メアリーと妖精
メアリーの家には代々受け継がれているブローチがあった。それは羽を持った美しい妖精の姿が描かれているものだった。たまに母は、そのブローチをメアリーにも見せてくれた。
「ほら、七色に輝いてきれいでしょう」
「ほんと、きれいね。お母さん。でもこの絵の妖精なんだか悲しそうな目をしている」
メアリーがそういうと、母は
「そうかしら。むしろ私にはうれしがっているように見えるけど」
と、また鏡台の中へとしまいこんでしまった。
ある日のこと、メアリーの母は、友人との食事会があり、夜出かけることになった。
「じゃあ、行ってくるから戸締りよろしくね」
母はいうだけいうと出かけてしまった。今家にいるのはメアリーだけだった。さっそく戸締りをしようと家の中を見て回っていると、鏡台にぴかりと光るものがあった。見るとそれは例のブローチだった。メアリーはよく見ようと手を伸ばした。と、その時手元が狂い、ブローチを床へと落としてしまった。
メアリーが慌てて床を見ると、砕け散ったブローチはなく、光をまとって動いている小さき何かがいた。メアリーは、あっと叫んだ。それはブローチに描かれていた妖精だった。
妖精はメアリーを見上げると、こういった。
「私の魔法を解いてくれた子ね」
「魔法を? 私は何もしてないわ」
メアリーがびっくりしていうと、妖精はいった。
「この間、あなたは私を見て、私が悲しそうな目をしているといったわ。他の人はみんな私がうれしそうだというけれど、それは間違い。私はこのブローチの中にとじこめられて悲しかったの。真実の私の気持ちに気づいてくれた人と出会えた時、ブローチの魔法が解けるようになっていたの」
「でもだったら、私がお母さんと見ている時にすぐに解けるべきだったでしょう」
「それはそうだけど、魔法には月の光も必要なの。見て、空を」
窓を見ると、大きな満月が、浮かんでいた。
「この魔法を解くには満月の光も必要なの」
「ねえ、あなたが本当に妖精なら、空を飛んでみてくれない」
「ごめんなさい。それは無理なの」
「なぜなの?」
悲しげにつぶやく妖精はこう説明した。
「私はかつて、残酷なことをしたの。その昔私はきれいな物や美しい人にしか興味を持たなかったの。そんなある日顔に傷を負った少年が私に恋をしたの。私は嫌がって、彼と私が二度と会わないように森へと連れこんだの。その森は一度入ると二度と出られない森。私が彼を森へと連れこんだ時、妖精王が私に罰をくだしたの。二度と妖精として空を飛べないように。そんなにきれいな物が好きならおまえ自身がブローチになってしまえと、ブローチの中にとじこめたの。妖精王はいったわ。私には反省が必要だと。このブローチの魔法は、私の反省の気持ちと奇跡が重なった時だけ解けるようにしておくといって妖精王は去っていったわ」
メアリーは、黙って聞いていたが、妖精が話し終わると、口を開いた。
「もう一つの奇跡が起こってもおかしくないでしょう」
「もう一つの奇跡?」
「私が妖精王に飛べるように頼んであげるわ」
「妖精王に頼んだって、無理だわ」
「やってみないとわからないわ。それで妖精王はどこにいるの」
「妖精王は満月の光とあなたの心の中にいるわ。月の光の下で呼びかけてみて」
メアリーは窓からこぼれ落ちる月の光の中で、目を閉じ、呼びかけた。
「わしを呼ぶのはおまえか」
耳元で声がして、メアリーは思わず見ようとした。
「見てはならぬ。そなたの目がつぶれる」
「ブローチの妖精さんをゆるしてあげてください」
「しかしその妖精は恐ろしいことをしたのだ」
「彼女は深く反省しています」
「そんなにいうなら、彼女をその時の状況に戻してみよう」
気がつくとメアリーは鳥になって森の前の枝にとまっていた。その下には、小さな妖精と少年がいた。
「僕はあなたのことが好きなのです。やはり僕の顔の傷がいけないのですね」
「それは違います。人を思うあなたの愛はとても美しい。私には人を思いやる美しい心がないのです。そんな私をあなたは愛してはいけないのです。わかってください」
妖精が最後の言葉を少年に告げた時、メアリーは家の中へと戻っていた。そして満月を見上げると、妖精が軽やかに飛んでいく姿が見えた。メアリーは、にっこり微笑んだ。(完)