姫野カオルコ 『昭和の犬』
初版発行: 2013年9月12日 著者: 姫野カオルコ 受賞歴: 直木三十五賞 ジャンル: 歴史フィクション、 家庭小説
今回は本棚にしまったまま、読んでいなかった。
『昭和の犬』を紹介しましょう。昭和の犬ですよ。シンプルなタイトルいいですね。
この作品は第150回直木賞受賞作なのですが……エンターテイメント性があるか? と聞かれればないと答えます。
直木賞とはエンターテイメントを重視した作品に贈られる賞です。で、有名な芥川賞は純文学系の作品に贈られる賞なのだとか。
別に本題とは関係ないのですが、小説家として生き残っている人は、芥川賞を受賞した人よりも、直木賞を受賞した人の方が多いのだとか。
やっぱり、エンターテイメントを書ける人の方が生き残るんですよね。純文学が書ける人も必要ですが、やっぱり娯楽小説としての社会のニーズにこたえるにはエンターテイメントを書けないと小説家としては生き残っていけないそうです。
つまり、小説家として生き残りたくば、直木賞を受賞しておいた方がいいということでしょうね。
で、また話がそれますが、直木賞とは、小説家であり、脚本家、映画監督でもあった、直木三十五という方に由来して作られた賞です。芥川賞の芥川龍之介氏と比べ、直木三十五氏は知名度が低いですよね。
私も芥川龍之介の作品は読んだことありますが、直木三十五の作品は読んだことありません。はい、という訳で今回紹介するのは、直木賞受賞作、『昭和の犬』です。
簡単にあらすじを説明すると、主人公は柏木イクという女性です。昭和三十三年滋賀県に生まれ、大学に行くために上京するまで、気難しい父親と、ちょっとずれた母親に育てられます。
父親である鼎は外面はいいのですが、家では亭主関白で、ふとしたときに“割れる„のです。割れるとは“怒る„という意味で、訳のわからないことで、割れてしまいます。
例えば小学生のイクが学校に行くとき、リップを付けていくんじゃないと言ったりします。小学生のイクがリップなど持っている訳ありません。母親だって、リップはつけない人だったそうです。
それなのに、父はイクを叱るのです。その他にも、女性を軽視している描写が結構あり、女だから論理的な考えで行動できないのだ。ということを言って、イクを叱りつけます。
だけど、決して悪い人ではないのです。父はシベリア抑留から帰ってきて以来、ちょっと精神を病んでしまっているだけなのです。父は動物が好きで、イクが小さいときから、色々な動物を飼っていました。時に猫であったり、大型犬であったり、色々な動物をです。
そんな父に育てられたからなのか、イクも動物が大好きになりました。そして、暮らしの中で母もちょっと精神を病んでいたのでしょう。イクが中学になり、ブラジャーがいる年ごろになっても、買い与えようとしませんでした。
だからイクは自分が持っていた漫画などをクラスメイトに売って、下着を買うお金を手に入れるのです。けれど、子供から手に入れられるお金など知れています。
イクは三枚の下着を洗い回して、学校生活を送ったのです。動物とふれあい、亭主関白な父に怯えながら、イクは大学生になりました。イクは家から出たいとずっと考えていました。だから、上京を決めるのです。
と、まあ、本当に大雑把に説明したらこんな話です。ノスタルジックな、どこか懐かしい世界観なんですよ。淡々とした語り口で、とても文章が綺麗なのです。
これはもう純文学ですよ。村上春樹の『ノルウェーの森』に似てると思いましたね。ノルウェーの森に似ていると言っても、性的な表現があるわけではありません。
性的な表現どころか、恋愛要素は皆無です。恋愛が読みたい方にはオススメできません。ちょっと歪んでしまった家族と、動物たちとの触れ合い。そして、昭和という時代に見え隠れする『戦争』の影。本当にこれだけです。
作品の中にたこ焼き屋のおっちゃんの話があるのですが、そのたこ焼き屋のおっちゃんも戦争に出ていて、人肉を食べたことがあると告白するのです。
テオドール・ジェリコーの『メデューズ号の筏』という絵画も当時ショッキングだったと聞きます。人肉を食べた生還者は生涯迫害されたという話を聞きました。
人肉を食べてまで生き残るか、人肉を食べずに死ぬか。極限の状況で人間はどちらを選ぶのでしょうか? わたしは前者を選ぶ人の方が多いと思います。
溺れた人が助けに来た人を足場にして自分だけが本能的に助かろうとするように、人間は極限の状況で人肉でも食べると思うのです。
今でこそ、人肉を食べたなどと言ったら、とんでもないことだと騒がれますが、昭和の時代は大っぴら気に戦争体験を語る人がいたと、この本には書かれています。
昭和という時代は、戦争の辛い記憶を抱えた人がそこら中にいて、今の時代よりも、“死„というものが身近にあったのでしょう。おっちゃんのその話を聞いて、イクは父もシベリアで辛い経験をして、精神を病んでしまったのだろう、と少し寛容になれたのです。
大きな盛り上がりのない淡々とした作品ですが、読み終わった後になんだか心に残る何かがある作品です。この作品は作者の姫野カオルコさんの自伝的な作品なのかな? と思いちょっと、調べたのですが判然としなかったので、何とも言えませんが、まるで自伝小説のように感じられました。




