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どこまでがほんとやら

 一部屋しかない狭いアパートは男性の一人暮らしにしては比較的片付いている。あまり物は多くない。座る場所を探すのに苦労することはなかった。


「……麻美さんが、疑われてるみたいですね」

 そう言いながら敦は冷たい麦茶を2人分グラスに入れて、小さなガラステーブルの上に置く。


 刑事達が何も言わないので彼は続けて、

「確かに彼女は隼人にご執心でしたよ。でも、まさか殺すなんて……」

「あなたは、水島弘樹さんをどのように思っていましたか?」

 聡介が訊ねる。


 敦は迷いなく、真っ直ぐに見返してきて答えた。

「親友です。いいライバルでもあったけど、俺は彼を尊敬していたし、向こうもそうだったと思います」

「何かトラブルがあったようなことは?」

「ありません」

 断定的な口調。曖昧なところは少しもない。却って怪しいと思ってしまうほど、敦の反応は素早かった。

「あなたがホストを始めたきっかけは何ですか?」

 思いがけない質問だったようで、敦は少し戸惑ったようだ。

「……母親が水商売をしていたので、その影響でしょうか。いや、手っとり早くお金が欲しかったというのが一番の理由ですけど」

「なるほど。ところで……随分とあなたに熱を上げている女性客がいるようですね?」

「お客様のことなら何もお話できません」

「わかっています。ただ、あなたを店でナンバーワンの地位に就けたいがために、邪魔になる水島弘樹さんを殺害した女性客がいるのではないか、とそういう考え方もできる訳ですよ」

 ぎくり、と敦は全身を強張らせた。

 思い当たる節があるのではないだろうか。


「だとしたら、麻美さんを疑うのはお門違いじゃないですか? 彼女は隼人のことがお気に入りだったんです。そういう動機なら、殺されてたのは俺の方だ」

「仰る通りですね」

 聡介は麦茶を一口飲んだ。隣で和泉は報告書に記載するためのメモを黙って取り続けている。

「刑事さん、いったい誰がどうしてひろ……隼人を殺したんですか?!」

 敦は膝の上で拳を握り、肩を震わせて俯く。

「あいつは人に恨まれるような人間じゃないんです。こんな商売をしてると、すぐに客の誰とでも寝るんだろうとか、口ばっかり上手くて誠意がないとか思われるけど、あいつは違います。本当に真面目な人間です。いい奴なんです!」


 和泉の視線を感じた。

 質問してもいいですか? 聡介は黙って頷く。


「葬儀の日、ずいぶん泣いておられましたね」

 敦は顔を上げ、驚いて和泉の方を見つめた。

「好きだったんですか? 彼のことが」

「好きって……」困惑して視線を逸らす。

「つまり女性に対する恋愛感情と同じように、です」

「俺は、ゲイじゃありません」

「水島弘樹さんはそうだった、という噂があるのをご存知でしたか?」

「え……?」

 初めて聞く話のようだ。

「一流のホストは、そう簡単に枕営業をしたりしないそうですね。水島さんは身持ちが固いことで有名だったそうですよ。それが気に入らない女性客が腹いせに流した噂かもしれません。ただ……」

 和泉はそこで一旦切って麦茶を一口飲む。「本命の誰かのために操を立てていた、という説もあります」

 わなわなと唇が震えて涙が零れ出す。


 敦こと小杉拓真は腕で目元をぬぐい、やがて嗚咽を上げ始めた。

「……好きでした……子供の頃からずっと……」

「子供の頃?」

「弘樹とは幼馴染みなんです。近所に住んでて……よく一緒に遊びました。その頃からずっと好きで……でも……」

「ひょっとすると、まーくんと呼ばれていませんでしたか?」

「ええ……」

 なんていうことだ。探している『まーくん』はここにいた。

「関西でホストをしてた頃……偶然弘樹と再会して、冗談のつもりで一緒にやってみないかって誘ってみました。そうしたら本当に来てくれて……おかげで父親から勘当されたって言ってました。知ってるでしょうけど、あいついいとこのボンボンなんですよ」


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