プロローグ
「それでは社長、いってきます!」
高級ブランドのスーツにネクタイ、ピカピカに磨き上げた革靴。
清潔感と属に言う”デキる男”感溢れる笑みで一礼した後、社長室を後にした。
車椅子の座ったまま社長デスクについている男はデスクに肘をつき、顔の前で手を組んだ格好で
「頼んだぞ山田君、この商談が決まれば我が社はこの業界の最大手と肩を並べることになる…」
そう言うと、山田が出て行ったドアを眼光鋭く見つめながら、秘書が入れたコーヒーをすする。
「ずずっ…、アチチ…」
エレベーターを下り、ロビーを颯爽と歩いていると色んな人から声を掛けられる。
「あ、山田さんおはようございます!」
「山田先輩、今から商談ですか?」
「お気をつけて!」
「またデッカイ仕事、よろしくお願いしますね!」
「いってらっしゃいませ」
受付スタッフの言葉を最後に、指紋一つないピカピカに磨き上げられた自動ドアを出ていく。
俺の名は【山田 勇一】。
歳は31歳だがまだ独身で、そろそろ落ち着きたいと思ってはいるが、何せ仕事が忙しい。
あと、最近ハマっているものはここ最近流行の”異世界転生モノ”の漫画を見ること。
それでも、仕事とプライべ―トはきっちりと住み分けている。
ちなみに仕事といば、今ネット界隈では当たり前になっている、ネット通販、動画配信サービスなどを展開しているIT企業の中で、ひときわ急成長を見せている一社の営業マンをしている。
まぁ、うちの会社では【勇者】だの【救世主】だのと言われてはいるが社長を始め、社員の仕事っぷりがぬるすぎるんじゃないかと感じている。
ただ自分としては普通のことをしているだけで周りからチヤホヤされることに不満はなく、むしろ居心地良くすら感じる。自分の能力を限界まで引き出して、さらに努力をしようなんて高尚な考えは持ち合わせていない。自分にあった仕事を、自分が持ってる能力で、卒なく無理なくこなせれば十分だと考えている。
自己紹介?はさておき、俺が昼一番に出向く商談も、車椅子でフットワーク軽く動けない社長の代わりにライバル会社だった企業との業務提携の契約を交わす重大な役目を背負っている。
無意識だろうか、さすがの自分も重要な契約書類の入ったカバンをいつもより強く握りしめていたようで若干右手が痛い。
「少しばかり遅くなってしまったな、急ぐか…」
そう思い早歩きを始めた途端、赤信号に引っかかってしまった。
「チッ…まぁ、焦らずとも十分間に合うか…」
信号が青に変わり横断歩道を歩行者が一斉に渡り始める。
こんな時にふと思うのが、最近よくニュースになっている「高齢者ドライバーが誤って歩行者に突っ込み…」や「ブレーキとアクセルを踏み間違えて…」などという報道だ。
個人的には、高齢者ドライバーによる事故よりも若い人が起こす事故のほうが圧倒的に多いはずなんだが…
などといった、ややネガティブな思考のまま横断歩道を渡り切った瞬間
ドガガガガガァァーーーンッ!!!!!
ビルの窓ガラスが割れんばかりの衝撃音と共に、背後から強烈な衝撃を受けに前方へ吹き飛ばされ、ビルの角に叩きつけられた。
「・・・・ッ!?!?!?」
「一体なん…だ…」
「キャーーーっ!!」
「おい!! なんだこりゃあ!? 救急車を呼べ!!」
「トラックがいきなり突っ込んで…!!!」
叫び声が響き渡るが、身体は激しい痛みで指一つ動かせない。
どうにか眼球だけを動かし、自分の身体を見るが…
「こ、りゃ…もうダメ…だ…」
血まみれになった今日のために新調したピカピカの革靴を履いた足と、手が痛いくらいカバンを握りしめていた右腕が繋がったまま、己の血肉と共に少し遠くに見えた。