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挑発上手

 水島弥生の勤務先は岩国駅前のとある商事会社の山口支店であった。


 5階建のこぢんまりとした雑居ビルに入っているオフィスは2DKぐらいの規模しかなく、ドアを開けるとすぐに彼女を見つけることができた。


 和泉と駿河は聡介の命令で彼女の勤務先を訪ねていた。


 刑事達を見かけると彼女はやや困惑気味な表情で、もうすぐお昼の休憩ですから、とだけ言った。上司らしい中年男性がジロジロとこちらを見てくる。


 和泉がにっこり笑いかけると、向こうは慌てて眼を逸らした。


 約30分待たされた後、弥生が財布を手にビルの外に出てきた。

「私にお話できることは、ほとんどお話したと思いますが……」

 相変わらず市松人形のようなきっちり切り揃えた髪を揺らしながら、彼女は言った。

「申し訳ないですね、同じことをまた訊くことになるかもしれません。でも警察の仕事というのはだいたいそんなものだと思ってください。役所ですからね」

 彼女は毎日昼食にお弁当を持参しているそうだ。


 職場の自席で食べているそうだが、さすがにそこでは刑事達と話したくないだろう。


 近くにある喫茶店でコーヒーでも飲みながら話そうということになり、駅から歩いてすぐの商店街に向かった。


 今日も気温が高い。昨日はアイスコーヒーだったから、アイスティーにしよう。

「弥生さんはお料理が得意なんですか?」和泉が訊くと、

「得意かどうかはわかりませんが、料理はよくします」弥生は答えた。

「あんな大きな家のお嬢さんだから、僕はてっきり、家事一切は家政婦さんに任せっきりなのかと思っていました」

「もちろん家政婦さんにお願いしているところもあります。でも、料理は好きです」

「弥生さんはいいお嫁さんになれますよ。萩の……村島さんでしたっけ?」

 和泉は紙ナプキンで水の入ったグラスの水滴を拭いた。


 すっと弥生の顔が強張った。

「それは、兄に来た縁談だと……」

 アイスコーヒーとアイスティーが運ばれてくる。

「実はあの後、ご両親に確認したんですよ。その縁談は本当に弘樹さんに来た話だったのかって。そうじゃありませんでしたね。貴女自身に来た話だった」

「……」

「どうしてそんな嘘を?」

「勘違いしていたんです、単純に」弥生はハンカチで額に浮かぶ汗を拭いた。

 駿河はひたすら無言でメモを取っている。

「あなたにとっては不本意だったんですね? 他に好きな人がいたから」

 弥生は答えない。

「不自然だと思ったのですよ。ことごとく親に逆らって勘当された息子を、いくら相手がキズモノだからって元の鞘に戻して跡取りにしようなんてね。だからご両親に確認しました……キズモノはあなたの方なんじゃありませんか?」

 市松人形のような女性が能面のような無表情を決め込むとそれだけでホラーだ、と和泉はアイスティーにガムシロップを入れて思った。


「……どういう意味です?」

 普通の人間は怒りを覚えると顔を真っ赤にしたり、声を荒げたりするものだ。しかし彼女の場合は逆にどんどん顔から色が消えていくようだ。

「学生時代は何かとやんちゃしていたそうじゃないですか」

 その情報はついさっき聡介からメールでもらった。

 良家のお嬢様にはあまりふさわしくない、なかなかハードな履歴である。


「そんなの、昔のことです」

 弥生は低い声で言い、アイスコーヒーを啜った。

「学生時代にバンド活動をしていたお兄さんに、大ファンだと近付いてきた女の子の顔に傷をつけたり……メジャーデビューさせてやると言って近付いてきたレコード会社の社員を名乗る男にも、交換条件として身を任せたそうですね。そんなにまでして愛したお兄さんは、それなのに彼は、よりによってまーくんと愛し合うようになった……」

 がたっ、と被害者の妹は立ち上がった。

「思い出したくもない人の過去を掘り返して楽しいですか?」

「……楽しくはないですよ。けれど、これも仕事ですのでね」

 お座りください、と和泉が言ったが弥生は自分の分の代金をテーブルの上に置いて出て行こうとする。


「弥生さん」

 市松人形は足を止める。

「必要とあらばご自宅を家宅捜索に踏み切る場合もあります。お宅が山口県警の管轄にあり、地元では名士として知られているご家庭であることも承知しています。それでも、警察を甘く見ない方がいい」

 返事はなかった。

「……和泉さんは、挑発が上手ですね」

 ぽつり、と駿河が言った。

「そう? でも、人間って怒った時に一番本音が出るんだよ。わざと相手を怒らせるのは刑事がよく使う尋問のテクニックじゃない」

「自分は、真似できそうにありません」

「無理しなくていいよ。聡さんはこういう仕事、だいたい僕にやらせるからさ」

 そうでしょうね、と彼は言ってメモをまとめ始めた。


 それから、

「彼女はどう出るでしょうか?」

「さぁね……それより、僕らもお昼にしようよ」

 暑くて食欲もあまりないが、食べられる時に食べておかなければ。

 

 この事件の大詰めも近い。和泉はそう確信していた。


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