沁みついた習性
「水島さんにも、そういう趣味があったんですか? 人に渾名を付けるような」
「いや、どうでしょう。でも……面白がっていたとは思います」
「となると、京橋川の君っていう人物は誰のことだと思われますか?」
「亜由美さんのことですよ。彼女、京橋川沿いにお店持ってるし」
あっさりと敦は答えた。
しかし、被害者の携帯電話に登録されていた『京橋川の君』宛てに電話をかけた時、応答したのは池田麻美だった。これはどういうことだろう?
「それなら、池田麻美さんの渾名は……?」
「何だったかなぁ? 確か……そうだ、おたんこナースですよ」
「おたんこナース?」
「麻美さんて、結婚前は池田記念病院のナースだったんですよ」
なるほど、と聡介は妙に納得してしまった。
考えられるのはただ一つ。誰かが故意に被害者の携帯電話に登録されていた電話番号と名前を入れ替えたということだ。
「いろいろと答えてくださってありがとうございました」
聡介は立ち上がる。和泉もそれに倣う。
「最後に一つだけ。7月2日の午後十時から翌二時の間、どこで何をしていましたか?」
「……その日は休みで、家に一人でいました……」
アリバイはなし。
しかし、アリバイのない人間イコール犯人とは限らない。
礼を言って父子はアパートを辞した。
聡介は携帯電話を取り出し、駿河の番号にかけた。
「あ、葵か? すまんが『まーくん』はもう探さなくていいんだ、見つかったから……ああ、そうなんだ。一旦本部に戻ってくれ」
※※※※※※※※※
いい加減なように見えて友永は案外、職務に、というか上司の命令に忠実だ。
もっとも上司があの高岡警部だからだろうけど。
時刻は午後1時半。聡介からの指示で本部に戻ることになった駿河達は、その前に昼食を摂ることにした。
二人は『まーくん』を探すために岩国で聞き込みに回っていたところだ。
捜査車両は限られているため、山陽本線を使って岩国まで移動し、市内を歩き回って聞き込みをし、一段落着いた頃に聡介から電話がかかってきた。
そこで二人は広島まで戻り、駅のすぐ傍に連なる飲食店街へ向かった。観光客が大勢いる有名店は避けてあまり人気のないレストランに腰を落ち着ける。
食事をしている間も駿河は、窓から見える外の景色をただぼんやり眺めるのではなく、何か起きていないだろうかと気を配る。
「おまえさん、飯食ってる時ぐらいは寛げよ」
向かいに座っている友永は苦笑しながら言った。
そう言われても、染み着いた習慣はどうしようもない。
「女とデートしてる最中でも、いつも頭の中は仕事のことでいっぱいか? よせやい、そんなんじゃ愛想尽かれるぜ」
最近ようやくこの刑事との遣り取りに慣れてきた駿河は答えた。
「……そんな自分でもいいと言ってくれる女性なら」
「かーっ! そんな女がいると本気で思うか? いいか、女ってのはみんな、基本的にかまってちゃんなんだよ。どうしてあなただけが忙しいの? どうしてもっとちゃんと連絡してくれないの? 私と仕事、どっちが大切なの……ってさ」
「それは、友永さんの実体験ですか?」
「……まぁな」
ふと、以前はまったく興味のなかった彼の私生活を訊ねてみたくなった。
「友永さんは、ご結婚は?」
すると元少年課にいた刑事は水をガブリと一気に飲んで、
「なさってたよ、遠い昔にな。ちなみにお子さんが一人いる。向こうが連れて行ったからもう、何年も会ってない……今、いくつになるんだろうな」
そんなこと知る訳がない。自分の子供の年齢も把握していないとは。
「やはり、難しいのですか? この仕事をしていると」
友永はむっつりと黙りこみ、しばらく返事をしなかった。悪いことを訊いたのなら謝ろうか思い始めた頃、
「職業は関係ない。上手くやってる夫婦は上手くやってる」
そうですね……と駿河は同意を示した。
会計を済ませて外に出る。
友永は暑い、とぶつぶつ言いながら路面電車の駅に向かって歩き出す。
広島北署に設置された捜査本部は縮小に伴って事実上解散し、聡介達は県警本部に戻った。




