伊坂幸太郎 『オーデュボンの祈り』
新潮社(新潮文庫) 長編小説 ジャンル:推理 初版発行: 2000年12月20日 著者:伊坂幸太郎 ラジオドラマ化あり 漫画化あり
伊坂幸太郎のデビュー作、これぞ伊坂幸太郎の原点。きっと、当時、他の作家の作品より、異色を放っていたであろう、作品ですねぇ~。伊坂幸太郎さんの作品はジャンル分けが難しいです(本当に)。
そして、この『オーデュボンの祈り』はジャンル的には、推理小説、なのですが、推理は二の次という感じでした。伊坂ワールド全開の、予測不可能な小説です。まぁ、2000年の第5回新潮ミステリー倶楽部賞受賞、ということはミステリーのジャンルで正しいのでしょうが。
ストーリーも正に、伊坂幸太郎ってストーリです。未来が見えるカカシ、殺人を許された、秩序である桜という男、妻が死んでから、反対の言葉しか話さなくなった元画家、ゴールデンレトリーバーに似ている男、気の狂った警察官。
寓話のようでいて、寓話でない。言ってることは滅茶苦茶だけど、不思議と感心してしまう。巧みなストーリ構成。正に伊坂幸太郎さんの原点ですね。
主人公の伊藤という男は、目が疲れたという理由で、務めていたIT関係の仕事を辞め、ひょんなことから、コンビニ強盗をしでかします。伊坂幸太郎作品といえば、強奪ですからね。強奪が好きな作家さんです。
当然、強盗は失敗し逃げ出しますが、そのとき伊藤を捕まえた警官とは、今さっき紹介した気の狂った警察官、城山です。とにかく、城山は気が狂っています。人が廃人になっていく、姿を見るのが好きなのだとか。
そんな城山に捕まってしまってさあ大変、クマが出てきてこんにちは♪ です。城山に捕まり、絶体絶命のとき、パトカーが事故を起こし、伊藤は間一髪で逃げ出せます。それから、伊藤はクマのような男に、拾われ、鎖国状態がつづく、荻島というところに連れていかれることに……。
そして、翌日荻島のアパート? で目覚め、ゴールデンレトリーバーのような男、日比野に島を案内してもらうことになる。
その島には個性豊かな(変人)ぞろい、さっき書いた通りの人々と出会います。そして、未来が見える、カカシ、優午(ユーゴ)とも出会います。優午は未来が見えるにもかかわらず、誰にも未来を教えようとしてくれないのです。例え、翌日その人物が死ぬとしても、優午は教えてくれない。
優午がいうには、未来というのは沢山あるそうです。枝分かれ的に、沢山の未来が産まれている。その話を伊藤はカオス理論に当てはめ、こんな例え話をします。
伊藤 「ジューサーと言うのを知っているかい」
日比野 「果物を突っ込んで、かき回してジュースを作る機械だろ」
伊藤 「ジューサーに果物を入れつと、ジュースができる。みかんを入れるとみかんジュースができるし」
日比野 「バナナの時もある」
伊藤 「そうすると、バナナジュースだ。ようするにさ、そういう規則がある。何を入れたら何ができるのか、それが決まっている。で、あるときにとても美味しいジュースができたとする。材料を混ぜたら、とても美味しいジュースになったんだ」
で、次の日に、同じジュースを作ろうとする。しかし、上手くいかなかった。材料が一つだけ足りなかったんだ。つまりは、まったく、同じ量、同じもの、同じやり方で再現しない限り、同じ結果にはならないということです。そのことを、日比野は神様のレシピといいます。
優午は未来が見えているけど、沢山の世界線の未来が見えているから、そのときになってみないと、自分がいる世界線の未来は分からないという訳です。
次の日、優午は殺されます。カカシだから、殺されるという表現であっているのかは、分かりませんが。本作のミステリー的なところは、誰が優午を殺したか? を探すところにあります。優午は未来が分かるのに、どうして、自分が翌日殺されることを誰かに打ち明けなかったのか?
そういうところが、この作品のミステリーです。
しかし、さっき書いたように、ミステリーは二の次、本作は、独特な世界観、と寓話のようで、寓話でない、哲学的なことを楽しむ作品なのです。荻島に住む、個性豊かな人々、どうして荻島は鎖国状態なのか?
これは、ミステリーよりも、個性豊かな登場人物、そして、伊坂幸太郎さんにしか書けない、独特な世界観を味わう作品なのです。
あ、最後にこれだけ、伊坂作品の、『重力ピエロ』にある人物が未来を見るカカシの話をする、というエピソードがあるのですが、その人物は数年後の伊藤だったのですね。なんだか伏線が繋がったような、爽快感を覚えました。伊坂作品は、どの作品も世界観を共有する作品なのですね。