貴志祐介 『天使の囀り』
角川ホラー文庫 ホラー・ミステリ 初版発行: 1998年 作者:貴志祐介
前回に引き続き、今回も貴志祐介さんです。タイトルの通り『天使の囀り』という、ホラー? 小説。以前から読んでみたいと思っていたのですが、なかなか手が出せず今回やっと読みました。
感想を一言でいうと、「凄かった!」です。何だ、その小学生ような感想はッ! と思われるでしょうけど、この作品を例える言葉が見つからない。
私的感想として『黒い家』よりは怖くなかった。決してけないしている訳ではありませんよ。この『天使の囀り』は『黒い家』とは怖さのベクトルが違うのです。
どういう風に違うかというと、黒い家はサイコ的怖さなのに対し、天使の囀りはコロナ的怖さと言いますか……。とにかく、荒唐無稽とも思われる話を論理的ロジックで描いてしまう、貴志さんの力量の高さに驚かされる作品です。
私的に黒い家の方が怖いといいましたが、天使の囀りは黒い家よりもよくできた話だと思うんですよ。
とにかく、貴志さんは専門知識を作品に取り入れる技術と知識がすごい。
主人公は北島 早苗という終末医療に携わる、女医さんです。この早苗の恋人であり、小説家の高梨という男性はある日、ある新聞社が企画した、アマゾン探検に同行することになるのです。
そして、アマゾンから送られてくる高梨の手紙から、物語が幕をあけます。この高梨はいつ来るかわからない、死に常に怯えている死恐怖症なのですが、探検から帰ってくると人が変わったように、食欲と性欲が旺盛になっていました。
何より変わったのが、あれほど恐れていた死に魅せられるようにもなってしまっているのです。そして、ついに自殺してしまいます。どうして高梨は自殺してしまったのか? 早苗は独自に捜査をすることを決めるのでした。
そして、萩野新一というアルバイトの青年の視点からも物語は展開されて行きます。萩野新一はフリーターのその日暮らしをしている、二十代後半の男で、趣味は18禁のPCゲームです。
そのゲームに登場するヒロインにぞっこんの青年なのです。そんなアルバイトとゲームで日々を送る、新一はある日ネットサーフィンをしていると、地球の子供たちというサイトを見つけます。
そのサイトで語られる話に興味を示し、新一はセミナーに参加することに……。しかし、そのセミナーには裏があって、セミナーに参加した人々が次々に、謎の死を遂げるのであった……。
天使の囀りを語ろうとすれば、物語のトリックに触れないことにはいかないのですよ……。だから、これ以上は踏み込めません。後は、ご自身でお確かめください。
本当に凄い作品でした。知識が付くこと間違いなしです。作中にスネークカルトという原初の蛇信仰宗教のことを語られる場面があるのですが、今まで知らなかった、定説が知れて興味深かったです。
古来宗教とは、新たに登場した宗教に乗っ取られながら今に語り継がれてきているのです。シュメール神話が、メソポタミア神話に乗っ取られ、ギリシャ神話などになり、そしてユダヤ教やキリスト教、イスラム教に語り継がれてきたようにです。
多くの神話で語られる古き最高神を倒し、その座を奪うというシナリオ。ギリシャ神話とかが、そうですよね。ティターン親族最高神のウラノスをゼウスが倒し、最高神の座を奪ったように。
地を象徴する蛇は西洋で迫害され、いつしかスネークカルトは希薄になってしまいました。しかし東洋では、龍という蛇が信仰されているように、今なお根強い信者を持っているのです。
西洋でも希薄になっただけで、スネークカルトは消えたわけではありません。蛇は死の象徴であると共に、生の象徴でもあるのです。ウロボロスやヤマタノオロチなどなど、世界保健機関のアスクレピオスの杖がその証拠です。
メドゥーサの首は死んだものを蘇らせたと言います。正に生と死は表裏一体ということですね。
本当によくできた話です。ラストも考えさせられる終わり方でした。貴志さんの作品は一味違った終わり方をしますよね。『悪の教典』や『青の炎』や『新世界より』なんか、倫理感を覆すと言いますか、倫理的には駄目だけど、倫理だけではどうにもできないということがあるのですよね。




