レイリアの決意
「ないよ……と、言いたい所だけど、実を言えばあんたなら方法はある」
フルーリエ先生は、小さく溜息を吐きながら私の傍らにいるフェニの頭を撫でた。
「他の守護獣は個体にもよるけれど、ユニコーンならばまず間違いなく精霊を見ることができる。精霊にはこちらの言葉はちゃんと聞こえているから、フェニから目と耳を貸して貰えばあんたでも精霊と対話できるさ。……あまり薦めはしないけどねぇ」
「目と耳を貸して貰う?」
「そう。特別な魔法は何も必要はない。守護契約で結ばれている時点で、あんたとフェニの体は、繋がっているのだから。あんたはただ、フェニに目と耳を貸して貰えるように頼みさえすればいい。フェニさえ応じてくれれば、あんたはフェニが見ている物を、フェニが聞いている物を捉えるようになれるのさ」
フルーリエ先生の言葉に促されるように、フェニの方に視線をやった。
フェニは、フルーリエ先生の言葉を否定する様子も見せずに、ただ真っ直ぐに私を見ていた。
まるで「全てを私の意志に任せる」とでも、言うかのように。
「ただ、対話出来たところで何も変わりはしないと思うけどね。……だって、そうだろう? 自ら滅ぶか、愛するものを殺すか……愛するものを自らの眷族に引きずり込むか、のどれかしか道がない精霊に、人間が何を言えると言うんだ。何も出来ないのなら、最初から何もしない方がいい。若いあんたが思っている以上に、『個』が持つ力なんて小さいものさ。誰かを、何かを救うということは、並大抵のことじゃないからね」
その後寮の部屋に戻ってから、私はノートに書いていたことを何度も読み直した。
早くもすでに忘れてしまっているところがあるその内容を、再び数時間後には忘れてしまうことは分かっていながらも、それでも記憶に焼き付けるように幾度も読み返さずにはいられなかった。
私には、一体何が出来るのだろう。
一体何が正しい行動で、何が正しい道なのか。
諦めるべきなのか。あがくべきなのか。
必死に考えても、答えは出ないままで。気が付けば碌に睡眠もとれないまま、窓からは朝日が差し込んでいた。
「……あんた大丈夫? 随分目が充血しているけれど。あんた、その整った顔立ちだけが取り柄なんだから、もっと気をつけなさいよ」
「ちょっと眠れなかっただけだから、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。マーリーン」
無理矢理笑みを浮かべて首を横に振ると、マーリーンは呆れたように溜息を吐いた。
「あんたのことだから、きっとミーアの悩みに関することで色々悩んでいるんでしょうけど……私はあんたがそこまで追いつめられるようなことじゃないと思うけれどね。所詮他人事なんだから」
「マーリーン……」
「……まあ、そうやって要らぬ他人の問題事まで背負い込んでしまう、あんたの馬鹿でお人良しな所、嫌いじゃないけれどね」
お人良し、ね……。
「……そんなんじゃないよ」
「お人良しじゃなきゃなんなのよ。いつもいつも他人の為に色々世話焼いて頭悩ませているのに……あ、言っておくけど、私はあんたのことを『優しい』だなんて、好意的に評してはあげないわよ。他人のことで身を削る、あんたは馬鹿よ。貴族なんて、周りを押しぬけて、出し抜いてなんぼなのに」
……相変わらずマーリーンは辛辣だなあ。
辛辣で、とても正直だ。
「優しいわけでもないさ。私はただ……」
「レイ様……っ!!」
続けかけた言葉は、勢いよく開いたドアの音によって遮られた。
扉の方に顔を向けると、そこには目を真っ赤にしたミーアが立っていた。
ミーアは私と目が合うなり、顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を溢しながら、こちらに向かって来た。
「おっと……」
体当たりするように縋りついてきたミーアの体を、若干体勢をよろめかしながらも、何とか抱きとめることに成功した。
……ミーアが小柄で良かった。
これで、盛大に転んでいたら流石に少し格好悪いから。
「レイ様……私……私、忘れてしまったんです……どうやっても、思い出せないんです……」
「ミーア。落ち着いて。何を忘れてしまったと言うんだい? ……アーシュの名前かい? それなら、私がノートに書いているから……」
「――思い出、を」
ミーアは鼻を啜りあげながら、ひくりと喉を鳴らした。
「思い出が、何一つ思い出せない……学園に来る前の、アーシュと過ごした記憶が、何一つ……!! 幼馴染として過ごした記憶が、朝起きたら、何も思い出せないんです……!!」
そして、ミーアは涙と鼻水で濡れた顔を両腕で顔を覆いながら、叫んだ。
「忘れたく、ない……私は、忘れたくないよ……ちっちゃな頃からずっと一緒にいた、大切な幼馴染を、忘れたくないよぉ……!!」
『忘れるな……お願いだから……俺を……俺を、忘れるな……!!』
――泣き叫ぶミーアの声が、誰かが必死に泣き叫ぶ声と重なって聞こえた気がしたのは、気のせいだろうか。
「……大丈夫だよ。ミーア。心配しないで」
泣き叫ぶミーアをそっと抱きしめながら、その髪を撫でる。
「もしかしたら、私が何とかできるかもしれない……だから、泣かないで。君に泣いている顔は似合わないから」
アーシュを忘れたくない叫ぶミーアの姿を見た瞬間、私の心は決まった。
精霊と、話そう。
それが、解決になるかは分からないけれど。
……マーリーンは、私をお人良しというけれど、私はそうは思わない。
まして、優しいなんて、そんなわけでもない。
私は、ただ嫌なだけだ。私が嫌なだけだ。
自分には何も出来ないから仕方ないと、何もせずに諦めるのが嫌なだけだ。
女の子が泣いているのに、それをそのままに放っておくのが、嫌なだけ。
だって、私が憧れた絵本の中の王子様なら、そんなことけしてしないから。
絵本の中の王子様は、泣いている女の子の味方で、そしてどんな困難を前にしてもけして諦めない存在だから。
諦めないで、いつだってただ前に真っ直ぐ突き進むのだから。
私は、私の理想を貫く。……だから、私は、アーシュのことも諦めない。
諦めないで、きっとミーアが最後には笑えるような、皆が幸せになれるような結末をもたらせらしてみせる。
誰の為にでもなく、ただ私自身の為に。




