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人間関係の煩わしさ

「義姉さん、買い物に行きたいんだけど……車出してくれる?」

 周は思いついて言った。

 別に買い物に行きたい訳ではない。

 

 この場合は外に連れ出した方がいいのではないだろうか。そう思ったからだ。

 

 少し待ってて、と美咲は自分の部屋に向かう。

 賢司は周に一瞥くれると、

「そう言えば周。夏休みの間、アルバイトをするんだって?」

「何か文句があるのかよ?」

「欲しいものがあるなら渡したカードで買えばいい。アルバイトなんて、みっともないことはやめてくれ。まるで僕が君に不自由させてるみたいじゃないか」

 周はそれには返事をせず、自分の部屋に戻って制服からシャツとジーパンに着替えた。


「聞いているのか?周」

 まさか部屋にまで追ってくるとは思わなかった。ドアが開いて賢司が姿を見せる。

「母親の違う弟が外で何しようと、興味も関係もないだろ?」

「……君が藤江の名を名乗る以上、無関心ではいられないんだよ」

「だったら母親の姓を名乗るさ」

「それに、だいたい君も来年は受験だろう? 今から準備していたって遅くはないんじゃないか」

「勉強ならしっかりやってる」

 すると賢司は頬を歪めるようにして笑う。

「そんなに、美咲の傍にいたいのか?」

 そうなのだと思う。


 しかし、それは恋愛感情ではない。もっと深くて尊い気持ちだと周は考えている。


「ああ、そうだよ。本来、そうするべき人間が自分の分を果たさないから、俺が代わりをするんだ。義姉さんを守るっていう……大事な役目を」


 玄関を出ると、もわっと暑い空気が顔に当たる。

 お待たせ、と美咲が続く。


 今夜、賢司は久しぶりに自宅で眠るのだろうか。


 だったら自分達は外で夕食を済ませて帰ろう。深夜になるまで家には帰らないつもりだ。


 兄だって義姉の気持ちのほんの欠片でも思い知ればいいのだ。


 それから。車が走り出して数分後、周はいったい賢司と何を言い争っていたのかを美咲に訊ねた。

「……ホストクラブ?」

 英会話教室でたまたま池田記念病院の院長夫人と出会い、レッスンが終わった後に一度一緒に食事をしたが、二度目に会った今日はホストクラブに誘われたのだという。

「何時頃の話だよ、それ」

「午後2時過ぎぐらいかしらね……」

「そんな時間に営業してる店があるの?」

 知らないけど、あるらしいわ。美咲はそっけなく言った。

「それで、上手に断れなかったって賢兄に叱られた訳?」

 ハンドルを握ると義姉は性格が変わる。

 と、いうか普段の彼女からは考えられない、わりと乱暴で荒っぽい運転をする。

 

 元々広島ナンバーの車は全国的に良い評判を聞かないので、そんな環境で運転している内に自然とそうなったのかもしれないが。

 

 周が思わず息を呑んでしまうほど強引な車線変更をしてから、

「どう断ったって文句を言われたと思うわ」美咲は答えた。

「だよな……」

「人づきあいも楽じゃないわね、ほんと」

 周は心からの同意を示すように頷き、

「こういう、比較的都会でもそういう人間関係の煩わしさがあるんだったら、田舎の方はもっと面倒なんだろうな」

 急に美咲が黙りこむ。何か変なことを言っただろうか? と、不安になる。

「周君……アルバイト、本当に大丈夫?」

「なんだよ、今さら」

 周は義姉の横顔を見つめた。固く結んだ唇から、次の言葉が出るまでには少し時間がかかった。

「私を信じて」

「……?」

「私のこと、いろいろ言う人がいるかもしれない。でも、私は周君に隠さなければいけないような恥ずかしいことは何もしていない」

 いったい何を言い出すのかと、周は戸惑った。

「だからお願い、他の人の言うことに惑わされないで。私のことを信じて。あなたは可愛い弟なの。世界中でたった一人の、大好きで大切な……」


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