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α CMa  作者: 嘘吐き
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4


 かつて、言葉や文化は散り散りで、ただそれだけの理由で人々は争っていた。


 世界は神々の正しい力により、飢えや災害とは無縁だった。

 ただ人々の言葉の混乱から起こる争いが、人を苦しめていた。


 しかし、ある青年の開いた教えの家――今で言う学校が、その連鎖を少しずつ変えていった。


 青年は聡明だが、何より彼の師である魔女の助けが大きい。


 ある出来事を皮切りに、教えの家は“教義学術振興会”と名を変えて、神の教えと教育を普及する組織となった。




「――とまあ、教会の成り立ちぐらいは知っておろう」


「ええ、まあ……」


 滔々と語りだしたかと思えば、それは教会の設立理念だった。

 争いのなき世のために教育を。教祖にして誠実なる騎士ゲオルギオスの思想は、キサラも共感し賛成している。


「まあ問題はそれ以降だ」




 ゲオルギオスは奇跡の力を持っていた。その奇跡を真似しようと、信徒の一派が画策した。


 さる魔女を贄に、新たに神を生み出そうとしたのだ。




「そんな、畏れ多い……」


「しかし驚いたことに、理論は間違いではなかった。世界の構造も単純なものだ」


 宗主は獣を見る。威嚇に剥き出される牙をものともせず、どこか自嘲めいた笑みを見せる。


「魔女の死を拒否する思いと、世界の死を呑み新たに生み出す構造が矛盾し、神ではなくただ無意義な力の塊を発生させた」


 宗主は獣を指差した。


「力は十と一の意識を持ち、うち九つはゲオルギオスが世界に還した。その残りが餓えた獣、ウリディシムだ」


「ま、待ってください。なぜ教祖は獣を残されたのですか?」


「全てを終える前にだな、怒り狂う魔女らの奸計により、当時の国王に謀反の疑いありとして処刑された。

愚かしいとはまさに魔女どもを指すだろうよ」



 

 ええと、とキサラは必死に頭を廻らせ、聞いたことを整理する。


「つまるところ、教会がここを管理していたのは封印を守るためで、よりによってウッコ神が、それを解いてしまった、と」


「封印に関しては、吾の管理にしよう。もう神になど頼らぬ。

さて次は汝だ。汝は吾の元へ戻り、何を成したいのだ?」


 逡巡したが、宗主が促すのを見て、キサラはゆっくりと口を開く。


「僕は、家族の元に帰りたいです」


「至って凡庸な、しかし困難な願いだな」


「ここに来る道中、魔女に会いました。そして森に、結界が張られていると聞きました」


 結界を張り、キサラを森に閉じ込めているのは、他ならぬ宗主だろう。しかしキサラは、それを糾弾しない。


「宗主、僕は人の体ではないのでしょう?

ですが貴方は元に戻す方法を知っているはず。でなければ、僕の前に現れない」


 宗主は笑い、歓迎するように両手を広げた。


「聡明で結構。汝には神域に行ってもらう」


「神域……」


 神々のおわす地。古来より様々な名をつけられた、伝承上のみにある場所。


 しかし、餓えた獣も神も実在しているのだ。神の世界があっても不思議ではない。


「神域とは現世の裏側、魂ともいえる側面だ。そこで獣を昇華せよ」


「昇華……?」


「そうとも。我らは無から有へと流れる、ひとつの線だ。どのような生物も、いずれは熱的な死を迎える。これは神だろうが世界だろうが抗えぬ」


 宗主は手首から銀の連なる輪を外し、示す。


「しかし獣は、どの生命発生条件も満たしていない。現象ですらない。線ではなく、無から有へ、有から無へと繰り返す円だ。

つまりは死がない」


 力を込め、銀の輪を千切る。


「かつてゲオルギオスは自らの身体を媒介に、力を大地に還した。それと同じことをせよとは言わないが、昇華さえすれば汝は家族の元へ帰ることができよう」



 

 キサラは力強く頷き、行きますと即答した。

 わずかな可能性でもあるならば、それにかけるべきだ。


「どうすれば、神域へ赴けるのですか?」


「普通は夢を媒介に神で接続するが、汝はそのままいけるだろうよ。この森は、神域と地続きになっている」


「宗主は、どうされるのです?」


「吾は神域に行けぬ。ここで待とうぞ」


 獣に導いてもらうよう助言され、キサラは獣に向き合う。

 連れて行ってくれないかと言うと、獣はひとつ鳴き、キサラの襟を咥えて後方に投げ、背に乗せた。


「うおっ、わ」


 躊躇の間も与えず、獣は疾駆する。

 森の奥、教会が閉ざし、何人も踏み入らぬ地へと。


 突如発生した霧で視界が霞む。日の光は木々に閉ざされ、薄暗い森は不安を増大させる。


 屈み、獣毛を掴む。森が鬱蒼としているのに対し、不思議と枝などがぶつかることはなかった。


 いかほど走ったろうか。そう長くはないはずだが、風は宵の冷たさを孕んでいる。

 獣が飛び出した。そこはもう、キサラの知る森ではなかった。


「なっ、あ、信じられない!」


 絶壁、否、恐ろしく深い崖だった。岩場には細い滝がいくつもつたい、底は濃い霧で確認できない。


 落ちる、とキサラは恐怖したが、意外にも獣は平然と宙を走る。

 獣の歩んだ跡には青い光の屑が、まるで儚い流星のように舞っては消える。


 周囲は夜だ。空を仰げば、青星が追従し、さらにそれよりずっと巨大な星がキサラ達を照らす。


「っこれが……神域」


 幻想的で原始的。夢か現かの判断に迷う。

 世界中を探しても、こんなに深い渓谷はないが、風の感触も滝の水音もあまりに現実的だ。


 驚きにあちらこちらを見渡すキサラに、何者かが声をかける。


 

『そうだ、これが神域。世の魂』


 若さを滲ませる、低い男声。

 キサラは声の主を探したが、しばらくしてようやく、正体を見つけた。


「まさか、餓えた獣、お前か?!」


『そうだとも。やっとまともに意思の疎通がはかれて喜ばしいな』


 獣の口が動いているわけではない。

 そもそも、獣は自らの霊質でキサラの一部を変えた。その際にキサラの意識を取り込んで、霊質の交換を行った。


 つまりは身体的に同一であるといえる。神域においてその真価は発揮され、会話が可能となった。


「こ、これからどうすればいいの?そもそも、どこへ行けばよいのか……」


『まずは状況を把握し、ここに慣れるべきだ。落ち着ける場所を探す』


 キサラは唸った。獣の知能は、少年が思っているよりよほど高い。あの英知の炎を喰ったからなのか、それとも、元より聡明なのか――


 獣は首を上げ、滝の流れに逆らうように、崖を登る。

 中腹に一本の巨木が横ばいに生えていた。獣は音もなく降り立ち、キサラをそつと降ろしてやる。


 が、あまりの高さに怯えたキサラは、獣から離れようとはしない。

 獣は慰めるように少年の顔を舐め、ゆっくりと身体を横たえる。


『落ちてもすぐに拾ってやる。怖がるな』


「む、むり。ていうか、舐めないで」


 押し問答を続けていると、崖の岩を蹴って落ちてくる影があった。

 まるで山羊のごとく軽やかに。されどもその下半身は馬。


 宗主の使いだろうか、と思いきや、馬の首に当たる部分には、人間の上半身が生えていた。


 半人半馬の怪物は、キサラ達の目の前に着地。衝撃に木がしなり、大きく揺れる。


「今度は何っ?」


 かびで汚れた外衣を目深に被る半人は、何も答えない。代わり、馬に乗ったもう一人が姿を見せた。それは森ではぐれた、赤毛の魔女だった。


「はじめての神域はどうだい、少年」


「ハナニヤ!何故ここに」


 ハナニヤは相変わらず、飄々と蝗を食いながら答える。


「魔女だからさ。魔女は神と共存し、その力を行使するのだ」


 怪物は喉の奥で嗤い、尾を振る。その尾っぽは蠍のもので、毒針に金の王冠を引っ掛けていた。


 

 魔女は神の力を利用し、様々な呪いを使っている。


 神を信仰する教会と、神と共に在る魔女。同じものを信じているはずというに、故に溝は深いのか。


「少年、神域は複雑怪奇。子どもが遊ぶ場所ではないのだ。さっさとお帰り」


 キサラは頑として首を横に振る。


「僕はここで、獣を昇華する。そうすれば家族に会えるから」


 ハナニヤは大いに笑った。馬の背を叩き、ひいひいと苦しげに呼吸しながら。


「それはそれは!奇跡を起こすようなものだ。昇華の方法を、お前は知っているのかね」


「そ、れは……」


「方法など、魔女にもわからん。宗主はお前を贄にしようとしているのではないか?

忌々しい。葦弥騨とはいえ、子どもに業を負わせるとは」


 ハナニヤいまだ、キサラを魔女側に置くことを諦めてはいない。

 誘いの言葉を、少年は払いて、獣の毛を掴む。


「だったら僕は、誰も信用しない。この獣を利用して、自分だけでやる」


 宗主もハナニヤも、自分らだけの利権しか頭にない。教会と魔女の争いに巻き込まれるのはごめんだ。

 またウッコも、キサラよりも宗主の願いを優先していることに気づいた。どちらにせよ、信用に値しない。


 原因こそが解決の糸口とは、実に皮肉であるが、キサラはもはや躊躇しなかった。


「だからハナニヤ、僕らにはもう協力はいらない」


 獣は少年を背に乗せ、颯爽と崖を上がって行った。

 ハナニヤは嘆息し、馬の腹を蹴る。半人半馬の怪物がようやく、口を開く。


『よいのか、追わずして』


「若いというのはいいが、愚かだ。少しは大人の言うことも聞くべきなのだ。そうは思わないか?」


『知らんわ。もう切断するぞ、裁定者が目覚める』


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