取調べ
「俺は何も知りませんよ」
開口一番。敦は言った。
「確かにアリバイはないかもしれませんが、どうして俺が隼人を殺さなきゃならないんですか?」
出されたお茶を一口飲んで、彼はしきりに手で太腿の辺りをこすりつつ言う。
「我々はまだ一言も『あなたが水島弘樹さんを殺したのか』などと訊いてはいません」
聡介が言う。
「そ、それは言葉のアヤってやつですよ。だってほら、いきなりこんなところに連れて来られたら誰だって、そう疑われているんだと思うでしょう?」
「直接的な殺害だけが罪になる訳ではありません。死体遺棄、偽証、警察の捜査を撹乱したということも、立派な罪になります」
「……俺が何か、そういう細工をしたとでも……?」
敦は眼を泳がせて、落ち着かなさそうに今度は前髪をいじり始めた。
「玉城美和子さんから全部聞きました。あなたはあの事件の夜、水島弘樹さん、弥生さんの兄妹と一緒にいたのだそうですね」
「あ、あれは……弥生ちゃんの方が俺を呼んだんです。隼人のことで相談したいからって……」
「彼女は、あなたに呼び出されたと言っていました」
「なら、単純な俺の記憶違いです」
この男は嘘をついている。
初めは余裕綽々といった様子だった。しかしいざ取調室で刑事と向き合い、供述の綻びを指摘されると、おもしろいように武装が剥がれていくのがわかる。
「今の店をやめて、新しい店に移る予定だったとか?」
「ええ、まぁ……」
「隼人さん、水島弘樹さんのことも一緒に連れて行くつもりだが、彼は今の店のオーナーに借金がある。その上、以前起こした傷害事件のことでも彼女に借りがある。だから彼の借金を肩代わりしてくれないかと、弥生さんに頼んだそうですね?」
普段の聡介は刑事らしくない温和な、優しい眼をしている。
が、取調室に入って被疑者と向き合うと顔付きが変わる。偽証は絶対に許さない。
何が何でも真実を話すまではここから出してはやらない。
相手に同情すべき理由がみつからない時は特にそうだ。
そのギャップがおもしろいと、和泉はいつも思う。
「そんなこと……頼んでいませんよ。だいたい俺は、隼人を一緒に連れていくつもりなんてありませんでした」
「どうしてです?」
敦は虚をつかれたような顔をしてお茶を飲み干した。
「どうしてって……そんなの、決まってるでしょう?」
「わかりませんね」
すると敦は苛立たしげに身体を揺すりつつ、
「俺の店ですよ? 念願だった、自分の店なんだ」
「本気で好きだったんでしょう? 好きなら、片時だって離れたくないはずだ」
「誰があんな奴……!!」
言ってしまってからしまった、という顔で彼は口を手で塞ぐ。
聡介はにっこり笑って内ポケットから煙草を取り出す。
「どうですか? 一本」
敦は戸惑いつつも、差し出された煙草に手を伸ばして一本抜いた。
もう少し冷静ならその行動に隠された意味を推し量って絶対に手を出したりはしないだろう。
彼は既に聡介のペースにはめられている。
「こんなアナログなものしかありませんが、使ってください」
そうして机の上に置かれたのは、確かに今時あまり見ないマッチ箱である。
敦は右手で箱を持ち、左手でマッチを擦って火を起こした。
「へぇ、左利きですか……弥生さんもそうなんですよね」
そうらしいですね、と敦は言って煙草をふかした。
「ご存知でしたか? 隼人さんを殺害した犯人も左利きだったっていうことを」
ホストは煙草を口から離し、驚きの顔で聡介を見つめる。
「じゃあ、弥生ちゃんが……?」
「ええ。確かに彼女の自宅から、隼人さんの血液が付着したナイフが発見されました。そこには彼女の指紋と隼人さんの指紋、もう一人、別の人間の指紋が付着していました」
「それは元はと言えばあいつが刃物を持ち出して……俺だって必死で止めようと揉み合ったから、その時に着いたんだとしても不思議はない」
聡介は敦から煙草を取り上げて灰皿に押し付け、揉み消す。
「だから、隼人さんを刺したのはあなたである可能性も否定できない訳だ」
バン、と被疑者であるはずの敦の方が机を叩いて叫んだ。
「俺は何も知らない!!」
彼は肩を上下させ、荒い息をつきながら聡介を睨んだ。
聡介はじっと彼の眼を見つめ、そうして腰を浮かせている相手に座るよう言った。
「知らないということはないでしょう? あの事件の夜、あなたは現場にいたのだから」
すると今度は、唇を固く結んで黙り込んでしまう。
「……黙秘ですか?」
聡介は深いため息をついた。
「隼人さんが持ち出したナイフで揉み合っている内に、弾みで彼に刺さってしまったというのですね? だからあれは事故であり、殺人ではないと」
「……」
「ですが、隼人さんは複数箇所を刺されていました。そのことが何を意味するかわかりますか?」
「……」
「事故ではありません。何者かが明確な殺意を持って、彼を殺害したのです」
敦は何も答えない。
そして聡介は言った。
「弥生さんの供述はいくつか曖昧な部分があり、自分で見聞きしたというよりも、事後何者かにでっち上げられた記憶を擦り込まれた可能性が高いと我々は考えました。彼女は少しの時間、意識を失っていたそうですからね。眼が覚めたら自分の手に凶器があって、お兄さんが倒れていた……あなたは彼女に全面的に罪をなすりつけようとした、違いますか?」
「……」
「警察を甘く見るな」
どっと敦の額に汗が浮かんできた。
もうすぐ完落ちだ。
聡介は再び溜め息をついた。




