それでもきっと、恋だった
「……好き、です。初めて会った時から、ずっと好きでした」
彼女は頬を真っ赤に染めながら、そう言った。
緊張で乾いたその唇は、微かに震えていた。
どれ程の勇気を持って、彼女は今この言葉を口にしているのだろう。
「……ありがとう。君の気持ちは嬉しいよ」
向けられる真っ直ぐな好意が、ただ胸に突き刺さる。
そんな彼女に返すことが出来る私の言葉は、ただ一つだけだから。
「でも、ごめんね。……私は君の王子様にはなってあげられないよ」
どれ程強い想いを捧げてくれても、私がその想いに応えることはできない。
だって私は女で……そして、アルファンスが好きだから。
どんなに求められても、誰かの王子様になってあげることはできない。
「……謝らないで下さい。レイ様。最初から、分かっていたことですから」
私の言葉に、彼女は……サラは、一瞬だけ傷ついた表情を見せた後、痛みを耐えるように微笑んだ。
「寧ろ、想いに応えてくれていた方が、困っていました。……だって、私には、親が決めた婚約者がいますから。例え、レイ様が応えてくれたとしても、未来はけして変えられないのですもの」
『私は白薔薇の君に、何も求めないし、今以上に近づこうとも思わない。それでいいの。それがいいの。ただ、王子様のように振る舞っている姿を、ファンの立場できゃあきゃあ騒いで愛でているのが楽しいの。あの人はただ、笑って手を振ってくれるだけでいい。私の理想の王子様の姿を投影する媒体であってくれれば、それでいいわ』
かつて、友達にそう語っていた少女は、そう言って淋しそうに目を伏せた。
卒業が近くなるにつれ、私のファンだという女の子に呼び出されて、告白される機会が増えてきた。その度、私はただ同じ言葉を返して来た。
……だけど、正直彼女からまで告白されることまでは、想定していなかった。
姿消しのネックレスで姿が見えなかったとはいえ、私をただの媒体だと言い切った彼女が、こんな行動を起こすとは思っていなかったのだ。
「それでも……どうしても、最後にレイ様に伝えたかったんです。……ずっと、貴女が好きだったことと、好きでいさせてくれたことの、感謝を」
「………」
「レイ様……貴女は私が許された、ただ一人だけの恋の相手だったんです」
サラは小さく笑って、顔を上げた。
「親から決められた私の婚約者は、ずっと格上の身分の方で……私はこの学園に入学する前からずっと、彼の機嫌を害すような行動をしないように、親から厳命されていました。くれぐれも、学園で他の男の人に現を抜かして、噂になったりしないようにと。学園にいる間だけ、短い恋に落ちることすら許されませんでした」
人の口に戸は立てられない。閉鎖的なこの箱庭の中での噂だって、いつどんなきっかけで外に出てしまうかは分からない。
子どもがいることが許されているこの学園の中でも、どれだけ自由な振る舞いができるかは、結局生徒自身の境遇によっても左右されてしまうのだ。
私のお父様のように、全ての父兄が子どもの行為に寛容というわけではないのだから。
「私はきっと、生涯恋に落ちることなく、結婚して子どもを産むのだと、そう思っていました。例え、不可抗力で許されない恋心を抱いたとしても、それは殺さないといけないのだと。婚約者以外に想いを抱くことすら、罪だと、そう思っていたのです」
「……サラ」
「だけど、そんな中、貴女が現れた。……同性だからこそ、けして叶わない相手だからこそ、堂々と好意を口にすることができる、貴女が」
そう言って昔を懐かしむように目を細めるサラを、私はただ見つめることしかできなかった。
「四年前……入学式で初めて見掛けた十三歳の貴女は、本当に綺麗でした。絵本の王子様のような貴女が、女性だと知った瞬間、私は絶望と希望を同時に味わいました。失恋と同時に、恋を知ったから。そして、恋をすることが許されるのだと、気付いてしまったから。……だって、同性である貴女にいくらのぼせ上がったところで、その噂を聞いた婚約者が本気にしたりはしないでしょう? 実際、彼は私の話を、思春期の女性にはよくある憧憬だと、笑って聞いていたと聞きました」
サラは口元に手を当て、くすくす笑った。
「貴女のファンとして、過ごした四年間は、本当に楽しかった……! 同じような想いを抱える女の子達と、一緒にはしゃいで情報交換をして、レイ様との接触に……ただ視線が合ったというそれだけでも一喜一憂して……そんな何でもない日々が、私にはすごく幸せだったんです。まるで昔読んだ、庶民の恋愛話のキャラクターにでもなったかのようでした。……一生忘れられない、かけがえのない思い出です」
手を伸ばして、サラの目尻に滲んだ涙を指先で拭う。
サラは一瞬に驚いたように一瞬目を開いた後、ふにゃりと微笑んだ。
「……ただただ貴女の表面しか見ず、近づくことさえ求めなかった想いは、ちゃんとした恋を知る人からは否定されるかもしれませんね。だって私は結局は、貴女を自分の理想の王子様を投影する媒体にしか思っていなかったのですから」
サラの口から発せられた「媒体」という言葉が、あの時とは違った意味を持って胸に響く。
「媒体」にしか思っていなかったのじゃない。
「媒体」以上に思うことを、彼女自身が許さなかったのだ。
「……それでも、私にとってはそれが、恋だったんです。私が許される、精一杯の恋だったんです」
サラの頬に一筋、涙が零れ落ちる。
それでもサラは笑ったまま、言葉を続けた。
「レイ様……貴女は私の青春そのものでした。……思い出を、ありがとうございました」




