ラファの目的
……炎の大精霊は、何と言うか突っ込みどころが多すぎるな。
自分でいたいけとか可愛いというのは、まだしも、幼子って……一応生きていた時間は私と同じくらいな筈なのだけど。正直、いくら精霊の成長速度が遅いとはいえ、自分で言われると素直に受け入れがたいよ。
それに人としてと言われても……何と言うか。精霊に人の道を説かれても、こう納得しがたいものがあるというか……。君がそれを言うのか、と思ってしまう。人と精霊の感覚って、そもそも結構かけ離れているからさ。……特に、ラファは私が今まで見て来た精霊の中でも、一番強烈だし。
【何を、ぼさっとしておるのじゃ!! 理解したら、はよぉ、慰めんか!!】
……え、と……。
「……その、大丈夫、かい?」
【――主に、慰められる筋合いなぞ、ないわ!!】
……うん。実は結構予想通りの反応だったけど。……えぇー。
……今さらだとは思うけど、やっぱり全部見ていなかったことにしちゃ駄目かな。
帰りたい。
とても、切実に帰りたいよ。もう。
滅茶苦茶だよ、この子……!!
【じゃがしかし……いくら気に食わない主とはいえ、どうしても可哀想なわらわの為に動きたいと言うならば、心が広いわらわとしては、協力させてやるのもやぶさかではないぞ】
遠い目をして現実逃避をしている私を余所に、ラファは勝手に話を進め出した。
……頬を染めて、もじもじしている姿は、大精霊なだけあってすごく可愛らしいとは思うけど、私何も言ってないのだけどなー……。
何でこの子の中では、私がどうしても協力したいことになっているのかなー……。
【光栄に思え、レイリア!! 主に、わらわとアルファンスの仲を取り持つ、栄誉ある立場を与えてやるぞ!! 謹んで、受けるがいい!!】
――……ああ、そういうこと、か。
それが言いたくて、私の前に姿を見せていたわけだね。理由が分かって、すっきりしたよ。
……すっきりしたけど。
「ごめん。ラファ――そういうことなら、私は君に協力は出来ないよ」
可哀想だとは思うけど、それでも私はラファの期待には応えられない。
『っお前に、何が分かるんだ!!』
顔を真っ赤に染めながら、アルファンスが叫んだ。
『……何が、分かるんだ……忘れている癖に……っ!! ……全部、全部、忘れている癖に……っ!!』
今にも泣きだしそうな顔で、私を責め立てた。
『レイリア……頼むから、俺を……俺を、忘れるな……!!』
幼いアルファンスは縋るように、幼い私の体を抱きしめた。
『頼む……頼むから……忘れるな……お願いだから……俺を……俺を、忘れるな……!! ――俺は、お前には……お前にだけは、忘れられたくないんだ……!!……レイリア!!』
どうしようもなく、胸が締め付けるような声で、記憶を亡くした私に必死に懇願していた。
『お前が言う通り、俺が炎の大精霊によって与えられているものを甘受していることも事実だ。……だから、俺はその点だけでもちゃんと、大精霊には感謝するべきなんだろうとは思う』
アルファンスは、精霊が自分に与えてくれる恩恵も、理解していた。
『だけど、俺は……頭ではそれが分かっていても、あいつにそれを素直に感謝することが出来ない……素直に感謝するには、俺があいつに奪われたものは大きくて……人によっては大したものではないと笑うかもしれないが、俺にとってはそれが、あまりに大切過ぎて……どうしたって感謝よりも、憎しみに囚われてしまうんだ』
理解していたうえで、それでも許せないと、そう言ったんだ。
……そんなアルファンスに対して、私があれ以上、何を言えるというのだろう?
もう十年も昔の話だとか、今はラファによる被害は何も残っていないのだから、いいだろうとか、そういう問題じゃないんだ。
心に受けた傷の大きさは本人にしか分からないし、それがどれほど根深いもの何かは他者が推し量っていいものじゃない。
私がラファに協力して、アルファンスに仲直りを進め、アルファンスの心の傷をきっと押し広げるだろう。
それは、嫌なんだ。
私は、もうこれ以上、大切な存在を傷つけたくない。
……例えそれが、目の前の幼い精霊を傷つける行為だとしても。
【……何で……何でじゃ……】
先ほどまでの地震に満ち溢れた態度からは一転し、絶望を露わに茫然と目を見開くラファから、思わず視線を逸らした。
……いや、自分のした行為から目を背けてはいけないな。
ちゃんと、自分の選択の結果は受け止めないと。
【何でじゃ……!! 何で、わらわの協力を拒否するのじゃ……!! ――救って、やったのに!! 精霊の声も、聞けるようにしてやったのに!! この、恩知らずが!!】
ラファの罵声を、私はただ真っ直ぐにラファを見据えたまま、黙って聞いていた。
何も口にしない私に、ラファはくしゃりと顔を歪めて、その琥珀色の瞳から涙を溢した。
【……主は言うたじゃろうが……!! わらわの恩恵を受けるだけ受けて、わらわを否定するアルファンスも身勝手じゃと、あの時アルファンスを責めて、わらわの味方をしたじゃろうが!! じゃから……じゃから、わらわは……!!】
「……!?」
『――そうやって、君は高位精霊を否定するけれど、そのわりに恩恵だけはしっかり受けているよね』
……あの日、私は確かにアルファンスにそう言った。
『「炎の愛し子」としての恩恵を受けるだけ受けて、活用しているのに、そうやって精霊を否定する君も、結構身勝手じゃないかい?』
自分が傷ついただけ、アルファンスも傷つけたい一心で、感情のままにアルファンスを責め立てた。
自分の言葉が正しいかさえ、深く考えることもないままに。
「……ラファ。――あの時君は、私達の傍にいたのか?」




