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理想の王子様なんていなかったので、自分で目指すことにしました。  作者: 空飛ぶひよこ
最終章 君と紡ぐ物語

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君と紡ぐ物語

「ぼ、暴走させたわけじゃないぞ……結果的に暴走したのは事実だが」


「……そうだね。そこは私の記憶違いだ。だって、どう聞いても、不幸な事故だもの」


 十七になった私が聞いてもなお、当時のアルファンスが行った行為が完全に誤りだったとは思えない。

 誘拐犯の実力が未知数だったことを考えると、状況次第では当時のアルファンスの行動が最善だった場合だってきっとあるのだから。

 全ては結果論。幸いにして命も助かって、火傷の痕一つ残らなかった私としては、アルファンスを責める気持ちは全くない。


 でも、だからこそ思う。


「……だったら、もっと早く言ってくれても良かったのに」


 アルファンスがもっと早く、過去のことを打ち明けてくれて、素直な気持ちを打ち明けてくれれば、捻じれていた私とアルファンスの関係はもっと早く収拾がついていたんじゃないかと。

 ……婚約者として紹介されたあの時から両想いだったのなら、なんだったんだ。この十年以上の月日は。


「……い、言えるかよ! 最初の宣言したことが、達成できてない状態で、そんなこと!!」


「いや、それにしても……十年以上も、さあ」


「俺だって、こうして学業でも剣術でもお前に完全勝利するまでに、十年以上もかかると思わなかったんだよ!」


 顔を真っ赤にしてそう言ってから、アルファンスは拗ねたような表情で、顔を背けた。


「……だいたいお前だって、髪の色と身長が変わったくらいで、何で気付かないんだよ……人の顔を覚えるのは得意な筈だろ」


「それは……仕方ないだろう」


 初めて会った時の……いや、違うか。

 初めて「アルファンス王子」として紹介された時の、アルファンスの姿を脳裏に思い浮かべる。


 鮮やかに輝く金色の髪に、エメラルド色の瞳。

 中性的で、愛くるしい、整った顔立ち。

 すっと、背筋が伸びた、美しい立ち姿。

 ……身長が自分より低い事なんて、言われるまで気づかなかった。

 気付かないくらい、あの時の私はその姿に囚われていた。


「……あの時の君の姿は、びっくりするくらい私の理想の王子様だったんだから。その印象があまりに強すぎて、顔の細かい造作までは頭がいかなかったんだ」


 一目で、恋に落ちた。

 この人が、自分の将来の旦那様になることが、嬉しくて仕方なかった。


 その性格を知ってもなお、けして色あせることがない……否、寧ろ知れば知るほど、一層想いが増す程苛烈な初恋の呪いに、私はあの瞬間、かかったのだ。


 人生で最初で最後の、ただ一つの恋の呪いに。


 私の言葉にアルファンスは少しだけ目を見開いてから、すぐに痛みを耐えるかのように、唇を噛んだ。


「……レイリア。俺はけして、お前の理想にはなれない」


 アルファンスのエメラルドの瞳が、真っ直ぐに私に向けられる。

 私がかつて恋い焦がれた、その色が。


「……十七年、お前の理想に近づこうと努力はしてきたが、それでも、俺は変われなかった。俺の今までの人生は、いつだっていっぱしの大人になった気で勘違いしては、自らの未熟さを突きつけられることの繰り返しだ。学園を卒業して成人し、体ばかりは大人になっても、きっと俺はこれから何度も挫折と共に自らの未熟さを思い知らされるのだろう。……絵本の中の王子のように、完璧な存在としてお前を妻に迎えることは出来ない」


 中性的で美しい姿に、柔らかい物腰。

 誰にでも優しくて、それでいて勇敢で。

 命を賭けて、一人の女性を一途に愛し抜く熱い心を持っていて。


 ……確かに、そんな絵本の王子様のイメージとアルファンスのイメージは、完全には一致しない。

 どっちかと言うと、アルファンスのイメージは絵本の中では意地悪な敵役の方が近いかもしれないとさえ思う。


「……だけど、俺はそれでも、お前といたい。俺の妻になって、隣で一緒に時を重ねて行きたい。……レイリア。俺を、お前の唯一の王子様にして欲しい」


 だけど、正直に言えば今の私はもう、アルファンスに理想の王子様のようになって欲しいとも思わない。

 だって、私の理想の王子様のようになったアルファンスなんて、アルファンスじゃないから。

 私が好きになったアルファンスとは、違うから。


「お前が、好きなんだ……! 五歳の頃からずっと、お前だけが、好きなんだ…!! ずっと、ずっと……!!」


 真摯に告げられるアルファンスの想いに、私は静かに目を瞑った。

 目を瞑りながらただ、初めてアルファンスと出会ってからの十二年の月日を思い返した。

 自分がアルファンスに片恋をしていると思いながら、理想を追求した日々を。

 それはけして楽しいだけに日々ではなかった。

 泣いた日も、どうしようもないジレンマに苦しんだ日々もあった。


 ――だけど。


「……馬鹿だな。アルファンス」


 だけど、きっとああやって空回りしながら、もがき苦しんだ日々は、きっと今の私とアルファンスがこうして向き合う為には必要な歳月だったのだろう。

 私達が大人になって、こうして互いの想いを打ち明ける為には、きっとその時間が必要だったんだ。

 そう思うと、今までの歳月が、愛おしくさえ思えてくる。


「今さらだよ。……君と出会った瞬間から、私の王子様は、君だけなのだから」


 どれ程理想と違っていても。

 子どもっぽくて、時々格好悪くても。

 それでも、私が恋をした王子様は、アルファンス。世界でただ一人、君だけだよ。

 私が、これからも隣で一緒に歳月を重ねて行きたいと思う王子様は、アルファンス、君だけなんだ。


「レイリア……」


 アルファンスの手が、そっと頬に当てられ、顔が近くなる。

 私は、アルファンスにとっては二番目の……私にとっては初めてのその口づけを、静かに受け入れた。




 現実は、絵本の中に描かれた美しいフィクションとは違う。

 どれ程を理想を追い求めても、立ち塞がる様々な残酷な現実が、取り巻く世界をフィクションの中のように美しく思うことを許してはくれない。

 きっと私はこれからも、何度も何度も、フィクションの中のような美しい理想を夢見ては、立ち塞がる現実に裏切られてくるのだろう。

 理想のようになってくれない周囲に、そして、理想の自分になれない自分自身に、何度も何度も絶望を味わうことになるだろう。


 だけど、それでも。


「レイリア……改めて、言う。……俺の妻になってくれるか?」


 それでも、アルファンス。

 君と一緒に紡ぐ物語は、どれほど苦難と絶望に満ちていても、きっとどんな絵本のお話よりも輝いているんだ。


「……当たり前だろ」


 ――大好きな君と一緒に紡いでいく物語(未来)は、きっと。


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