乙女ごころ
ホストクラブのオーナーはしばらく黙っていたが、一度深く溜め息をつき、二人の刑事を店のバックヤードに連れて行った。
質問は聡介に任せて和泉はメモを取ることに専念する。
「……池田麻美さんをご存知でしたか?」
美和子はふんと笑って、
「ご存知も何も、学生時代からの腐れ縁よ。中学生時代からですもの」
「高島亜由美さんも、ですね?」
「ええ、そう」
美和子はバッグから細い煙草を取り出した。
少ししてから思い出したようにライターを取り出し、自ら火を着ける。
いつもならホスト達が火を着けるのだろう。
「ところで高島さんは中学年の当時から、人に渾名を着けるのが上手だったのですか?」
「渾名というより、汚名を着せると言った方が正しいんじゃないかしら。実際、あの子に付けられた変な渾名が苦痛で転校した子もいるぐらいだから。でも、どうして今そんなこと訊くの?」
「……隼人さんの携帯電話に登録されていた名前は、ほとんどすべてが相手を特定しにくいように渾名で入力されていました。我々は被害者が最後に通話した相手を調べていました。京橋川の君、という登録名で、かなり頻繁にやり取りがあったものですから当然、疑いの目は京橋川の君に向けられます。それは池田麻美さんの携帯電話の番号で、彼女が被害者とかなり親しい間柄でしたから確定だと思いました」
美和子は煙を吐いて答える。
「それでいいんじゃない? あの子って昔から、自分の思い通りにならないと何をし出すかわからないから。よし……今のご主人とのことだって……」
「池田麻美さんのご主人と不倫関係にあるのは真実ですね?」
「……違うって言っても、信じてもらえないんでしょうね」
「失礼ですが、調べさせていただきました。アリバイの裏を取るためにはどうしても必要だったものですから。確かに事件の夜、あなたは現場にはいなかった」
「そうよ、だから私は犯人じゃない」
煙草を灰皿に押し付け、二本目を取り出す。
「確かに、直接手を下した訳ではないでしょう」
「……何よ、それ? 何が言いたいの?」
美和子は目を吊り上げて聡介を睨んだ。
「もしかしたら、疑いが池田麻美さんにかかるように細工をしたのではないだろうかと考えた訳です。彼女が逮捕されれば、本妻の座が自分のものになると思いましたか?」
しばらく美和子は俯いていたが、急に顔を上げると笑いだした。
「刑事さんて想像力が豊かなのね! 残念だけど、私はそんなこと望んでいないわ。時々でいいの。私のことを思い出して、会いにきてくれれば……」
そう言った彼女の表情はどこか寂しげで、少し滑稽ですらあった。
和泉は聡介に口を挟んでいいか、無言で訴えかける。許可が下りた。
「残念ですが、あなたのそんな乙女心は踏みにじられていますよ」
きっ、と睨みつけられる。その眼力には迫力があった。
「池田先生、かなりお盛んなようでしてね。奥さんの誕生会に呼んだパーティーコンパニオンの若い女性とよろしくやってましたよ」
美和子の顔がさっと怒りに燃え上がる。和泉は大げさに肩を竦めてみせ、
「浮気癖のある男っていうのは、それ自体がもう治らない病気なんですよ。ま、貴女のような百戦錬磨のレディにこんなことを言うのは釈迦に説法でしたかね」
わなわなと身体全体を震わせはじめ、美和子は立ち上がる。
「ところで、これからどうするつもりなんですか?」
「何がよ?!」
「敦さんは自分のお店を出すんですってね? これは立派な裏切りですよ。過去に起こした傷害事件の隠蔽までしてやったっていうのに」
何ですって?! と驚いたその表情は演技ではなさそうだった。
「ご存知ありませんでしたか? さっき、そのことでお祝いをしていたようですが」
美和子は近くにあったパイプ椅子を蹴り倒し、弾みでロッカーの上に置いてあった様々な段ボール箱が落ちてくる。
「敦はどこ?! 亜由美はどこに行ったのよ?!」
怒り狂った美和子を和泉と聡介の二人で何とかして取り抑える。女性にしては大柄な彼女に手を焼きながら、それでもなんとか椅子に座らせた。
「本当のことをすべて話してください」
がっくりと肩を落とし、ホストクラブのオーナーは大人しく署に連行された。




