再構築されていく世界
【……何故じゃ。……最終的に結論が一緒ならば同じことじゃろうに……】
納得が出来ない顔で、悩み始めたラファに笑みが漏れた。
……ここで、頭ごなしに否定するのではなく、悩んでくれる辺り、明らかに前と違うよな。
少しずつ、少しずつ変わっていくラファを見ていることは、とても快いことであった。
そして、それ以上に、私はラファに自分の考えや価値観を伝えることで、大きな物を得ていた。
あの日。カーミラの手を振り払った瞬間。確かに一度、私の培ってきた「世界」は壊れた。
当たり前だと思っていた思考が、胸に抱き続けた理想が、あの時崩れて崩壊したのだ。
――そして、私は今、ラファに自分の価値観を口に出して伝えることで、崩れ去った世界を再構築している。
自分の中に散らばる思考の欠片を、一つ一つ拾い上げて、吟味し、言葉にして伝える。そんな行為を通して、私は新たな「レイリア・フェルド」を作り上げている。
自分の中の答えを、取捨選択して、今の私が考える、「最も正しいと思える」世界を構築しているのだ。
それは、自分の中の何かが死んで、生まれ変わるような、不思議な感覚だった。
少し怖くて切なくて……そして、どうしようもなく嬉しい。
もしかしたらこれが、「大人になっていく」ということなのかもしれない。
「……私は君に、感謝しなければならないかもね。ラファ」
きっと、それは明確な言葉にして初めて、自覚できることだから。
そんな機会を与えてくれたラファに、感謝さえ覚える。
……こんな結果を見越して、ラファに協力する道を選んだわけではないとは思うけど。
【? 何か言ったか、レイリア?】
「……いや。何でもないよ。それよりラファ。今、君は君の主張を否定する私の意見を知ったね。そしてその意見を受け止めたうえで、君は何が正しいのか考えた。……そのうえで、君は今どう思う? まだ自分の意見こそが正しいのだと思う?」
私の問いかけに、ラファは再び苦渋の表情を浮かべると、唇を噛みながら私を上目づかいに見つめた。
【……やっぱり、わらわは間違っておらぬと思う。……じゃが】
「だけど?」
【じゃが……わらわの言葉じゃ、主を納得させることはできぬのじゃろうと思うし、そしてそのことが、わらわは前より、もっといやじゃ】
ラファは俯くと、自身の胸の辺りを小さな手でぎゅっと握った。
【わらわの意見を否定するものは、皆うつけ者じゃと思っていた。それを疑問に思うこともなかった。……じゃが、そうじゃないなら。もし、うつけなのがわらわの方じゃとしたら……そう思うと、この辺がぎゅうぎゅう締め付けられる感覚がするのじゃ。その相手が、他の見知らぬ誰かじゃなく、主ならばなおのこと】
ラファは途方にくれた子どものように、視線を彷徨わせた。
【何故じゃ……主は、アルファンスじゃないのに……。こんな感情、アルファンス以外に抱くことはなかったのに。わらわが同じ世界を見たいと思ったのはアルファンスなのに、何故、主と同じ世界を見れぬことで、わらわがこんな思いをしなければならないのじゃ……】
新しい自分の感情を理解出来ずに戸惑うラファの頭を、そっと撫でた。
「――それが、世界が広がるということだよ。ラファ」
誰だって、大切な相手から否定されるのは、苦しい。
だけど、相手が大切な存在じゃなくても、その苦痛は多少軽減されことはあっても、やはり苦しいものは苦しいのだ。
自分の世界を否定されることは、誰かと同じものが見れないことは、それ自体が悲しくて淋しいものだから。
だけどその違いさえも受け止めて、様々なものを取捨選択しながら、人間は生きているのだ。
もしラファがアルファンスと同じ世界が見たいなら、彼女は今胸に抱いている感情を乗り越える必要があるのだろう。
ラファは撫でる私の手を振り払うこともないまま、真剣な表情でただ真っ直ぐに私を見上げた。
【……レイリア。わらわはもっと、主の世界が知りたい。それが正しいか間違っているかはともかく、わらわは主が一体何を正しいと思っているのかが、知りたいのじゃ。じゃから、明日もまたわらわに、主の世界を教えてくれ】
「……うん。いいよ。それじゃあ明日もまた、この場所でね」
「――レイリア。最近お前また、勝手に一人で何か動いているんじゃないか」
突然告げられたアルファンスの疑惑の言葉に、心臓が跳ねた。
「……な、何を言い出すんだい。急に」
「俺は前に言ったよな? お前が一人で暴走したら碌なことにならないから、必ず俺に相談するようにって。それなのに、俺に一言もなく、今度は何を企んでいるんだ? あん?」
……き、君だから言えないんじゃないか……!! アルファンス!!
そして、君一応王子様の癖に、すごく柄が悪いよ!! 一体どこで覚えたんだい、そんな巻き舌!?
「君の勘違いだよ!! 私は何もしてない!!」
「……そのわりに、随分とエロ馬とだけで行動する時間が増えた気がするが……」
「マーリーンが故郷のことで忙しくて学園にいないから、最近なかなか一緒に行動できないだけだよ」
……一応これは嘘じゃない。
マーリーンは今、トラドル地方やルッカスの森の再興の為に、学園を出ることが多くなっている。――と言っても、たかが学生が出来ることは限られているから、恐らく再興の為のいう名目で、マーリーンの両親やレンドルがマーリーンに近く呼び寄せたいだけだろうとは思っているけど。
カーミラの事件が起こった後、マーリーンは両親とレンドルに「何故頼らないのだ」とこってり絞られたらしい。そして各々が、どれほどマーリーンのことを大切に思っているのか、切々と語ったと言う。
『……あれほど仲が悪かった両親が、私が髪を切った時以上に結託して、私にお説教するのよ。もう、やんなっちゃう。レンドルもレンドルよ。……あの状態でルッカスの森を離れさせることなんて、出来るわけないじゃないの。全く、皆して勝手なことばかり言うんだから』
そう愚痴を零したマーリーンの口元には、抑えきれていない笑みが浮かんでいた。




