女の子は強い
最後に、一度だけ抱き締めさせてもらっても良いですか。
そう言ったサラに、私はただ頷くことしかできなかった。
サラは震える指で、棒立ちになっている私の体を抱き締めた。
「……本当に、ありがとうございました」
ほんの一瞬だけ、鼻孔に甘い香りが広がったかと思うと、サラはすぐに私から離れた。そして最後に深々と頭を下げてから、背を向ける。
振り返ることもなく、ぴんと背筋を伸ばして歩いて行くその姿を、私はただ甘い残り香と共に見送ることしかできなかった。
「……強い、な」
迷いなく真っ直ぐに歩いて行くあの娘はきっと、これからの自らの人生も迷いなく進んで行くのだろう。
親に勝手に決められた婚姻に逆らうこともなく、ただ学生時代の楽しかった思い出だけを糧に、全てを受け入れて自らの未来を切り開いていくのだろう。
手に入らないものを分不相応に追い求めることをせず、与えられた物の中から、ささやかな幸福を見出しながら。
そんな彼女の背中が、今の私にはどうしようもなく眩しかった。
「女の子という生き物は、どうしてこうも強いんだろう……」
こんなことを言っていたら、一応生物学上は女の身としては、怒られるかもしれないけれど。
けれど、私のことを「王子様のように勇敢だ」と誉めそやす彼女達の方が、私にはよほど勇敢に見える。
サラだけじゃない。……今まで私に告白してきた女の子達はみんなそうだ。
誰一人、私の心を求めてそれを口にしてきた娘はいなかった。
ただ自らのけじめとして……学生時代の束の間の夢に終止符を打つために、彼女達は各々の想いを口にした。
その体は、返ってくることが分かっている謝罪の言葉に、脅え、震えているのに。
それでも逃げることなく好意を口にしたうえで、最後は笑って、私に背を向けて去って行くのだ。
「……彼女達に比べれば、勝算がある分、私の方がよほど恵まれているのにな」
好きな人が、婚約者で。
しかも自分を憎からずは想ってくれている。
……好きでもない相手との結婚が決められている彼女達に比べたら、私の境遇は幸運そのものだ。
それなのに、どうして私はただ一言、想いを告げることさえもできないのだろう。
今のアルファンスが、最初に出会った時のようにあからさまな拒絶の言葉を吐くわけがないということくらい、本当は分かっているのに。
「――レイリア。こんな所にいたのか……!!」
ちょうど考えていた相手の声に、どきりと心臓が跳ねた。
「アルファンス……」
何故か息を切らしているアルファンスは、額の汗を腕で拭いながら、駆け足で私に近づいてきた。
「探したぞ……!! 変態馬も、ラファも連れずに、こんな所で何をしていたんだ」
「ああ……ちょっと、話があるって呼び出されてさ。今、終わった所だよ」
流石に告白の呼び出しの時は、ラファもフェニもついて来ようとはしない。
ラファの姿は私とアルファンス以外には見えないから、着いて来ても問題がないと言えばないのだけど、【わらわは淑女じゃぞ。いくら姿は見えんといえど、そういう事情に立ち入るのは野暮ってものじゃ】とのことらしい。
フェニはフェニで【乙女の味方である僕としては、寧ろ乙女同士仲良くしてくれるのは大歓迎だから邪魔はしないさ。……男だったら、全力でどつき回すけど】と、言っていた。
……何だかんだで、二人は似ていると思ったことは、私だけの秘密だ。間違いなく全力で嫌がるだろうから。
「そうか。用事が終わったなら、ちょうどいい。……レイリア、来い!」
「……っ」
アルファンスは徐に私の手を掴むと、そのまま駆けだした。
……ちょ、アルファンス、手、手―――!!!!!!
先日は姿消しのネックレスの効果で姿は消えていたけど、今回はダイレクトに繋がれた手が視界に映る。
そして、手を繋いでいる姿も、あの時と違って他の人からはまる見えなのだ。
かあっと顔が熱くなるのが分かった。
けれど、アルファンスはそんな私の様子にも気づかず、脇目もふらずに真っ直ぐ進んで行く。
……頼む、アルファンス。お願いだから、そのまま振り返らないでくれ……!!
こんな顔見られたら、想いを口にするまでもなく、バレバレじゃないか……!!
呼び出されていた庭園から、校舎に近づくにつれて、すれ違う生徒も増えてきた。
すれ違う生徒はみな少し驚いたような表情をしてから、すぐに生温い表情で私達を見送っている。
……っどうして、アルファンス、こんなに注目浴びているのに気付かないんだよ!!
さっき振り返らないで、って思ったけど、やっぱり振り返ってくれ……!! 私の顔を見ないで、すれ違った生徒だけを見て振り返ってくれ……!!
だけど、私のそんな心の声は、言葉になることはなく。
私はただ一心不乱に走り抜けるアルファンスに連れられるがままに、真っ赤な顔でその場を走り抜けたのだった。
「――ついたぞ!! ……って、どうした。そんなに顔を赤くして。あれくらいの速さで走っても、お前が疲れるような距離でもないだろう」
「……あはは……最近鍛錬を少し休んでいたからかな……」
目的の場所に着くなりパッと手を離して、不思議そうに首を傾げるアルファンスに、私はそう返すことしか出来なかった。
……いや、もうこれはいっそ君のせいだよ、って言ってしまった方が良かったかな。
「? ……まあ、いい。それより、レイリア。あれを見ろ!!」




