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天城峠を越えるとか

 タクシーが美咲の住むマンション、それはつまり上司である高岡警部の住むマンションでもあるのだが、に到着した。


 財布からお金を取り出そうとした美咲を友永がとどめ、そうして彼女は申し訳なさそうに、青い顔をして車を降りた。


「……余計なことしたか?」

 県警本部に戻り、タクシーを降りた途端、友永が言った。

「いえ……」そう答えるしかない。


 友永はぽんぽんと駿河の頭に軽く触れ、それからビルの中へ入って行く。


 刑事課の部屋に入るとエアコンが壊れているのか、ひどく蒸し暑かった。

「あついよー!」三枝がワイシャツのボタンを3つ外し、団扇で胸元を仰いでいる。

 他の刑事達も無言で団扇を動かしている。

「エアコン、壊れちまったんですか?」

「らしいな……」ぐったりした顔の上司が答える。


 駿河は汗を拭いながら、ホワイトボードに書き込まれた情報を見た。

「京橋川の君は、池田麻美ではなかったのですか?」

「……そう。彼女に疑いがかかるように、犯人が仕組んだみたいだね」

 アイスコーヒーを啜りながら和泉が答えた。

「となると、玉城美和子の仕業ですか?」

「なんで?」

 駿河もネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを一つ外す。

「彼女は池田麻美の夫と不倫関係にありました。麻美が犯罪者となれば離婚に至り、彼女は本妻の地位を手に入れることができます」

「まぁ、そういうことも考えられるよね……どうでもいいけど葵ちゃん、なんでそんなに涼しそうなの?」

「涼しくなどありません」

 実際、背中は汗びっしょりでシャツが肌に貼りついている。

「けど、自分の店のナンバーワンホストを殺すっていうのはどうもね……」

 暑いせいか、話し方もなんだかだらけている。


「高島亜由美が被害者を引き抜こうとしていたのです。他の店に盗られるぐらいならいっそ……」

 すると和泉は笑いだした。何かおかしなことを言っただろうか?

「ごめんごめん、だって……なんだか、古い歌謡曲の歌詞みたいでさ」

「ああ、あったな。他の誰かに盗られるぐらいなら殺すとか、さ」

「……」

 刑事部屋に沈黙が落ちた。


 笑い話ではなく、実際にその可能性も考えられると皆が思ったからだ。

「もう一度、水島弘樹の交友関係を徹底的に洗い出せ!!」

 聡介の号令に、刑事達は急いで出掛けて行った。


※※※※※※※※※


 家に帰るとめずらしく、玄関に兄の靴があった。


 周が靴を脱いで上がるとメイが走り寄ってくる。リビングの方から話し声が、というより賢司の声が聞こえた。

 猫を撫でてからこっそりとドアの方へ近付く。


「……そういうのは困るんだよ……君だって知ってるだろう?」

 どうも穏やかならぬ内容のようだ。

「もちろん、あの病院との取引がなくなったからすぐにどうこうということにはならないけどね。君にも自分の立場をわきまえてもらわないと困る」

「でも、私は間違っていたと思っていません」

 驚いた。義姉が兄に言い逆らっている。

「そういうことじゃない。もっと上手に立ち回れたんじゃないかって、僕はそう言ってるんだ。たまたま警察官が通りかかったからって、何でもなかったって言い張ることもできただろう?」

「嘘はつきたくありません」


 賢司は大きな溜め息をついた。

「……好きな男の前でなら、なおさらってことかな?」

 何だって?

 今、何て言った……?


「そんなことは関係ありません!!」美咲が大きな声を出した。

 それから、

「上手に振る舞えなかったことは申し訳なかったと思っています。ごめんなさい」

「まったくだ。君にはもっと、藤江家の嫁の自覚を持ってもらわないと困るよ。ああいう上流社会の女性達はね、いろいろとクセが強いんだから……そうだ、君もいっそ完全に仕事を辞めてしまって、茶道だとか華道だとか習いに行くといい。そういう場所で彼女達と上手に付き合うことに慣れるんだね」

「仕事は辞めません。それだけは、約束したはずです」

 そうだったっけね? と、賢司が立ち上がったのがわかった。

「とにかく、僕に迷惑をかけることだけはやめてくれ。面倒なんだよ」


 詳しいことはわからない。

 が、周は無性に腹が立つのを覚えた。

 リビングのドアを力一杯開ける。

 

 賢司は眉一つ動かさなかったが、美咲は文字通り飛び上がりそうなほど驚いた。

「おかえりなさい……」

 ただいま、とだけ言って周は冷蔵庫に向かう。

 

 今日はとにかく暑かった。麦茶を取り出してグラスに注ぐ。


 足元に猫の柔らかい毛がまとわりついた。

 めずらしいことにプリンの方だった。この猫は周にはあまり愛嬌をふりまかないのだが。

 お姉ちゃんを助けてあげて、と言われているような気がした。



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