お疲れ様
車だけは和泉が自分の名義でローンを組んで購入した。
スポーツカータイプのこの車は車高が低く、ミニバンやワゴンタイプに比べると長時間のドライブには向いていないかもしれない。たかが岩国ぐらいならたいした距離ではないけれど。
「ねぇ聡さん、本当にこのヤマが終わったら休暇を取るんですか?」
和泉は助手席の聡介に話しかけたが返事がない。
ちらりと横を見ると、どうやら眠っているようだった。仕方がない。
「ああ、すまん。何か言ったか……?」
これから和泉と聡介は再び、岩国まで水島弥生に会いに行くことになっている。
「いえ、別に」
母親の具合が悪いため、自宅ではなく他の場所でと指定されたので、二人は水島弥生が指定した岩国駅前に向かった。
午後六時。仕事帰りらしい彼女は既に駅前で待っていた。
少し疲れているのか、顔色が悪い。
弥生は駅から少し歩いたところにある古びた喫茶店に二人を案内した。
店に客はほとんどおらず、各席はパーテーションで仕切られており、ちょうど都合のいい場所だった。
「だいぶお疲れのようですね」
開口一番、弥生はそう言った。
まだ犯人は捕まらないんですか、とか、警察は何をやっているんですか、などの批判めいたことを言われると予測していたので拍子抜けがした。
「今日は暑かったですからね。おまけにエアコンが壊れて……」
大変でしたね、と彼女はおしぼりで手を拭いた。
「ところで、お訊ねになりたいこととおっしゃるのは?」
注文を取りに来た店員に全員がアイスコーヒーを頼んだ。
「それより前に『まーくん』が見つかりましたよ」
聡介が言ったが、弥生の反応は思いの外薄かった。
彼女はそうですか、と言っただけで喜びも懐かしさも顔に出さなかった。
「今、お兄さんと同じ店で働いている男性でした。子供の頃からずっと親しかったようですね。お兄さんがホストの仕事を始めたのも、貴女が以前おっしゃった通りでした」
「私が……? 何か言いましたかしら」
どうも彼女は『まーくん』に関する話題は避けたいようだ。
というよりも、彼女はすでに正体を知っていたのではないだろうか。和泉はそんな気がした。
「以前にもお訊ねしましたが、もう一度伺います。お兄さんが特別に親しくしていた女性に心当たりは?」聡介が質問する。
アイスコーヒーが運ばれてくる。弥生はストローを挿し、ブラックのまま一口飲んだ。
「……親しいと言えるかどうかは分かりませんが、父が勝手に勧めていた兄の縁談がありました……」
「本当ですか?!」
「こう言ってはなんですが、お相手の女性も脛に傷のある方のようで、勘当されたドラ息子とはちょうど釣り合いが取れるって喜んでいました。その女性のお家と我が家も古くから付き合いがありまして」
「何という女性ですか?」
「……萩市の……村島という家のお嬢さんです」
弥生は不機嫌そうに答える。きっと兄の縁談が気に入らないのだろう。
「弥生さんはその話をどう思われました?」
「私が、兄の縁談をですか?」
弥生は少し眼を彷徨わせた後、
「正直言って、心から賛成はできませんでした。だって、こう言っては失礼ですけどキズモノなんですよ? いくら兄があんな職業をしているからってあんまりだわ」
そうですか、聡介は質問のバトンを和泉に渡す。
「弥生さん、気を悪くしないでくださいね。お兄さんについてこんな噂を聞いたことがありませんか?」
何かしら? という顔で弥生は和泉の顔を見つめた。
「実はゲイなんじゃないかという噂です」
すっ、と弥生の顔から血の気が引く。
「何ですか? それ……」
「いえね、お兄さんは人気者ですから。それをやっかむ人間が好き勝手なことを言って噂を流す訳ですよ。心外ですよね?」
それからいきなり和泉はメニュー表を手に取った。
「弥生さん、ケーキはお好きですか?」
「えっ? あ、はい……」
「じゃあ、注文しましょう。それとも晩ご飯の前じゃ嫌ですか?」
そんなことはない、というので和泉は店員を呼ぶ。
お前、何考えてる? と、聡介の眼が問いかけてくる。
弥生の分だけケーキを注文し、和泉は質問を再開した。




