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短編

死者のラジオ

作者: われさら

 ざーーー……


大雨と聞き間違えそうなほど大音量で、チューニングの合っていないラジオのノイズがエアコンの効いた車内を包んでいる。時刻は深夜一時半を回ったところ。いわゆる、草木も眠る丑三つ時までもう少しだ。


「なあ、本当にこっちなのかよ」


 俺は隣の運転席に座る渡辺に声をかけた。俺たちは今、レンタカーを走らせ左右に余裕のない山の中の狭い旧道にいる。渡辺は周囲を確認しながら、車を傷つけないようゆっくりと運転していた。


「ああこっちで間違いない。FMも81.1……合ってる」


 前方を注意深く見ながら渡辺は応えた。


 俺たちがいるのは鳥取県と岡山県の県境にある山の中を通っている旧道。俺と渡辺は大学の同じゼミで、何かとよくつるんで遊ぶ仲だ。ある日、渡辺はバイト先の仲間から「そこ」で特定の周波数にラジオを合わせると死者のラジオが聴けるらしい──という話を仕入れてきて、俺にこう言った。


「今度、肝試しに行ってみようぜ」


 女の子も誘おうぜと俺は思ったが、取り立ての免許に慣れるのが先かなと考え、夏季休暇中ということもあり暇でもあったので二つ返事でその話に乗った。


「いいねー、めっちゃ面白そうやん」


 そして今夜、俺と渡辺は片側一車線の国道から車一台がやっとの、明かり一つもない旧道に入り、ヘッドライトの明かりを頼りに、ぐねぐねとした山道を進んでいるのであった。旧道を走って数分経った頃、かつて利用されていた行き交う車同士がすれ違うための地点だろうか、道の脇に車二、三台ほどが停められそうなぽっかりとしたスペースが真っ暗な中からヘッドライトに照らされて顔を見せた。


「……ここだ」


 渡辺はおそるおそるそのスペースに車を止めた。ラジオを切るわけにはいかないから、エンジンはそのままだ。しかし、「行きは渡辺で帰りは俺が運転」という予定だったが、お互い車を降りるような素振りは見せなかった。なぜなら、今まで霊というものに関わったことのない俺でもわかるほど、この場の異様な雰囲気を肌で感じたからだ。車から、降りたくない。渡辺もそうだったのだろう、押し黙って現在のラジオの周波数を示すディスプレイの文字列をじっと眺めている。


実際俺も、ざーーー……というノイズを聴きながら、ヘッドライトの明かりで唯一それなりに見えている前方を見ているのは恐ろしかった。不意に何かが横切る姿を想像をして俺は身震いをする。車内の緊張をほぐそうと渡辺に話しかけた。


「山の中って、電気がないとこんなに暗かったんだな」


 と、できるだけ明るく言ったつもりだったが声が震えた。渡辺の、「ああ」と言う声も楽しんでいる気配は一切ない。再び車内はノイズまみれになった。


「……もう帰るか──」


 数分で恐怖の限界を迎えた俺がそう言った瞬間だった。今までざーーーと鳴っていたノイズがしん、と静かになった。俺と渡辺は顔を見合わせる。まるで世界から孤立したみたいに、車のエンジン音以外は何も聞こえない車内で俺たち二人は震えた。渡辺に早く車を出すよう言いたいが、声が上手く出ない。ただ俺は、震える指と目で車を出すようジャスチャーをするのがやっとだった。


 そんな必死の俺の願いが通じたのだろうか。渡辺は何度も頷いてギアをパーキングからドライブに入れようとするが、まるで誰かが抑えているみたいに、ギアのバーが動かない。泣きそうな顔で渡辺は俺を見たが、俺も泣きそうだった。


 そんな時、「ぷつっ」という小さな音がラジオから聞こえた。まるで電源が切られたような……あるいは入ったような。「ぷつっ」という音は約一秒置きに鳴っている。


 ──絶対やばい。


そう俺が感じたのと同時に、ラジオから「ぽーん」という、時報のような音が聞こえた。言葉を失いただただ俺たちは二人の両手でギアのバーをドライブにしようとしているが、ピクリとも動かない。そして、ラジオからはノイズと共に押し殺したような男の声が流れてきた。


「えりごえ工業に勤めていた村田修さんは昭和五十八年の二月に工場内で起きた事故により二十七という若さで命を落とされました。この事故は彼の同僚の判断ミスにより起きたものだったのですが、事故の原因はすべて村田さんのせい、ということで片付けられてしまいました」


「続きましては当時九歳だった藤田理沙ちゃんです。彼女は友達とプールへ行った帰り道に信号を無視してきた乗用車にはねられ、全身を強く打ち付けて亡くなりました。平成十四年七月のことでした」


「遠藤たくやさんが自殺したのは──」


「──もういい!ボリューム!ボリューム下げろ!」


 と渡辺が叫び、俺がラジオの音量を下げようとするが、こちらも全く言うことをきかない。


「なんでだよ!」


 なんとかバーを動かそうと力を込め、爪を手のひらに食い込ませながら渡辺が吠える。


「……ぁ……ぁ……ぁあ……あ……ぁ……」


 そんな俺たちの混乱をよそに、ラジオからは先程までとは違う、男とも女とも区別がつかないゆっくりとしたうめき声が漏れ出てきていた。まるで無理矢理スロー再生をしているみたいで、何を言っているのか要領を得ない。


「もう出るぞ!!く、車から出っ──」


 俺は渡辺にそう叫びながらドアを開けようとしたが、こちらもびくともしない。渡辺は窓を動かそうとしているが、そちらも駄目なようだった。


「くそがっ!!」


 再び渡辺は吠えると、ギアがパーキングに入ったまま蹴るようにしてアクセルを踏んだ。が、虚しくエンジンが唸るだけだった。渡辺はクラクションを狂ったように叩くが、刺さるように鋭くもどこか気の抜けた音をしたクラクションは山の闇へと飲まれていく。ラジオでは先程のうめき声が続いていたが、それと共に、ぺちゃっ、ぺちゃっ、と粘り気のある水っぽいものが柔らかく何かに当たっている、そんな音が入ってきていた。その音に気がついた俺たちは一瞬、ラジオから聞こえてくる音に耳を澄ませた。


 ぺちゃっ、ぺちゃっ、ぺちゃっ、ぺちゃっ……


 歩いている(・・・・・)……──


 嫌な想像が俺の脳裏を駆け巡った。田舎道に置いてある自販機に夜、光を求めて蛾やカメムシがわらわらと集まっているような──そして、この車が自販機だとしたら、集まってくるのは──


渡辺も俺と同じ想像に達したのだろうか、俺たちは同時に叫んでギアのバーをドライブへとめいいっぱいの力をかけた。すると、今までの抵抗が嘘のように、バーはドライブの位置へと動いた。


「早く、はやく!」


 俺が急かすまでもなく、渡辺は車を先程来た道へと走らせ始めた。ラジオのうめき声も足音らしい音も、死亡状況を読み上げるだけの放送も、何も聞こえなくなった。静かな車内で、俺は大きく息を吐くとシートに深く腰を沈める。


「何だったんだろうな……」


 渡辺は震える手で運転をしているが、それでもあの狭い山道からタイヤを踏み外すこともなく走れているのだから、大したものだと俺は思う。


「渡辺、帰りも運転させてすまん」


「……いや、それはいいんだけどよ……」


 依然緊張して動揺している渡辺を俺は励まそうと思い、肩をぽん、と叩いた。「うわっ」と驚いて渡辺は急ブレーキを踏んだ。二人揃って前のめりになる。静かな車内に、渡辺の怒号が響いた。


「急に変なことするんじゃねぇよ!」


「ご、ごめんな。いや、お前がまだビビってるみたいだったから、安心させようと思ってよ……」


まだ(・・)!?お前、何言ってるんだよ!ラジオ、なんで静かなまま(・・)なんだよ!!」


 言われて気がついた。来る時に聞いた、あの大雨のようなノイズは聞こえない。車の中にいるのに、まるで虫一匹いない山の中に放り出されているかのように──


「──静かだ」


俺は、ごん、と窓に頭を軽くぶつける。夢じゃない。


「……とにかく、国道に戻ろう」


 渡辺はゆっくりとアクセルを踏んだ。


 それから数分車を走らせ、行きに来た通りのぐねぐねとした道を進み、俺たちは国道へと出た。とは言っても、夜中ではほとんど車の行き交いがない寂しい道路だ。未だ静かなラジオから離れたくて、俺たちは国道を下った先にあるコンビニで時間を潰すことにした。


「たしかもう少し行ったあたりにコンビニあったよな」


「ああ、あった。あった。駐車場も余裕ある感じだったし、そこで少しゆっくりしようぜ」


 そんなことをから元気で話しながら国道を少し進むと工事中なのだろうか、赤く光る誘導灯を持った作業員が、先の方で止まるように手を降っている。渡辺は車を止めた。


「なあ、今気がついたんだけどさ、そのラジオ、あの時音量下げたからそのままなんじゃね?」


 渡辺の発見に俺は、「あー!」と叫んだ。そりゃ、そうか。


「俺あの時、テンパってめっちゃ音下げてたわー」


 俺は音量を上げるためにボタンへと手を伸ばした。しかし、俺が音量を操作するまでもなく、ラジオからは──


「ぁ……あ……あ……」


 と、先程のうめき声が鳴り出した。


「うわぁぁ!」


「く、車出すぞ!」


 慌てて発進しようとする渡辺を俺は制した。


「待て!」


「んだよ!?」


殴りかからんばかりに、渡辺は俺を睨んだ。


「……あいつ(・・・)いつまで手振ってるんだ!?」


 俺はそう言うと、先程車を止めるようジェスチャーをした作業員を指さした。そいつは、今もまだ俺たちの車に向かって誘導灯を振っていた。俺たちの後続車はいないし、その上──


「対向車、来る感じ全然しないよな」


「……」


 まるで車の中の俺たちの会話が聞こえたかのように、作業員は突然こっちへ来るようにジェスチャーを変えた。


「……ほら、来いってさ」


 再度発進しようとする渡辺の肩を俺はがしと掴み渡辺に向き合うと、大声で叫んだ。


「ここに来る時、工事してたか!?」


「……でも、来いって」


 渡辺が作業員を指差す。釣られて俺も作業員がいた方を見る。作業員は、おいでおいでをしながら、少しずつこちらにやってきていた。


  ぺちゃっ、ぺちゃっ、ぺちゃっ、ぺちゃっ……


 ラジオから流れてくる不快な音と、作業員の歩く動作が見事なほど一致していた。


「うわああ!バック!バックだ!!」


「いやでも来いって言ってるから。来い、来い、来い、って言ってるから。来ないなら来るって、ほらラジオ、あれずっと呼んでいたんだよ俺たちを」


「何言ってるんだよ渡辺!」


 俺は気が狂わんばかりに渡辺を揺さぶるが、渡辺はラジオの周波数が表示されているディスプレイ顔を近づけると、


「はい、はい、いやぁそちらから来てもらえるなんて……有り難いなぁ」


 などと言っている。とても正気じゃない。


「しっかりしろよ!渡辺ー!」


 俺はもう半泣きだった。渡辺を揺さぶっていると、俺のひじがたまたまクラクションを鳴らした。


 ぱあぁぁーーー


 その音に渡辺は我に返ったようだった。一瞬きょとんとした顔をしたが、俺の表情と前方の作業員、そしてラジオの音声ですべてを察したらしい。急ハンドルを切ると、来た道とは逆へ走り出した。


「ぷつっぷつっぷつっぷつっぷつっ」


 ラジオからはノイズが鳴り続けていたが、例の旧道との合流地点も通り過ぎ、しばらく走り続けている内に、気がつくとノイズはざーーーという雑音に戻っていた。


「……助かったよ、渡辺。本当にありがとう」


「いや、俺の方こそ……あの時お前がしっかりしてなかったら──」


 恐ろしい想像をして、俺たちは押し黙った。


「……それより、ラジオ、別のに変えようぜ」


 俺は自動チューニングになるようボタンを押した。チャンネルが合うと、「ぽーん」という音が聞こえた。俺たちは一瞬緊張したが、それは朝の四時を知らせるちゃんとした時報だった。


「……腹減ったなー」


「お、そうだな」


 ラジオからは楽しげな音楽が流れている。やっぱりラジオはこうでなくちゃな、俺はそう思いながらシートを少し倒した。


「おー、人様が運転している横で居眠りか?そもそも、帰りはお前が運転するんじゃなかったのかよ」


 渡辺にそう言われて俺は、


「さっき助けたろ。あれでチャラな。コンビニ着くまで頼むわ」


 と言って笑った。だが、そうは言っても俺は眠るつもりはなかった。ただ少し姿勢を楽にしたかっただけだ。それから俺たちは、ラジオをBGMにくだらない話をしながら国道を走った。山の際が徐々に明るくなっている。もうじき、日の出だ。

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