」
俺 「してない…。」
エドワード 「だったら、そろそろ他の大陸に行ってみようぜ。上級ジョブの転職クエストが発生するかもしれないしな。」
アンサー 「そうだな。」
ベッキー 「そうね。」
カーミラ 「そうだね~。」
D 「…。」
俺 「それもありだな…。」
アンサー 「とはいえ、アンゴール大陸までの船代が高すぎるよな。」
エドワード 「確かにな。」
ベッキー 「さすがに、全員で行くのは無理でしょうね。」
カーミラ 「だよね~。」
俺 「だろうな。」
部屋の空気が一瞬凍りついた。
アンサー 「しばらくは金策に走るしかねぇか…。」
ベッキー 「ウソでしょ?ヘタしたら、あと1年はかかるわよ?」
カーミラ 「かかるよね。」
エドワード 「かかるだろうな…。」
部屋の空気が一気に重くなった。
D 「タダでアンゴール大陸にいく方法はある…。」
アンサー 「本当かD?」
「冒険者ギルドに港町スアレスで受けられる、アンゴール大陸行きの船の用心棒のクエストがあった。あのクエストを受ければ、タダでアンゴール大陸までは行けるはずだ。旅の危険度まではわからんが。」
長身痩せ型のDは、トレードマークのカウボーイハットを目深に被りながら言った。
ベッキー 「それはありがたいクエストね。」
カーミラ 「それじゃあいよいよ、パゴス大陸から出られるんだね。」
エドワード 「まさに渡りに舟ってやつだな。」
俺 「…。」
アンサー 「という事は、最北端にあるスアレスの港にまで行かなきゃならないが、グランパゴスからじゃ結構、距離があるな…。」
ベッキー 「だったら今すぐに向かう?今はまだ現実時間で夜の9時過ぎだから、街道を馬で飛ばせば、日が変わる前にはスアレスの港に着けるわよ?」
カーミラ 「そうだね。」
エドワード 「行くにしても、いろいろと準備があるだろう。」
D 「クエストは現実時間で1週間に一度、しかも一日だけしか発生しないレアなクエストだ。次に発生するのは三日後だな。」
アンサー 「三日後だったら、ちょうど金曜日の夜じゃないか。朝までだって出来るよな?」
カーミラ 「本当だ!」
エドワード 「都合はいいな。」
ベッキー 「よく見つけたわねD。」
D 「たまたまだ。」
カーミラ 「そんなレアなクエストを見つけるなんてさすがはDよね。私はPTクエストはあんまり見ないからな~。」
エドワード 「とりあえず金曜日の夜までに各々でスアレスに向かって、スアレスにホームポイントを設定したらどうだろうか?それからクエストを受ければいいんじゃないか?」
アンサー 「そうだな。そうしようぜ。」
こうして俺達はパゴス大陸から旅立つ事を決め、クエスト攻略のための計画を立てる事にした。