理想とはほど遠くても
見ろって……何を……。
「……あ」
「どうだ。レイリア!! 今回こそ、全ての教科でお前を抜いたぞ!! 文句なしに、俺はお前に勝った!! 最後の、最後で!!」
そこに設置された掲示板には、先日受けた最終試験の結果が貼り出されていた。
全ての教科の先頭にあるのはアルファンスの名で、私の名前はどれもすぐその隣に書かれている。
この学園で受ける最後の試験だったから、今回は私も特別力を入れて取り組んだ。打倒私に燃えるアルファンスに対して、遠慮なんかは全くしていない。事実全教科2位というこの結果が、私が一切手加減なんかしていないことを物語っている。手加減して2位が取れるほど、この学園のテストは甘くない。
それでも……アルファンスは、全ての教科で私より高得点を取った。
間違いなく、彼の勝ちだ。
「やった……!! ついに……ついにだ……!! 最後のチャンスだったから、正直不安もあったが、ついに俺はやったぞ……!!」
「……いや、今までだって、最近はずっと総合で君が勝ってたんだから、今更そんなに喜ばなくても……」
「全ての教科で、お前を負かしてこそ意味があるんだよ……!! ……良かった。本当に、良かった。……これで、俺は……」
両方の拳を固く握りしめて、満面の笑みで喜ぶアルファンスに、苦笑が漏れた。
……こんなに喜ばれたら、もう悔しい気持ちも湧いて来ないよな。
このテストの為に、彼がどれだけ一生懸命勉強していたかも知っている分、余計に。
「アルファンス……本当、君は」
子どもっぽくて、負けず嫌いで、単純で……。
見掛け以外は、私の理想の王子様像とはほど遠い。
……ほど遠い筈なのだけど。
「……やっぱり、私は君が好きだなぁ……」
呟いた言葉は、ただ喜びに浸るアルファンスには届くことなく、口の中で溶けていった。
子どもっぽくて、負けず嫌いで、単純で。
……努力家で、まっすぐで、ひたむきで。
素直じゃないけど、本当は優しくて。
普段はわりとどうしようもないけど、いざという時は頼りになって。
いずれ王になる立場として、自らの目指す理想を、あるべき姿を模索しながら、日々必死に生きている。
――そんな君が、今、改めて好きだと思う
そんな君から、これからもずっと一緒にいたいと思うんだ。
速くなっていく鼓動を感じながら、私は隣のアルファンスに視線をやった。
幸い、今周りには他の生徒はいない。
……今なら、伝えられるだろうか。
初めて会った時から、ずっと私の胸の中にあり続ける想いを、彼に伝えることができるのだろうか。
「……アルファンス。その、さ」
これからもずっと傍にいたいから……私と結婚して下さいって、ちゃんと伝えることができるのだろうか。
「――それで、だ。レイリア」
「……へ?」
思い切って告げようとした告白は、突然のアルファンスの言葉によって遮られた。
「お前、卒業式の後、少し時間があるか?」
「え? ああ、うん……まあ、あるとは思うけど」
「なら、良かった!!」
真剣な眼差しと共に、ぎゅっと両手で右手を握られて、思わず変な声が出そうになった。
「レイリア……卒業式が終わったら、武闘場に来てくれ。先生には許可と鍵を貰っておくから。……ああ、くれぐれも変態馬とか、赤毛の女を連れてくるなよ。必ず、一人でな」
「……あ。うん……わかった……」
「約束だからな!! ……それ、じゃあな」
言うだけ言って、アルファンスはさっさとそのまま去って行ってしまった
……アルファンス。いや、勝手に人をここまで引き摺ってきておいて、一方的に要件を済ませたら、はい、さよならは、ひどいと思うよ。
私じゃなかったら、怒り出していてもおかしくないんじゃないかな。
そんな風に内心で突っ込みを入れながらも、私の顔は先程以上に沸騰していた。
急激にあがった熱で頭がくらくらする。
「……もしかして、私、告白するつもりで、告白されてしまうのか……?」
頭の中で、ピンクの花びらが派手に舞い散った。
『レイリア……最初にあった時は照れてあんな暴言を吐いてしまったけど……本当は初めて会った時から、ずっと好きだった……』
頬を僅かに赤く染めたアルファンスが、私の前に片膝を立てて跪きながら、そっと手の甲に口づけを落とす。
『……正直言えば、一目ぼれだったんだ。……初めて会った時のお前は、春の妖精のようだった。……柔らかく波打つ金色の髪は、まるで太陽を紡いだ糸のように光り輝いていたし、朝の陽ざしに煌めく水面の蒼を宿した瞳は、今にも零れ落ちんばかりだった。ピーウテの花がごとき、愛らしい唇は、今にも花開かんばかりに柔らかくほころんでいて、ふっくらとふくらんだ、僅かに赤らんだ頬はまるで……』
「……いやいやいや、落ち着け私。さすがに、それはない。天地が引っ繰り返ったとしても、アルファンスはそんなことを言わない。絶対に」
「……何一人でぶつぶつ言っているのよ。気持ち悪いわね」
「ごめん。マーリーン……ちょっと、考え事をしててさ」
私は慌てて首を横に振って、脳裏に浮かんだ有りえなさ過ぎる妄想を振り払った。
……どうも、昔大好きだった絵本のシーンと重なって、想像の中のアルファンスが気持ち悪くなってしまうな。
回りくどくて詩的な、仰々しい愛の言葉なんて、アルファンスにはちっとも求めていないのだけど。(大体似合わないにもほどがある)




