上から目線
なお、彼が組んでいるのは広島北署の最年少である石黒巡査である。
今年刑事になったばかりの新人だそうだ。初めはずいぶん緊張していたが、次第にリラックスしてきたように見える。
ちなみにもう一組連れて来たのは駿河と、広島北署のベテラン刑事である寺島巡査部長である。どうしても駿河は自分の眼の届くところに置いておきたかった。
別に彼が何か失敗をしでかす危険性を感じた訳ではない。
とにかく心配だったからだ。
忙しく働いている分には余計なことを考えなくて済む。
プライベートで心痛を負う出来事があった彼は、以前よりもずっと、自分を追い込むような働き方をしているように思えてならない。
年長で体力的にあまり無理がきかないベテランと組ませれば、彼も少しはセーブするのではないだろうか。真面目なだけでなく他人への思いやりも充分に持っているからだ。
聡介は一番に入ってきたホストに声をかけ、店の隅に連れて行く。
若い刑事にまずは質問させてみることにした。
「水島弘樹さんのことだけど」いきなりタメ口か。まぁいい。
陸と名乗ったホストは不思議そうに首を傾げる。
聡介はこそっと「源氏名で話を進めろ」と耳打ちした。
「失礼、隼人さんのこと……」
「ああ、隼人ね。あいつがどうかしたんですか? 今日は確か、休みだったはずですよ」
マスコミ関係者への記者発表は既に終わっている。昼のニュースでも流れていたはずだが、このホストはまだ知らないようだ。
「昨夜、何者かに殺害された」
「……マジっすか?」
「隼人さんの交友関係を調べている。彼に恨みを持っている人間に心当たりがあるんじゃないのか?」
そう言われて、実は……などと答える人間は少ない。
「店で一番親しくしていた同僚はどなたですか?」
聡介が口を挟む。およそ刑事らしくない優男の外見をした彼を見た陸は、そうだなぁと少し考えてから、
「やっぱ敦さんじゃないっすかね?」
「え? でも、ナンバーワンの座をかけていつも争ってたって……」と、反問したのは石黒である。
「だから、よきライバルで親友ってやつですよ。元々古い知り合いっていうか、幼馴染みだったらしくて、そうだ、どこかで一緒に住んでいたんじゃなかったっけ」
「一緒に住んでた? 場所はどこだ?」
「さぁ、それは敦さんに訊いた方が……」
「知っていて隠しているんじゃないだろうな?」
石黒の質問にホストはムッとしたのを隠さなかった。聡介は冷や汗をかきながら、
「隼人さんに、特別親しくしていた女性はいらっしゃいましたか?」と訊ねた。
この若い刑事はきっと殺人事件の捜査が初めてで、焦っているのだろう。
親しくしていた女性と言えばイコール店の客である。ホストが客の情報をベラベラと警察に話す訳がない。そんなことをすればたちまち職を失う。
「……そんなこと、自分の口からは言えませんよ」当然の反応だ。
すると石黒は腰を浮かせ、
「隠し事はしない方がいいぞ? 正直に答えないと、あんた自身が痛い目に遭うことになるんだよ。痛くもない腹は探られたくないでしょう」
聡介は慌てて立ち上がり、礼を言って、石黒を連れて店の外に出た。
「なんでですか? まだ終わっていないでしょう」
背丈はきっと自分と同じぐらいだろう。聡介は息子のような年齢の若い刑事を見つめて言った。
「……君は、警察学校で何を習ったんだ?」
「何って、どうしてです?」
「事情聴取はあくまで、市民の善意に頼って情報提供してもらうものだ。あんなふうに脅しつけるような言い方をしたら、正直に答えることもできないだろう」
「しかし、警察は一般市民になめられたらおしまいです」
聡介は溜め息をついた。石黒はムッとした様子で、
「西野班長もいつも言っています、我々警察の威信を見せつけろ。我々の存在を思い知らせて、一切逆らえないようにしろ」
「……」
「まして相手はホストですよ?」
「すると何か、君は相手の職業で接し方を変えるつもりか?」
「当然でしょう」
これは一度、班長と話し合う必要があるかもしれない。
場合によっては組み合わせを変える必要も……。