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どこかで誰かが不憫なシリーズ

先行く私の懐旧と諦観

作者: 北西みなみ

今回は、ボケボケヒロイン、絵美のお父さんのお話です。

目の前を歩く二人を見て、声をかけようとしていた私は、その上げた手を下した。


男子に何かをからかわれ、顔を真っ赤にしながら腕を引っ張っている少女。正しくイチャついている真っ最中だったからだ。


娘も、流石に自分の父親に恋人との戯れを見られたいとは思わないだろう。……いや、我が娘なら気にしないかもしれないが。


あの二人は、例え親の目の前であろうと、大いにイチャついている。娘の方は単に、周りのことを忘れているだけだが、将来の息子の方はきちんと分かった上でやっている。


今まではもう少し、遠慮していた気がするが、ある日を境に全く気にしなくなった。というか、見せつけるようにしているような。


その必死さに、私は、娘がまた今度は何をしたのだろう、と考えてしまった。



私の娘は、残念ながら母親にそっくりだ。


残念などと言えば、世間から非難されることは間違いない。勿論、私は妻を愛しているし、娘のことも何より大切に思っている。今、どんなに最上の人間が私と人生を共にしてくれると言おうと、私は妻子をとって迷わず断る自信がある。


しかし、今後私が生まれ変わって、次の生を送ることがあるのなら、妻とは出会わず平穏な日々を過ごしても罰は当たらないのではないか。そう思うのだ。


元々、私は長男で、年の離れた弟妹達の面倒を見ることが多かった。多忙な父母に代わって弟妹に振り回されていた私の理想は、自立した大人の女性だった。


事実、大学まで付きあったのは、そうした女性ばかりだった。


そこに現れたのが、今の妻だ。妻は、私の理想とはかけ離れていた。いつもなんとなくほわほわとして、大学生のくせに目を離したら知らないおじさんに飴をもらってついていきそうなほど頼りない。


事実、トラブルに巻き込まれた彼女は自分が騙されていることにも気付かず、正に鴨がネギ背負って鍋の中に蹲っている状態だった。


それを見てしまったのが運の尽き。見て見ぬふりはできなかった私が助け出したところ、なつかれた。


一生懸命お礼を、と言いながら無視しようとする私に追いつこうと駆け寄り、つんのめって私を下敷きにコケる相手に、最初はイライラしていた。


恋人との時間ですらお構いなしで引っ掻き回され、それでも毎回結局は助けてしまう私を、クールな恋人は見限って去っていった。


脅しても威嚇しても恐れずついてくるカルガモのような彼女に付き纏われて六年。その頃には、私は周りにすっかり彼女の保護者として認識されていた。


私がここで彼女を見捨てれば、彼女はにこにこ笑ったまま、悪い大人に縊り殺されるだろう。そう思うと、彼女を突き放すことは出来なかった。すっかり絆されている自分に気付いた瞬間だった。


このまま彼女といる限り、誰とも付き合う余裕はない。しかし、自分の幸福のために、と手離すには情が移り過ぎている。


私は、それはもう決死の覚悟で彼女に結婚を申し込んだ。それは恋愛的な意味ではなく、彼女の人生を丸ごと責任を持つという悲壮な覚悟だったわけだが、彼女はいつもと変わらぬふわふわした笑顔で承諾した。


こうして夫婦となった私だったが、妻のお腹に宿ったのが女の子だと知った途端、決めたことがある。子供は色々な人と関わらせ、決して妻任せの育児はしない、と。


自分で言うのもなんだが、妻みたいな女性を好き好んで選ぶもの好きはそう多くない。男性は、少しくらいぼんやりした女性を好む者も多いが、それにも限度があるのだ。はっきり言って、ここまで突き抜けていると面倒くさい。よほどの相手でないと付き合いきれるようなものではないのである。


妻には幸い、といっていいかは分からないが、私がいる。だが、こんなのが二人に増えたとしたら、私にフォローしきれる自信がない。たとえ何とかなっても、私は娘より前に死ぬだろう。それまでに娘に人生を捧げてくれる相手が見つからなければ、娘は最悪親と共に人生を終えかねない。


頼むから、娘は母親に似ず、しっかり者に育ってくれ。


そんな私の切実かつささやかな願いは無残に打ち砕かれた。娘は、母にそっくりでどんくさかった。その上、マイペースだった。神よ、私は一体どんな罪を犯したのでしょうか。


だが、流石に神は私を完全に見捨てたわけではなかったようだ。ひたすらマイペースな娘に献身的といっていいほど辛抱強く付き合ってくれる子がいたのだ。


幼稚園で同じクラスとなったたかしくんは、周りを考慮することなくお気に入りの本をひとりぽつんと読んでいた娘を放っておけなかったのか、事あるごとに娘に話しかけてくれたらしい。


邪魔を嫌う娘が邪険にしようとめげることなく娘を誘い、興味をもった女の子に意地悪してしまう男子から娘を守り、娘が邪魔とは思わず受け入れるタイミングを学習していった。


二人の交流は小学生になっても続き、相変わらずマイペースな娘を、たかしくんは完璧なまでにサポートしてくれた。


まだ幼いというのに自らそんなに苦労をしょい込まなくても、と娘と距離を置かせようともしたが、涙目で「ぼくの何が悪かったんですか、治しますから言ってください!」と懇願された。


あぁ、もう手遅れなんだな、と分かる。彼は、私と同じなんだ。これで無理に引き離したら、娘がいつの間にかのたれ死んでいそうで、他を見ることが出来なくなってしまったのだ。


だが、幸いと言っていいか悩むが、たかしくんは娘のお守り役を負担に思うどころか楽しんでいるようだ。


娘の方も、口を開ければ餌をくれる親鳥のようなたかしくんがいることが普通になっている。今更いなくなって一人で生きていけるとは思えない。


私は、まだどんな将来だって選べる前途ある若者の未来を閉ざしてしまった罪悪感を胸に、せめてたかしくんがお守り役に圧し潰されないように注意して見守ることにした。


そして今、思うことは。


たかしくんの人生は、私から見れば涙を抑えきれないほど過酷な道を歩んでいるように見えるが、たかしくんにとってはこれで良かったのかもしれない。彼は、面倒なお守り役を負担とは思わず、娘の良い所を見つけ出して好いてくれ、一緒にいられて嬉しいと思ってくれた。


なまじ、他の相手を知る前に、娘の傍にいてくれたおかげで、彼にとってはそれが普通なのだろう。妻や娘の良さは、途方もないどんくささに紛れて他の子には見えにくい。だが、たかしくんは私が妻に対して長年かけて見出したそれを、自然に理解してくれている。


娘には、彼が必要だ。何も考えずに自分の興味に向かって一直線な永遠の三歳児に一生かけて向き合えるのは親以外にそうそういるものではない。


そんな相手に出会えた幸運を逃さず幸せに生きてほしいが、娘にも妻にも、たかしくんがいかに貴重で稀有な存在か分からないだろう。


幸いなことに、あちらのご両親もたかしくんが娘と付き合うことに賛成のようなので、早めに婚約という手段を使わせてもらった。


素直に「絵美が僕の婚約者……」と緩んだ顔で喜んでいるたかしくんには悪いが、もう逃がすつもりはない。


娘には、それとなく家事を仕込み、たかしくんの好物を練習させ、編み物なんかも練習させた。誕生日には私がこっそり力を貸しまくった手作りの品を渡させた。渡しに行った娘は、たーくんが「すごい! そこら辺に売ってるのよりずっと良い!」って褒めてくれたの~、とご満悦。狙い通り、自らはまって本当になかなかの腕前になった。


娘が出かける時には「たかしくんは?」「たかしくんとは一緒じゃないのか?」「たかしくんいないと淋しいんじゃないか?」と、問いかけた。彼自身も小まめにご機嫌伺いに来てくれていたため、娘の中では自分が行動する時にはたかしくんが一緒だと思うようになった。


あざといと言われようが知ったことではない。死んでも死にきれない程心配な娘の将来のためだ。娘がこれに反発するくらいの自主性を見せるなら大万歳だが、恐らくそうはなるまい。


とにかく、命の綱であるたかしくんを手放さないことが重要なのだが、一つ誤算があった。


娘にとって、たかしくんは親や空気の様にいて当たり前の存在になってしまっているのだ。


たかしくんは見ていられない娘への責任感からか、確実に恋心を抱いているというのに、娘にとっては「邪魔ではないから一緒にいる」程度。


駄目だ。こんなことではいつかついうっかり他の女の誘惑に乗って乗り換えられかねない。一度普通の尊重し合える関係を知ってしまえば、一方的に寄りかかられている歪さに気付かれてしまうだろう。楽になりたい、と逃げてしまうのは人としては仕方がないことだが、それでは困るのだ。


悩んだ私は、娘の意識改革を試みることにした。要は、娘がたかしくんに「いっちゃやだ」と縋り付くようになればいいのだ。たかしくんの性格なら、今まで面倒見てきた娘にそう言われたら、それを振りほどいてまで安易な道に逃げ込むことは出来ない。捕まった私が保証する。


私は、妻も利用して、娘にたかしくんが行かない高校へ行きたがるように仕向けた。たかしくんは野球に楽しみを見出して野球部が大きな高校を希望している。そこで、娘には野球部のない高校を薦めた。可愛い制服という餌に、妻と娘は悲しくなるくらいあっさりと食いついた。たかしくん、すまない。


たかしくんは、娘が一緒の高校に来ようとしないことに少しショックを受けていたが、すぐに隠して娘の意思を尊重してくれた。計画通りだ。とりあえず、たかしくんの気持ちが離れては意味がないので、たかしくんの前で声だけでの交流することの楽しさを見せたりして、無事、二人が毎日会話をする時間を確保した。


娘は、高校が違い、いつものように会えなくなったことで、ようやくたかしくんの存在の大きさに気付いたようだ。思惑通りの展開に、ここからは余人が入るのは野暮だろう、と少し遠巻きにしていたのだが……。


間違っていたのかもしれない。野暮だろうが何だろうが、今まで通りがっつり管理して、障害となりそうなものをすべて取り除いておくべきだっただろうか。いや、娘に嵌って抜け出せないたかしくんと、たかしくんへの想いを自覚した、我慢というものは植え付けられなかった娘が、どうやって拗れるのか予想がつかない。


単に娘がたかしくんに「ずっと一緒にいてね」とさえ言えば、一も二もなく頷くだろう。万一たかしくんが娘のために学校や部活動を疎かにしそうなら彼の将来のために介入しようとは思っていたが……。


何故か、たかしくんの行動が全般的に、心が離れかけている恋人を繋ぎ止めようとする必死のアピールみたいに見える。我が娘は、本当に何をしたんだ。。


私は、まだまだ安心できそうにない娘の将来を思い、そっとため息を吐いたのだった。

たーくんの母が、自分の息子には絵美ちゃんが必要だと思っているように、絵美の父は娘にはたかしくんが必要だと思っていました。


ある意味、親同士でも相思相愛! 絵美よりはしっかりしているたーくんですが、大人世代には勝てません。自分で選択しているつもりで、結構父に操られてたりします。


父の誤算は、隆司の絵美への想いの深さと、高校の友人たちのノリの良さですね。絵美一人で搦め手など出来るはずがないと油断してしまったのが今回の騒動へとつながってしまいました。


そんなわけで皆をころころ掌で転がしながらも、迷いなくぶっ飛んでいくコマたちに反対に翻弄される父なのでした。




つまり、絵美とたーくんは割れ鍋に綴じ蓋、ということなのデス!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 脳味噌破壊される話しかと思ったら、純愛?でした。たっくんの一途さが好きです。
[良い点] このシリーズ、本当に大好きです…!! [一言] えみちゃんのお父さん…ものすごく、苦労人というか…お母さんも、あんな感じなのですね…(笑) 今回も、とっても楽しかったです!! 大好きです…
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