どうしてこうなった
マーリーンの言葉に、唇を噛む。
……私だって、アルファンスから嫌われているとは思っていないさ。
それなりに、好かれて大事にしてもらっている自覚は、ある。
それが分かるくらいには、傍にいたから。
「……だけど、それはあくまで妥協の結果だろう。私を婚約者として受け入れるしかなかったから、仕方なく諦めて、絆されただけで……」
だけど、どれほどアルファンスが私に対する好意を示してくれていても、私はそれを心から信じて受け入れることができないんだ。
『……なんだ、このでかい可愛げがない、女は』
脳裏に蘇る、かつてのアルファンスの言葉。
『国の為とはいえ、こんな女と婚約しないといけないとはな……俺もつくづく運がない』
十年以上経った今もなお、鮮明に思い出せる。
あの時のアルファンスの、心底嫌そうに顰められた表情も。
あの時感じた、激しい胸の痛みでさえ。
「……今では身長はアルファンスの方が高いけど、それでも私の背が高いことには変わりがないし、性格だって可愛げがあると言えない。そんな私に、アルファンスが恋してくれるはずないよ」
アルファンスを知れば、知るほど。
初恋の呪いに掛かった時より、なお、彼を好きになればなるほど、より一層強く私はあの言葉に縛られていった。
最初は駄目での元々で、ぶつかって行く気だったのに、アルファンスとの距離が近づけば近づく程、比例するように胸の奥の恐怖は増して行った。
向けられる好意に、期待が増せば増すほど、それがもし勘違いだったら……そうでなくてもただの友愛に過ぎなかったら、という考えが膨らんでいく。
自分でも馬鹿みたいだと思っている。向けられる好意を否定しながらも、アルファンスに想われて結婚したいと思ってしまう、矛盾した自分を。
馬鹿で格好悪くて、理想の自分とは程遠い。
だけど、頭では分かっていても、感情は止められない。
「……アルファンスが、婚約を良しとしていないなら、既に王家の許可を得ていて融通が利く私の方から破棄を申し出るべきなのかな、っては思うんだ。妥協で、婚約を続行してくれたとしても、もしアルファンスが本当に好きな人が出来たとしたなら、身を引かないといけないとも思うし……。だけど、それでもやっぱり私はアルファンスが好きだから、離れたくないとも思ってしまって……どうしよう。結婚してからアルファンスの運命の人が現れたら。……私、身を引いてあげられるかな……結婚後となったら既に家同士の問題になっているから、お父様だって激怒するだろうし……」
「ええい、ぐじぐじうじうじ一人で勝手に妄想をエスカレートさせて……面倒くさいわねっ、あんた!! 女々しいったらありゃしないわ!! 普段の無駄に自信過剰な王子様モードはどうしたのよ!! 好意がなかったとしても、口説いて惚れさせるくらいしなさいよ!!」
「無茶言わないでくれよ、マーリーン……拗らせに拗らせきった、初恋なんだから……そんな簡単に口説けるくらいなら、とっくにしてるよ……」
私だって理想を言えば、アルファンスの前で片膝をついて、手の甲に口づけの一つでも落として結婚を申し込むくらいしたい。というか、最初はそれくらいするつもりだった。
だけどいざ実行するとなると、絶対無理だ。そんな勇気、とてもでない。
好きだと、ただ一言口にする勇気すら出ないのに。
「……いや、とっくにもうあんた、アルファンス王子に対しても色々口説き文句言っていた気もするんだけど。……無自覚? その辺は無自覚なの? ……よく、分からないわね。あんたの基準」
「……え?」
「……まあ、いいわ。過去のことは、今は置いておきましょう。今の話を聞いて、あんたが一人で勝手に馬鹿な悩みをしょい込んでることは、よく分かったわ。なら、解決策なんて一つしかないでしょう」
マーリーンはずいと私に向かって身を乗り出すと、立てた指先を突きつけた。
「レイ。……あんた、卒業式までに、アルファンス王子に告白しなさい」
「――え……」
こ、告白?
私が、アルファンスに?
「む、無理だよ」
「無理じゃない、するのっ!! ずるずる引き摺ってきた初恋に、いい加減けじめつけなさいっ!! もう、子どもじゃないんだからっ!!」
「だって、もし拒絶されたら……」
「十中八九ないけど、それならそれでちょうどいいじゃない。婚約破棄してあげれば。王家の許可は得ているのでしょう? まだ正式な婚約を結んでいるわけじゃないから、何とでもなるわ。あんただって、いくら好きでも、自分を好きでない男とずるずる結婚するのは嫌でしょう」
「い、いやだけど……その、えと……もしまたアルファンスから振られたら、立ち直れる気がしないんだけど」
「そん時は、私が慰めてあげるわよ。何なら一緒に修道院入って、一生男っ気ない生活してあげてもいいわよ? 変な男と結婚するよりは、一生あんたと清らかで慎ましい日々を過ごす方がましかもしれないし。……うん。考えてみると、それはそれで悪くないわね。レイ、いっそそうする? 見合い地獄より、素敵な気がしてきたわ」
「いや、しないよ!?」
結局そのままマーリーンに丸め込まれた私は、いつのまにか卒業までにアルファンスに告白することになっていた。
……どうして、こうなった。




